四百八十話 ヴィータのセンス
楽園に戻ってきて、ノモス、イフの家は無事に設置した。残りはヴィータとシルフィ達の家の設置なんだけど……シルフィとディーネがモメているし、なぜか精霊王様達が全員集合してしまった。意味が分からない。
「えーっと……ウインド様。新築祝いとの事ですが、急ですとこちらといたしましても十分なおもてなしは難しいという事情もありまして……」
「あはは。裕太は堅苦しいな。前にも言ったと思うけど、もっと普通でいいんだよ。人間みたいにそんなの気にしないんだからね!」
この堅苦しいのは礼儀じゃなくて嫌味なんだけど、まったく通じてないな。
「……ありがとうございます。それで、ウインド様。新築祝いって言っていたけど、どうしてそれを知っているの?」
「僕は風の精霊王だよ?」
すごい説得力だ。大精霊のシルフィでもどれだけ凄いのか理解できないのに、精霊王ともなるとなんでも知っていて当然って気がする。
「もしかして、邪魔だった?」
クリクリと瞳で質問してくるウインド様。ドラゴンボディも小さくなった影響か、ぽってりして可愛らしいし、とても罪悪感を刺激される。実際は巨大なドラゴンなのに、なんかズルい。
「いや、邪魔ってことはないんだけど、突然だと驚くから……」
精霊王様達は気さくだし、ライト様はモフモフだしダーク様は色っぽいから来ることには問題は無い。ただ、もう少しタイミングを見計らってほしいだけだ。
「それは裕太が悪いんだよ」
「へ? 俺が悪い?」
俺が文句を言う場面のはずなのに、いきなり責められてしまった。なんか納得がいかない。
「えーっと……どういうこと?」
「カレーだよカレー。あんなに不思議な匂いを嗅いだのは初めてだったんだ。風の精霊王である僕がだよ! じゃあ食べたいに決まっているよね!」
「……新築祝いは?」
「……それはそれ?」
……ようするに、なんらかの手段でカレーの匂いを嗅いで、食べたくなった。なんか新築祝いとか言っているし、乱入しちゃってもいいよねってことかな?
カレー、恐るべし。精霊王まで惹きつけるのか……。
でも、俺の中でカレーは一旦終わった話なんだよな。今のトレンドは醤油と味噌だから、カレーは1ヶ月くらいは寝かせておきたい。
「カレー。アースも楽しみにしているんだよ!」
と、思ってはいたけど、アース様が楽しみにしているのなら話は違う。
ウインド様は断っても心は痛まないし、もっとアルバードさんに気を遣えよって思うけど、純真なアース様にはガッカリしてほしくない。
「じゃあ、今晩の新築祝いにカレーも出すね。でも、量はそこまでないから、1人1杯くらいだよ?」
食堂から気に入ったカレーをいくつかもらってきたとはいえ、味見用に小分けで作ったものだから、量はそれほどでもない。
精霊王様達全員に1杯でギリギリかな? ルビーが味見できる分は残しておこう。
香辛料は大量ゲットしてあるから、ルビーがカレーをマスターすれば増産可能だけど、俺が満足して増産をお願いするレベルまで、どれくらいかかるだろうか?
「うーん、量が少ないのは残念だけど、でも食べられるならいっか。お願いね。あっ、そろそろアッチをなんとかしたほうが良いんじゃない?」
ウインド様の指す方を向くと、なぜかシルフィがディーネの豊かな母性の象徴を鷲掴みにしていた。なんでそうなるの?
「んーっと……ドリー……なんであんなことになっているのかな?」
3人で話し合っていたはずなのに、若干、いや、結構離れた場所でシルフィとディーネを見ているドリーに話しかける。
「あぁ、裕太さん。それなんですが……」
ドリーが困った顔で言葉を途切れさせた。これは、間違いなくくだらない理由でモメているな。
……しかたがない。聞きたくはないけど、仲裁するならモメている原因を知らないとどこに地雷が埋まっているか分からないからな。
「簡単にでいいからお願い」
「家の場所は裕太さんの家の近くって割とすぐに決まりました」
「家の場所が決まったなら問題はないんじゃ?」
本題がそれだったよね?
「そうなんですが、ディーネが家に水を引き込む魔導ポンプから魚も吸い込めるようにすると言ってシルフィと意見が分かれました」
??? 言っている意味がよく理解できない。
「なんで? そもそも魚を吸い込んでも大丈夫なの? ディーネって魚が嫌いだったっけ?」
せっかく捕まえてきて水草まで植えて水路に放したのに、なんで?
