四百五十五話 信じていたのに……
ヴィクトーさんとベッカーさんに遺跡のことを教えた結果、まずはベッカーさんが主軸となって遺跡に拠点を作ることになった。準備に走り回っていたであろうアヒムさんが多少不憫ではあったが、頑張ってほしいと心の中でだけ応援している。
「では、俺はそろそろ引き上げますね。頑張ってください」
シルフィにお願いして遺跡までベッカーさん達を運んだので、さっさと帰還することにする。
ジーナ達が初めて空を飛んだ時のリアクションは素晴らしかったけど、体育会系の若者から歴戦の強者っぽいおじさん10人のリアクションは俺の精神を傷つけた。
怯えるのも悲鳴を上げるのも人に与えられた感情だから、だれが悪いって訳じゃないんだけど……端的に言うとムサイ。
ジーナの時は微笑ましかったことを考えると、大人の男になると許されない振る舞いがあるってことを自覚してしまった。俺もビビッて悲鳴を上げる時があるから、今度からは気を付けよう。
「裕太殿、もう帰られるんですか?」
一つ勉強になったと自分を戒めていると、アヒムさんが困った表情で話しかけてきた。まだやり残した事でもあったか?
魔法の鞄で運んだ必要な物資も全部出したし、俺が発掘した建物も拠点として使えそうだから案内した。王都の方向もちゃんと教えたから帰ることもできるはずだ。
うーん、やっぱりやり残したことはなさそうだな。
「そのつもりですけど、まだ何か忘れていることでもありましたか?」
「ここまでお手伝い頂いてあれですけど、遺跡周辺の魔物の分布を教えてもらえると助かります。この辺りは王都からかなり離れていますし、村も無いですからギルドでも情報が少ないんです」
なるほど、ここら辺の魔物の情報が欲しかったのか。うん、情報は大切だし、命にも関わることなんだから俺から教えるべき事柄だったな。
……だけど、遺跡の発掘作業中に魔物と戦った覚えが無い。人骨にビクッてなっていた思い出しかないぞ。まず間違いなくシルフィが魔物を遠ざけてくれていたんだろうな。
「うーん、邪魔な魔物は昨日全部吹き飛ばしたから、しばらくは大丈夫だと思うわ。でも、ゴブリンとかの小物はすぐにわいてくるから注意したほうがいいわね。あと適当に吹き飛ばしたからどんな魔物が居たのかは覚えてないわ。あっ、大きな虎と蛇は居たわね。あとは、何か居たかしら?」
どうしたものかとシルフィを見ると、すぐに回答が貰えた。ただ、その回答が適当過ぎて説明するのが難しい。
「……えーっと、大きな虎と蛇なんかも居ましたが、だいたいの危険な魔物は撃退しました。しばらくはゴブリンなんかに注意していれば大丈夫だと思います」
アヒムさんが真剣な顔をして考え込んでしまった。なんちゃらタイガーとか、キリングスネイクとか物騒な言葉をブツブツと呟いているので、たぶん魔物の種類を推測しているんだろう。
「もしかして、結構危険な魔物だったりしますか?」
「大森林には虎や蛇の魔物が数種居ますので判別は難しいのですが、大きいとなると危険な魔物である可能性が高いですね。もう少し詳しい特徴をお願いします」
シルフィを見ると目を逸らされた。片手間に処理をしたのか、本当に詳細を覚えていないようだ。強すぎると虎も猫も変わらないのかもしれない。さすが大精霊、チートな存在だ。
「えーっと、詳しく説明したいのは山々なんですけど、近づく前に遠距離で撃退したので難しいです。10人居ても危険だったりしますか?」
ある程度は自分でも戦っているから魔物の強さは理解しているけど、普通の冒険者がどの程度の強さなのか微妙に分からない。この場所がレベルに合わない場所だったらヤバいかもしれないな。
「我々も冒険者ですから大森林の魔物に対してそれなりの知識はあります。準備もしてきましたから勝てなくともやり過ごすことは可能です。ですが、裕太どのが撃退した大きな蛇がキリングスネイクだった場合、少し問題ですね」
レベルが合わない危険地帯ではなさそうだ。まあ、だいたいの場所は教えてあるんだから、情報が少ないとはいえ、あからさまな危険地帯には足を踏み入れないよね。
しかし、虎よりも蛇の方が問題なのか。俺のイメージでは大きな虎の方が怖そうな……いや、大きな蛇も怖いからどちらでも同じだな。
「何が問題なんですか?」
「キリングスネイクは毒持ちで生命力が強くて、しつこいんです。縄張りに執着するので、撃退しても何度も襲ってきます。倒せれば問題ないのですが、なかなか死んでくれない上に負けそうになったら逃げる知能まであるんですよ。それで傷が治ったらまた襲ってくるんです。大森林での人間の発展を妨げている魔物の一種ですね。しかも、人間にとっても良い場所を縄張りにするので、よく戦うことになるんです。ウザいです」
怒涛のように文句が出てきた。どうやら依頼で何度もやりあったことがあるようだ。でも、勝てないことも無いようなので、頑張ってもらうしかないな。
「虎は大丈夫なんですか?」
「討伐する必要が無いのなら大丈夫です。虎系は強い魔物が多いですが、特定の匂いを嫌いますので、いざとなったら周辺にこれをバラまきます」
アヒムさんが小瓶を取り出して見せてくれた。虎は猫系だから、柑橘系の匂いの元かな?
