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四百四十六話 ヒーロー

 ローゾフィア王国の大森林でキノコ狩りの途中、ベル達がイノシシを捕まえてくれたので、丸焼きの業者にイノシシを届けることにした。キノコ狩りの途中だけど、まだ毒キノコしか採れていないから仕切り直しだな。


「おっ、兄ちゃん本当に来たのか。ん? イノシシはどうしたんだ? こっちに余裕はねえぞ?」


 丸焼き場に近づくと、昨日汗だくで色々と教えてくれたおじさんが俺に気がついて寄ってきた。俺が何も持っていないのを見て、先にイノシシに余裕がないと言われてしまったな。お金は倍だすとか成金なことを言っちゃったから、警戒されているようだ。


 もう普通に使い過ぎて忘れていたけど、魔法の鞄って珍しいんだよな。俺がいない間もジーナ達はこの国で行動する予定だし、ここで一気に6匹もイノシシを出すのは目立ちすぎな気がする。


「イノシシが手に入ったので先に知らせに来たんですよ。6匹なんですけど大丈夫ですか?」


 面倒だけど後で冒険者ギルドで荷車を借りて運んでこよう。


「6匹か。数は問題ねえがあんまり質が良くねえイノシシなら焼かねえぞ。大丈夫か?」


「ええ。ほぼ一撃で仕留めていますし、先程仕留めたばかりなので新鮮ですよ。処理はそちらにお任せしても問題ないんですよね?」


 お肉って熟成させた方が良いと思うんだけど、腐りやすい環境だからしょうがないだろう。それに、丸焼きのインパクトが味を補ってくれるはずだ。


「おう、素人に手を出されるよりも俺達が処理した方が美味いからな。だが、その手間のぶんの料金は上乗せするぞ。そこらへんも昨日説明したよな?」


「ええ、聞きました。では、もう少ししたらイノシシを運んできますので、お願いしますね」


「分かった。準備しておく」


 さて、冒険者ギルドで荷車を借りるか。完成した丸焼きも運ばないといけないし、明日まで借りておいた方がいいな。


 ***


「……なんかもう、ありがたみが無いくらいキノコが採れるね」


 おじさんにイノシシを届けて、シルフィに人の手が入っていない場所まで運んでもらうと、豊かな自然の力を見せつけるようにキノコが生えている。


 最初にキノコを発見した時はテンションが上がったけど、これだけ簡単に採れると作業にしか思えなくなるよ。楽しさが足りない。


 しかも俺だけではなくベル達も張り切ってキノコを採取してくるから、短時間で山盛りの天然キノコが手に入った。


 もう十分な量が手に入っているんだけど、ベル達がキノコ狩りにハマってしまったらしく、俺にキノコを届けるとすぐに次のキノコを探しに行ってしまう。まだまだ天然キノコの乱獲は続きそうだ。


「ねえドリー、こんなにキノコを採っちゃって大丈夫? 森に影響とか出ないかな?」


 森を荒らしてドリーに怒られるのは怖すぎる。


「ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ。あの子達も精霊ですから、根こそぎキノコを採るようなことは駄目だと分かっていますから、十分に自然に配慮しています。量が多いのはそれだけこの森が豊かだということですね」


「そ、そっか。それなら大丈夫だね。うん、みんな偉いよね」


「はい。そうですね。みんないい子達です」


 にこやかに笑うドリーに、嫌味のつもりが無いのは分かるんだけど、先程まで毒キノコしか残っていない場所でキノコを探していた俺としては、ちょっと身につまされます。


 ……とりあえずキノコを採るのは問題ないんだよな。ベル達もキノコ狩りを楽しんでいるし、ここら辺一帯は人がほとんど入ってこない場所だ。


 楽園食堂の料理や酒島のおつまみに使えるし、迷宮都市でトルクさんやマリーさんのお土産にも使える。魔法の鞄に収納しておけば鮮度は抜群だから、このさい天然キノコをたっぷり手に入れておくか。干しキノコを作ってもらうのも良いな。


 よし、俺も頑張ろう。


 ***


「これが兄ちゃん達の注文の丸焼きだ。問題ねえか?」


 キノコの乱獲も終わり、ジーナ達とも合流して丸焼きを受け取りに行くと、業者のおじさんが6匹のイノシシの丸焼きを自慢げな顔で披露してくれた。


 職人気質な人みたいだから、これだけ自慢げな顔をするってことは美味しい丸焼きが完成したんだろう。問題ないかって言葉を真に受けて、変なことを言ったらブチ切れられそうだ。


「どれも美味しそうですね。俺には丸焼きの細かいところまでは分かりませんが、見ているだけでこの後の夕食が楽しみです」


 頭を落とされて四本の足がピンと伸びている姿は若干グロさを感じるが、キツネ色に焼けた表面の皮と、ところどころにある軽く焦げた部分が、暴力的に美味いぞって主張している。これは一緒に見ているジーナ達も同じ気持ちなのか、ゴクリと唾をのんでいる。


 今すぐに丸焼きにかぶりついて口いっぱいにお肉をほおばり、冷えたビールで無理矢理喉の奥まで流し込みたい気分だ。


「あはは! そうだな! 見ただけでも美味そうだろ。だが、食ったらもっと凄いから期待していいぜ」


 俺の返事は正解だったようで、業者のおじさんがご機嫌に答えてくる。自ら味のハードルを上げてくるスタイルに驚きを感じるが、自信があるからこその強気な言動と考えれば期待が高まる。


 ちょっとだけファイヤードラゴンの肉よりも美味しいのか? とか意地悪な質問をしてみたくもあるが、大人なので口には出さないでおく。イノシシとドラゴンを比べたらいけないよね。


「これ、べるのいのししー」「キュキュー」「おいしそう」「クゥ!」「こんがりだぜ!」


 おじさんと話していると、ベル達が自分が仕留めたらしきイノシシの丸焼きの上で、自慢を始めた。


 フクちゃん達が「「ホーホー」」「わふわふ」「フゴフゴ」「……」とベル達を称えるから、ベル達が超絶にドヤ顔になっている。


 業者のおじさんと比べると、断然ベル達の自慢げな顔の方が可愛らしいが、本当にイノシシの見分けがついているんだろうか? 適当に言ってない?


