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四百六十五話 サプライズあるよ

 リニューアルしたトルクさんの宿屋に到着した。マーサさんに案内してもらい、新しくなった宿屋を見学したが、一般の人に優しい造りになっている部分と昔ながらの武骨な部屋が共存していて、落ち着ける雰囲気だと思った。


「あっ、トルクさんにお祝いを渡すのを忘れてた!」


 部屋のベッドに寝転んで突撃してくるベル達を受け止めていると、不意に大切なことを思い出した。


 大人としてお世話になっているトルクさん達にお祝いを渡さないとか、ありえない所業だ。


「おいわいー。べる、おいわいすきー」


 話を聞いていたベルが急激にテンションを上げる。たぶん、お祝い=宴会=ご馳走って思考の流れなんだろうな。俺のせいだけど、すっかり食いしん坊幼女に成長してしまった。外見は変化が無いんだけどね。


 ベルが期待した顔で俺を見ているけど、残念ながらベルが期待しているお祝いとは違う……いや、夜は個室で食べるんだから、俺達だけになれば問題無くベル達も料理を楽しめるんだったな。


 誰かが個室に入ってくる時にはシルフィに注意してもらえばなんとでもなるし、トルクさんに増築の相談をされた時に、個室を提案したのは正解だったな。


「今晩はご馳走だよ」


「ごちそー」「キュー」「たのしみ」「クー」「くうぜ!」「……」


 俺の言葉に喜んで部屋中を飛び回るベル達。夕食までの時間は多分考えてないな。


「別にすぐにお祝いを渡す必要は無いんじゃないの?」


 飛び回るベル達を見ながら癒されていると、シルフィが話しかけてきた。たしかにシルフィの言う通りではあるんだけど、できれば先に渡しておきたい理由がある。


「お祝いは食材なんだけど、今のうちに渡しておけばたぶん今夜の料理に反映されると思うんだよね。あのパスタとか……」


 前にトルクさんにローゾフィア王国のお土産を渡した時、かなり美味しいキノコのパスタを作ってくれた。


 シンプルなのにトルクさん独自の工夫が施されているのか、ルビーでさえ味の再現ができなかった一品だった。


 お祝いにかこつけてキノコを渡すのと同時に、あのキノコのパスタをリクエストするつもりだ。


「あぁ、あのパスタね。あれなら私も食べたいわ。そろそろ作りだめを頼まないの?」


 シルフィも結構気に入っていたから、普段は聞かないようなことを聞いてくる。


「いずれはお願いするつもりだけど、宿屋が落ち着いてからの予定だよ」


 宿屋のリニューアルと宿屋の営業が重なってトルクさんもかなり忙しそうで、料理の作りだめやリクエストがし辛かった。


 ギリギリまで宿屋を閉めないし、忙しいのに自分の欲求に従って暴走までしていたから、トルクさんの忙しさは社畜並みだったと思う。


 開店しても慣れるまで時間が掛かるだろうし、作りだめをお願いするのはまだ先にしないと迷惑を掛けてしまうだろう。だからこそ、今回のご馳走してもらう機会は是非とも生かしたい。


「そういう訳で、ちょっと行ってくるよ」


「私もついていく?」


「いや、宿の中だし1人で大丈夫だよ」


 ベル達は……追いかけっこに夢中になっているな。もはやなんで部屋の中を飛び回っていたのかも忘れている気がする。まあ、楽しそうだし、この様子なら置いて行っても大丈夫だろう。


 ちょこちょこと宿の中を見学しながら厨房に向かう。新しい建物の匂いってちょっとワクワクするな。


 伝統のある宿屋も良いけど、建物が新築と言えるのも期間限定なんだし、レアな時間を楽しませてもらおう。


 ……とか思ったけど、そんなに見どころも無く厨房に到着してしまった。通路や階段にそんなに見どころは無いよね。


「これ、今晩の食事は大丈夫なのかな?」


 厨房をのぞき込むと、中は戦場のような騒がしさで、見慣れないコック服の人が3人。ヒーコラ言いながら大きな棚を動かしている。


 その隣ではトルクさんが同じ大きさの棚を1人で運んでいるけど、間違いなく3人で運んでいる人達の方が人間として正しいんだろうな。


「おっ、裕太か」


 棚を目的の場所に置いたトルクさんが、ドスドスとこちらに歩いてくる。レベルでは俺の方が上だと思うんだけど、勝てる気がしないのはなんでだろう?


