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四百七十五話 棚ぼたベティさん

「ふいー。今日もお仕事の時間の始まりですかー」


 制服に着替えて受付の席に座ると、気持ちが引き締まると同時に大変な一日を思って少し憂鬱になります。


 自分で立候補したとはいえ、牛乳関連の仕事が大変です。料理ギルドとの打ち合わせや牛乳の手配や新しく増やす牧場の計画まで、最近は落ち着いてきたとはいえ忙しいです。


 ですが、このお仕事は手放せません。関わっているおかげで大人気のトルクさんの料理も頻繁に食べられますし、料理ギルドの試作品も食べることができます。


 王都でも王侯貴族に一大ブームを巻き起こしている甘いお菓子。本来であればどれだけお金を積めば食べられるのか、食材の手配に関わっているだけの私では想像しかできません。


 まあ、商業ギルドも料理ギルドもホクホクですから、私のお給料ひと月分でも心もとないでしょうね。それが無料なんですから、私も大儲けです。


 ただ……そのせいで制服が1ランクサイズアップしてしまったのは痛恨の極みです。


 牧場の視察のお仕事を入れてもらって、できるだけ運動量を増やすことにしましょう。


 トルクさんの宿屋も新装開店しましたから、また美味しい料理が沢山食べられるようになります。あらかじめ減らしておかないと、もう1ランクアップってことにもなりかねませんね。危険です。


「ベティ、ボーっとしないの。もうすぐお客さんが入ってくるわよ」


 脂肪をどう消費するかを考えていると、隣に座っているアーダちゃんが注意してきました。アーダちゃんは優しくて仕事もできるのですが、堅苦しいのが玉に瑕です。


 とはいえ、アーダちゃんの忠告に従わない場合は、その後フランコ事務長に怒られてしまうので、素直に頷いて真面目にお仕事をするのが一番ですね。


 姿勢を正してギルドの扉に視線を向ける。朝一番で飛び込んでくる商人さんも多いので、笑顔で出迎えることにしましょう。


 あれ? 先頭で入ってくる人に見覚えが……あっ、裕太さんですね。私の顔を確認した後、一直線でこちらに向かってきます。ちょっと焦っている様子ですが、何かあったんでしょうか?


