四百九十一話 忘れていた宿題
精霊術師講習の面接が終了した。あれを面接と言っていいのかは疑問だが、三百人ほどいた人数がおよそ半分になったので、面接としては成功だと思いたい。あとは封印が甘かった厨二の心をしっかりと封印しなおさないといけないな。
……あれ? 合格を伝えたのに喜びの声が上がらない。もしかして、さっきのちょっと厨二が入った発言に引かれた?
いや、違うな。受験者は冒険者の集団だから、かなりの強面やゴツイ男達も居るんだけど、ガチで怖がっているようで、微妙に震えている人もいる。
それだけ怖かったということだろう。安易な考えでシルフィ達に面接官をしてもらったけど、とても申し訳ないことをしてしまったようだ。
あっ、受験生の中でもかなり目立っていた美女が気絶している。あの子も落ちちゃったのか。下世話な欲望は諦めたけど、それでもあの美女には先生と呼ばれたかった。酷く残念だ。
でもまあ、落ちたってことはシルフィ達なりに駄目な理由があったってことだろう。棘がある美女も魅力的ではあるが、俺の手に余るから素直にあきらめて話を続けよう。
「あー……すみません。合格した人達の名簿を作りたいのですが、ご協力を願えますか?」
「えっ、あっ、はい。畏まりました。……あの、倒れている冒険者の方達は大丈夫なのですか?」
お願いに返事をしてくれた有能秘書っぽいお姉さんの顔も引きつっている。まあ、近くであの地獄を見たらそうなるのもしょうがないだろう。
すぐに名簿作成を請け負ってくれて、倒れている冒険者達の心配ができるだけ優秀だな。俺が逆の立場だったら即行で逃げる。
「ええ、大丈夫です。倒れている人達には傷一つありませんよ」
肉体的にはね。心の傷については俺には判断できないけど、たぶん傷ついていると思う。
有能秘書さんも安心したのか、一礼して作業を開始した。ギルド職員を呼んできて指示を飛ばしているから、結構上の方の地位なのかもしれないな。
呼ばれたギルド職員が悲鳴をあげているけど、気にしないことにしよう。
そして、地獄を作り出したのが楽しかったのか、お互いに笑いながら自慢話をしている大精霊達についても気にしないことにしよう。
この場に集まっている精霊達も、ちょっと動揺している様子だけどベル達が慰めてくれているようだから問題なさそうだ。
ベル達がとても頼りになる。可愛くて頼りになるとか、最強かもしれない。
名簿作成が終わるまではやることも無いので、ベル達を見守りながら少し和もう。
「裕太様。名簿の作成が終わりました」
ベル達を見守りながら時間を潰していると、有能秘書さんが話しかけてきた。でも、なんだか不安そうな顔をしている。何かあったのかな?
「ありがとうございます。それで、お顔が曇っているようですが、何かありましたか?」
「……はい。合格された冒険者の方達で数人ですが講習を辞退したいとの申しでが……それと、気絶されている方々の意識も戻らないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」
えっ? せっかく合格したのになんで辞退なんてもったいないことを……いや、面接であんな状況なんだから、次も地獄と考えたなら普通に辞退するな。むしろ数人しか辞退者が居ない方が驚きだ。
まあ、せっかく面接したんだし、こうなったらまともな精霊術師が多い方が助かるんだから、一応引き留めておこう。
それよりも問題は気絶した冒険者達だ。気絶してからまあまあの時間が経過しているのに一人も目覚めないのはちょっと怖い。
シルフィの方に目線を向けると、バッチリ目が合った。さすが風の大精霊、会話で盛り上がっていてもこっちの状況も理解していたようだ。ん? ヴィータも一緒にこっちに来るってことは、気絶の原因はヴィータなのかな?
「裕太。目が覚めないのはヴィータのせいよ」
予想通りヴィータが原因だったようだ。
「あはは。せいって言い方は酷いな。傷を治すついでに深く眠ってもらっただけだし、中途半端に目覚めたら面倒だって言ったのはノモスだよ?」
命の精霊ってそんなこともできたのか。病気や怪我を治すのに睡眠が必要だったりするからかな?
