四百四十三話 市場
ちょっと派手になってしまったが、ベル達の発表会も無事に終わり、むさ苦しい運動部系飲み会で精神を殺られた。筋肉はもうこりごりだ。
「あぁ……」
二日酔いは地獄だけど、この、全身から毒素が抜けていくような感覚は癖になる。
「ふぅ。ムーン、ありがとう。すっかり元気になったよ」
「……」
ベッドから起き上がり、二日酔いの治療をしてくれたムーンにお礼を言う。ムーンは無言でプルプルしているけど、なんとなく喜んでいるように感じる。
「裕太。初めての場所で、しかもサラの実家で泥酔するのは駄目だと思うわ」
二日酔いの苦しみから抜け出した俺に対して、シルフィがとてもまっとうな忠告をする。
……ならばなぜ俺だけを置いていったとか、自分で飲んだんじゃなくて筋肉集団が無理矢理飲ませたんだとか、色々と言いたいことはあるが、俺も男だ。泥酔した酔っぱらいの言い訳が見苦しいことくらい知っているから、言い訳はしないぞ。
「はは、うん。ごめん。ちょっと飲みすぎちゃったよ」
「ゆーた。だめだめー」「キュキュー」「からだによくない」「クー」「なんじゃくだぜ!」「……」
ベル達に駄目だしされると凹む。やっぱり言い訳はしておこう。
「それで、ジーナ達は? もしかして寝坊しちゃった?」
ベル達に全力で言い訳をして、二日酔いになった責任を全部筋肉集団に押し付けた後、気になっていたことをシルフィに聞いてみる。なんだか太陽の位置が高いんだよね。
「もうお昼過ぎよ。ジーナ達は裕太の様子を見た後、起きそうにないから部屋で待機しているわ」
おうふ。もうそんな時間なのか。いつ部屋に戻ってきたのかも覚えていないが、相当遅くまで飲んでしまったようだ。
ふむ……とりあえずジーナ達には謝るとして、今からお仕事ってのも気分が乗らないし、働くのは明日からにして、今日は観光にするか。
ん? ノック? 誰か来たみたいだ。
「師匠。師匠が1人で騒いでいるんじゃないって、あたし達は分かってるけど、こういう場所では注意した方がいいと思うぞ」
……ベル達に全力で言い訳をした声がジーナ達の部屋にまで届いていたようだ。ジーナの真面目な忠告が心に突き刺さり……。
「お師匠様。昨晩は兄達が申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「師匠! げんきになった?」
「おししょうさま。もうだいじょうぶ?」
サラ達の純粋な心配に、心が申し訳なさで埋め尽くされてしまう。
「うん。もう大丈夫。心配をかけてごめんね。このあと、ヴィクトーさん達に挨拶をしたら、観光に行こうね」
もう、なんでも買ってあげるよ。心配をかけた償いを金銭でフォローしよう。汚い大人でごめんね。
「あー、師匠。ヴィクトーさん達も部屋から出てきてないから、挨拶は止めた方がいいと思う」
「えっ?」
ジーナに詳しく話を聞いてみたところ、どうやら筋肉集団もダウンしているようだ。朝食や昼食の食堂も、ガラガラだったらしい。
元貴族としてはどうなのかとも思うが、それだけサラの帰還が嬉しかったんだと思えば、なんだかホッコリするな。
……二日酔いは地獄だから、ムーンにお願いをして治療すれば、ヴィクトーさん達に恩を売れるし、精霊術師の素晴らしさも更に理解してもらえそうだな。
……止めておこう。復活したヴィクトーさん達が、また宴会とか言いだしたら地獄だ。挨拶は後にして観光だな。食堂のおばちゃんにでも、面白そうな場所を聞いてみよう。
***
「ふおぉぉ、おにくー」「キュー!」「きのこもたくさん」「クゥー!」「うまそうだぜ!」「……」
食堂のおばちゃんから市場の情報を手に入れたから来てみたが、屋台も集まっているようでベル達のテンションが急上昇してしまった。
ベルとレインはお肉の屋台に視線が釘付けで、トゥルとタマモはキノコの屋台に興味があるようだ。ムーンを頭の上にのせたフレアは、なぜか準備運動を始めている。
さっきまで異国の街並みに興味津々だったんだけど、知らない屋台の方が魅力的なようだ。屋台の魅力って凄い。
(俺達はゆっくり市場を見て回るから、ベル達は屋台の偵察をお願い。俺からジーナ達にも伝えるからフクちゃん達も連れて行ってあげて)
ジーナ達に許可をもらい、ソワソワして落ち着かないベル達を異国の市場に解き放つ。興奮していてもベル達は悪いことをしないから、安心して送り出せる。
さて、俺達も市場を見学するか。ベル達ほどではないけど、ジーナ達も異国の市場に興味津々な様子だし、俺も興味津々だ。
木造で簡易な屋根を付けただけのお店が軒を連ねる様子は、昔の香港映画の世界に入り込んだようでワクワクする。まあ、火事になったら洒落にならなそうだけどね。……屋台で火を使うのは大丈夫なのか?
