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四百七十一話 シルフィ……

 新築の家に流れる水の大精霊が気合を入れて生み出した水。それが室内の滝から流れ落ちることで、部屋中に凛とした空気が満ちている。ふんわかして天然気味のディーネが生み出したとはとても信じられない雰囲気だ。


「ゆーたー。つぎまどー。まどあけるー。わすれちゃだめー」


 明らかに異常なこの空気をどうしたものかと思っていると、焦った様子のベルが目の前に飛んできて窓を開けるように要求してきた。


 たぶん、滝にテンションが上がってレイン達と部屋中を飛び回っていたんだけど、その時に窓が目に入って、慌てて俺に窓を開けるように言いに来たんだと思う。


 この家に来た時は窓に興味津々で、滝が流れたことで滝に興味を持っていかれ、窓を見たことで窓への興味が復活。


 見事に興味の対象が移ろいやすい子供らしい反応だ。でも、部屋の中の空気を入れ替えるためにも、窓を開けるのは良い考えだな。


「滝も問題ないようですし、次は窓を試してみましょうか」


 ベルに頷いて、固まってブツブツ言っているジルさんに声を掛ける。うおっ、ジルさんがホラー映画の人形みたいにグリンとこちらを向いた。普通に怖い。


「問題がない? 問題大有りじゃろうが!」


 あっ、ジルさんが切れた。


 気持ちはとても良くわかるけど、俺だって想定外の出来事だったんだから怒らないでほしい。 


「ジルさん、言いたいことは俺にもよく分かります。ですが、精霊術師が生み出した水なんですから、こんなこともありますよ。落ち着いてください」


「そ、そうか。精霊術師が生み出したってことは、精霊が生み出した水ってことじゃもんな。こんなことがあるのも当然……な訳ないじゃろうが!」


 おぉ、ジルさんからの見事なノリツッコミが炸裂した。


 なんてことの無い言葉だし、ジルさんも意識して言った訳じゃないだろうけど、なんだかとても懐かしく思えてしまう。


 おそらくもう二度と見ることができないお笑い番組。漫才も好きだけど、俺はどちらかというとコント派で東京〇3とかが、なかなかテレビでは見られないけど好きだったな……ん? 番組に拘らなければいける?


 漫才とかコントを作ったことは無いけど、数々のバラエティ番組を視聴してきた俺ならば、オマージュと言う名のパクリでネタには困らない。


 それを劇場でも作って舞台で公演すれば、新たなる文化に心を鷲掴みにされたこの世界の人達は大フィーバー。


 後の世では喜劇王裕太、もしくは、笑いの神裕太なんてことも不可能じゃない。


 チャップ〇ンやお笑いビッグスリー、ダウンタ〇ンなどの有名人が見ている景色が俺にも……ふむ……悪くない。


 そうなるとプロデュースにも力を入れないといけないな。女芸人枠にはマリーさんとソニアさんなんか良さそうだ。


 俺も舞台に立つとして、ピンで舞台に立つのはちょっと恥ずかしいから、相方を探す必要がある。


 相方……相方は……相方? ノモスとヴィータじゃ人間界には殴り込めないよね?


 弟子達を芸の道に巻き込むのは師匠としてはちょっとアレだし、他にお笑いの道に参加してくれそうな物好きはいないか?


 ……ヴィクトーさんは間違いなく無理だし、キャラが立っているダークムーンさんは俺的にはアリなんだけど、あの人、本気であの格好をしているから、笑いに変えようとしたらブチ切れそうだ。


 ……夢が破れました。


 喜劇王に俺はなる! といった具合に盛り上がっていた俺の気持ちが、友達の少なさで現実に引き戻されました。


 うっぷ!


