四百五十九話 もしかして……
後半から夜の話になっていきます。
苦手な方はご注意ください。
ガラの悪い舎弟に連れられてスラムの親分、ブラストさんの屋敷に行くと大歓迎で出迎えられた。俺の前回のおこないに感謝してくれた人達が、沢山お礼を言いに集まってくれて少し感動してしまった。でも、なかなか目的にたどり着けないのが辛い……。
「ジュードさん、まだかかるんですか?」
ブラストさんの屋敷からジュードさんに連れ出されて結構歩いている。スラムの中だから雰囲気は怖いし、目立つから光球の魔法も駄目ってことで、かなり不安な気持ちでいっぱいだ。
ジュードさんを信じるって決めていたんだけど、早くも心が揺らぎ始めた。こんな暗い道の先に、本当に希望の光があるんだろうか?
「そうですね。もう少しのはずです」
「はずです? ジュードさんが行ったことがない場所なんですか?」
おいおい、俺はジュードさんを信じてついてきたんだから、不安を強めるようなことを言わないでほしい。
「はい、何分急な事でしたから、段取りが悪くて申し訳ありません」
「……あはは、すみません急に来てしまって」
3分の1くらいは俺の責任だった。でもまあ、急になっちゃったのはジュードさんの舎弟の責任が大半なんだから、舎弟を叱っておいてください。〆るのも程々くらいならしょうがない気がします。
「いえ、先生の来訪はいつでも大歓迎です。次の機会には完璧に段取りしておきますので、ご安心ください」
「次の機会ですか? 宴会も開いてもらえましたし、今からも良いところに連れて行ってもらえるんですよね? 今回で十分楽しませてもらっていますから、次の機会なんて気を使わなくても大丈夫ですよ」
次の機会については断っておかないと、また舎弟に邪魔される未来が見えちゃうよ。俺はコソコソと歓楽街で遊びたいのであって、感謝されながらもてなされるってのは望みからは外れているんだ。
「先生には返しきれない恩があります。あの時、親分の命が失われていたら、このスラムは酷いことになっていたでしょう。住人達の恩もあります。今回くらいのことではホコリ1つ分も恩返しできていませんよ」
ジュードさんが苦笑いしながら説明してくれるが、今回の宴会とこの後の何かしらのお楽しみでホコリ1つ分? そんなんだったら一生恩返しが終わらないじゃん。
……任侠っぽいブラストさん達の考え方だと、本気で一生恩返しとか考えていそうだな。
そうなったら俺のナイトライフの大きな障害になってしまう。ベリル王国は歓楽街が充実しているんだ。毎回邪魔されるのは困る。
けど、こういうタイプの人達って、単純に必要ないとか言っても納得してくれないんだよな。
もっとこう、熱い感じって言えばいいのか? 熱血テイストで粋な感じじゃないと受け入れてくれないだろう。
……ものすごく苦手なテイストだけど、充実ナイトライフの為に少し無理をする必要がある。ものすごく苦手だけど、頑張ろう。
「ジュードさん……俺は……恩とか恩返しとか……そんなことの為に人を助けているんじゃないんですよ。今日もらったみんなからの感謝は、ホコリ1つなんて小さなものじゃない。俺の心を溢れそうなくらいに満たしてくれる大きなものでした。それだけで十分なんです。これ以上は貰い過ぎで、ベリル王国に来づらくなってしまいます」
満たされたのは胃袋で、満たしたのはお酒とジュースとお茶だけど、そんなことは正直に言わなくても大丈夫だ。
できるだけ真剣な声でジュードさんに言葉を伝えたけど……ヤバいな、慣れないテイストの言葉を吐き出したから、全身に鳥肌が立っている。ここが暗い場所で助かったな。
「先生……」
なんか感動してくれているっぽい。任侠タイプの人が好きそうな言葉を選んだけど、ドンピシャだったらしい。
シルフィ達契約精霊が居たら恥ずかしくて吐けない言葉だったけど、頑張ってよかった。
「先生、先生のお言葉、必ず親分、いや、スラムの住人すべてに伝えます。スラムの大恩人の心意気、みんな……みんな……喜びます」
いやいやいや、この人、何言ってるの? 俺の恥ずかしい言葉をスラム全域に広めるとか、どんな罰ゲームですか? そんなことをされたら精神が死滅するんですけど?
俺を殺す気ですか? 殺す気なんですか?
「いや、ジュードさん、恥ずかしいので他の人には言わないでください。ここだけの話ってやつです」
「恥ずかしいことなんて1つもありません。先生の言葉は、スラムのみんなの希望になります!」
希望? 意味が分からないけど、絶望の間違いだと思う。しかし、気が利くジュードさんが何気に熱くなっている気がする。任侠タイプの人には、臭いセリフは劇薬だったのかもしれない。
このままだと本気であの恥ずかしいセリフがスラム全域に広まりかねない。ハンマーで殴れば記憶が飛ぶかな?
記憶の前に脳ミソが飛び散りそうだ。えーっと、開拓ツールは強力過ぎるから繊細な場面には向かない。そうだ、俺って精霊術師なんだし精霊術でなんとかすればいいんだ。
精神に関連するのは闇の精霊、駄目じゃん。闇の精霊と契約してないじゃん。ダーク様とオニキスはここにはいないし、もうこうなったら新しく契約するか?
幸い暗い路地だし、偶に飛んでいるのは闇の精霊だろう。ひっ捕まえて契約して、ジュードさんを洗脳、もしくは記憶の消去……いけるか?