「嗅いでみますか?」
興味津々で小瓶を見ていると、アヒムさんが小瓶を目の前に差し出してきた。
「人間が嗅いでも大丈夫なんですか?」
未知の液体の匂いに悶絶するほど俺の芸人魂は育っていないので、きちんと確認する。ノリが悪いとか言われても知ったことじゃない。
「あはは、好き嫌いはありますが、人にとって不愉快な匂いではありませんよ」
アヒムさんの様子に悪意は無いようなので頷くと、アヒムさんが小瓶の蓋を開けた。小瓶から爽やかな匂いが漂ってきた。
悪くない匂いだ。でも、なんだか嗅いだことがある気がするな。もう少ししっかり匂いを確かめようと小瓶に鼻を近づけると、鼻の奥に衝撃が走った。
「あはは、結構凄い匂いでしょ」
……鼻の奥がスースーする。これってハッカの匂いだ。ハッカの成分が濃縮してあるのか、直接嗅ぐととんでもなく刺激的な匂いだ。あっ、心なしか目まで痛い。
「この匂いを虎は嫌うんです。虫系統の魔物も近づかなくなるので、大森林での必需品ですね。討伐依頼では使えないのが残念なところです」
アヒムさんがのんきに説明をしているが、俺はそれどころではない。鼻の奥が冷たいのか熱いのかもよく分からない状態だ。
……信じていたのに騙された。俺はアヒムさんに騙された。
「……帰る」
「えっ?」
「アヒムさんに裏切られたってサラに言っておきます」
キッとアヒムさんをにらんでからシルフィに合図をする。
「えっ、裕太殿? 裏切ったって何をいっているんですか? あっ、飛ばないで。本当に帰るんですか? ちょ、待ってください」
もう知らん。アヒムさんなんかキリングスネイクとやらに丸呑みされればいいんだ。
***
「アヒム、貴様裕太殿に何かしたのか?」
「副団長。……いえ、特に何かした訳ではないのですが、急に涙目で帰っていかれました。どうしましょう?」
「……よく分からんが、次に会った時にはしっかりと理由を聞いて、多少理不尽でも頭を下げておけ。サラお嬢様の恩人だからな。それでも駄目だったら報告しろ、私も頭を下げに行く」
「あー……分かりました?」
***
「ヴィータに護衛を頼んでいるから大丈夫だとは思うけど、無理だけはしないようにね。あと、俺が居ないからって夜遊びとかしたら駄目だからね。それと、変な人には十分注意すること。お菓子とかお小遣いとか、甘い言葉で誘われてもついていったら駄目だからね。特にジーナは美人なんだから、ナンパとかされたら十分に注意するように。うーん、やっぱり楽園まで一緒に戻った方が良い気がしてきた……」
「師匠、なんだかうちの親父に似てきたな」
ジーナ達を残して出発するのが心配になったので、細々と注意をしていると衝撃的な一言を言われた。
ジーナの親父さんってあれだよね? 過保護とストーカーの境界線をフラフラと漂っている感じの危険人物のことだよね?
「……じゃあ俺は行ってくるよ。サラ、今後どうしたいのかしっかり考えておきなさい。マルコとキッカは体術の訓練を忘れないようにな。ではジーナ、後は頼んだ」
キリッとした表情でジーナ達に背を向けて歩き出す。
「裕太。急に真面目な師匠っぽくしても取り返せてないわよ?」
シルフィが痛いところを突いてくる。そんなことは分かっているけど、ジーナの親父さんに似てきたとか言われたら、取り乱さないだけで精いっぱいだったよ。
下手したら、あんなのと一緒にするなとか言いそうだったもん。さすがにジーナの実の親をそんなのとか言う訳にもいかないよ。
なんだか締まらない別れになってしまったが、休暇が終わったらすぐに戻ってくるんだ。師匠の威厳的なものはその時に取り返せばいい。ササっと道から逸れて目立たない場所から飛び立つ。
さて、次は迷宮都市か。トルクさんのところに顔をだして、マリーさんのところで廃棄予定素材を受け取って迷宮のコアに会いに行けばいいか?
前回迷宮都市に行ってからそんなに時間は経ってないから、どこも軽く顔を出すだけで十分だろう。1日で終わるな。あっ、家を建ててもらっている現場に、もう一度酒樽を差し入れしておくか。
***
「なあ、ジーナ姉ちゃん。師匠のかおひきつってたけど、だいじょうぶか?」
「うーん、さすがに親父と一緒にしたのは悪かったか?」
読んでくださってありがとうございます。