四百五十六話 楽園への短期帰還
ジーナ達に細かい注意をしたあと、ジーナに結構ショックなことを言われて逃げるように旅立った。少し過保護気味になっているようだから、俺も注意しよう。あの親父さんのようになるのは嫌だ。
迷宮都市ではサクッと用事を済ませることができた。
トルクさんの宿屋は順調に改築中だったし、迷宮のコアも喜んで廃棄素材を吸収していた。
家を建てている大工さんにも差し入れはできたし、マリーさんとソニアさんは若返り草の関連で死ぬほど忙しいって言っていたけど、24時間戦えるサラリーマンのような目をしていたから大丈夫だと思う。
リーさんとダークムーンさんは……マルコ達が頑張っていると伝えるだけは伝えて、絡まれると面倒なのでそそくさと退散した。
予定とちょっと違ったのは、メルとメラルだ。顔を出すだけのつもりだったけど、会ったらメラルが楽園に行きたいと言い出した。楽園に数日滞在してすぐに出かけるなら大丈夫だと思ったらしい。
工房は大丈夫なのかと心配してメルに聞いたら、数日くらいなら問題は無いという答えが返ってきて、別の意味で心配になった。
俺の微妙な視線に気がついたメルが、仕事は少しずつ増えているので大丈夫ですって慌てて言っていたけど……まあ、メラルと契約してからそれほど時間は経ってないし、貴重な素材を卸した効果がでるのも時間が必要なのかもしれない。
でも、メルは責任感が強いタイプだから、無理をしていないかの確認で、これからもちょくちょく顔を出すことにしようと思う。とりあえず、仕事の方は問題が無いそうなので、楽園には連れていくことにした。
***
「あう!」
楽園に到着するとサクラが猛スピードで俺の胸にしがみついてきた。赤ちゃんが猛スピードで飛んでくる光景に違和感は覚えるはずなんだけど、そこらへんはベル達で耐性が付いているからホッコリするだけだ。
ただ、『あうあう』と嬉しそうにしがみついてくるサクラを見ると、寂しがらせて申し訳なかったって気持ちが湧き上がってくる。仕事でなかなか家に戻れないお父さんの気持ちもこんな感じなんだろう。
「サクラ、ただいま」
「なでる」
帰還の挨拶をすると、ストレートに要求が飛んできた。まだまだ要求が前面に出る年頃のようだ。まあ、赤ちゃんだからしょうがないよね。
そういった訳で全力でサクラを撫でくり回す。きゃうきゃうと身をよじって暴れるが、喜んでいる様子だから大丈夫だろう。
たっぷりと撫でくり回されて満足したのか、サクラがベル達に向かって突撃してしまった。あっさりと離れられると、それはそれで寂しいものがある。
「あの、お師匠様、あの子は新しく契約した精霊ですか?」
ベル達と戯れるサクラをなんとも言えない気持ちで見守っていると、メルが質問してきた。そういえばメルとメラルは初対面だったな。
「いや、あの子はサクラって言うんだけど、精霊じゃなくて精霊樹の意識体なんだ。あとで紹介するね」
ベル達に突撃する前に紹介するべきだったな。
「精霊樹の意識体ですか? あれ? 精霊樹に花が咲いていますね。浮島が発展しているのに気を取られて気がついていませんでした」
まあ、ほぼ何もなかった島が急激に発展していたら気になるよね。楽園もだいぶ進化したし、若干混乱気味なのはしょうがないだろう。
「裕太。聖域ってこんなんじゃないはずだぞ。いいのか? 方向性を間違ってないか?」
黙って話を聞いていたメラルが常識的なことを言いだした。メラルって代々メルの一族と契約してきたからか、常識をとても理解しているように思える。人との深い関わりあいは、精神面でも精霊に好影響があるかもしれない。
「方向性を決めているのは俺じゃなくて精霊達だから、問題があるのならメラルの方で何とかしてくれると嬉しいな。特に酒島とか……」
できれば酒島に集まっている精霊達に対して、時間を掛けて発展する方法を教えてあげてほしい。空からチラッと酒島を見ただけだけど、前に視察した時よりも明らかに発展していた。ペースが速すぎる。
「あそこは……精霊達の中でも期待されているから……」
メラルの言葉尻が途切れた。この様子だと、酒島って精霊達にとって聖域以上の特別な場所になっている可能性が高い。
それに、酒島のことは知っていたのに他の部分は全然知らなかったようだし、精霊達のネットワークの中で何に重点が置かれているのかが丸分かりだ。メラルには荷が重いお願いだったみたいだな。
「まあ、あの島は精霊のみんなに任せるよ。それよりも、せっかくメルと話せるんだからのんびりお話したら?」
「そ、そうだな。メルとは話したいことが沢山あるんだった。せっかくだから、メルと話した方がいいよな」
救われたような顔でメルに話しかけるメラル。酒島は予想以上にアンタッチャブルなようだ。
「裕太ちゃん、おかえりー」
「裕太さん、お帰りなさい」
「おい裕太。初めての酒を飲むときは俺も呼べ」
