四百五十八話 悪くない気分
ベリル王国に到着し、お土産を含めて色々と買い物をした。いつの間にか歓楽街に足を踏み入れ、気合を入れて『大きさこそ正義』という店に足を踏み入れようとした時、気が利かないガラの悪い男の邪魔が入った。
「みんなー、太郎の兄貴っすよー」
あー、舎弟の声に反応して、ブラストさんの屋敷から沢山ガラの悪い男達がゾロゾロと出てくるよ。
「あっ、ジュードの兄貴、太郎の兄貴を連れて来たっす!」
舎弟が嬉しそうにジュードさんに声を掛けている。ん? ジュードさんが速足で舎弟に向かっていく。
「痛いっす!」
ジュードさんの拳骨が舎弟の頭に振り下ろされた。ゴインという音が離れている俺にまで聞こえる威力で、なんとなくだけど俺の気持ちもスッとした。
「バカヤロー、先生は身を隠してるんだぞ! 大声で名前を連呼してどうすんだ!」
おお、スラムでも気が利く人が上に行くんだな。舎弟の行動で俺が困っているのを一瞬で見抜いたらしい。
まあ、身を隠しているんじゃなくて、大手を振って夜遊びをすると立場的にまずいからコッソリしているだけなんだけどね。なんかすみません。
「オラッ、戻れ。中に入ってろ!」
悶絶してうずくまっている舎弟を放置して、ジュードさんがガラの悪い男達を屋敷の中に戻してくれる。あっ、ジュードさんがこっちに来た。
「先生、バカが騒いで申し訳ない。後で〆ておきます」
「い、いえ、まあ、それほど問題は無いので許してあげてください」
迷惑に思ったことは事実だけど、裏社会の人に本気の顔で〆るとか言われると怖すぎる。〆るってどのレベルで〆るつもりなの?
「……お気遣いありがとうございます。先生に御迷惑はお掛けしませんので、ご安心ください」
まったく安心できないな。初めて出会った頃の胡散臭いヘラヘラ顔に戻ってほしい。
「えーっと、本当に大丈夫です。俺のせいで誰かが傷つくのも気分が悪いので気にしないでください」
「そうでした、癒す側の人間である先生に対してバカなことを言いました。とりあえず、中にお入りください」
妙な誤解をされてはいるが、ジュードさんは舎弟を〆るのを諦めてくれたようだ。気のせいかもしれないけど、なんだかとても残念そうだな。そんなにあの舎弟を〆たかったんだろうか?
詳しく聞くと藪蛇になりそうなので、ジュードさんに案内されて大人しく屋敷の中に入る。舎弟は悶絶したまま放置で良いらしい。
「先生、待ってたぜ!」
「先生、ようこそお越しくださいました」
屋敷に入るとブラストさんとエレンさんが笑顔で出迎えてくれた。前に会った時のエレンさんは少しやつれていたけど、今は心労が取れたのか輝くような美女に変化している。
……旦那さんのジュードさんが羨ましい。
「いえ、いきなり来てしまって申し訳ないです。なんでしたらその……またいつか出直してきますけど?」
俺のせいじゃないけど突然訪ねたのは間違いないから、大人として申し訳なさを出しておく。礼儀は大切だ。
できれば出直してくる感じで撤退したい。出直すのがかなり先になるのなら、とても嬉しい。
「構わねえよ。さぁ入ってくれ。すぐに宴会の準備をするからな」
俺の微かな望みはブラストさんに届かず、グイグイと中に引き込まれる。宴会はご遠慮したいところだけど、やっぱり逃れられないよな。
まあ、1回くらいもてなされないとブラストさんの顔が立たないし、今回だけの我慢ってことで諦めよう。
できればガラの悪い男達との宴会は避けたいところだけど、男の欲望を満たしに来るたびに宴会に怯えるのはナンセンスだ。
別の町に遊びに行くって手もあるけど、『大きさこそ正義』というたった1店舗すら遊びつくしていないこの王都を、宴会が理由で避けるのは悲しいよね。
***
「えーっと……ブラストさん、これはどういった状況なんですか?」
「ガハハハ、まあ、そいつらも先生には感謝しているってこった。少ししか注がねえように言ってあるから、悪いが受けてやってくれ」
「そう言われましても……」
宴会の準備が整ったと言われて宴会場に向かうと、明らかに特別席に通された。これはまあしょうがない。ヴィータの力をフル活用したんだから、特別席に招かれるくらいの実力は発揮している。
ただ問題は、なぜ俺の前に長い行列ができているんだ? 某アイドルグループの握手会並みの行列で、広めの宴会場の外まで行列が続いているように見える。
しかも、ほとんどがガラの悪い男達で、それぞれに酒瓶やら樽やらを持っている。何をするつもりなのかが丸分かりだ。
困った顔でジュードさんを見ると、心底申し訳なさそうな顔で頭を下げられてしまった。
……気が利くジュードさんのことだし、俺のことを思って色々と抵抗してくれたんだろうな。
そして、その努力を脳筋のブラストさんがすべて粉砕したんだろう。その結果がこの行列か……ヴィータの能力でブラストさんの脳筋は治せなかったのかな?
