四百八十八話 やったねベティさん
精霊術師のための講習を開くべく冒険者ギルドに相談に行くと、多大な計算違いが発生した。10人から20人くらいに教えればなんとかなると思っていたが、300人以上を面接して50人以上に講習って……予定と違い過ぎる。
「……という訳なんだけど、みんなはどう思う?」
予定外の出来事にギルドマスターとの会談を早めに切り上げ、宿に戻って大精霊達と会議をはじめた。
ノモスがやる気なさげだけど、ノモスは自分の家にお酒を増やすことに全力を傾けているから気が乗らないんだろう。
でも、教える時にはちゃんと協力してくれるって約束をしているし、今はやる気が無くても特に問題はないはずだ。まあ、やる気があった方が助かるのは間違いないんだけどね。
「裕太はどう思っているの?」
みんなの意見を聞く前に、シルフィに俺の意見を聞かれてしまった。
「うーん。ちゃんとした精霊術師が増えた方が精霊にとっても精霊術師にとっても良いことだとは分かってはいるんだけど……300人以上を面接するのが正直面倒だと思っています」
教えるのは属性ごとに班分けして、それぞれに詠唱とアクションを教えるだけだから、手間は増えるができない訳では無い。ただ、面接がとても面倒だ。
変なのに教えちゃうと精霊術師の評判が下がっちゃうし、契約した精霊にも良くない。だから面接はしっかりやるつもりだったけど、300人は多すぎるだろう。
「裕太は面接が楽になれば問題はないのかな?」
「ん? うん。ヴィータの言う通り、そこが楽になれば問題はないと思う。でも、人数が増えると浮遊精霊達に色々と教えるシルフィ達が大変なんじゃない? そこは大丈夫なの?」
俺の質問にシルフィ達が相談を始めた。
声を抑える訳でもなく普通に相談しているから、生々しい意見が聞こえて困る。
天然でほんわかイメージのディーネの口から、駄目な人間の見分け方とか聞きたくなかったな。
とりあえず、大精霊達としては、人数を増やすのを受け入れる方針のようだ。面倒そうな様子だったノモスも、人数を増やす方向で意見を出している。
たぶん、大精霊としての義務……とはちょっと違うかな? なんとなくだけど、みんな後輩の精霊達に選択肢を多くしてあげたいって気持ちで話し合っているように見える。
お酒好きで面白いことが大好きだったり天然だったり、色々癖がある大精霊達だけど、基本的に優しいよね。俺もあんな上司が欲し……いや、シルフィ達が上司だったら苦労しそうな気がするから、やっぱり嫌だな。
ドリーかヴィータみたいな上司なら有だけど。
「よし、決まりじゃな。裕太、ここは最大限の人数を受け入れることにするんじゃ。面倒かもしれんが、まともな精霊術師の人数が増えれば増えるほど世間の評判も良くなるからな」
飲み会が永遠に終わらなさそうな上司第一位のノモスが、結論を出した。
「面接と教育する浮遊精霊達はどうするの?」
「面接は私達が力を貸すわ。人間に大して興味がある訳じゃないけど、人格の良し悪しくらいなら見抜けるから安心しなさい」
無茶振りしてきそうな上司第一位のシルフィが、心強いことを言ってくれる。人格が良ければ特に問題は起こらなそうだな。
「浮遊精霊達の教育は? 精霊術師の才能が有るだけの人も集まっているって聞いたから、契約のサポートも必要になりそうだよね?」
そもそも契約してから習いに来いよとも思わないでもないが、自意識が弱い子達と契約した精霊術師は扱いに困るから、何が正解かが難しくて判断に困る。
理想としては、自意識バッチリの浮遊精霊と契約した、人格が素晴らしい人物だけが面接に来てくれるのが一番なんだけど、世の中そんなに甘くは無いよね。
「数が増えると時間が掛かっちゃうけどー、お姉ちゃん達が先に教育しておくから問題ないわー」
天然で大チョンボをやらかしそうな上司第一位のディーネもやる気なようだ。先に教育ってことは、そこら辺を飛んでいる精霊を教育するってこと?
それでその子達と精霊術師を合わせて契約……合コンというよりも、お見合いパーティーみたいだな。
「でも、先に教育って大丈夫なの? 教育したのに契約できなかったら、その精霊がかわいそうじゃないかな?」
一生懸命に覚えた知識が無駄になってしまうちびっ子精霊達とか、想像するだけで胸が痛む。
「そんなこと気にしないわよ。精霊は気分で契約するんだから、勉強しても気分が乗らなければ契約しないわ」
「気分で契約するの? でも、いままでシルフィ達が連れて来てくれた精霊は契約を嫌がったりしていないよね?」
ベル達を筆頭にフクちゃん達も、一切嫌がることなく契約してくれた。まあ、シルフィ達を見ていると気分って部分は凄く納得できるけど……。
「それは私達が連れてきたからよ。まあ、裕太が好物件だからなのもあるけどね。今回は普通の精霊術師との契約だってちゃんと説明するから、勝手に自分で判断するわよ」
「そうなんだ……」
まあ、精霊達からは自由に契約解除できるらしいし、悪党を排除すればそこまで神経質になる必要もないか。
「分かった。面接をシルフィ達が協力してくれるなら俺は問題ないから、ギルマスの話を受けるね。講習はいつ頃なら大丈夫?」
「そうね。数が増えるとやる気がある子を集めるのが少し面倒だから、五日後くらいかしら?」
五日でOKなのか。まあ、早ければ早いほど、俺も早く楽園に戻れて醤油と味噌を味わえるから助かる。
「了解。じゃあ、もう一度冒険者ギルドに行って話を通してくるよ」
「あっ、裕太さん。今回の講習と私のお願いを一緒にできませんか?」
ドリーのお願いを一緒にか。やることはだいたい同じだからできないことはないんだけど、ジャンルが少し違うから冒険者ギルドがすぐに動けるかな?