「ベティさん、お久しぶりです。申し訳ないのですが、午前中の時間を頂けませんか? お力をお借りしたいことがあります」


 こちらから声を掛ける前に、裕太さんから声を掛けられてしまいました。やっぱり焦っているようです。


 しかも、午前中ですか……アーダちゃん達がゲッって顔をしていますね。朝の忙しい時間は1人抜けるだけで大変になりますから気持ちは理解できます。


 でも、商業ギルドに利益をもたらす裕太さんのお願いであれば、仲間を犠牲にするのもしょうがないことでしょう。


 なにより、裕太さんからとても美味しそうな匂いがします。話を聞かない訳にはいきません。


「畏まりました。お話をお伺いしますので、応接室にご案内いたしますね」


「いえ、あの、外出をお願いしたいです。ちょっと料理のことで色々とお願いがありまして……」


 外出ですが。裕太さんの料理のことでしたら、ますます聞き逃せませんね。


「少々お待ちください」


 裕太さんに待ってもらって、急いでフランコ事務長の元に向かう。


「事務長。裕太さんから相談があるとのことです。外出許可をお願いします」


「……裕太さんのご用件はなんなのかね?」


 ……詳しいことを聞くのを忘れていました。


「詳しくは聞いていませんが、おそらく美味しい物が関係していると思います。あと、少し焦っているようでした」


「ふぅ……裕太さんは商業ギルドにとって大切なお客様だ。失礼のないように」


 怒られるところでしたが、無事に許可を得られました。さすが商業ギルドの事務長です。利益をもたらすことには寛大ですね。


 さて、あの美味しい匂いについて詳しく教えてもらいましょう。


 ***


「裕太さん。あの人だかりは?」


 裕太さんから簡単な説明を受けてある程度の事情は把握できましたが、目的の食堂の前に人が集まっているのは聞いていませんでした。


「あぁ、また集まっちゃったみたいですね。ちょっと匂いが強い料理を作ったので、気になった人が食堂に集まっちゃうんですよ」


 なるほど、たしかに裕太さんが言う通り、この辺り一帯に裕太さんの衣服から漂っていた匂いが強くします。


 表現するのが難しい匂いですが食欲に火をつける匂いですから、人が集まるのも当然もしれません。これは期待大です。


 人だかりの隙間をぬって食堂に向かいますが……途中で押すなって怒鳴られて裕太さんがペコペコ謝っています。


 裕太さんってAランクの冒険者ですよね? なんだか間違っていませんか?


 疑問に思いながらも食堂に入ると、暴力的なまでの良い匂いが鼻に襲い掛かってきました。


 ……いけません。朝食はしっかり食べたのに、お腹が鳴ってしまいそうです。


「えーっと、ベティさん、ここに座ってください。こちらが店主のピートさんで、奥さんのダニエラさん。お二人の娘兼私の弟子のジーナです」


 裕太さんの紹介でそれぞれにご挨拶する。食堂巡りは趣味ですが、この辺りは治安が微妙で避けていたので、ジーナさん以外は初めてです。


「それで、ご相談したいのはこの料理についてなんです。まずは試食をお願いします」


 挨拶もそこそこに本題に入ったようです。焦っている様子ですし、忙しいのでしょうか?


 少し疑問に思いながらも出された料理を観察する。


 ……暴力的なまでの美味しそうな匂いに反して、見た目はちょっと……アレですね食べ物に見えません。


 茶色くドロッとしたスープとパン。試食ってことはこれを食べるのでしょうか?


「ベティさん、見た目はアレだけど、食べられない物は入ってないし、味は抜群だから食べてみてくれよ」


 私が戸惑っている理由に察しがついたのか、ジーナさんがフォローしてくれます。


 ……見た目は危険ですが、味が抜群と言われてしまっては挑戦しない訳にはいきません。これでもグルメには拘りがあるんです。


 スプーンを手に取り茶色いスープをすくって口に運ぶ。


「な、なんですかこれ! 口の中に広がる初めての味! 美味しいです! 美味しいです!」


 体験したことのない味に興奮して質問をすると、ピートさん、ダニエラさん、ジーナさんが、そうなるよねと言いたげな目で私を見ています。


 ……察しました。ピートさん達も同じリアクションを取ったんですね。


 ***


「それでどうでしょうか?」


「お腹が苦しいです……」


 あまりの美味しさに、見た目のことも忘れて食べ過ぎてしまいました。


 カレーって料理名だそうですが、パンにもベストマッチです。美味しすぎます。


 しかも、最初に出されたカレー以外にも味を変えたカレーがあって、もう止まりませんでした。服のサイズアップの危機が目前です。


 まだまだ未完成でもっと美味しくなるそうですが、それでもビックリするくらいの美味しさです。もっと美味しくなったら、私は破裂してしまうかもしれません。危険です。


「いえ、そういうことではなくてですね。この料理は商業ギルドや料理ギルドのお眼鏡にかなうと思いますか? レシピを提供すれば私達を優遇するぐらいに……」


「もちろんです!」


 当たり前の質問過ぎます。この料理なら、お菓子ブームにすら負けないブームが起こるのは間違いありません。食の革命です。


「それならよかったです。では、レシピを提供する代わりのお願いなのですが……」


 ***


「カレーには普段迷宮都市で使われていない香辛料が、沢山使われているんですか? しかも、その香辛料は迷宮で採取が可能なんですね?」


「はい。今回のカレーも野菜以外は迷宮で採れた材料のみで作られています」


 お腹の苦しさと同時に頭まで痛くなってきました。


 それって、迷宮都市に新たな産物が生まれるってことですよね?