「よーし、宴会を始めるぞ。今夜はスラムの恩人の大先生をもてなす宴だ。精いっぱい感謝を伝えて飲んで騒げ。乾杯!」
俺やジュードさんの苦悩など気にもせずに、ブラストさんが宴会の開始を告げる。宴会場に野太い男達の声が響き渡り、元々が騒がしかった宴会場が更に騒がしくなる。あと、いつの間にか先生から大先生にランクアップしている。
「大先生、あれから右腕だけじゃなくて体全体の調子がいいんです! ありがとうございます。飲んでくだせぇ」
「調子がいいなら良かったです。えーっと、いただきます」
先頭に並んでいたガラの悪い男のお酌を受けて、適当な言葉を返してコップを空にする。この人はなんとなく記憶にあるな。たしか腕をバッサリ斬られていた人だ。全身の治療までしたのかは覚えていない。
まあ、ブラストさんが言っていたとおり1口分程度しか注がれなかったから、この行列でもなんとかなりそうだな。
次々と入れ替わるようにお酌をしてくるガラの悪い男達。それに合わせて次々にコップを空にする俺。まるでワンコ蕎麦のお酒バージョンみたいだ。
……ふぅ、百歩譲ってお酌は受け入れるにしても、自分の治された怪我の状態を伝えるのは止めてほしい。
血がドバドバ出ていたとか言いながら赤ワインを注ぐなよ。変な物を飲んでる気になるだろ。腸が飛び出たとか、飯が不味くなるから止めて。
「せんせー、ありがとー」
「あはは、どういたしまして。もう元気いっぱいなのかな?」
「うん、げんきー」
あと、合間にスラムの子供達を挟むのも止めて。子供用に態度を変えるのが大変だし、子供にお酒を注がれるのって、なんか気まずい。せめて、大人と子供を分けて並ばせてください。
でも、若い女性のお酌はちょっと嬉しい。おばちゃんのお酌は……ノーコメントだ。
「先生、申し訳ない。大丈夫ですか?」
「ええ、ジュードさんのおかげでなんとか大丈夫です。お腹はタプンタプンになりましたけどね、あはははは」
途中からお酒をジュースやお茶に変えてもらわなければ、間違いなく撃沈して二日酔いになっていただろう。
ムーンにお願いすればなんとかなるにしても、この町には召喚し辛いし、ヴィータにはジーナ達の護衛をお願いしてある。
下手をしたら二日酔いで今回の息抜きが台無しになっていたところだ。
「本当にすみません。あれでも人数は絞ったんですが、どうしても先生にお礼をって奴が押し寄せてきまして……」
あの舎弟のせいで、俺がスラムに来ているってバレたんだな。あの時はヴィータの力をフル活用してかなりの人数を癒したから、感謝してくれている人が沢山居たんだろう。それをブラストさんが受け入れたんだな。
当のブラストさんは、俺やジュードさんの気持ちも理解せずに豪快にお酒を飲んで騒いでいる。
ひたすら楽しそうだけど、今日は俺をもてなす宴なんじゃなかったのか? 俺、ほとんどブラストさんと話してないよ?
「もうお腹は限界ですが、感謝してもらえるのは嬉しかったので大丈夫です」
感謝されるのが悪い気分じゃないのは本当だ。お酒の影響もあってか、ガラの悪い男達の顔すら愛嬌があるように見えたから、たぶん脳がかなりやられている。
「そういって頂けるのであれば助かります。しばらくは人を寄せませんので、少し休んでください」
「ありがとうございます」
ジュードさんのお言葉に甘えて、背もたれにもたれかかって休憩をする。途中からお茶やジュースに変わったとはいえ、お茶やジュースを沢山飲むのも辛かった。
普通の飲み物よりも、お酒の方が量が飲めるのはなんでなんだろう?
くだらないことを考えながら騒がしい宴会場を眺める。
大声で騒ぐ男達、飲み比べに興じる男達、ごちそうに夢中な子供達、半裸になった男を叱り飛ばすおばちゃん、忙しく宴会場を動き回るお手伝いの人達……沢山の人達がせわしなくも笑顔で騒いでいる。
この光景を守ることに一役買ったのであれば、これは結構凄いことなんじゃなかろうか?
……嫌々ではあったけど、この宴会に参加したのは悪くなかったな。自分本位な自分だけど、人の役に立つのも悪くないって思える。
まあ、役に立った方法がゾンビアタックの補助だったり、役に立った相手がスラムの親分だったりってところも俺っぽいよな。
王道の正義の味方にも極悪人になる度胸も無いから、これくらいがちょうどいいんだろう。ブラストさんは比較的まともな親分だもんね。裏で何をやっているか知らないし、知りたくないな。
さて、何回もトイレに行ってお腹のタプタプもおさまってきたし、ここまで付き合えば十分だろう。そろそろこの宴をドロンして、正義とは何かをお勉強しに行くか。
「先生、準備が整いました。こちらにどうぞ」
「へ? いや、ジュードさん、俺はちょっと大事なお勉強が……」
「まあまあ、ついて来てください。後悔はさせませんよ」
なんということでしょう。気が利く人だと信頼していたジュードさんのまさかの裏切り。この裏切りは脳筋の裏切りよりも酷いよ?
具体的に言うと、イフを召喚してこの世に火炎地獄を巻き起こしたいくらいに激オコな裏切りだ。
「安心してください。先生の望みは理解しています。親分のコネも全部利用して、約束は果たしますぜ」
ジュードさんが自信に満ちた顔で俺を見る。親分のコネ? 約束? なんか約束をしたっけ?
覚えていないけど、俺の勘がここはジュードさんに従えと叫んでいる。楽園がそこにあると叫んでいる。
……最後にもう一度だけジュードさんを信じてみよう。屋敷を出たこの暗い道の先に、何があるのかは分からない。
……でも、俺は男の顔をしたジュードさんを信じてみようと思う。
裏切られるのは辛い。でも、信じたその先にはきっと希望があるはずなんだから……。
読んでくださってありがとうございます。