四百七十八話 マリー、落ち着いて
「うふふ……うふふふふ……たまらないわ! 素晴らしいわ! ねえソニア! あなたもそう思うわよね! 王都の利権を独占していた豪商の爺共や、すぐに権力で横槍を入れて金品をせびる強欲貴族共の、悔しさを隠しながら私に媚を売るあの顔! とても! とても! とても! 素晴らしかったわ! あはははは!」
なんて素晴らしいのかしら若返り草!
裕太さんが卸してくれるドラゴン素材や、魔力草、万能草、神力草は軍事物資とも言えるから、独占したり売り惜しんだりすれば、強欲な貴族や商人達に隙をみせることになる。
だから慎重な行動が必要だった。それでも、国や貴族との伝手を増やせたし、ガッチリつかんで離さない王都の利権にも少しは食い込むことができた。
でも、若返り草は効果が桁違いだわ。軍事に直結する訳じゃないから、陛下や上級貴族に対策をしておけば売り惜しんだとしても問題にし辛い。
問題にし辛いから、私のような小娘に媚を売ってでも手に入れないといけない。奥方達の社交的地位の為にも、ご機嫌を取るためにも必須のアイテムだものね。笑いが止まらないわ!
「マリー。気持ちは分かるけど、そろそろ落ち着きなさい。パーティーからもう5日も経っているのよ?」
「……ソニア、そんなにニヤニヤした顔で言っても説得力がないわよ?」
我が幼馴染ながら、凄く嫌らしい顔をしているわ。
「そう? あー、昨日のことを思い出しちゃったからかしら? 私も切り替えないといけないわね」
昨日のってことは、あの下種商人のことを思い出していたのね。初めて会った時なんか、私達を小娘と侮って体を要求してきた下種。
断ったら裕太さんが卸してくれる素材を奪おうとするし、色々と嫌がらせをしてきてうっとうしかったのよね。上級貴族とも繋がっていたから迂闊に反撃もできないし、苦労させられたわ。
でも、裕太さんの実力が国の上層部に明るみに出て陛下から通達が出た結果、繋がっていた上級貴族に切り捨てられて落ち目になっちゃったのよね。
それで、昨日なんか若返り草のおこぼれに与るために、嫌がらせをした小娘に必死で頭を下げて……ふふっ。
ふぅ……あの顔を思い出しただけで気分が良くなるけど、ソニアの言う通り落ち着かないといけないわね。
今回のことで王都での商売が有利になったことは確かだけど、それでも王都では新参者であることには変わりはないわ。気を引き締めて掛からないとね。
***
「迷宮都市から緊急の報告? すぐに通してちょうだい」
迷宮都市で何かあったのかしら? 今の迷宮都市で大きな問題が起こるとは考え辛いのだけど……まさかお父様に何か?
ソニアに連れられて来たのは、私が取り仕切っている雑貨屋の従業員。
「ジョセフ、何があったの?」
お父様に何かがあったのなら本店の従業員が派遣されてくるはずだから少しホッとしたけど、疲れ果てたその様子に嫌な予感が膨れ上がる。店に何が?
「裕太様が店に来ました」
「裕太さんが? 迷宮都市に来る時期とはズレている気もするけど、何か難しい依頼があったの?」
そういうことなら緊急の報告も納得ね。裕太さんは店の、いえ、ポルリウス商会の最優先顧客。ちょっとしたことでも全力を尽くす必要があるわ。
「いえ、依頼ではなく……」
言い辛そうに言葉を詰まらせるジョセフに、再び嫌な予感が膨れ上がる。従業員の教育に自信があるからこそ、これだけで厄介な事態が確信できるのは皮肉な事よね。
「裕太さんについては商会の最優先事項よ。詳しく話しなさい!」
「は、はい! 裕太さんがふらりと店に来られて、店長に伝言を預けていかれました。王都で大活躍のご様子は喜ばしいことなのですが、商品ではなく俺自体を利用するような行為は少し不愉快でもあります。今後の素材の提供や、投資しているお金についてもどうすればいいのかを検討中です。との事です」
「……? もう一度お願い」
「王都で大活躍のご様子は喜ばしいことなのですが、商品ではなく俺自体を利用するような行為は少し不愉快でもあります。今後の素材の提供や、投資しているお金についてもどうすればいいのかを検討中です。との事です!」
聞き間違いじゃなかったようね。
「……どどどど、どうしようソニア! ゆゆゆ裕太さんが、裕太さんが……め、迷宮都市に戻らないと……」
「マリー、お、落ち着いて。ジョセフ、他に報告は?」
落ち着いて? この状況で落ち着いてなんていられる訳ないでしょ? 裕太さんに切り捨てられたら、ポルリウス商会自体が危機に陥るわよ。
いえ、違うわ。こんな時だからこそ、店長として部下の前で醜態は見せられないのね。無理矢理にでも平静を装わなきゃ。
「次に店に訪問した時に、話し合いの時間を取ってくださいとおっしゃって帰られました。次がいつなのかは未定で、迷宮都市に来たらまた連絡するとの事です」
迷宮都市からもう出ちゃったってこと? 帰っちゃったら謝ることすらできないじゃない。平静を装った仮面が、もう外れそう。
「伝言を受け取ったのは誰ですか?」
ソニアが話を進めてくれるのね。さすが私の幼馴染。頼りになるわ。今のうちに仮面をかぶり直さないと。
「私が受け取り、会長に報告後、そのままこちらに直行しました」
「その時の様子はどうでしたか? 怒り狂っていただとか、不機嫌だったとか、些細な事でもいいので教えてください。情報が必要です」
