四百五十四話 もうすぐ休暇
サラに褒められてちょっと気分が良くなり、遺跡の発見をヴィクトーさんとベッカーさんに報告した。その結果、10日間以上の期間をむさ苦しい男達と森の中を行軍する可能性が生まれ、その苦行に耐えられずに飛べることをぶっちゃけることにした。
……あれ? 結構凄いことをぶっちゃけたのに、ヴィクトーさんとベッカーさんからの反応が薄い?
「裕太殿はお疲れのようですな。サラお嬢様を連れてこの国まで旅をするだけでも大変だったのでしょう」
「うむ。我々は裕太殿に大変なご恩がある。ここでゆっくりと疲れを癒してもらおう。裕太殿、しばしこちらで休憩されると良い。何、子供達の面倒もうちなら問題は無い。我がクランには女手も豊富だ」
なるほど、疲れから錯乱していると思われているようだ。若干ドヤ顔でぶっちゃけたんだけど、ものすごく恥ずかしい。
だけど、このまま疲れていましたってことにして、遺跡のことは無かったことにもできそうだな。もしくは、冗談だったってことにしてもいい。もう、すべてをうやむやにして帰っちゃおうかな?
一番良いアイデアな気がしてきたんだけど……サラにあれだけ喜ばれちゃったら、無かったことにして帰る訳にもいかないんだよね。
「裕太殿?」
ヴィクトーさんが心配そうに俺を見ている。サラのこともあるし、サラの家族にも心配をかけ続ける訳にはいかない。
「ご心配をおかけしたようですが、別に疲れている訳ではありませんよ。証拠をお見せします」
自信満々に宣言した後に、小声で適当な詠唱を始める。これだけでシルフィなら俺が何をしたいのか理解してくれるだろう。
おっ、普段の飛ぶ時と違って俺の周辺に緩やかに風が吹き始めた。詠唱に合わせて演出までしてくれているようだ。さすがシルフィ。
「……裕太殿?」
ふふ、ヴィクトーさんもベッカーさんも驚いている、あれ? ベッカーさんが剣に手を掛けてヴィクトーさんの前に出た。
……もしかしなくても不味いんじゃないか? 現在は冒険者とはいえ、未だに返り咲きを諦めていない元貴族の前で詠唱って、証拠を見せるって言ったとしても警戒するのは当然だろう。
まだ斬られていないのは、サラの存在がある意味人質的な作用を果たしているってことかな?
どうしよう? 詠唱を止めるべきか? いや、ここまでして止めたら単なるバカだ。
覚悟を決めると、ブワッと風が広まり俺の体が浮き上がった。
「「おぉ」」
風の繭に包まれて空中に浮かぶ俺を見て、ヴィクトーさんとベッカーさんがポカンとした顔をしている。
「こうやって飛んで遺跡を発見したんですよ。歩いて10日の距離なんて、飛んだらすぐですからね」
「アヒムから裕太殿が不思議なことを言っていたと報告を受けてはいたが、まさか本当のことだったとは……」
ベッカーさんの口ぶりから、空からサラが降ってくるサプライズ計画の報告は受けていたんだな。まったく信じてはいなかったようだけど。
「そういう訳で、遺跡は本当にあります。何度も連れて行くことはしませんが、1度だけなら遺跡まで飛んで連れていきます。どうしますか?」
今の俺、すっごく良い笑顔だと思う。人を驚かせるのって結構楽しいよね。
***
「うー…………」
「ゆーた、げんき?」「キュー?」「かおがあおい」「クー?」「なんじゃくだぜ!」「……」
朝、目が覚めて二日酔いで唸っていると、ベル達が心配して飛んできてくれた。とても癒される。特にムーンの半透明の青くてプルプルした姿が神々しく見える。
「……ムーン、お願い」
ムーンが手慣れた様子で俺の額の上に着地し、すぐさま二日酔いの治療が始まった。手慣れてしまったのは、何度も二日酔いになるたびに誓っている、次は飲み過ぎないという誓いが守られていないからだな。
でも、しょうがなかったんだ。飛んで満面の笑みでドヤ顔したあと、本気になったヴィクトーさんとベッカーさんから遺跡に関する情報を搾り取られてクタクタになった。
遺跡から発掘したお宝を見せたら目の色が変わっていて、明日にでも出発をとか言いだしたから、なだめるのが大変だった。準備もせずに遺跡に行ってどうするつもりなんだろうね。
まあ、張り切ったヴィクトーさんとベッカーさんが、明日中には準備を終わらせるって言っていたから、クラン『シュティールの星』のメンバーの中で、確実に貧乏くじを引くメンバーが出るだろう。
なんとなくだけど、貧乏くじを引くのはアヒムさんだと思う。即座に動かせる人数はってブツブツとつぶやいていたベッカーさんの瞳は、欲望に濁っていたように見えたし、アヒムさん、ご愁傷さまです。
でも、ベッカーさんが『シュティールの星』の財政管理を引き受けているって言っていたし、私利私欲の為じゃないんだから勘弁してあげてね。今頃は準備に走り回っているかもしれないけど……。
それで、頑張ってヴィクトーさんとベッカーさんとの話し合いを終えて宿に戻ってきたら、お酒を飲む気満々のディーネとノモスに出迎えられた。もう、飲むしかないって気分になるのはしょうがないはずだ。
「あー、楽になった。ありがとうムーン」
体の中から毒素が抜けていく快楽に溺れながら考え事をしていると、ムーンの治療が終わったので、起き上がり撫でながらお礼を言う。モチスベの手触りが大変素晴らしい。
