表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
478/755

四百七十六話 シルフィ……

 ジーナの実家の食堂がカレーテロで人を集めてしまったので、急遽ベティさんを呼んできてすべてを丸投げすることにした。お腹がはちきれんばかりにカレーを食べまくった彼女なら、万難を排してなんとかしてくれるだろう。


「師匠。カレーって凄いな! 食べてもないのに人が集まったぞ!」


 隣を歩くジーナの声が大きい。そしてスキップするかのようにピョンピョンしながらご機嫌で歩くから、周囲の男どもから揺れる母性を凝視されている。


 あっ、あの中学生くらいの丁稚の子、歩き方が変に……たぶんお使いか何かの途中なんだろうけど……夜まで悶々とすることになりそうだな。なんかごめんね?


「ジーナ、少し落ち着いて」


 もうこれ以上青少年に犠牲者を出してはいけない。


「おっと、ちょっとはしゃぎすぎたかな?」


 テヘっといった様子で舌を出して笑うジーナ。君はもっとガサツな性格だよね? どこでそんなあざとい仕草を覚えたの? 俺まで青少年に戻りそうだから止めて。


「ちょっとね。徹夜明けで気分が高ぶっているみたいだから、帰ったら仮眠を取ったほうがいいね」


 ベル達にはお散歩にでも行ってもらって、サラ達は……リー先生のところに顔を出す予定だから、もう訓練している頃か。ゆっくり休めるだろう。


「そうか? うんそうかもしれない?」


 ジーナが首を傾げながらも頷いてくれた。自分のテンションがちょっとおかしいのを、なんとなくでも理解してくれたかな?


「そうね。裕太も眠そうだし、少し休んだ方がいいわね」


「うん。俺も戻ったら寝る……シルフィ!」


「あら裕太。私と話す時は小声で話さないと変に思われるわよ?」


 いや、変に思われるとかそういう問題じゃなくて、いつの間に戻ってきたの? 突然消えたのに違和感なく会話に交ざりすぎだよね?


(えーっと、シルフィ)


「何かしら?」


 凄く自然な笑顔を俺に向けて返事をするシルフィ。でも、その笑顔から逃げ出したくなるようなプレッシャーを感じる。


(い、いや、なんでもないよ)


「そう?」


(うん)


 なんでもない訳じゃないけど、シルフィの笑顔が何も聞くなって言っているから俺は何も聞かない。俺は空気が読める日本人だ。


 それに、シルフィは俺に色々と聞かれるのが嫌だから、外に居る間に合流したんだと思う。


 そんな風の大精霊の傷口を抉る度胸は、俺には微塵もない。下手したら俺が微塵にされてしまう。


 ここはシルフィにはあまり話しかけないで、ちょっと落ち着きがないジーナと会話するのが吉だな。




 表面上はのんびりとジーナと雑談しながら宿に戻ってきた。内心は眠れる虎を起こさないかのごとく、冷や冷やだったけどね。


「あっ、裕太、戻ったのかい!」


 忙しそうに動き回っていたマーサさんが、こっちに勢いよく突進してきた。忙しい時は軽く手を上げて挨拶したら終わりなんだけど、こっちでも何かあったのか? もう寝たいよ?


(裕太、お帰り。でも駄目だよ、子供をほったらかしにして朝帰りなんかしちゃあ。まっ、裕太も若いからしょうがないのかねえ?)


 マーサさんがニマニマと俺とジーナを見ながら小声で言う。


 ……これって、ゲームで言うところの、昨晩はお楽しみでしたねって宿の女将さんに言われるパターンと同じ?


 わざわざこれを言うために忙しい中、突進してきたの?


「い、いえ、違い「マーサさん、ちょっと」ます……」


「あいよ! じゃあ裕太、あとで話でも聞かせておくれよ!」


 誤解を解く暇もなくマーサさんが行ってしまった。忙しい中、本当にそれを言うためだけに突進してきたようだ。勘弁してほしい。だいたい想像通りだったとしても、なんの話を聞くつもりなんだ?


「師匠。マーサさんはどうしたんだ?」


「いや、なんでもないよ。部屋に戻って休もうか……」


 なんかドッと疲れた。元々疲れていたのに、シルフィの帰還に加えてマーサさんの邪推で俺の精神はもう限界に近い。


 疲れた体を引きずって階段を上り、ジーナと別れて部屋に入る。


「ゆーた、もどってきたー」「キュキュー」「おかえりなさい」「クー」「おそいぜ!」「……」


 ベッドに倒れこんで寝たかったけど、ベル達に出迎えてもらうと少し元気になった。ベル達の癒しパワーは凄まじいな。


「みんな、ただいま」


 挨拶と共にベル達を撫でくり回してパワーを補給する。気分的にだけど、まだまだ戦えそうな気分になってきた。まあ、あくまで気分的なんだけどね。やっぱり少し眠い。


「う?」


 俺に撫でくり回されて笑っていたベルが、突然不思議そうに首を傾げた。


「ベル、どうかした?」


 ベルが何も言わずに近づいてきて、クンクンと俺の匂いを嗅ぎだした。なにこの状況? 幼女に匂いを嗅がれるとか、下手したら事案なんですけど?


 あっ、もしかして加齢臭? まだ若いはずなんだけど、徹夜明けで加齢臭がでちゃった?


 ベルに臭いとか言われたら、俺、立ち直れる自信がないよ?


