四十七話 ウイスキー
久しぶりのお酒。シルフィとノモスとドリーは日本酒を飲みながら、真剣に日本酒についての考察をしている。あんまり味覚に優れていない俺は、ディーネとのんびりお酒を楽しんでいた。
会話の種にディーネに契約条件の変更はどうなったのか聞くと、ピタリと動きが止まった。
「裕太ちゃん、どうしよう。お姉ちゃんお酒のことばっかり考えて、条件を考える事を忘れてたわ」
何となく忘れていたのは分かったんだけど、お酒の事ばかり考えて忘れてたのか。それは予想外だったよ。
「……まあ、俺が帰って来るまでに何か考えておけば、なんとかなるんじゃないか? それにノモスに聞いたら、契約の順番なんて関係ないって言ってたぞ」
「駄目よ。お姉ちゃんなのに最後なんて。お姉ちゃんのプライドが許さないの」
お姉ちゃんのプライドってなんだよ。相変わらずよく分からんところに拘りを持ってるよな。言った後はうーんっと悩みだしてしまった。
条件を考え出したんだろう。しまった、話し相手が居なくなっちゃったよ。シルフィとノモスとドリーの会話は、真剣過ぎて関わり合いになりたくない。しょうがない。じっくり酒を味わうか。
うーんっと悩み続けるディーネを酒の肴に、日本酒を飲む。ディーネを見る度に思うが、本当に外見は完璧なんだよな。勿体ない。本当に勿体ない。あっ。ディーネが動いた。
「ねえ裕太ちゃん。お姉ちゃんよく分からなくなったの。何かいい条件が無い?」
眉間にシワが寄って、口がへの字になっている。……こんな顔しても美人に見えるのは凄いよね。
「条件を出される側の俺が、条件を考えるのはおかしいだろ」
「でも、何も思いつかないんだもん」
だもんとか言い出した。悩み過ぎて精神が幼くなってるのか?
「まあ、水路を作るのは最後になるから、どうしようもないと思うぞ」
「裕太ちゃんも何か考えて。お姉ちゃんのお願い」
どうしようもないと言ったんだけど、聞こえてないのか?
「そんな事言われてもな……考えつく事と言えば水路は必ず作る事を約束するから、契約するみたいな方法か? でも、そんな先払いみたいなのは駄目だろ?」
「うーん。もうそれで良いかなー」
「おい。精霊が酔うのか分からんが、酒が抜けてから落ち着いて考えろ。ノモスやドリーとの契約まで時間は有るからな」
なんか適当な感じで大精霊と契約とか怖すぎる。ディーネがトップとかなら問題ないが、上に王様がいるんだ。水の精霊王の怒りとか買いたくないぞ。
「えー」
「えー、じゃない。大事な事なんだからちゃんと考えろよな」
そもそも、シルフィもいるしベル達もいる。ノモスとドリーも契約してくれるらしい。別に無理してディーネと契約する必要もない気が……。ジトーっとした目でディーネが俺を睨む。
「裕太ちゃん。いま嫌なこと考えてたでしょ! お姉ちゃん分かるんだからね!」
……野生の勘か。こういう鋭い所が何で他に活かせないんだろう。不思議だ。
「そんな事ないぞ。ただ、適当に考えて適当に契約したら、精霊王様が怒ったりするんじゃないか?」
あっ。ビクッてした。本当に怒られるのか? ヤバくね?
「ちょっと、シルフィ。ねえって」
「ん? 裕太、どうしたの?」
お酒に集中していて俺とディーネの話をまったく聞いていなかったようだ。少しはこちらにも興味を持って欲しい。
「今、ディーネが適当に精霊契約の条件を変更しようとしてたから、精霊王様に怒られるんじゃないのかって言ったらビクッってしたんだよ。本当に怒られる事があるのか? なんかヤバそうなんだけど」
「うーん。別に契約は条件を出さなくても、気に入ったら契約で良いのよ。まあ、大精霊クラスになると、契約なんてほぼ無いんだけどね。そもそも条件なんて、声も聞く事が出来ない相手に伝えられるわけないものね」
別に条件とかいらないんだ。そういえば、精霊との親和性が高くても、何となく気配しか感じられない人が大半だって言ってたな。条件なんて出せないよな。……俺はガッツリ条件を出されてるけどね。無条件で協力しろとか思ってないから良いけど。ちょっと切ない。
「シルフィ。怒られるかどうかを聞きたいんだが」
「……そうね。そんな話だったわね。気に入ったら契約しても良いんだけど、大精霊の契約は大事なことだから、適当な事をしたら怒られるわね」
やっぱり怒られるんだ。そして、シルフィがちょっと酔っている気がする。精霊も酒に酔うんだな。
「ディーネ。やっぱりお酒を飲んで適当に条件変更なんてしてたらヤバいぞ。しっかり考えろよ」
「うー。わかったわよー」
これで一安心か。いや。今の条件だとやっぱり水路は最後になるよな。何か良い考えが浮かばないとおんなじ事を繰り返しそうだ。助け舟を出しておくか。
「ディーネ。水路は必ず作るから。何か別のちゃんとした条件を考えろよ。それなら適当な契約にはならないだろ」
「裕太ちゃんありがとー。お姉ちゃん感激よ!」
むぎゅって抱きしめられた。内面はともかく外面は最高だからな。両頬に当たる感触に罪は無い。だから喜んでも良いはずだ。息が続く限り俺は耐える。
「ちょっとディーネ。離れなさい。裕太が窒息しちゃうわよ」
まだ頑張れたんだが……シルフィの無駄に大きいんだからって呟きに、余計な事を言うのは止めておいた。
「大丈夫だよ。シルフィ。ありがとう」
「裕太。顔がニヤけてるわよ」
うむ。ニヤけている事は薄々気が付いている。話を変えよう。
「そろそろ日本酒が無くなるだろ。次のお酒を出そうか?」
今まで全くこちらに関わって来ずに、酒を飲んでいたノモスとドリーがこちらを向いた。大精霊は自分に都合がいい事しか聞こえない耳を持っているのか?