メラルとの会話が終わると大精霊達が声を掛けてきた。ディーネとドリーはちゃんとお帰りって言ってくれたけど、ノモスは手を上げるだけで、イフに至ってはお帰りの言葉すらなかったけど、温かく出迎えてくれていると信じよう。
「みんな、ただいま。今回は森での行動だったからイフは召喚しなかったんだ。新しいお酒は買いだめしてきたから今晩にでも出すよ」
「俺は火の大精霊だから延焼なんかありえねえぞ。……まあ、酒があるならいいが、次に暴れる時には俺を呼べよ」
前にディーネからイフが暇をしているって聞いていたけど、イフから直接暇をしているって言われてしまった。契約者としてはなんとかしておきたいな。
ただ、大精霊が暴れる機会なんてそうそうないのが問題だ。こういう時は迷宮のコアと仲良くなったのを少しだけ後悔してしまう。暴れ放題の場所だったもんね。
「……迷宮で暴れづらくなっちゃったから直ぐには難しいけど、何か機会があればイフを召喚するよ」
「んー、まあそれでいいか。忘れるなよ」
「うん」
暴れる場面が無ければ、最悪新しい迷宮の探索でも挑戦するのも検討しよう。シルフィならちょうどいい迷宮を教えてくれるはずだ。
「裕太ちゃん、今夜は飲むのよねー。お土産が楽しみだわー」
予想通りだけど、この前宿で飲んだばかりなのにディーネは飲む気満々だ。
「今夜はお土産も兼ねて豪華にするつもりだけど、ルビー達は?」
イノシシの丸焼きは確定だけど、ルビーには大森林の食材を料理してもらいたい。俺のなんちゃってアヒージョでもあれだけ美味しかったんだ。専門家が料理したらどうなるのか楽しみだ。
「ルビーちゃん達なら小さい子達が来ているから楽園食堂よー」
あぁ、お昼時だし、浮遊精霊や下級精霊のちびっ子達は、食堂でご飯を食べるのを楽しみにしているから、出迎えが無理だったのか。しっかり働いてくれているのはありがたいな。
「んー、大森林の食材を料理してもらいたかったけど、今日は無理っぽいね。いや、前みたいに今夜は楽園に遊びに来ている子達も含めた宴会にしようか」
ちびっ子達を含めた宴会にすれば、ルビー達もこっちで料理ができる。ジーナとサラが居ないから料理面ではちょっと手が足りないかもしれないけど、イノシシの丸焼きもあるから盛り上がるだろう。
***
「むー」
「あー……サクラ、またお土産を買ってくるから勘弁してね」
宴会ではイノシシの丸焼きに大興奮で齧り付いていたし、この3日間もベル達を含めて遊びまくったんだけど、出発するとなるとグズッてしまうようだ。
それだけ懐かれていると思えば幸せなんだけど、向かう先が向かう先だけに罪悪感がハンパじゃない。
それでも行くのを諦められない俺は、相当自分の欲望に耐性が無いのだろう。
「でも、男ってそういうものだと俺は思うんだ」
「う?」「おとこー?」「キュ?」「ぼくもそうなの?」「クゥ?」「いみがわかんないぜ!」「……」
「……あはは、なんでもないよ。こっちの話」
サクラを抱っこしてベル達に囲まれているのに、ついつい自分の欲望を正当化する言葉を口から洩らしてしまった。
こんなことを考えているのがバレたら、まともにベル達やジーナ達の顔が見れなくなるから、最大限の警戒を払わないと駄目だ。
「じゃあ、そろそろ出発するよ。また少ししたら帰ってくるから、サクラはあんまり寂しがらないでね。ベル達はローゾフィア王国に到着したら召喚するから、それまでサクラのことをお願いね」
「だいじょうぶ。べるおねえちゃん」
ベルが胸を張って請け負ってくれた。お姉ちゃんとしてサクラに構うのがとても楽しいみたいだし、ベル達に任せれば大丈夫だろう。
「お姉ちゃんも居るんだから、裕太ちゃんは心配しなくても大丈夫よー」
「ふふ。私も協力しますしヴィータの代わりに動物達も気にかけておきますので、裕太さんは心配しないで休日を楽しんできてください」
ベルとディーネがほとんど同じことを言っている気がする。それでもあんまり違和感が無いのは、ベルとディーネの精神年齢が意外と近いからかもしれないな。
言葉にしたらディーネがスネてしまいそうだから、心の奥底に仕舞っておこう。あと、ドリーが頼りになる。俺も動物達の様子は確認したけど、ヴィータがいないぶんドリーがフォローしてくれると安心できる。
できれば酒島の方もドリーに制御してもらいたいんだけど、あんまり苦労を押し付ける訳にもいかないよな。
さて……酒島以外の後顧の憂いはなんとかなったし、後はめいっぱい楽しむだけだ。リミッターを外すぜ! あっ、メルとメラルを迷宮都市に送っていかないといけなかったな。
迷宮都市と楽園の滞在を短くしてみました。
本文の中で浮島にメルが驚く場面がありましたが、メルが居ない時に浮島を浮かべたと勘違いしていましたので、変更いたしました。ご指摘、ありがとうございます。
読んでくださってありがとうございます。