「普通でした。普段と変わらない様子で、ただ、伝言だけ残して帰られました」
「そうですか。分かりました。マリー、他に聞きたいことはない?」
聞きたいこと? ……怒り狂ってなくて普通だったのは、良い情報……いえ、裕太さんは怒りを面に出すタイプじゃないわ。駄目ね、頭が回らないわ。まずは、情報を整理し直さないと。
「今は思いつかないわ。ジョセフ、ご苦労様。聞きたいことが出来たらまた呼ぶけど、今はとりあえず休んでちょうだい」
「では、失礼いたします。何かありましたら、いつでもお呼びください」
「ソニア! どうしよう!」
ジョセフが部屋から出た瞬間、無理矢理かぶった平静の仮面が吹き飛んだ。
「私にも分からないわよ!」
冷静に見えたソニアの顔が蒼ざめている。ソニアもいっぱいいっぱいだったのね。私が店長なんだし、ソニアに甘えずにしっかりしないといけないわ。
「……まず、裕太さんの言葉なんだけど、裕太さん自体を利用したことが不愉快なのよね? 利用ってどの利用? 今までも利用しつくしてきた自覚があるから、何がいけなかったのか分からないわ。私達が裕太さんを利用しているのは、裕太さんも知っているわよね?」
「裕太さんの言葉を考えるに、王都での行動が裕太さんを不愉快にさせた可能性が高いわね」
王都での行動……。
「そもそも、なんで王都での私達の行動を裕太さんが知っているの? 王都に来ていたのかしら?」
「裕太さんは王都で注目の的よ。来ていたら誰かが気がつくわ」
そうよね。普通に来ていたら誰かが気がつくわ。国の上層部が本気で注目しているんだもの。
「それに、裕太さんの能力は分からないことが多すぎるから、そこを深く考えても無駄だと思うわ。不愉快に思った原因を考えるのが先よ」
「原因……我が商会の冒険者は優秀ですからって自慢しちゃったことかしら?」
裕太さんはポルリウス商会専属の冒険者じゃない訳だし、不愉快に思われる可能性もあるわよね。
「マリーが、裕太さんは私に夢中なの! とか自慢したのも悪かったんじゃない? あと、若返り草は、裕太さんがいつまでも私に美しく居てほしいから探してきてくれたの! とも言っていたわよね?」
あれは、ちょっと調子に乗りすぎたわね。でも、貴族や商会が自分の娘を送り込もうとしていたから、牽制するのに必要だったのよ。
「ソニアだって、裕太様のお嬢様を見つめる瞳は情熱的で、とか言っていたじゃない」
「マリーが裕太さんを落としていれば、嘘を言う必要もなかったのよね」
やれやれと言いたげな様子で、私を見つめるソニア……なんだかとってもカチンとくるわね……。
「……私に魅力が無いのが悪いとでも言いたいのかしら? ソニアだって、色々とちょっかいを出して呆れられていたじゃない。こっそり近づいて驚かす? 子供じゃないんだから、もう少しやり方を考えなさいよ」
「マリーだって、精いっぱいのオシャレをして食事に誘ったのに、何事もなく帰ってきたじゃない。魅力が足りないのよ、魅力が!」
「着飾らせたのはソニアでしょ。ソニアのセンスが悪いのよ!」
………………
「……不毛な喧嘩は止めましょう。今はこんなことをしている場合じゃないわ」
仲間割れなんかしている暇はないのよ。私の魅力にケチをつけたことは許せないけど、まずは商会として生き残ることが先決よ。
「そうね。ちょっと感情的になっちゃったけど、そんな場合じゃないわよね」
「ねえ、ソニア。言い合っていて思ったんだけど、裕太さんが不愉快に思いそうなことが沢山ありすぎて、どれのことかがサッパリ分からないわ」
「否定はできないわね。裕太さんとの関係を強調するためだったとしても、ちょっとやりすぎだったかもしれないわ」
いくら裕太さんの懐が深くても、勝手に商会の娘にお熱な冒険者に仕立て上げられたら、さすがに怒るわよね。
「……もう、ただひたすら謝るしかないのかしら?」
「ひたすら謝るしか道はない気がするわ。ここで、私とマリーが体を捧げるとか言っても、拒否される未来しか見えないもの」
否定できないのが女として悲しいわね。関係は悪くないと思うんだけど、思い返してみれば、残念な人を見る目で見られていた気がするもの。
「会ったら本気で謝りましょう。ポルリウス商会の未来が掛かっているんだから、恥も外聞もなく、全力で謝りましょう」
いざとなったら靴でも舐めるわ。従業員を路頭に迷わせる訳にはいかないもの……。
***とある宿屋の出来事***
「あんた、この忙しいのにどこに行くつもりだい?」
「すまん、マーサ。俺は行かねばならんのだ。後は頼む!」
「バカ言ってんじゃないよ。部屋は満室、個室の予約もギッシリ、拡張した食堂も大繁盛。あんたが自由にできる時間なんてこれっぽっちも残ってないよ。キリキリと働きな!」
「未知の料理なんだ。俺は知らなければならないんだ、カレーとはどんな料理なのかを!」
「はいはい、時間が出来たらね。噂の食堂はジーナの実家なんだから、裕太が泊まりにくれば教えてくれるさ」
「それじゃあ遅いんだ。今、知りたいんだ」
「わがまま言ってないで働きな!」
「はい!」
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