「……分かった。冒険者ギルドのギルマスにも話してみるけど、間に合いそうになかったらベティさんにも相談してみるよ。たぶんなんとかしてくれると思う」
本来ならマリーさんに頼っても良い話なんだけど、マリーさんにはお説教をかましたばかりだし、下手に頼みごとをしたら暴走してしまいそうだから、ベティさんに頼ろう。
美味しいカレーもご馳走したし、頑張ってくれるはずだ。
「よろしくお願いしますね」
さすが優しい上司第一位をヴィータと争うドリーだ。お願いしますって言われるだけで、やる気がとても湧いてくる。俺としては美人上司の方が好きだから、ヴィータよりもドリーに軍配が上がるよね。
ちなみに、上司枠に登場していないイフだけど、彼女は姉御というか親分というか、なんとなくジャンルが違う気がするので、別ランキングだ。
***
話し合いが終わり、面接で合格すれば人数制限は設けないことをギルマスに伝えたら、大喜びしていた。五日後に面接をすると伝えたら、せめてもう少し猶予をと半泣きになっていたけど……。
こちらも急な話だとは認識しているので、お互いに妥協して七日後に面接をおこなうことになった。
ドリーのお願いは、やはり冒険者ギルドの管轄から微妙に外れているらしく、時間が掛かっても構わないのであればとのことだったので、目の前にいる女性の力を借りることにした。
したんだけど……本当に力を借りていいのだろうか?
「えーっと、ベティさんこの前はお世話になりました。お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
ぷっくりムッチリなベティさんのホッペのモチモチ具合が、微妙に力を失っているように見える。痩せたというよりも萎んだ?
「全然大丈夫じゃないですー。ダニエラさんもギルマスも怖いんですー。フランコ事務長も鬼ですー。アーダちゃんも助けてくれませんー」
疲れている様子だったので社交辞令で心配の言葉を投げかけると、全力で泣き言を漏らしてきた。ベティさんっていい根性していると思う。
まさか商業ギルドの受付カウンターで、人目もはばからずにぶちまけるとは思わなかったよ。
ベティさんの隣でこめかみに血管を浮き上がらせながら接客しているのがアーダちゃんとやらで、奥の管理職が座っていそうな場所で憤怒の表情を浮かべている男性がフランコ事務長だろうか?
とりあえず、俺が帰った後にお説教は確定だな。
「裕太さん、聞いてくださいー。裕太さんが帰った後に、ダニエラさんがギルマスのところまで乗り込んじゃったんですー。お互いにバチバチやりあって私は板挟みですー。そのうえ私が話を持ってきたんだからと、スパイス関係の下働きですー。忙しくて死んでしまいますー。美味しいものが食べたいですー。全部裕太さんのせいなんですから責任取って、あ痛ッ!」
怒涛のように吐き出される愚痴に周囲が完全に引いている。笑っているのはシルフィくらいだな。シルフィってベティさんみたいなタイプが結構好きだよね。
そして、フランコ事務長らしき男性が駆け寄ってきて、ベティさんの頭に思いっきり拳骨を落とした。ゴツンと鈍い音が響いたから、相当力が込められていたのだろう。ベティさんが声も出せずに悶絶しながら床を転がっている。
日本だとパワハラ間違いなしの光景なんだけど、なぜだろう? 拳骨を落としたフランコ事務長がとても正しいように思える。
まあ、それでも日本だとフランコ事務長が罰せられるんだけど、残念なことにここは異世界だから、ベティさんに救いは無い。ん? 俺がフォローするべきなのか?
「裕太様。うちの受付がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
凄いなフランコ事務長。こめかみのあたりにハッキリクッキリと血管が浮き上がっているのに、営業スマイルが完璧だ。逆にそれが怖いけど……。
「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ありません。俺のお願いでベティさんも大変だったようですね」
仕事をお願いするつもりだったけど、どうやらベティさんは限界のようだ。色々とお手伝いもしてもらったし、今度食事にでも招待してお礼をしておいた方が良いかもしれないな。
商業ギルドに利益があるからって、ベティさんをおろそかにしていたのは俺のミスだろう。
「いえいえ、裕太さんのお願いは商業ギルドに利益をもたらしてくれました。迷惑などとんでもございません。それで、この度はどのようなご用件でしょう。個室にご案内いたしますか?」
……個室に案内してもらう程の話ではないんだけど、注目を集めちゃったし案内してもらった方が良さそうだな。
「あー、お願いします。それと、ベティさんをお借りしても構いませんか?」
ついでにベティさんも救出しておこう。怒りマックスのフランコ事務長の元に放置しておくのはさすがに可哀相だ。
まあ、結局お仕事をお願いすることになりそうだけど、外に出る仕事になるから、下働きからは逃げられるよ。やったねベティさん。
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