「新しいお酒。どんなお酒なのかしら? 楽しみね」
シルフィの注意があっさり逸れた。大精霊対策にお酒を保存しておいた方が良さそうだな。何かに使える気がする。自分で全部飲めないのは残念だが、その分この世界で美味しいお酒を探そう。
「うむ。良いぞ。次の酒を頼む」
「このお酒もとても美味しかったです。次のお酒も楽しみですね」
「お姉ちゃんも飲むわー」
ノモス。ドリー。ディーネもワクワクした表情で次のお酒の登場を待っている。ちょっとプレッシャーだな。
「あはは。期待に応えられたら良いんだけど」
あっ、氷が要るんだった。どうやって出して貰おう。
「直ぐに用意するよ。でもその前に、ノモス。ちょっと来てくれ」
テーブルから離れた場所にノモスを連れて行き相談する。
「なんじゃい。儂は酒が早く飲みたいんじゃぞ」
「次の酒な。俺は氷を入れて飲むのが好きなんだ。ディーネが出せるって言ってたんだが、俺が頼んでも駄目だろ。何かいい方法はないか?」
「ふむ。氷か。そんなもん、お主がなんか暑いなーとか言っておれば、あ奴が勝手に出すじゃろ」
「……その露骨な一人芝居が嫌で聞いてるんだ」
「そんなもん知るか。一番手っ取り早いのがそれなんじゃから、さっさと済ませて酒を飲むぞ」
結局一人芝居か。恥ずかしいんだよな。テーブルに戻り覚悟を決める。
「なんか暑いなー。とっても暑いなー。どうしようかなー。あついなー」
「あら裕太。暑いの? 私が風を吹かせてあげるわよ。契約したんだから何かあったら私に言いなさい」
……シルフィ。やっぱり酔ってるな。普段ならこんな露骨な一人芝居、何かあるってすぐに分かるはずなのに。あっ、ノモスが止めてくれた。助かる。
ドンっと背後に大きな音がした。後ろを見ると大きな氷の塊が……大きすぎるが、まあ良いか。チラッとディーネをみると、ムフーって得意げだ。ちゃんと空気を読んでくれて良かったよ。
「これが次のお酒でウイスキーって言うんだ。このお酒は樽に詰めて十二年寝かしたものだな。美味い酒だぞ」
「む? 十二年じゃと? 酒が腐るじゃろう。飲めるのか?」
ノモスが顔色を変えて聞いて来る。飲めないとか言ったらぶっ飛ばされそうだ。この世界は熟成酒が無いのか? また一つ知識チートの可能性をゲットした。お酒は儲かりそうだ。
「安心しろ。この酒は蒸留してアルコール度も高いし、二十年も三十年も寝かせた酒がある。絶対に大丈夫だ」
「本当じゃろうな」
完全に疑われています。精霊にとって十二年なんて直ぐでしょ。なんでこう言う所だけ拘るんだよ。精霊も食当たりするのか?
「問題無い。心配なら俺が先に飲もう」
新しいコップを取り出し、少しずつ酒をつぐ。初めはストレートが良いんだろうな。俺はロックの方が好きだけど。
「まずはストレートで飲んでみてくれ。強すぎると思ったら、氷を入れたり水を入れてもいいぞ。本当に強いから最初は舐めるように飲むと良い」
そういって俺が大丈夫だと示すように口に含み飲み込む。やっぱり俺は氷が入っている方が好きだな。でも美味い。
ノモスが俺に続きお酒を口に含む。重厚な沈黙。何かを確かめるようにゆっくりと口を動かし、飲み込んだ。なんだよこいつ。雰囲気が重すぎるよ。余韻を確かめるように目を閉じるノモス。暫くするとクワッって感じで目を開いた。
「よい。この酒も良い。裕太。お主の世界の酒は味も素晴らしいが、香りも素晴らしい。この酒にはいくつもの香りが閉じ込められておる。なんじゃろうな。フルーティかと思えば、木の香りのような……たしかにキツイ酒じゃが、素晴らしい酒じゃ」
「お、おう。気に入ってくれたのなら良かったよ。ゆっくり楽しんでくれ」
「おう」
ノモスの話を聞いた後は、他の大精霊達もウイスキーを飲み始めた。あっ、そうだ。シルフィに氷を削って貰えないか聞いてみよう。
「シルフィ。ちょっといいか?」
「あら裕太。このお酒も美味しいわよ。それでどうしたの?」
シルフィもウイスキーが気に入ったのかご機嫌だ。
「俺はこの酒に氷を入れて飲むのが好きなんだ。このカップに入るぐらいの大きさで、あの氷を真球状に削る事は出来るか?」
「それぐらいなら簡単よ」
シルフィが手を振るとスパっと氷の塊が切り離され、グルグル回転しだした。そこに見えないけど多分風の刃があたり、かき氷のように氷が飛び散る。風が止むと真球の氷がふわふわと飛んで来て俺のコップにぽちゃんと落ちた。
「シルフィ。ありがとう」
俺の言葉にヒラヒラと手を振って、酒を飲み始めるシルフィ。丸い氷は俺では削り出せそうにないから、頼んでみたんだけど、実際に出来ると驚きだ。まあいい。これで美味しくお酒が飲める。
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