 そうなると商業ギルドや料理ギルドだけじゃなくて、当然冒険者ギルドも関わってきますし、薬師ギルドも新しい香辛料を調べたがるはずです。


 この料理一つで迷宮都市が……いえ、国が動く事態になりかねないのですが?


「それらの情報と料理のレシピを提供する見返りが、この食堂で使う香辛料の処理を無料ですることと、香辛料の処理の仕事をスラムの女子供に任せることですか?」


 香辛料の処理をスラムの住人に任せるのは不安がありますが、仕事場を一つにまとめて出入りの監視をしっかりすれば問題はありませんね。


 この食堂の分の香辛料の処理なんか、手間の内にも入りません。


「……裕太さん。この料理は莫大な富を生み出します。対価が安すぎると思うのですが、どうでしょう?」


「なんとなくそうなるのは分かるんですけど、お金は十分にあるので、これ以上儲けても仕方がないというかなんというか……まあ、そんな感じです。全部お任せしますのでいい感じでお願いします」


 体重との兼ね合いもありますが、食べたいものを値段で我慢することも多い私としては、とてつもなく羨ましい話です。


 まあ、裕太さんはAランクの冒険者ですし、お金に困っていないのは当然なんでしょうね。


 でも、本心はそれだけではないですね。私の質問に対して一瞬とても面倒だって顔をしました。それが一番の理由でしょう。


 牛乳の時もそうでしたが、面倒だし商業ギルドにでも全部任せちゃえって気持ちをひしひしと感じます。


「全部お任せすると言われましても……とても大きな商談ですので、一度ギルドマスターとお話ししていただけませんか?」


 これだけの規模の話を、お任せします、分かりました、で終わらせたら間違いなく怒られます。


 お手柄なのは間違いないですが、受付嬢だけで決めていい話ではありません。


「あー、明日の早朝には迷宮都市を出る予定ですし、今日も色々用事があるので難しいです。あっ、こちら側はピートさんにお任せしますので、話し合いはそちらでお願いします」


「お、おい、聞いてねえぞ。商業ギルドとの商談なんか無理だ。俺は単なる場末の食堂の店主なんだぞ」


「大丈夫ですよ。さっき出した条件さえ譲らなければ問題ありません。それにあれですよ。チャンスでもありますよ。報酬が安いって言ってますし、ピートさんの頑張り次第で食堂の材料とかが安く仕入れられるようになるかもしれません。頑張ってください」


 裕太さんが面倒ごとを弟子の父親に押し付けました。そんなに嫌なんですか?


「裕太さん。夫はそういう話が苦手ですので、交渉は私がしても構いませんか?」


 ダニエラさんが出てきました。しかもギラギラ目をしています。あの目は少しでも利益を得ようとする商人の目ですね。


「では、ダニエラさんにお任せしますね」


 裕太さんが助かるといった様子でダニエラさんに許可を出します。


 ダニエラさんは手強い交渉相手になりそうですが……こちらの利益が莫大なので、たぶん問題は無いでしょう。


 交渉はギルドマスターにお任せするとして、私は事務長にご褒美の交渉ですね。


 転がってきた儲け話ですが、私がまとめたことになるので、特別ボーナスと休暇も交渉次第で狙えます。やる気が出てきました。食べ歩きです!


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ベティさんみたいに自分の趣味嗜好に全開なのは見てて楽しい 制服のサイズがもうワンランク上がりそうだけど 性格良いし独身でももらってくらる人はいるでしょうw
[一言] スラムの人間使うと盗んだり衛生管理が問題だったりしてやめた方が良いんだけどな、 普通に考えるなら利権を使って食品以外の仕事斡旋してスラムから抜け出すシステム構築する様にするんだけど 街の人が…
[一言] ベティーとマリーは作者のお気に入り。と、思うくらい キャラを生かしてると思う。
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