「ディーネは水の精霊なので魚については拘りがあるようで、今、水路に居る魚は野生が足りないと考えているようです。刺激を与えて魚に野生を取り戻させるのが目的ですね。シルフィは家まで魚を引き込まなくてもって考えです」
ドリーが困った顔で説明してくれた。……ようするに、楽園に外敵が居ないから魚が野生を失ったってこと? 玉兎なんかは隣の肉食獣に怯えていたみたいだけど、魚は危険が無いから滝とかで刺激したいのか。
グアバードも居るんだけど、あの子達の主食は植物だったかな? ……うん、まああれだ、正直どうでもいいな。
「でも、それだけであんなにならないよね?」
シルフィが凄い形相でディーネの母性の象徴を鷲掴みしている。指が完全に母性の象徴にめり込み、ある意味眼福ではある。
「それは、会話の中でディーネが、『そんなんだから胸も小さいのよー』って言ったからですね」
ディーネが地雷を踏んだのか。シルフィのも俺からしたらなかなかのサイズなんだけど、ディーネのは圧倒的だからな……。
って違う。今、ドリーがディーネのモノマネをしたよね。しかも、妙に似ている……ドリーの意外な特技?
「えーっと、もう1回お願い」
「何をですか?」
「いや、ディーネのモノマネ」
……ドリーが何かを考え込んだ後、急に顔が真っ赤に染まった。もしかしてさっきのモノマネは無意識だったのか?
「わ、忘れてください!」
おぉ。どうやら本当に無意識だったようだ。普通ならそんなこと言わないでもう1回やってよって言うんだけど……ドリーには無理だな。俺はちゃんと人を選ぶんだ。ドリーは汚したらいけない存在だよね。
「うん。分かった。忘れるよ。じゃあ家を設置しようか。ドリー達の家の場所が俺の家の近くなら、ドリー達の家を設置してからヴィータの家だね。ヴィータ、最後になっちゃうけどそれでいい?」
「あぁ、僕は最後で構わないよ」
「ありがとう。じゃあ、ドリー、場所を教えて」
「えっ? 場所はこちらですけど……シルフィ達を止めないんですか?」
ドリーが目を見開いて驚いている。今日はドリーの珍しい表情を沢山見られる。なんか得した気分だ。
「うん。止めないよ。サクラも抱っこしているし、近づくと教育に悪いよね。じゃあ、行こうか」
何かしらの深刻な問題なら精いっぱい仲裁するけど、女性のデリケートな問題に首を突っ込むのは無理だ。酷い目に遭うのが確定しているのに近づくほど俺はバカじゃないよ。
ウインド様が止めた方が良いって言っていたけど、あれは罠だな。面白そうだから俺を燃料として投入しようとしたんだと思う。こっちを見てちょっと残念そうな様子だから間違いない。
シルフィにも言えるけど、風の精霊はちょっとした騒動を好む気質がある気がする。ベルはそんな子にならないように、俺がしっかり育てないといけないな。ベルが邪悪な笑い方をするようになってしまったら……俺は罪悪感で精神が消滅する気がする。
戸惑っているドリーを促して場所を教えてもらう。ふむ、俺の家の右側か。少し離れているのは風通しなんかを考えたのかな?
魔法の鞄から家を取り出し、言われた場所に設置する。
「細かい作業は後でいいよね?」
「はい。シルフィ達の結論が出てからでいいと思います」
だよね。シルフィ達の結論次第で場所が変わるかもしれないもんね。
「じゃあ、次はヴィータの家だね」
「分かった」
ヴィータの案内で移動しようとして、ちょっと待てと立ち止まる。さすがに精霊王様達を放置するのは駄目だろう。
ベル達が精霊王様達と無邪気に戯れているけど、お茶くらいは出しておかないといけない。
ヴィータにちょっと待ってもらい、精霊王様達の傍にテーブルと椅子を設置し、紅茶とお茶請けを並べる。
「ドリー。精霊王様達のお相手をお願いできる?」
「はい。お任せください」
ドリーが請け負ってくれたなら安心だな。さて、残りはヴィータの家だけだし、サクサクと設置して新築祝いの準備をしないとな。
と思っていたんだけど、ライト様とアース様の視線が気になる。何かを訴えかけるような目線だけど……その理由はなんだ?
