四百九十話 面接終了
ギルマスとの話し合いから七日、ドリーのお願いを叶えるために探した農家の人達が、たった四人しか集まらなかったのは予想外だが、それでもなんとか無事に精霊術師講習の面接を始めることができそうな様子だ。みんな怯えた顔で俺を見ているけど……。
ふむ……三百人以上からの恐怖に引きつった視線。Aランク冒険者としてのオーラが覚醒したのであれば、大物ムーブで偉そうに面接を始めるんだけど……どうやら俺のオーラが覚醒した訳ではないようだ。
その証拠に、俺を見ていると思っていた視線が、俺の顔を通り過ぎて背後のシルフィ達に向かっている。
まあ、そうだよね。いきなり俺の眠っていたオーラが覚醒するとか、死にかけた訳でもないのにそんな都合の良いことが起こる訳がないよね。
ここに集まっているのは精霊術師、もしくは精霊術師の素質がある人達なんだから、見えてはいなくても大精霊の存在を強く認識していて、シルフィ達の存在に恐怖したと考えるのが自然だろう。
俺は普通に精霊が見えるからか精霊の気配に疎いけど、大精霊が六人も集まっていたらビビるのも当然だ。
あと、集まっている精霊術師達の半数以上の顔が恐怖から絶望に変わってしまったんだけど……これはあれだな、契約している精霊達がシルフィ達のところに飛んできて、ご挨拶しながら戯れているからだろうな。精霊の制御権を奪われたとか思っていそうな顔をしている。
ん? ……オーラが目覚めていないのは若干残念ではあるけど、シルフィ達の存在感を利用しない手はないな。
ここに集まっているのは冒険者。つまり、戦う人たちの集まりってことになる。
偏見かもしれないが、短気な人や暴力的な手段で物事を解決する人も結構居そうだ。なら、力関係を最初に叩き込めたのはファインプレーだろう。
このまま流れに乗って怖い鬼教師を演じれば、反抗期を引きずっていそうな人達の反発も抑えられて、後々の講習も楽になる。
意外と人数が多い若い女の子に怖がられるのは少し残念だけど……残念だけど……やっぱり怖い教師よりも、モテそうな爽やか路線に方針転換したほうがいいかな? 教師と生徒の禁断の関係……この世界でなら……。
「あぁ、あの人達がベティさんが連れて来てくれた人達ですね。良さそうな人達ではありますが、大丈夫なんでしょうか? タマモはどう思います?」
「クー?」
自分の中のゲスな欲望に押し流されそうになっている時、ドリーとタマモの微笑ましい会話が聞こえた。
……うん、いかんな。ベリル王国でのあれやこれやは置いておくにしても、一般の女性との火遊びは駄目だ。
シルフィ達やベル達、ジーナ達に顔向けができなくなる。やっぱり怖い教師路線でいこう。それに、どうせ面接で心を折るつもりだったんだから、ちょっとくらい優しくしても無意味だろう。
しかし、美女と小動物の会話は心の浄化作用があるかもしれないな。欲望からスッキリ目覚めることができた。
ふー、落ち着いた。ドリーが言っていた何が大丈夫なのかも気になるから確認しておこう。
あー……うん、ベティさんが三百人以上の冒険者が居る訓練場に放り込んでも大丈夫だと言うのが、なんとなく理解できた。そして、ドリーとタマモが心配そうなのも理解できた。
ご老人じゃん。四人中三人がご老人じゃん。杖ついてるじゃん。そりゃあ大丈夫だよ。いくら冒険者達のガラが悪かろうと、冒険者ギルドの中で杖を突いているご老人に絡んだりはしないだろうさ。
これってあれだよね。忙しいかどうか知らないけど、農作業から抜けても問題無いから派遣されたパターンだよね? 誰も出さないのは悪いし、商業ギルドの顔を立てておくか的な人選だよね?
一人だけ居る若い男の人はこっちを見てビビっているのに、お爺さんとお婆さん二人は俺に気がついてすらいないよ? シルフィ達の存在感を完璧にスルーしているよ。ドリーとタマモが心配するのも当然だよね。
……今から引き返してベティさんのムッチリホッペをつまみ上げて、ドラゴンのお肉は無しだと言いたい気分だけど……ご老人が派遣されるくらいだから、農家の人達の理解や協力を得るのも相当大変だったってことも理解できる。
ご老人だけでここまで来るのも大変だっただろうし、馬車の手配なんかもしてあげたんだろう。
正直、このご老人達には植物関連の精霊よりも命の精霊の方が必要な気がしないでもないが、ベティさんが頑張っていないとは思わないし、結果がすべてだと言う信条でもない。たとえ生徒がご老人だったとしても、ここは俺が頑張るべきだろう。
……それに、物は考えようだ。ご老人方が農作業で大活躍すれば、それはそれで凄まじいインパクトを周囲に与えるはずだ。そうなれば、農家の精霊術師が沢山増える気がする。
まあ、ご老人方が詠唱を覚えてくれるのかとか、精霊側がご老人方との契約を望むのかとか、沢山問題がある気がするが……とりあえずやってみよう。最悪、一人の若者に気合で頑張ってもらえばいい。
……とりあえず面接だ。ご老人方が面接で落ちたら……いや、ドリー達は体調の心配しかしていないみたいだし、あの四人はたぶん合格だな。なら冒険者の面接もサックリと済ませるか。