「先生、どうしました?」
「……いえ、なんでもありません」
ジュードさんの声で少し冷静になる。こんな時に勢いで契約したら、シルフィ達になんで契約したのかを聞かれる。そうなったら恥ずかしいセリフを含めて、なんか色々とバレそうだ。
そんなことになったら、スラム全域に話が広がるよりも質が悪い……自分の力で解決するしかないな。
ジュードさんを説得するにはどうすれば? ……そうだ、忘れていた。こういう人には普通に断っても駄目だから、さっきの恥ずかしいセリフを吐いたんだ。ならば、ジュードさんに合った言葉で断らないといけない。
ジュードさんが納得しそうな言葉……言葉……そうだ! これなら行ける。上手く会話がつながれば、なんとかなるはずだ。会話の流れは……うん、結構簡単っぽいぞ。
「ジュードさん、やっぱり先程の話は秘密にしてください」
なんでって聞いてください。
「どうしてですか? 先生の心意気、みんなが知るべきだと思います」
知るべきじゃないけど、予定通りだからまあ良いか。ここで決める。
「だってそんなの、粋じゃないでしょ?」
正直、粋って言葉の意味もよく知らないんだけど、こういうタイプの人には粋って言葉を使えばたいていなんとかなるはずだ。あとは、翻訳の力を信じる。
「……先生が粋じゃないって思うなら仕方がありませんね。分かりました、今回の話は墓場まで持っていきます」
「ありがとうございます」
本当になんとかなって、自分でもビックリだ。粋って凄い。
***
「この家ですね。先生、ここから先はお一人でどうぞ。昼過ぎに迎えに行きます」
「えっ、少し大きいですが普通の民家っぽいんですけど、ここなんですか? 昼過ぎ?」
スラムからは出たけど、歓楽街でもない普通の民家だよ? こんなところで俺の希望が叶えられるの? でも昼過ぎってことは、夜通し遊ぶってこと?
「はい。しっかり楽しんできてください」
ジュードさんが離れて行ってしまった。どういうことだ?
……まあ、ここまで来たら行くしかないか。たとえ外れだったとしても、次からは余計な気づかいは無くなるんだから我慢できる。行かない方が後々面倒だよね。
何度もお礼を受けるのは粋じゃないって言うだけで説得できたのは拍子抜けだけど、任侠タイプの人には粋って言葉は万能だな。
「……さて、真っ暗なんだけど、ドアをノックすればいいんだよな?」
ジュードさんとどんな約束をしたのか覚えていないから、少し不安を抱えてノックをする。
「あら、遅かったわね」
「あっ、サキュバスのお姉さん! えっ? なんで?」
ドアから出てきたのは、『大きさこそ正義』で指名したサキュバスのお姉さん。どういうこと?
「うふふ、なんでだと思う?」
いや、分からないから聞いたんだけど? でも、とても色っぽいです。
「ふふ、分からないわよね。でも、ここで話すのはつまらないわ。中でゆっくり謎解きをしましょう。中はとっても楽しい場所なのよ」
俺の首筋から頬を、艶やかな指先でゆっくりとなぞりながら話すサキュバスのお姉さん。疑問なんてどうでもよくなり、フラフラと操られるように中に入る。
「「「「「淫魔の館にようこそ!」」」」」
ブワッと押し寄せてくる甘く妖しい匂いとともに、目に飛び込んでくるサキュバスのお姉さんの集団。
淫魔の館? 何そのパワーワード。
「さぁ、ボーっと立ち止まっていないで中にどうぞ。ここはお店じゃなくて、私達が本当に住んでいる本物の淫魔の館。めったに入れない場所なんだから楽しんでね」
出迎えてくれたきわどい格好のお姉さん達に囲まれ、玄関から奥の部屋に導かれる。
本物の淫魔の館? 住んでる? 淫魔のお姉さん達のプライベートな場所ってこと? 嬉しいけどなんで?
疑問は沢山あるんだけど、体のいたるところに当たるお姉さん達の感触と、顔や首筋に掛かる甘い吐息で頭が回らない。
「うふふ、普段は私達の館なんだけど……今日だけはこの館の主はあなたよ。ねえ主様、ここで主様は何をするのかしら?」
「楽しいこと?」
「気持ちが良いこと?」
「人にはとても言えないようなこと?」
ソファーに押し倒されるように座り、妖艶な淫魔の集団から言葉は違っているのに全部同じ内容に聞こえる言葉をささやかれる。
「ぜ、ぜんぶ……?」
楽しいことも気持ちが良いことも人にはとても言えないようなことも全部したい。同じ内容な気もするが、それならそれで、繰り返しでお願いしたい。
「さすが主様ね。淫魔の館で凄い度胸だわ」
ボーっとする頭に勇気を褒めたたえるような、淫魔のお姉さん達の声が届く。
度胸? この状態でなんで度胸? 悦楽しかないよね?
ん? 淫魔? ……そういえば、この前は淫魔のお姉さん1人に限界まで搾り取られたような? 今回は目の前に6人の淫魔のお姉さんが居る。
「……そ、そうだ、ななな謎解きをしないと! とりあえず、ゆっくりお酒でも頂きながら、お話を聞きたいです!」
淫魔のお姉さんが6人と考えた時、腹上死という単語が思い浮かび、背筋がゾッとする。
とりあえず、このまま流れに身を任せるのは危険だ。いったん冷静になろう。
しかし冷静に考えたらなんで淫魔の館なんだ? ジュードさん、まさか俺を暗殺する気だったりする?
……いやいや、あんなに俺の話に感動してくれてたんだから、さすがにそれは無いだろう。
いや、よく考えたらあんな話で説得されるのって怪しくない? もしかして俺、腹上死するの?
読んでくださってありがとうございます。