四百九十三話 実演
農家から派遣されてきた精霊術師候補との話し合いが始まった。四人中三人がご老人で不安いっぱいだったけど、ご老人達でも契約してくれる精霊がいたし、唯一の青年であるイーサンさんは村長の息子さんだった。立場のある人だし、不安だった話し合いに希望の光が差した気がする。
さて、この好物件を逃がさないためにも、気になっているデメリットをちゃんと説明しておくか。
「危険という程のことではありませんが、デメリットはあります。魔力を毎日消費することと、早く成長させるために土の力を普通に育てるよりも多く消費することですね」
「魔力の消費ですか? 生活魔法以外で魔力を使うことがないのですが、大丈夫なんでしょうか? それと、土の力を消費するということは、連作ができなくなるということですか?」
「魔力は毎日少しずつ契約する精霊に蓄えられる形になるので、連続して精霊術を使いまくらなければ大丈夫です」
俺の場合はレベルを上げないと契約できないくらいに魔力がなかったけど、こっちの人達で体力勝負の農家なら、ある程度レベルも上がっているから浮遊精霊なら何の問題もないはずだ。
「連作の方は、元々連作ができない農作物なら別ですが、今まで連作出来ていた農作物なら腐葉土などで土に栄養を与えてあげれば連作は可能だと思います」
土に関しては土の精霊と契約するのが一番なんだけど、今回はドリーのお願いで植物関連の精霊術師を増やすのが目的だから違うんだよね。
「……そうなのですか?」
いかん、よく分かっていないようでイーサンさんが不安な顔をしている。とはいえ、専門の農家さんが完璧に安心できるような知識は俺には無い。楽園での農業も下地を整えたらドリーとタマモにお任せだもんね。
うーん……そうだ、残りのメリットの説明もあるし、実際に見本を見せた方が早いかもしれない。
種は俺が初めてこの世界で収穫したオイルリーフの種が有る。土も森に行くたびに採取しているから魔法の鞄の中に有る。植木鉢は……シルフィ達の新居を植物で飾るために買いそろえたからこれも問題ないな。
百聞は一見に如かずって言うし、実際に精霊術の凄さを見てもらおう。
「あー、ちょっと待ってくださいね」
魔法の鞄から植木鉢を取り出し、土を入れてオイルリーフの種を植え水を掛ける。イーサンさん達だけじゃなくベティさんもキョトンとしているが、今は気にしない。実物を見て驚いてもらおう。
「この鉢植えを確認してください」
イーサンさん達の前に鉢植えを押し出し、確認を促す。
状況が理解できないながらもイーサンさん達は鉢植えを覗きこみ、土を手に取って確認してくれる。冒険者達と違って文句を言ってこないのでとても助かる。
「……これは森の土じゃな。悪くは無いが作物を育てるには手入れが足らんぞ?」
カンタンさんが鋭い視線を俺に向ける。さっきまで寝ていた人と同一人物とはとても思えない変貌が怖い。もしかして、本職のことになったら厳しくなるタイプ?
ちょっと怖いけど、でもまあ、ボケっとしたままよりかは精霊術をちゃんと利用してくれそうで、こっちのほうが安心だな。
問題は土だ。そういえば森から土を手に入れた時もノモスに言われて色々と手を加えた覚えがある。
……ここまで準備して、この土でオイルリーフを育てられないとなったら、かなり恥ずかしい気がする。
「収穫できるくらいまで成長させればいいんですよね? 大丈夫ですよ」
すがるような視線をドリーに向けると、ニコリと笑ってとても心強い返事をしてくれた。惚れてしまいそうだ。
ドリーが大丈夫というのなら大丈夫なんだろうし、安心して話を先に進められるな。
「えーっと、今はこの土しかないので勘弁してください。これでもある程度は参考になるはずです」
これ以上ツッコまれたらボロが出るので、言うだけ言って植物用に考えていた詠唱を始める。
厨二病満載の詠唱を狭い部屋でイーサンさん達に披露するのは恥ずかしいので、聞こえないように小声だ。
……そういえば、ご老人達が使う詠唱が厨二病満載なのはちょっと問題があるかも?