「裕太、どうかしたか?」


「いえ、あー、新装開店のお祝いの品をと思ったんですけど、忙しそうですからまた後にしますね」


 残念だけど、今の状態でリクエストをお願いするのは難しそうだ。


「食材か?」


 俺の後にしますって言葉は聞こえなかったようだ。トルクさんの中で俺の贈答品=食材って公式ができているんだろう。あれ? さっきベルにも同じようなことを思った気がする。


「まあ、食材ですけど、この状況ですし……」


 3人の新人コックさんが、悲しそうな目でこっちを見ているよ?


「なに、心配するな。あいつらに任せれば大丈夫だ。裕太、こっちだ。お前ら、後は頼んだぞ!」


 トルクさんに引っ張られて厨房の奥に連れていかれる。後を頼まれた3人のコックさんが、悲しそうな目から死んだ魚のような目に変わった。たぶん絶望したんだろう。


「裕太、どうだ! ここが俺の夢を詰め込んだ俺専用厨房だ! ちょっと狭いんだが、なかなかだろっ!」


 子供が宝物を自慢するような言い方で嬉しそうなのは伝わってくるが、全然可愛くはないな。


 あと、たしかに少し狭く感じるけど、それは色々な料理道具が並べられているからで、スペースは結構取っているように見える。


 トルクさんの夢というよりも、ワガママの結晶な気がする。マーサさんも頭を抱えたんだろうな。


「……えーっと、色々と道具があって、料理がはかどりそうですね?」


「そうだろう。ここで秘密のレシピなんかを研究して料理の腕を磨く訳だ。裕太も面白いレシピや食べたい料理があったらいつでも言ってくれ。最高に美味い料理を作ってやるからな! 今夜の料理もここで作るんだぞ!」


 なるほど、個人の厨房は秘密を守るためにも使えるのか。そうだよな、単にトルクさんのワガママだけなら、マーサさんが負ける訳ないもんな。ちゃんとした理由があって少しホッとした。


 そういうことなら忙しそうだけど、リクエストさせてもらおうかな。おっと、先にお祝いを渡しておこう。


 魔法の鞄から食材を取り出しテーブルに並べる。だいたいの食材はすでにトルクさんに渡したことがある奴だけど、キラキラとした目で食材を見つめている。次はどう料理をするか考えているんだろう。


「これは……ドラゴンの肉か。アサルトドラゴン、ワイバーン、ファイアードラゴンの肉まである」


 他にもライトドラゴンとダークドラゴンのお肉もあるんだけど、トルクさんが100%暴走するから今回は無しだ。


「はい、色々と料理をしてみてください」


「あぁ、だが、今晩の料理には使えないぞ? さすがに今から仕込むには時間が足りない」


 とてつもなく残念そうなのが伝わってくる。今すぐにでも料理に没頭したいんだろう。


「ドラゴンのお肉は機会があればで大丈夫です。ですが、この前作ってもらったキノコのパスタ、あれは今晩お願いできませんか?」


「おっ、裕太もあのパスタを気に入ってくれたのか? 他の客にも大好評でな、ベティなんか何度も食べにきたぞ。まあ、手間はそこまでかからないから、今晩の料理には間に合うな。任せておけ」


「では、お願いします。今晩の料理、楽しみにしていますね」


「おう!」


 これ以上話していても邪魔になるだけなので、素早く厨房を退散する。助けを求めるような目の3人のコックさんには気づかないふりをした。


 しかしあれだな。キノコのパスタはトルクさんにとっても自信作だったのか、リクエストをしたら笑顔が全開になっていたな。


 あと、ベティさんって商業ギルドのムッチリ受付嬢さんだよね? 何度も食べにきたってことは、更にムッチリしているのかも? ちょっと見てみたいな。


 他にも、トルクさんはサプライズを考えているみたいだし、今晩の食事がとても楽しみだ。部屋に戻ったらシルフィにもリクエストが成功したって教えよう。まあ、すでに知っている気もするけど……。