気持ちを切り替えて前を向くと、みんなの視線が俺に突き刺さる。ちょっと考え込んでいた間に、生徒予定の冒険者達もシルフィ達の存在感に少しは慣れたのかもしれない。
プレッシャーに負けてなんだか救いを求めるような目で見られているような気もするが、たぶん気のせいだろう。
「えーっと、面接を始めても構いませんか?」
気持ちを切り替えたし、面接を開始するためにギルマスの秘書さんに確認をする。
「もちろんです。では、お部屋にご案内いたしますね」
部屋? ……あぁ、ここは集合場所で、別の部屋で面接すると思っているんだな。当然と言えば当然か。それで部屋まで準備させてしまったようだ。こちらの言葉足りなくて余計な手間を取らせちゃったな。
全部が終わったら、この秘書さんも含めて冒険者ギルドの職員に何かしらの差し入れをすることにしよう。トルクさんに沢山ご馳走を作ってもらえばいいな。
「いえ、面接はここでおこないますので大丈夫です」
「ふぇ?」
……有能秘書っぽいお姉さんの素の表情、素晴らしいと思います。これこそがギャップ萌えと言うのだろう。とても得した気分だ。
「ここで面接をするのですか?」
「はい。ここでします」
説明するのが難しいから、できれば深く聞かないでほしい。
「……は、はい、分かりました? 何かお手伝いすることはございませんか?」
「いえ、特に準備が必要ということも無いので大丈夫です。あっ、いえ、一つお願いがあります。あそこの農家の皆さんは、他の部屋で待機してもらえるようにお願いできますか?」
「畏まりました。応接室に待機して頂きます」
有能秘書さんが素早く手配をしてくれて、農家の皆さんが訓練場から出ていく。
ふー、危なかった。ご老人方の存在を忘れていたよ。どうやって面接をするのかを話し合った時、いちいち不合格を告げるのが面倒だったのでちょっと強引な面接をおこなうことにした。
強引なだけあって、普通の冒険者達はともかく、いまだにこちらに注目すらしていないご老人方には刺激が強すぎるかもしれない。
もし、ビックリし過ぎて心臓が止まってしまったら……。
二度手間になるけど、農家の人達は別で面接するのが正解だろう。手間を面倒に思ってこのまま続行して死人を出したら洒落にならない。
老人殺しなんて悪名は背負いたくないよね。
さて、これで心置きなく面接を始められる。
できるだけゆったりと歩いて冒険者達の前に立つ。厳しめの表情をしているつもりだけど、強者のムーブってこれでいいんだろうか? 今までの人生で演じたことがない役割だから、違和感が凄まじい。
でも、シルフィ達が一緒に移動してくれるから冒険者達もビビっている様子だし、たぶん大丈夫だろう。完全に圧迫面接だけど……。
「これより、精霊術師講習の面接を始める!」
人前で大声を出すのって結構恥ずかしいな。でも、俺の声に反応してピシッと姿勢を正してくれるのはちょっと気持ちがいい。鬼軍曹の気分だ。
少し恥ずかしいけど、面接の為の詠唱を始める。
これは精霊術師に詠唱が必要だと思わせる大切な詠唱。恥ずかしくても頑張らなければならない。
聞くがいい異世界の冒険者達よ! これが封印した厨二の心を解放した、地球の古強者の魂の詠唱だ!
「我が元に集いし精霊、烈風、慈雨、激震、聖樹、紅蓮、命運よ ~中略~ 汝らに命ずる。選別し聖別し、我に相応しき英雄を導き出せ!」
笑いながら自分の属性を高める大精霊達。まあ、聖別とか宗教からして違うし、恥ずかしいことを言っている自覚はあるから笑うのは構わない。
呼吸が止まりそうなくらいに大笑いするシルフィ、ディーネ、イフも許そう。
でも、お願いやめて。
カッコいいとか言わないで。興奮しないで。自分達もそれが良いとか言わないで。お願い。ちょっと心の闇を解放しただけなんだ。後悔しているから忘れてほしい。
……笑われることよりも、ベル達の無垢な賛辞の方が俺の心を深く傷つける。
自分の中で大暴れしている後悔と、かすかに感じてしまう罪深い喜びに恐れおののいていると、訓練場に冒険者達の悲鳴が響き渡る。
始まったか。
訓練場に吹き荒れる暴風、豪雨、地震、蔓、火炎、癒し……。
風にあおられ、雨に打たれ、揺れに這いつくばり、蔓に縛られ、火で炙られて、傷一つ無く元々よりも完璧に回復される冒険者達。とても惨たらしい光景だ。
ふーむ、ただ精霊術を習いたかっただけなのに、なぜあの人達はあんな目に遭わなければならないのだろう? 地球では訴訟問題&逮捕案件だな。
でも、この世界でなら大丈夫。冒険者に限っては、すべてが自己責任って条件で集めてあるから、俺に一切の責任は及ばない。ギルマスは胃を押さえていたし、俺も恨みは買っただろうけど……。
あと、ムサイ男達はともかく、女性冒険者達にはとても罪悪感を覚える。
しばらく経つと、訓練所を蹂躙していた自然? の猛威が治まった。
うーん、面接を突破したのはちょうど半分くらいかな? なんか、ディーネがこの子は違う気がするーって言いながら気絶させていた人も居たけど、ちゃんと審査したのかな?
「えーっと……今、立っている者達は合格だ。私自ら諸君等に精霊術の深淵を授けてやろう」
……いやん、厨二な詠唱タイムは終わったはずなのに、まだ封印が甘かったのか、深淵とか言ってしまった……。
読んでくださってありがとうございます。