四百九十五話 卒業
精霊術師講習初日の精霊契約は無事に終わった。冒険者の多くが命の精霊との契約を望んだのに、契約が成立したのは僅かに二人という大惨事もあったが、最終的には全員が精霊と契約できたんだから無事に終わったと言ってもいいはずだ。
「うむ、なかなかだぜ! ほめてやるぜ!」
フレアが卒業演習を終えたばかりの、トカゲの浮遊精霊を偉そうに褒めている。
イフのモノマネをしているんだろうが、幼女がイキっているだけなので微笑ましいシーンにしか見えない。
本人的にはイフみたいなカッコいい迫力美女のイメージなんだろうけど、あいにくとスタイルと色気が足りていない。
でも、可愛らしいのは間違いないから、できれば動画を取ってフレアが大きくなった時に見せてあげたい……が、動画を取る機材も無いし、フレアが大きくなるころには俺の寿命が尽きているという悲しい問題がある。
ラノベとかで恋人エルフとの寿命の違いで悩むみたいなシーンがあるけど、俺の場合はちびっ子達の成長を見るのが難しいのか……どっちが不幸なんだ?
「裕太様、次に進んで構いませんか?」
おっと、思考が逸れて自分で自分のテンションを下げてしまった。俺の初めての生徒達が卒業するんだし、余計な事を考えずに生徒達の成長を見守らないといけないな。
いきなり卒業演習をすることになったことは意味が分からないし納得もしていないが、先生としての義務だと思おう。
「はい、お願いします」
有能秘書さんの指示で訓練場の中央に出てきた冒険者を見ながら、教師として苦労した日々を思い出す。
わずか三日間しか教えてないけどね。
っていうか、シルフィ達やベル達は忙しそうだったけど、俺はやることが少なすぎて退屈に殺されそうだった。
まあそうだよね。俺が教えることなんて詠唱とアクションだけだもんね。すぐに教えることがなくなるのも当然だろう。
でも、苦労しなかった訳では無いことは理解してほしい。面白がって詠唱やアクションを考えた結果、教えるのが物凄く恥ずかしかったのは誤算だった。
詠唱はまだ我慢できたけど、沢山の人の前で自分が考えたポーズを実演するのは中々の苦行だよね。シルフィ達の笑い声だけが、僅かな救いで辛かった。
苦行を乗り越えた後は、小さなベル達まで頑張って浮遊精霊に授業していたから、凄まじく肩身が狭くて自分にできることを一生懸命探した。
まさか農業組のご老人達の物覚えの悪さに救われるとは思わなかったな。あの人達が居なかったら、たぶん俺の講習は一日で終わっていたと思う。
「精霊よ! 炎を司る精霊よ! 契約者たる我が汝に望むは秘めし力の解放! 圧縮せよ! 装填せよ! 照準せよ! ゆけ! 滅殺火炎神龍弾! 大!」
出てきた冒険者が中央で俺が考えた詠唱を大声で唱え始める。詠唱の節ごとに決められるボディビルのポーズが暑苦しいが、冒険者だけあって体のキレは素晴らしい。
そして、最後の技名と共に冒険者がビシッと標的に指を指すと、それに合わせて可愛らしいイタチ? の精霊が、火の玉を飛ばす。
発射された滅殺火炎神龍弾は狙いたがわず標的に着弾し、圧縮された炎を解放しながら爆発する。なかなかの威力だが、イタチなら風の精霊っぽいと思うのは俺だけなのだろうか?
ちなみに威力は最後の小中大で調節可能だ。
本来はもっと長い詠唱を考えていたんだけど、思わぬ盲点が見つかり泣く泣く短縮することになった。
その盲点とは、長々と詠唱していると幼い浮遊精霊が飽きて別のことに興味がひかれてしまい、詠唱が終わったことに気がつかずに魔法が不発に終わってしまうことだ。
幼い子がすぐに他のことに興味がひかれちゃうのはしょうがないことだよね。
でも、長い詠唱を短縮したことで助かったこともある。それは、卒業演習で繰り返し披露される演目が短縮されることだ。もし詠唱が長いままだったら、確実に眠っていたと思う。
ちなみに、火はボディビルのポーズだけど、風はサタデイでナイトでフィーバーなダンス、水はフラダンス、土はロボットダンス、森は太極拳(健康体操風味)、命はモンキーダンスを参考にした。
本当はモンキーダンスの手の上下と共に動く植物達ってことで、植物関連の精霊術をモンキーダンスにしたかったんだけど、ご老人達のことを考えて命の精霊の太極拳と交換した。
まあ、技名を叫んで指を指すだけで術の発動はできそうだし、いつか詠唱破棄が発明されるかもしれないな。契約精霊の気分次第だけど……。
ふぅ、まだ火の精霊術師の演習の半分くらいか。風の演習は終わったけどまだまだ先が長いのが辛いな。
でもベル達も自分の教え子の為に頑張っているし、俺もせめて眠らないように頑張ろう。あっ、冒険者を見るから退屈なんだ。浮遊精霊達を観察して時間を潰そう。
***
「裕太殿、是非とも次の講習をお願いしたいです。たった三日でこれほどとは、精霊術師に革命が起きました!」
卒業演習が終了すると、見学に来ていたギルマスと冒険者ギルドの幹部達に囲まれた。どうやら、精霊術師の促成栽培の効果に驚愕しているようだ。