 ***


「ごちそーまんぷくー」「キュキュー」「たのしみ」「ククー」「ぼういんぼうしょくだぜっ!」「……」


 夕食の時間。個室に向かうベル達がとても楽しそうにはしゃいでいる。フクちゃん達もジーナ達の周囲ではしゃいでいるし、みんなご馳走が楽しみなようだ。


 普段からご馳走と言える料理を食べさせているつもりなんだけど、今回は宿の料理をみんなと一緒に食堂で食べられるっていうのも、テンションが高い理由の一つなんだろう。個室だけどね。


 でもフレア、暴飲暴食は許さないよ? っていうか、どこでそんな言葉を覚えてきたの?




 ベル達の微笑ましさに癒されながら食堂に到着すると、トルクさんとマーサさんが出迎えてくれた。


「ふふ、裕太、見て驚くなよ」


 挨拶をする前にトルクさんがサプライズをにおわせる。驚けよっていう前振りなんだろうな。


 ショボくても礼儀的に驚くふりはする予定だけど、サプライズ上級者としてはしっかりダメ出しもさせてもらうつもりだ。覚悟してもらおう。


 ドヤ顔で個室の扉を開けたトルクさんに促され、部屋の中に足を踏み入れる。


「どうだ、凄いだろう。裕太に話は聞いたが、再現するには苦労したぜ」


 言葉を失う俺にトルクさんが自慢げに話しかけてくる。うん、たしかにこれは驚いた。


「えーっと、雑談のつもりだったんですけど?」


 そんなに真剣に話してはいなかったはずだ。こんな感じのお店もありますよー的な話だったよね?


「そうだな。俺も雑談のつもりだったんだが、面白そうだったから挑戦してみた。大工も新しい可能性を見たって喜んでたぜ!」


「……そうなんですか」


「特にこれだ! この赤い丸い回転テーブル。2段になっていて上の板を回すってのが俺も家具職人もなかなか理解できなくて苦労したんだ! 見ろよ、この滑らかな動き。あぁ、そうだ。家具職人が裕太の許可が欲しいって言ってたぜ。量産したいらしい」 


「はぁ、量産ですか……いいんじゃないでしょうか?」


 明かりは提灯のような紙のランプカバーに覆われ、壁の柱は朱色に塗られている。龍の木の置物に、なんか大きな壺。そして極めつけは子供が大喜びする中華の回転テーブル。


 そう、俺の雑談を元に、なんちゃって中華な個室が完成していた。


 せめて相談してほしかった。違和感がハンパないよ。回転テーブルは素直に凄いと思うけど、龍の置物って西洋竜じゃん。壺も大きいけど微妙に違うよ。模様が中華とかけ離れているよ。


 ……いや、言葉だけでここまで再現できたのが凄いのか?


 俺のイメージは日本の古いスタイルの中華料理店だけど、あれだって中国の人から見たら違和感だらけかもしれない。日本人が海外の日本通の部屋を見るみたいな……。


「裕太、どうだ?」


「……度肝を抜かれました」


 いろんな意味で度肝を抜かれたあるね。この世界の文化にパチモンで喧嘩を売ってしまったようで、すさまじい罪悪感があるあるよ。


「そうか!」


 まああれある……トルクさんも満足気だし、もうこれで良かったってことにするある。文化の融合って素敵な事あるからね……。


 この宿屋に、中国の人が来ないことを祈るある。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中華料理の回転テーブルは日本が発明したもの、中華にあらず、文句を言う人はいない…。と思うよ。 料理大好きオヤジより
[一言] >ショボくても礼儀的に驚くふりはする予定だけど、サプライズ上級者としてはしっかりダメ出しもさせてもらうつもりだ。覚悟してもらおう。 裕太……お前のサプライズ、成功した事あったのか……?
[一言] 楽しく過ごしましょう。 素敵な大人な女性たちのお持ち帰りはまだか。
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