 あと、今更だけど、ウリってウリ坊だからイノシシの子供の精霊だよね? イノシシの丸焼きって大丈夫なのかな? ライト様は元の姿になった玉兎と言葉が通じていたけど、イノシシを食べて大丈夫なの?


 ……見た感じは嫌悪感は無いみたいだけど、食べる前に話を聞いておいた方が良さそうだな。


「おっと、話している場合じゃねえな。肉が冷めちまう。持ち込みならいつでも焼いてやるから、また来いよ。ああ、ちょっと待て、今包む。あと、荷車に積むのも手伝ってやるよ」


「あっ、ありがとうございます」


 おじさんが一方的に話して、一方的に話を打ち切った。でもまあ、お肉が冷めるのは困るから、話を打ち切られるのは大歓迎だ。それと、一応丸焼きを包んでくれるようだ。いや、そうだよね。食べ物をそのまま荷車で運ぶのは不衛生だよね。


 ……さすが異世界だな。結構大きなイノシシの丸焼きなのに、一枚で包める巨大な植物とか初めて見たよ。生えている状態で見てみたい。


 初見の植物に興味はあるが、今はお肉が冷めないようにするのが大切だ。丸焼きも包み終わったし、早く人気が無い場所に移動して魔法の鞄に収納しよう。


 ***


「あっ、サラおじょうさまがかえってきたー」


 シュティールの星のクランホームに到着すると、門の前に居た少女が声を上げながらクランホームの中に駆け込んでいった。どうしたんだ?


 ちょっとあっけにとられていると、ゾロゾロとクランホームから人が出てくる。


「サラ。怪我はないか?」


「サラお嬢様。……ふむ、お怪我はないようですな。裕太殿達もご無事で何よりです」


 先頭に居たヴィクトーさんとベッカーさんが声を掛けてくる。一応、俺やジーナ達にも声を掛けてはくるが、目線がサラに集中している。


 訓練場であれだけ力を見せたのに、依頼に出たサラが心配だったようだ。門の前に居た少女は、サラの帰還を知らせる役割だったんだな。


「お兄様。私達はすでに冒険者として何度も活動しています。そんなに心配して頂かなくても大丈夫です!」


 サラが恥ずかしそうにヴィクトーさんに注意をする。強めの言葉を話すサラが珍しいけど、身内の過剰な心配は恥ずかしくなるから気持ちは理解できる。


 そして、サラの強めの言葉も軽くスルーして、やいのやいのと心配を続けるヴィクトーさん達の気持ちも理解できる。


 身内の集まりで久しぶりに顔を合わせた親戚の子供を可愛がる感じだな。しっかりもののサラでも逃げられないだろうし、ここは頼りになるお師匠様の出番だな。


「ヴィクトーさん。今日はお土産があるんですよ」


 サラに集中しているヴィクトーさんに声を掛け、お土産に注目させる。たとえサラに構いたくても、サラの恩人扱いの俺のお土産を無下にはできないだろう。予想通りヴィクトーさんとベッカーさんの視線が俺に向いた。


 ヴィクトーさんがお気遣いなくとか色々と言ってくるが、俺にだけではなくサラにも気を使ってあげてほしい。


「イノシシの丸焼きなんですけど、焼きたてですのでみんなで食べてください」


 荷車に1つだけ残したイノシシの丸焼きを、荷車ごとヴィクトーに渡す。


「イノシシの丸焼きですか?」


「はい。美味しそうでしたので買ってきました。これだけあれば子供達も沢山食べられますよね」


 俺の言葉に、遠巻きに俺達を見守っていたちびっ子達からも歓声が上がる。ふふ、これで俺はシュティールの星のちびっ子達のヒーローだな。


 子供にとって素晴らしいお土産を持ってくる大人はヒーロー。この心理は俺が子供の頃に完璧に学習したから間違いない。


 俺が子供の時はケーキやお菓子でも、それを持ってきた大人を尊敬したのに、イノシシの丸焼きとか神扱いされるレベルかもしれない。子供達の尊敬は独り占めだな。


 荷車を受け取ったヴィクトーさんが、巨大な葉っぱを止めていたヒモを外すと、こんがりキツネ色のイノシシの丸焼きが現れ、子供達だけではなく周囲の大人達からも声が上がる。丸焼きのインパクトは絶大だ。


「裕太殿。今夜は宴会ですね」


「いえ、俺達はもう食べましたし、用事があるので今晩は外に泊まります。宴会はみなさんで楽しんでください。みんな、行くよ」


 ニコニコと宴会だと言いだしたヴィクトーさんにキッパリと断りをいれて、素早くシュティールの星のクランハウスから脱出する。背後から何か声が聞こえるが無視だ。体育会系の宴会には二度と参加しないぞ。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うむ、普通の日本人だから、肝臓がいかれる前の戦術的撤退は当選だ。
[良い点] サラが恥ずかしそうにヴィクトーさんに注意 [一言] よいよい
[良い点] 俺が子供の時はケーキやお菓子でも、それを持ってきた大人を尊敬した ↑ 餌付け最強説からの逃亡w あの人達は裕太がチョイチョイと簡単にやってること知らんから 一緒に宴会しないと、えーいいのか…
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