肉 山菜 肉 芋 山菜 キノコ 山菜 肉 肉 果実 肉 肉 芋 キノコ 野菜 山菜 肉 肉 芋 肉 魚 山菜 肉 肉 山菜 肉 野菜 肉 果実 肉 芋 肉 肉 山菜 肉 山菜 肉 肉 肉 肉
「なあ師匠。肉と山菜と芋ばかりだよな?」
「……うん、そうだね。ジーナの言うとおりだね」
店ごとに違うお肉や山菜を扱っているから、種類は豊富なんだけど、まとめるとそういうことになる。川魚を扱っているお店と、果実を扱っているお店を発見した時は全員ではしゃいでしまった。
異国情緒あふれる市場は最初は面白かった。だけど、肉と山菜中心のラインナップにサラ達のテンションが下がり、続いて俺のテンションが下がり、最後に食堂に利用できそうな食材を頑張って探していたジーナのテンションも下がった。
日本の観光客向けの市場を無意識に想像していた俺も悪いんだろうけど、それでももう少しなんとかならなかったんだろうか? 知らない魔物や薬草の勉強にはなったけど、正直楽しくないです。
こうなったらしょうがないな。テンションを上げるために、屋台で買い食いをしよう。お肉も山菜も見ているだけではつまらない。食べないと意味がないよね。朝食と昼食を食べていない俺のお腹は限界だ。
(シルフィ。悪いけどベル達とフクちゃん達を呼んでくれる?)
ベル達が自分から戻ってこないってことは、まだ全部の屋台を調べ終わってないんだろうけど、ベル達の機動力なら、ある程度の目星はついているはずだ。案内してもらおう。
「分かったわ。ちょっと待ってね」
シルフィがなんだか嬉しそうだ。シルフィも肉と山菜の市場巡りは退屈だったんだな。
「ゆーたー」「キュー」「ただいま」「クー」「もどったぜ!」「……」
シルフィに頼むと、すぐにベル達とフクちゃん達が満面の笑みで戻ってきた。どうやらベル達は俺達と違って充実した時間を過ごしていたようだ。
「あのね、ゆーた。べる、おいしそうなのみつけたー」
「キュキュ。キューキュキュキュー」
「キノコもたくさんだった。すーぷがおすすめ」
「クゥ! クー、クゥクゥククー!」
「でっかいにくがあったぜ! でっかいんだぜ!」
「…………」
詳しく内容は分からないが、それぞれ気になる屋台を発見したようだ。これは期待できるな。でも、ご飯を食べていない俺はともかく、朝食と昼食をしっかり食べたジーナ達は沢山食べられないだろう。とりあえず今日は一番自信がある屋台を1人1つ教えてもらうか。
「ひとつだけー?」「キュー?」「たくさんあるよ?」「クゥ!」「もったいないぜ!」「……」
1つだけ教えてと言うと、ベル達がションボリしてしまった。まちがいなく、全部の屋台を回る気だったな。
(今日は時間がないから1つだけにしよう。楽園に戻る前には全部の屋台を巡るから、今日は我慢してね)
戻る前には全部の屋台を回ることを伝えたら、途端にベル達が元気になった。簡単なのは助かるけど、全部の屋台を巡るのは大変そうだな。
(じゃあ最初はだれが案内してくれるのかな?)
俺の質問にベル達が頭を寄せ合い、ゴニョゴニョと相談を始めた。
「いくぜ!」
相談の結果、一番手はフレアに決まったようだ。たしかでっかい肉って言っていたよな? 市場を見て回った時に屋台も見たけど、でっかいお肉とかあったかな? あれ? そっちは市場を出ちゃうよ? どこに行くの?
「これだぜ!」
えっ? これ? ……これかー。たしかに大きなお肉だけど、一発目からこれはどうなんだ? そもそも、買いますって言ったら買えるのか?
市場から外れて人気のない方に連れていかれたから不思議に思ったけど、これは人気のない場所じゃないと無理だよね。それに、ここは屋台じゃないよ。業者だよ。
「いのししのまるやきがたくさんだ!」「おおきいね、おにいちゃん」
ふむ。子供心に丸焼きが突き刺さってしまったようだ。イノシシのお肉は珍しくないんだけど、丸焼きとなるとたしかに魅力的だ。しかも、広場で一気に10匹も並べて焚火で焼いているから、迫力も満点だ。
フレアも凄いドヤ顔をしているし、マルコとキッカも興味を持ってしまった。買えそうにないけど、交渉はしないと駄目だろうな。
むわっと焚火の熱を感じながら、鉄の串に刺したイノシシを回しながら焼いている男に近づく。焼かれているイノシシはこんがりとキツネ色で、なかなか美味しそうだ。
「おう、兄ちゃん、どうしたんだ? ここは暑いぞ?」
俺が近づくと、汗だくのおじさんがこちらに気がついて声を掛けてきた。とても大変そうなので、交渉するのが気まずい。
「えーっと、その丸焼きは買うことができますか?」
「ん? これをか? これは焼きあがったら店に卸すから、売れねえな。食いたかったら卸す店を教えてやるから、食いに行けばいい」
だよね。巨大な丸焼きだもん。普通にここで販売したりしないよね。あきらめようとすると、マルコとキッカの少しガッカリした顔が見える。……買えなかったらマルコとキッカだけじゃなく、フレアもションボリしちゃうよな。……確実に俺は子育てに向いていないな。子供達に流されっぱなしだ。
「あの、追加で3頭焼いてもらえませんか。お金は倍払います」
こうなったらお金で解決だ。バブリーな日本人の力を見せてやるぜ。1頭は俺達で食べて、もう1頭は楽園へのお土産だ。最後の1頭は『シュティールの星』に差し入れしよう。
むろん、これは善意だ。決して二日酔いで体調が悪い中、イノシシの丸焼きなんて重い物を食べさせて苦しめようだとかはまったく思っていない。筋肉集団に囲まれてムカッとしたとかでは決してないぞ。
申し訳ありません。『目指せ豪華客船!!』の方は更新が間に合いませんでした。
『目指せ豪華客船!!』の更新は明日の夜になります。
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