「何もしなければまだしばらくは眠ったままだけど、起こした方がいいのかな?」
有能秘書さんも心配している様子だし、起こした方がいいのは間違いないだろう。俺が黙って軽く頷くと、ヴィータが軽く右手を振った。
「これで少ししたら目覚めるよ」
そういってディーネ達のところに戻っていくヴィータとシルフィ。
……大精霊のポテンシャルって計り知れないな。でもまあ、味方なんだから怖いよりも心強いから問題ない。あとは有能秘書さんに軽く説明しておけばどうとでもしてくれるだろう。
「辞退するのは本人の自由ですが、講習は面接と違って怖いことはないと、念のためにお伝え願えますか? それと気絶している人達は大丈夫ですからご安心ください。もう少ししたら目が覚めるはずです」
「……畏まりました」
何か質問をしたそうな雰囲気を飲み込み、有能秘書さんが冒険者達の元に戻っていく。たぶん聞きたいことが沢山あったんだろうな。
少し経つと気絶していた冒険者達が目覚め始めた。これで有能秘書さんも安心するだろう。
あれ? 目覚めた冒険者達が有能秘書さんに詰め寄っている。こんなの聞いていないって声も聞こえるし、ちょっと不味いかも。
小走りで集団に駆け寄ると、有能秘書さんに詰め寄っていた冒険者達がズザッと俺から距離を取った。
気持ちは理解できるけど、あからさまに距離を取られると結構悲しいな。
「えーっと、何かもめ事ですか?」
俺が質問するが、誰もが目線を下げて俺を見ようとしない。なんだか生活指導の先生にでもなった気分だ。
どうしたものかと悩んでいると、注目していた美女が顔を上げて俺をにらんだ。美女の怒った顔は迫力があるな。
「試験にも疑問はありますが、私が不合格なのはおかしいです! なぜ私が不合格なのか、理由を説明してください!」
難しいことを聞かれてしまった。俺にもシルフィ達の判断基準はサッパリ分からないぞ。
「……実力が足りなかったから気絶した。だから不合格では納得できませんか?」
「納得できません。合格者の中には明らかに私よりも実力が下な人間が沢山居ます。私はAランクパーティーのワルキューレにスカウトされた精霊術師なんですよ。レベルもこの中でトップクラスなんです!」
この美女、ワルキューレの一員だったの? マジで? 棘があるとは思っていたけど、棘どころか毒まで持っていたようだ。大精霊達の人物鑑定は素晴らしいな。
しかし、シルフィにお願いして完璧に接触を回避していたからもう諦めたと思っていたのに、こんなところにまで人員を派遣してくるなんて、ワルキューレも諦めが悪い。
でも、この美女は俺とワルキューレが仲が悪いって知らないんだろうか? そもそもギルド内での接触はルール違反なような……講習なら問題ないってギルド側の判断か?
……うーん、ワルキューレも避けられているのは気がついているだろうけど、原因は前ギルマスのせいだと思っていそうだよな。
ワルキューレとは直接もめた訳じゃないし、向こうのリーダーも関係を深めればなんとでもなるとか考えていそうだ。
実際には裏の顔まで把握しているから、なんともならないんだけどね。
「そうだ、俺もあそこに居る奴らよりも高ランクだぞ!」
「俺だってそうだ。それに推薦状も貰っている。せめてそれくらい確認してから面接を始めるべきだろう」
「そもそも、あんなのを面接と言うのが間違っている。怪我を治せば問題ないとでも思っているのか!」
美女に触発されたのか、目を逸らしていた数人も便乗して文句を言ってきた。最後の言葉にはとても同意できるけど、それを認める訳にはいかないんだよね。
「講習を受ける前にすべては自己責任だと約束してもらっているはずですよ。それと、レベルは関係ありません。気絶せずにいられたかが合否の判断基準ですから、気絶してしまったなら諦めてください。それとも、もう一度試験に挑戦してみますか? まあ、まったく同じ内容では慣れが出るので、次はもう少し厳しいですよ?」
あっ、目を逸らした。さすがにあの地獄をもう一度体験したくはないようだ。
「納得してもらえたなら不合格の方達はお引き取りください」
渋々と言った様子で不合格の冒険者達が訓練場を出ていった。普通なら猛反発が起こりそうなものだけど、たぶん大半の冒険者達の心が折れていたんだと思う。強気で面接したのは正解だったな。
さて、ちょっと手間取っちゃったけど、問題は片付いた。講習は明日からだけど、今日できることは今日やっておこう。
俺が契約している精霊の属性は風・水・土・火・森・命だから、最初はとりあえず6チームに分かれてもらって、それぞれに対応した詠唱と動きを簡単に説明しておけばいいな。明日まで練習してきてもらえば手間も省ける。
「裕太様」
「はい?」
あっ、有能秘書さん、どうかしましたか?
「辞退を申し出た方達ですが、危険が無いのであれば続けたいとの事です。それと、応接室で待機されている方達はどうされますか?」
……面接が終了したとホッとしていたけど、まだ問題が残っていたか。元辞退希望者達は頑張ってもらうとして、待たせているご老人達は俺が対応しないと駄目だろう。
夏休み最終日にやり忘れていた宿題を発見してしまった気分だ。詠唱が覚えられるのかが酷く不安だ。
「すみません。俺は農家の方達の方に向かいますので、合格者の方達を希望の属性ごとに分けてもらえますか? 今回は風・水・土・火・森・命の6チームでお願いします」
有能秘書さん。色々とお願いしてすみません。でも、有能なので色々とお願いしたくなるんです。
身勝手な言い訳をして、有能秘書さんが呼んでくれた案内の人に連れられて応接室に向かう。
ノックして応接室に入ると、若い男は立ち上がり、お婆さんの二人はこちらを向いてくれたけど、お爺さんは眠っていた。
俺、本当にこの人達に精霊術を教えられるんだろうか?
読んでくださってありがとうございます。