……ふと思いついて、魔法の鞄から甘味を追加すると、ライト様の瞳が輝いた。そうなると、アース様の方は料理を追加すれば……うん、アース様もご機嫌な様子だ。量と料理が足りなかったんだな。
夜には新築祝いなんだけど、まあ、アース様なら問題ないだろう。ライト様は……ちょっと心配だけど、見栄っ張りでもあるからバカ食いはしないだろう。
すべての手配を終えて、改めてヴィータの家の設置に向かう。場所はモフモフキングダムか。
生き物の数で言ったらたしかにここが一番豊富だし、命の大精霊であるヴィータが一番好む場所なのかもしれないな。
「あはは。みんなお待ちかねみたいだね」
ヴィータが何を言っているか分からずキョトンとしてしまったが、ヴィータの目線を追うとその理由が分かった。
可愛らしい玉兎達が、木の間や茂みの隙間から俺を見ている。貢物をご所望のようだ。
どうせなら俺がモフモフキングダムに入った瞬間に、大歓迎で集まってくれるようになってほしいんだけど、姿を見せてくれるだけでも大進歩だよね。すべてはライト様の説得のおかげだ。
期待されているのなら応えずにはいられない。まだ玉兎達の警戒心をぬぐいきれてはいないけど、素晴らしいモフモフな未来の為にも奮発しておこう。
魔法の鞄から沢山の果実を取り出し、地面に山のように盛り付ける。……やっぱりまだ貢物を見せても近づいて来てはくれないようだ。魚と違ってなかなか野生を失ってくれないな。
少し寂しく思いながらヴィータの後について進む。途中で後ろを向くと、果実の山に駆け寄る玉兎達の姿が見える。いずれは俺が居てもあんな風に駆け寄ってくるようになれば嬉しいな。
「ここにお願い」
ここに家を設置すればいいんだな。モフモフキングダムの中心あたりだけど、特に目新しい場所ではない。ヴィータはあんまり景色とか興味が無いのかな? まあ、言われた場所に設置すればそれでいいか。
「分かった。家の向きはこれでいい?」
魔法の鞄からヴィータの家を取り出し、ドスンと設置する。
「うん。いいね。イメージとピッタリだよ」
ヴィータが喜んでくれるのは嬉しいけど、イメージ? 小さめのログハウスというか、たんなる小屋のような家なんだけど、どんなイメージ?
不思議に思ってヴィータの隣に移動して、改めて小屋……家を確認してみる。
……なるほど、粗末な家だけど、離れた場所から見るとヴィータの言いたいことが理解できた。
北欧の美しい森の中に、自然と一体化するようにポツンと建てられた小屋。そんなイメージなんだろう。今は家に使われた木材が新しいから少し浮いているように見えるが、時間が経てば更に一体化しそうだ。
ヴィータのことだから、モフモフキングダムの動物達のストレス軽減も考えてこんな形の家にしたんだろう。
ヴィータの家だけ安かったし、こんなショボい家で本当に良いのかと疑問だったけど、この景色を見たら、これで良かったんだって普通に思える。豪華なだけが家じゃないんだな。
「裕太。家具もお願いできるかな?」
「ん? あぁ、分かった」
いかんいかん、ちょっと見入ってボーっとしてしまった。新築祝いの準備もあるし、テキパキ行動しよう。でも、今度、ヴィータの家の前でコーヒーを飲ませてもらおう。きっと美味しいと思う。
小さい板張りの小屋の中に、シンプルな家具を設置する。飾りも少なく味気ない家具達だけど、外からの景色を考えて家具を見れば、これはこれで味がある雰囲気に思える。ヴィータって実はセンス抜群なのかもしれない。
……さて、なんか負けた気がするんだけど、これで家の設置は終了だから新築祝いの準備に取り掛かろう。
新築祝いと、完成した醤油を使った料理……もう、ウナギしかないと思う。
前にベリルで大量にウナギを買い占めてきたけど、ちょこっと白焼きを作っただけで魔法の鞄にしまい込んだのはこの日の為。
白焼きも良いけど、やっぱりウナギは蒲焼だよね!
本日、7/21日。精霊達の楽園と理想の異世界生活のコミックス第四巻が発売されました。
詳細は活動報告に載せていますので、ご確認いただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
読んでくださってありがとうございます。