まあ、無理もないか。魔術師が戦えるようになるまでどれくらい掛かるか分からないけど、三日でそれなりの遠距離攻撃や回復が身に付くなら、冒険者ギルドとしても大歓迎だろう。
ただ、何度も精霊術師講習を開催するのは面倒だし、百五十人も使える精霊術師が増えたんだから、しばらくは無理をしないでも大丈夫だと思う。
うーん、どうしたものか……あっ、そうだ。
「しばらく講習を開くことは考えていませんが農家の精霊術師はもっと増やしたいので、農家希望の精霊術師が三十人以上集まったら開催してもいいですよ。あぁ、全体の人数は訓練場に入るくらいまででお願いしますね」
ドリーのお願いを叶えるにはもう少し人数が必要だし、その時に一緒に冒険者を教えるなら手間も最小限で済む。一石二鳥だ。
精霊術師の才能を持つ人がどれくらいいるのか分からないが、初回に三百人も来ちゃったし人数制限はしておいた方がいいよね。何も言わなかったら国中から集めてきそうで怖い。
「むっ、農家出身の冒険者は沢山居ますが、農業を専門とする精霊術師を三十人以上ですか……集める方法を色々と考えてみます」
ベティさんも探してくれるだろうし、イーサンさん達の活躍が広まれば、それほど難しくない人数だと思う。
「次の講習が終わったらしばらく時間を空けますので、急がなくても大丈夫ですよ」
「えっ、時間を空けるつもりなんですか? 裕太殿が精霊術師を育てたいのなら、今がチャンスですよ?」
……たしかにチャンスかもしれないが、だからと言って生活を犠牲にするつもりはない。それに、ベル達も働くことになるんだからブラックは駄目に決まっている。
あと、詠唱とアクションを教えるのが辛いから対策を考えたい。あっ、第一期生に講師を依頼するのも良いかもしれないな。
「それでも時間は空けます」
対策はあっさり思い浮かんだけど、ベル達には超ホワイトな職場を用意したいから時間は空ける。充電期間ってやつだ。
「そうですか……」
俺のキッパリした否定に固い決意を読み取ったのか、残念そうではあるがギルマスは話を続けなかった。
これ以上話を続けると周りの幹部にもなんやかんや言われそうだし、そろそろ帰るか。今晩はシルフィ達とベル達の教師役お疲れ様ご馳走大宴会の予定だし、明日はベティさんにもご馳走しないといけないから忙しいんだ。
「……なんだか凄いね」
ギルマスとの会話を切り上げて訓練場を出ると、冒険者ギルドの受付フロアが大混雑していた。
これって俺が前ギルマスと対決した時よりも混雑しているよな。それに加えて沢山の精霊達も一緒だから、満員電車並みの過密度だ。しかも男性比率が激高なのでムサくてしょうがない。
「あっ、先生、今日みんなで飲みに行くんですが、ご一緒にいかがですか?」
俺に気がついた三日間だけの名前も知らない教え子が、笑顔で飲みに誘ってくれた。
「いえ、今晩はちょっと予定がありますので難しいです。誘ってくれてありがとうございました」
今日は宴会だから無理なんだよね。決して、誘ってくれたグループが男だらけだから断ったわけじゃない。俺はシルフィ達とベル達を労わらないといけないんだ。
こういう付き合いの悪さが友達が増えない原因な気もするが、まあ、気にしないでおこう。契約精霊が優先だ。
「ん? どうかしましたか?」
なんか話しかけてきたグループが、酷く驚いた顔をしている。
「いえ、えっ? 先生って普段そんな話し方なんですか?」
あっ、驚いている理由が分かった。先生役の時はスイッチを切り替えてロールプレイをしていたから敬語に驚いちゃったんだな。
……なんでだろう? 敬語が普通なのに、素の自分が見られたことが凄く恥ずかしい。
「あ、あれは、あれです。教師役としては威厳が大切ですからね。そんなことより、この状態はなんなんですか? 人が多すぎますよね?」
恥ずかしいので話題を変更する。これ以上俺を辱めると、滅殺火炎神龍弾、イフバージョン極大が発射されるかもしれないから、空気を読めよ。下手をしたら大虐殺だぞ。
「あ、この混雑ですか。これはスカウトです。先生の精霊術師講習が凄いって評判で、魔術が使える仲間を手に入れるチャンスだって人が集まっているんですよ。一番人気はあの二人ですね。回復魔術は羨ましいです。俺も契約したかった……」
生徒が指を指す方を見るが人込みしか見えないが、命の精霊と契約した二人が埋もれているんだろう。
少女の方はともかく、疲れたおじさんも人気なのか。あのおじさんとちょっと話したけど、色々と運が悪くてパーティーが解散、今もソロで苦労していたらしいから、人気なのはちょっとホッコリする。
アメリカンドリームならぬ、精霊術師ドリームを掴んだおじさんには、是非とも頑張ってほしい。
さて、生徒達の行く末が気にならない訳では無いが、男臭いからそろそろ帰るか。あっ、有能秘書さんとベティさんが話している。
結構お世話になったし、挨拶してから帰るか。
読んでくださってありがとうございます。