「うー、ふしぎー。いいにおいー?」


 いい匂い? あぁ、加齢臭じゃなくてカレーの匂いか。徹夜でカレーを作っていたから、服にカレーの匂いが染みついていたんだな。


 加齢臭じゃなくてカレー匂でホッとした。なんつって……いかんな、俺の脳ミソが眠気と疲れでヤバいことになっている。もう寝ないと危険だ。


 でも、今の俺、めっちゃ嗅がれている。ベルの疑問に反応したレイン達にもめちゃくちゃ匂いを嗅がれている。事案が強化されちゃってるよ。


「ゆーた、おいしそー」


 ベル。下手をしたら社会的に死んじゃう可能性があるから、誤解を招くような発言は止めてね。


 しかし、初めての匂いでも美味しそうって感じたのか。ベルが鋭いのか、カレーが凄いのかどっちだ?


「ゆーた。くいものか? うまいのか?」


 フレアも興味津々な様子で質問してくるし、他の子達も期待した目で俺を見ている。


 ここでカレーを披露して、大喜びするベル達を見るのも楽しそうだけど、眠気が洒落にならないところまできている。


 楽しそうなイベントは万全の体調で楽しみたいよね。


「とっても美味しい食べ物だけど、今はサラ達も居ないから夜に皆で食べようね」


 すぐに食べられないことにションボリしてしまうベル達だけど、みんなで一緒ってことをちゃんと理解してくれる。本当に良い子達だ。


 俺が子供の頃なんて……止めよう。悲しくなるだけだ。


「俺はちょっと寝るから、ベル達はお散歩にでも行っておいで」


 わかったーと飛んでいくベル達。いつもは元気いっぱいに飛び出していくんだけど、少し後ろ髪をひかれている様子なのは、カレーがまだ気になっているんだろう。カレーの魔力、恐るべしだな。


 さて、そろそろベッドに……いや、もう一つ用事があったな。


「シルフィ、ちょっといいかな?」


「あら裕太、何か用なの?」


 違うから。シルフィの黒歴史を抉りこむつもりは微塵も無いから、笑顔でプレッシャーを掛けるのは止めて。


「えーっとね、マリーさんとソニアさんが王都で活動中らしいんだけどね、若返り草のことで派手に動いているみたいだから様子を見てきてほしいんだ。駄目かな?」


 今はお互いに離れた時間が必要だと思うんだ。主に俺の胃の為にも。


「それくらいなら構わないわよ。ちょっと行ってくるわね。夕食までには戻るわ」

 

 俺の気持ちが通じたのかシルフィもまだ気まずかったのか、あっさりと王都に向かってくれた。


 ……夕食には戻るって言っていたけど、もしかしてシルフィもカレーが気になってる?


 まさか、カレーが気になったから姿を現したとか……止めよう。これも深く考えると危険な気がする。


 さて、そろそろ寝るか。お昼にはベル達のご飯の為に一度起きないといけないんだけど……起きられるかな?


 ***


「ベティさん、じゃあ行きましょうか」


「はい? どこにですか?」


 帰っていく裕太さんを見送って一段落がついたと思ったら、カレーの鍋を布で包みながらダニエラさんが話しかけてきました。


 私を誘うってことは私も一緒にどこかに行くということですか? まだお腹が重いのでしばらく休憩が必要ですよ?


「商業ギルドですよ。カレーを食べてもらって、香辛料のことで色々と話さないといけないでしょ? 裕太さんは私に任せてくれるって言いましたし、少しくらいの役得も構わないようなことを言っていましたから、頑張らないといけませんよね?」


「ダニエラ。任されたのはお前だけじゃないと思うんだが」


「あなたはお店があるでしょ? 今日の仕込みもあるんですから、頑張ってくださいね?」


 ダニエラさんの言葉でピートさんがシュンとしてしまいました。


 マーサさんとトルクさんの関係に似ている気がしますね。旦那さんが料理を作る夫婦は似た感じになるのでしょうか? それなら私も料理上手な旦那様が欲しいです。


 美味しい料理を食べさせてくれて、奥さんをたててくれる旦那様って最高だと思います。


「では、ベティさん行きましょうか」


「い、いえ、突然言われても困ります。少し時間を頂けませんか?」


 素敵な旦那様のことを考えている場合ではありませんでした。


 ダニエラさんは役得の言葉に妙に力が入っていた気もしますし、本気で色々交渉するつもりのようです。


 事前情報もなく、いきなりギルドに連れていったりしたら怒られること確実です。休暇とボーナスをお願いするつもりなんですから、そんなことになってしまっては大問題です。


 フランコ事務長のお説教は嫌です。


「あら? 今回のお話は商業ギルドに多大な利益をもたらすお話ですよ。急いだほうが良いですよね?」


「大きな利益があるからこそ、慎重に事を運ばないといけないのです」


 多大な利益がもたらされるからこそ、事前情報が必要なのです。情報不足で商業ギルドの利益が減ったら、お説教どころか減給や首もありえます。


「そうですか」


 よかったです。ダニエラさんも納得してくれたようです。ボーナス確定です。


「でもカレーの匂いで騒ぎにもなってしまいましたし、ゆっくりしているのも難しいんですよね。しょうがありません。まずはこちらの伝手で先に料理ギルドに話を持っていきましょうか」


「ちょちょちょちょーっとお待ちください」


 先に料理ギルドに話を持っていかれたら、確実に利益が減ります。料理の話ですから料理ギルドの協力は必須ですけど、主導権を持っていかれるのは困ります。


「でも、時間が必要なんですよね?」


「……いえ、すぐに商業ギルドに向かいましょう」


 ニヤリと笑うダニエラさん。確実に私の気持ちを読み切っています。準備をさせずにできるだけ利益をむしり取るつもりです。


 なんでこんな人が場末の食堂で働いているんですか? うぅ。交渉するのなら、利益に拘っていなさそうな裕太さんが良かったです……。


読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] カレーじゃなくてピザやハンバーガー、ホットドッグではダメだったかな?
[一言] カレーパンを作るんだ
[気になる点] 食堂の前に集まった自称客たちは放置?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