アクションについても、今は両手を水晶占いをするように植木鉢の周囲で動かしているだけだけど、元々考えていた派手なアクションを適用する訳にもいかないよね。下手をしたらご老人達が遠いところに逝ってしまう。
……明日の講習までにご老人達でも使える詠唱とアクションを考え直した方が良さそうだ。もし、他の精霊術と難易度が違うとか言われたら、戦闘と農業の違いでごまかそう。
ツラツラと今後の予定を修正しながら、目線でドリーに合図を送る。
タマモが出番? 出番? とソワソワしていてとても可愛らしいが、今回は一気に成長させたいのでドリーの出番です。ごめんね。
ドリーが軽く手を振ると、植木鉢からオイルリーフの芽がピョコンと飛び出し、植物の観察記録を早回しで再生するようにオイルリーフが一気に成長する。
……凄いって歓声が上がると思っていたんだけど、刺激が強すぎたのかイーサンさんもご老人達も目を見開いたまま鉢植えを凝視している。
「ゆゆゆ、裕太さん! こ、こんなことが私達にもできるようになるってことですか!」
しばらく固まっていたイーサンさんが大興奮で詰め寄ってきた。今の光景がイーサンさんの心を鷲掴みにしたようだ。
でも、農業と関係が深い人にとっては夢のような出来事だから、このテンションもしょうがないかな。
「いえ、今回は見本の為に最後まで成長させましたが、みなさんの実力では最初に言ったように四分の三ほどしか短縮はできないと思います。それよりも、土の影響を確認してもらえますか?」
精霊術の効果を目の当たりにした効果か、のんびり気味だったお婆さん達も土の状態に食いついた。
四人が土を手に取り、ゴニョゴニョと意見を交わしている。聞こえてくる言葉の意味はよく分からないが、雰囲気としては悪くなさそうだ。
あっ、オイルリーフをかじった。そっか、味が気になるのも当然だよね。
「どうですか?」
「オイルリーフは成長が早い作物ですから絶対に大丈夫とは言えませんが、急激に成長した場合でもこの状態なのであれば、管理した畑でなら問題はないと思います」
「そうですか」
良かった。デメリットは許容範囲内のようだ。
イーサンさん達の興奮した様子を見れば成長促進だけで十分だった気もするけど、畳み込むためにも残り二つのメリットを紹介しておこう。
「では、残り二つのメリットも説明しちゃいますね。実演するので見ていてください」
興味津々なイーサンさん達の視線を感じながら、再び小声で詠唱してドリーに魔法を掛けてもらう。
「できました」
「何も変わったようには見えませんが?」
俺が満足気に言うと、イーサンさんが首を傾げながら質問してきた。まあ、見た目は変わっていないから分からないのはしょうがないだろう。
「軽く触ってみてください」
イーサンさんが不思議そうにオイルリーフに手を伸ばす。
「痛ッ! えっ、叩かれた?」
「簡単に言えば植物が自動防御する精霊術ですね。虫や鳥が相手なら確実に防御します。それよりも大きい相手だと負けてしまいますが、反撃はしますので被害は少なくなると思います」
農薬とかも発達していないっぽい世界だから、かなり喜んでくれると予想している自信作だ。
まあ、自信作と言っても、ドリーにこういうことできない?って聞いて作ってもらっただけなんだけどね。
「自動防御ですか! では、もう虫に作物が食い荒らされることもなくなるんですね!」
害虫に頭を悩ませていたのか、イーサンさん達がめちゃくちゃ喜んでくれていて申し訳ないが、この魔法には欠点があるんだよね。
「そうですと言いたいところなのですが、残念ながら時間制限があります。一般的な畑一枚で三時間ほどで術が切れてしまいます。付いてしまった虫も払い落とせますので、タイミングを考えて術を掛ける必要があります」
大精霊のドリーが掛ければ永遠と言っていいほど効果が続くらしいけど、浮遊精霊では三時間が限界らしい。
「そうですか。……でも、作物についてしまった虫が払いのけられるのはずいぶん助かります。鳥が活動する時間帯もある程度決まっていますし、状況を考えて使用できればこんなに心強い精霊術は無いかもしれません」
最初はちょっと時間制限にガッカリしていたようだが、すぐに状況によっての使用プランを思いついたのか、イーサンさんが考え込みながら頷いている。
「そして、最後のメリットはこれです」
再び小声で詠唱をしてドリーに合図を送ると、今度は効果が分かりやすいので応接室の中に驚きの声が響きわたる。
「……裕太さん、これはあれですか? 術を掛けると収穫ができるということですか?」
「正確には作物が自分で土から出る術ですかね? トマトのように実がなる場合は難しいですが、根菜類には無類の効果を発揮すると思います。根ごとの収穫で良ければ麦系統も楽になりますね」
俺の場合は収穫が楽しかったけど、本職人には助かる魔法だと思う。腰にとても優しい精霊術だ。
そして、一番の恩恵を受けるであろう、カンタンさん達、ご老人組がとても喜んでいる。
「えー、この三つの術を覚えてもらおうと思っているのですが、どうでしょう?」
「「「「お願いします!」」」」
勝った。興味もほとんど無さそうで、商業ギルドの顔を立てる為だけに来たような青年とご老人達のピタリと息が合ったこの反応、俺の勝ちだと考えて良いだろう。
深夜の通販番組というよりも実演販売みたいになっちゃったけど、勝は勝だよね。
「では、明日から冒険者の皆さんと一緒に講習を始めますので、よろしくお願いします」
本当は詠唱を教えて明日までに覚えてきてもらう予定だったけど、農家専用の新しい詠唱とアクションを考えないといけないから無理だな。
「あのー、裕太さん?」
簡単に明日の予定を説明してイーサンさん達を帰すと、おそるおそるといった様子でベティさんが声を掛けてきた。
「ベティさん、不安そうですけど、何かありましたか?」
「えーっと、話を聞いていて思ったんですけどー、精霊術が広まるとー、最後の精霊術はともかくとして、残りの二つは収穫量の大幅アップに繋がって、商業ギルドにとってもお仕事増量な気がするんですが、気のせいなんでしょうかー?」
コテンと首を傾げるベティさん。なんだか仕草がベルに似ていて子供っぽいな。
「精霊術が農家に広まれば収穫量は増えると思いますし、収穫量アップが商業ギルドの利益になるのであれば、お仕事も増えるんじゃないですか?」
農作物が余って価格低下でお仕事が増える可能性もあるよね。
「うぅー、やっぱりですー。これ、絶対私が村々に派遣されるパターンですー。裕太さんの為に頑張ったのに、こんな結末は酷いと思いますー」
……ベティさんが泣き出してしまった。でも、そんなこと言われても俺にはどうしようもないよ。
「えーっと、頑張ってください?」
「うぅ、裕太さんのせいなのに完全に他人事ですー。痩せてしまいますー。過労死ですー。恨みますー」
健康的に痩せられるのであれば良い話だし、過労死やらなんやらは商業ギルドのせいだと思うんだけど、目から光が消えたベティさんにはとても言えない。
……ワンパターンだけど、とりあえずご馳走で機嫌を取るしかなさそうだな。
読んでくださってありがとうございます。