 顔に何か……うん、この感触は間違いない。ベルが顔に張り付いたんだな。あと、ジルさんの聞いておるのかって声も聞こえる。


 夢を抱いて即座に夢が破れてしまう短い時間、2人を無視してしまったようだ。


 ぺりっとベルを顔からはがすと、ベルのもちもちホッペがプクッと膨れてしまっている。完全にご機嫌を損ねてしまったな。


「……すみません、少しボーっとしていました。えーっと、では、窓を開けてしまいましょうか」


 ジルさんに見えないようにベルを撫でくり回しながら窓に向かう。ジルさんのご機嫌は……ビジネスの関係だし、俺がお客さんなんだから、まあ、ご機嫌を取る必要は無いだろう。


「自分で持ってきてなんですけど、このガラス窓ってかなり大きいですね」


 窓に近づき改めて見ると、その大きさに驚く。


 大きな部屋の四面ある壁、その内の二面が全面窓ガラス。こんなの現代でも商業施設以外ではなかなか見ない大きさだ。しかもガルウ〇ング仕様の開閉装置付きで、他の二面の壁は玄関と滝。


 とても家の強度が心配になるけど、ファンタジー金属のアダマンタイトで窓枠と柱を作る素敵仕様だから、強度はバッチリなんだそうだ。


「大きさだけじゃないわい。透明度に強度、歪み一つ無い完璧な平面。すべてが一級品のバカげたガラス窓じゃ。のう裕太、このガラス窓を作った職人、本当に紹介してくれんのか?」


 いかん、話題を間違えてしまった。前にガラス窓を納品した時、大騒ぎになってガラスの納品を頼まれたんだよな。


 会社のお偉いさんまで出てきてかなり面倒だったのに、また火をつけてしまった。


「いえ、前にも言った通り、特別に作ってもらったガラスですし、商売の為には作ってもらえないんですよ」


 ジルさんに言い訳をしながらガラスを作ったノモスをみると、機嫌よさげにニヤニヤしている。


 たぶん、ジルさんの『すべてが一級品のバカげたガラス』っていう誉め言葉が気に入ったんだろう。


 この様子ならノモスは気分良くガラスを作ってくれそうだけど、そうなると俺が困る。


 一度商売にしたら他のお金持ちも欲しがって、何度も仕入れを要求される未来が確実だ。そういうのはマリーさんだけでお腹いっぱいです。


「しかしじゃな……」


「この滑車の紐を引っ張れば窓が開くんですよね?」


 諦めずに交渉を続けようとするジルさんの言葉を遮り、滑車の紐……というかロープを引っ張る。


 ……凄く重い。


 詳しくは知らないけど、滑車の原理って二分の一だか四分の一だかの力で物が持ち上がるんじゃなかったっけ?


 レベルも相当上がって力もかなりついた上に滑車の原理を利用してこれだけ重いって、この窓の総重量がとんでもないことになっていそうだ。


 結構重労働なんだけど、もしかして窓を開ける時って毎回俺が頑張らないといけなかったりする?


「ジルさん、これ以上軽くはならなかったんですか?」


 たしか滑車って、滑車の数を増やせばもっと軽くできるんじゃなかったっけ? 日曜のアイドルが開拓なんかする番組でそんなことを言っていた気がする。


 開け閉めを俺が担当するのなら、もう少し俺に優しく作ってくれないと困るよ?


「これ以上滑車を増やすと見苦しくなる」  

 

 デザイン性重視の回答がジルさんから発せられた。


 ……おしゃれは我慢って聞いたことがある。


 ならしょうがないのか?


 妙な説得力に納得させられてしまい気合を入れてロープを引っ張ると、大きな窓が外に向かって上がっていく。


「ふおぉぉ。おおきなまどあいたー」


 俺のお腹に引っ付いてご機嫌斜めだったベルのテンションが上がった。それだけでやる気が出るから不思議だ。


 ベルだけではなく、レイン達ちびっ子精霊組と、ジーナ達弟子組も窓の動きに歓声をあげてくれるから、ますます気合が入る。


「ねえ裕太。私も特別に力を込めた風を吹き入れた方が良いのかしら?」


 せっかく気合が入ったのに、力が抜けるようなことを言わないでほしい。そんなことをしたら、ジルさんがまた固まっちゃうって分かって言っているよね?


 そんな気持ちを込めてシルフィを見ると、なぜかシルフィが気まずそうに顔を逸らした。


 あれ? もしかしていつもの冗談じゃなくって本気で言ってた?