「あっ、ジーナ達は?」
明らかに日が高いし、確実に寝坊しているよね。そういえばベル達やフクちゃん達の朝食も出さないといけないんだった。
「ジーナなら朝こっちに顔を出して部屋の様子を確認したあと、宿の朝食を食べるって言っていたわ。その後、外に出てフクちゃん達とベル達の朝食も買ってきてくれたわよ。私達に差し入れまでしてくれたんだから出来た子よね。裕太、私達の分もお礼を言っておいてね」
「お姉ちゃんも感心しちゃったわー」
「うむ。気が利いておる」
俺が焦っていると、シルフィがジーナ達の行動を教えてくれた。まだ手にジョッキを持っているってことは、今まで飲み続けていたんだろう。
そしてジーナ、ありがとう。精霊の姿は見えなくても、動くジョッキや酒樽。寝込んでいる俺を見て状況を察してくれたんだね。
ベル達の朝食どころか飲んでいるシルフィ達にまで差し入れするなんて、本当に出来た弟子だ。あとで、思いっきり感謝しておこう。
「了解、シルフィ達の分までお礼を言っておくね。という訳で、そろそろ宴会は終わりです」
「えー、まだお酒が残っているわー。お姉ちゃん、お残しは駄目だと思うのー」
「うむ。それに、どうせ今日はもう動かんのじゃろ? ならばもう少しくらい構わんじゃろう」
「そうね。私も明日にはヴィクトー達を遺跡まで運ばなきゃいけないのよね? もう少しのんびりしたいわ」
宴会の終了を伝えると、普通に反論されてしまった。たしかに今日はもう働く気分ではないけど、一晩中飲んでいてその反論はどうなんだろう? かなり甘やかすことにならないか?
……でも、もうすぐ俺、休暇の予定だよな。ちょっと大人なお店に行くつもりだし、ここで厳しくした場合、後が怖い気がする。
シルフィ相手に隠し事なんか不可能だし、シルフィの良心に期待するしかない。
「……今日は特別だからね」
なんかツンデレみたいになっちゃった。まあいいや、今日はシルフィのご機嫌を取っておいて、俺も気分よく休暇が楽しめるようにしておこう。
そうだ、どうせなら今日はベル達とジーナ達と沢山遊んでおくか。休暇の時はこの国にジーナ達を、楽園にはベル達を残しておく予定だし、今の間に家族サービスしておかないとな。
***
お酒でシルフィ達のご機嫌を取り、ジーナ達とベル達、フクちゃん達と大いにローゾフィア王国の王都を観光した翌朝、目の前には疲れ果てたアヒムさんが居る。
俺の予想通り、アヒムさんが遺跡発掘の準備を任されたらしい。2日前の朝に会った時には元気だったのに、人生って何が起こるか分からないよね。
「アヒムさん、大丈夫ですか?」
「あはは、大丈夫です」
……まあ、若干遠い目をしてはいるが、本人が大丈夫だと言っているんだから大丈夫なんだろう。元騎士の体力は並みじゃないってことだな。たぶん。
「ヴィクトーさん、ここに居る全員が行くわけじゃないですよね?」
アヒムさんを見ていられないので、ヴィクトーさんに話しかける。10人程度なら大丈夫だと伝えたんだけど、20人近く居るから、明らかに人数オーバーだ。
「ええ、私は残念ながらいけません。行くのはベッカーを主軸に10人、それで足場を固める予定です」
ヴィクトーさんがとても残念そうにしている。宝探しに行きたかったんだろうな。
でも、足場を固めるって言っているし、たぶん拠点を作って本格的に発掘するつもりなんだろう。
「本格的に発掘するつもりなんですね。俺の時はお宝が出ましたけど、確実にお宝が出るとは限りませんよ?」
まあ、あの遺跡の状況で何も出ないってことは無いだろうが、祖国が滅亡する程度には運が悪い集団だから、何も出ない可能性がゼロとは言えないよね。
「遺跡探索など博打ではあるが、裕太殿から聞いた状況ならかなり勝算は高いと判断した。たとえ何も出なかったとしても、話に乗ると決めたのは我々なのだから裕太殿を恨みはしない。安心してくれ」
ヴィクトーさんってサラのお兄さんだけあって性格が良いな。大変そうだったらある程度の手助けはしよう。
「それよりも裕太殿。ベッカーがこちらに利益がありすぎると気にしていたんだが、本当に取り分は裕太殿が気に入った魔道具だけで構わないのか? 魔道具が発見されないこともあり得るんだぞ?」
ベッカーさんは欲に濁った瞳になっても報酬が少なすぎるって言っていたもんな。時間を置いて冷静になった今、なおさら心配になってしまったんだろう。
「財宝が沢山ほしいのなら1人でコッソリ発掘していますよ。何も出なくても損はしませんし、情報料金として魔道具が頂けるだけで十分です」
「そうなのか?」
「そうなんです」
ヴィクトーさんは納得していない様子だけど、遺跡の財宝の鑑定結果をノモスに聞いたら、どれもこれも迷宮のコアに頼めば手に入りそうなしろものばかりだった。
人骨にビビりながら無理して発掘する必要は感じられない遺跡だし、ヴィクトーさん達に恩を売りつつ、面白そうな魔道具が手に入れば十分だろう。
そんなことより、さっさとベッカーさん達を遺跡に運んで、楽しい楽しい休暇に突入する方が100倍大切だ。よし、やる気が出てきた。さっさと出発して楽しい休暇に流れ込むぞ。
読んでくださってありがとうございます。