 ……ディーネに触発されて、自分もちょっと頑張ってみようかしらって感じですか?


 ロープを引っ張りながらもシルフィの顔をジッと見つめる。顔をそむけるシルフィの頬が、ほんのり赤く色づいているように見える。


 本気だったらしい。


(……シルフィがやりたいのなら、やっても良いと思うよ)


 本気だとしたら話は変わる。さすがに大災害になるとかは困るけど、ジルさんが硬直するくらいなら問題は無い。シルフィの気持ちが優先だ。


 家の完成でシルフィの気持ちが浮ついているのは認識していたけど、素で珍しい天然をかます程だとは思ってなかったな。


 いいよ、珍しいシルフィの天然の為なら、ジルさんの精神くらい犠牲にしてしまおう。


「ちょ、ちょっと、冗談に決まっているでしょ。止めてよ、優しい目で見ないで!」


 俺が言葉選びを間違えてしまったのか、シルフィが分かりやすい嘘で自己防衛を試みはじめ、そんなシルフィに俺や大精霊達の優しい視線が集中する。


「シルフィちゃんも、お姉ちゃんと同じことがしたかったのねー」


 あっ、本物の天然が無自覚にとどめを刺した。えっ、ちょっとシルフィ?


 シルフィの姿が風に溶けて消えていく。ディーネの言葉がよほどショックだったのか、うつろな顔をして消えていく姿はホラー映画の一場面にしか見えない。


(えーっと、どうしたら……)


「裕太さん。そっとしておいてあげてください」


 ドリーが優しい瞳のままで、アドバイスをくれた。そうだね、精霊でも1人の時間は必要だよね。


 俺はドリーに力強く頷いて、窓を開けることに全力を尽くしたことで、大きな窓の片面が全開に開いた。


 続いて反対の窓に向かい、こちらも気合を入れて窓を全開にする。


 両サイドの窓が開いたことで空気の流れがスムーズになり、室内に心地よい風が吹き込んでくる。


 明るい日の光が室内に差し込み、綺麗な水が滝から落ちて部屋の中の水路を進む。そこに吹き抜ける優しい風と、はしゃぐちびっ子達の声。


 あぁ、この家を注文した時は奇抜すぎるって思っていたけど、実際に体験してみると素晴らしく自然を感じられる落ち着く家だ。


 ドリーとタマモが厳選した植物がこの家を飾れば、更に素晴らしい家になるんだろう。


 ……シルフィ……できれば君と一緒にこの気持ちを共有したかったよ。


 ***


 ちょっとしたハプニングが有りながらも無事にすべての家を受け取り、ジルさん達には完成祝いも含めて外国のお酒を樽で差し入れしておいた。


 家も受け取ったし、あとは2~3日細々とした用事を済ませて楽園に戻るか。家の設置に、醤油と味噌の完成もあるし、帰ってからも忙しくなるだろう。でも、嬉しい忙しさだから苦にならない。


「さあ裕太ちゃん、お買い物よー。お姉ちゃん、いろんな家具を見たいわー」


(えっ? ちょっとディーネ、いったん宿に戻らないと。それに家具は家を注文した時に沢山買ったよね?)


「それはそれー、これはこれなのよー」


 満面の笑みのディーネ……これはお買い物に付き合わないと収まらない流れのようだ。


 ジーナの実家のアドバイスを考えたり、関係各所への顔出しを考えると、迷宮都市に居る間もまだまだ忙しそうだ。


 だからシルフィ、早く戻ってきてください!


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > レベルも相当上がって力もかなりついた上に滑車の原理を利用してこれだけ重いって、この窓の総重量がとんでもないことになっていそうだ。 この表現から想像出来る機構だと、ロープを手放した途…
[良い点] 興奮気味なシルフィーを見たいから、この話は成功。
[一言] 滑車の原理は、定滑車なら力の方向性が変わるだけで必要な力は変わりません。 動滑車の場合は引く力は半分で済みますが、引く長さが2倍になります。 開閉機構が複雑になりますが、梃子の原理の方が重た…
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