四百四十二話 コントロールが大切
サラ達の実力をヴィクトーさん達に披露した。フクちゃん達がなかなか派手にやったので、観客は言葉を失う程の衝撃を受けていたが、今はヴィクトーさんとベッカーさん、アヒムさんが、サラ達を褒めちぎっている。褒められ過ぎてちょっと困っているジーナ以外は、みんな嬉しそうだ。
さて、あちらで褒められまくっている弟子達はいいとして、問題はこっちだな。
「ふおぉ。がんばるー」
フクちゃんとマメちゃんの協力技での風刃乱舞に触発されたのか、興奮して手足をパタパタと動かしているベル。
「キュッ!」
サラ達は水の精霊と契約していないから、触発はされていないはずなんだけど……あのレインのキリッとして決意に満ち溢れた表情は、おそらく、水の精霊の凄さを知らしめる使命感に燃えているな。予想外のところから点火している。
「うりもがんばった。ぼくも……」
自分の弟分の頑張りに、自分も負けてはいられないといった様子のトゥル。いつものちょっぴりシャイなトゥルに戻ってほしい。
「クゥ! クゥ! クククーー」
やる! やるよ! がんばるーって言っている気がするタマモ。ピンと直立したタマモのモフモフなシッポは素敵だけど、訓練場の端に植えられている木をジッと見ているのはどうして? 雑草を大繁殖させる予定だから、木は関係ないんだよ?
「しば、しゅうそくがあまいんだぜ。ほんものをみせてやるんだぜ!」
やる気満々なのは良い……良くはないけど納得はできる。でも、どこぞの少年漫画で必殺技をぶちかましそうな動きは何? フレアは何と戦うつもりなの?
……ふふ、大惨事の予感がする。
俺の頭の上でポヨンと休憩しているムーンが唯一の癒しだ。もちろんベル達が可愛らしいのは間違いないんだけど、ただ、プルプルしながらプニッと寄り添ってくれるムーンは、安心感があるよね。さすが命の精霊だ。
頭に乗っていたムーンを腕に抱え、プニプニとした感触を楽しむ。他人から見られたら、1人でパントマイムをしているように見えるかもしれないが、今は知ったことではない。
……いつまでも手の中の感触を味わい続けていたけど、そうもいかないよね。現実逃避はここまでにして、何か対策を考えよう。
とはいえ、ベル達はやる気満々だから、中途半端に抑えようとしても、うっかり暴走して力加減を誤りそうな気がする。
もう、いっそのこと、シルフィに風壁で囲ってもらって、その中で好きにさせるのはどうだろう? さすがAランクの冒険者。精霊術師SUGEEEEEってなるかもしれない。そうなれば、サラの師匠としての信頼感は増すだろう。
(シルフィ。風壁を張って、その中でベル達を自由にさせたらどうなると思う?)
ちょっと投げやり気味な思考になっている気がするので、冷静なシルフィに確認しておこう。
「大はしゃぎすると思うわ」
たしかにそうなると思うけど、そんなことを聞きたい訳じゃないよ。
「ふふ。冗談よ。分かっているから、ジトッとした目でみないでちょうだい」
分かっているなら最初からちゃんと答えてほしい。
「風壁は問題ないけど、あの子達の手綱を離すのはさすがに不味いと思うわ。裕太のレベルが上がったから、あの子達に供給している魔力も増えているわ。一発の威力はそれほどでもないけど、連続すれば派手ってだけでは収まらないかもしれないわね」
そういえば、契約している精霊には俺の魔力が供給されているんだよな。ほぼ、自分で魔力を使うことがないので、すっかり忘れていた。
ふむ……俺が低レベルの頃でもアンデッド無双をしていたベル達が、高レベルになった俺の潤沢な魔力を使い、子供のハイテンションで大騒ぎするのか。シルフィの風壁内限定とはいえ、ちょっと洒落にならない気がする。
とはいえ、フクちゃん達や『シュティールの星』の面々に良いところを見せたいベル達に、簡単な魔法一発で終わりって言ったら、しょんぼりしてしまうだろう。ベル達が満足して、俺も安心な名案をひねくりださないと駄目だな。
***
「では、最後にサラ達が成長したら、どのようなことができるようになるのか、その可能性をお見せします」
平常心を装い、素人ながらも舞台役者気分でヴィクトーさん達の前でカッコつける。ものすごく恥ずかしいけど、自分でひねくりだしたアイデアなんだから、自分で責任を取るしかないよね。
やる気満々なベル達に、フクちゃん達の先輩として凄いところを見せたいのなら、威力よりも繊細で精密なコントロールが重要だと方向転換させたんだからなおさらだ。
ヴィクトーさん達とジーナ達が沢山拍手をしてくれるけど、緊張するから止めてほしい。
内心を隠して優雅なつもりで一礼。ゴニョゴニョと詠唱する振りをする。
詠唱を終えて俺が手を振ると、ベルが訓練場の中心に20個の風の玉を生み出す。1つ1つがボーリングの玉くらいの大きさだ。
続けて詠唱する振りをしながら手を振ると、レインが20個の水の玉を訓練場に浮かべる。そのあとも同じように俺が手を振ると、トゥル、タマモ、フレア、ムーンが訓練場にそれぞれの属性の玉を20個浮かべる。
訓練場に浮かぶ風の玉、水の玉、土の玉、葉っぱの玉、火の玉、命の玉、合わせて120個の玉に、観客席からも歓声が上がる。
ふむ。ここまでは問題ないな。ベル達は自由に動かせるのは30個くらい大丈夫だって言っていたけど、20個にして良かった。これだけでも十分な迫力だ。
特にタマモの葉っぱの玉は、訓練場に植えられている木の葉を使ったから、30個だと木が寂しいことになっていたかもしれない。訓練場の木は、あとでタマモと一緒にケアしておこう。
しかし、俺は2つの物事を同時にこなすのも難しいのに、ベル達は30個もの玉を同時操作できるのか……俺も頑張らないと……。
ワクワクしたベル達の視線が俺に突き刺さる。早く、早くって目が言っているから、何がしたいのか分かりやすいな。
ベル達の視線に押されて大げさに右手を横に振ると、訓練場の120個の玉がそれぞれに縦横無尽に動き出した。
カラフルな玉が接触もせずに飛び回る様子はとても綺麗だけど、なんだかボールプールを思い出す。
「裕太。聞いてみなさい。すごく褒められているわよ」
隣で見ていたシルフィが、観客席の声をわざわざ俺に届けてくれた。ジーナ達の師匠は凄い的な言葉は素直に嬉しい。
でも、ヴィクトーさん達の「なんと精密な魔力操作!」とか「Aランクの冒険者とはこれほどなのか!」とかの誉め言葉は、ベル達の手柄を横取りしているようで、少し恥ずかしい。ジーナ達はベル達がやっているって知っているから問題ないんだけどね。
よし、観客席も驚かせたし、そろそろフィニッシュするか。再び詠唱する振りをして指パッチンで音を出すと、ムーンが命の玉を消した。ザワッとする観客席。
続いて連続で4回音を鳴らすと、水の玉が弾けて霧になり、土の玉が解けて地面に戻る。風の玉が集まり葉っぱの玉を巻き込みながら竜巻になって天に消える。
最後は……「でばんなんだぜ!」やる気満々のフレアの出番だ。俺の構想では火の玉も穏やかに消える予定だったんだけど、フレアがどうしても爆発させたいって納得してくれなかったんだよね。
最後の指パッチンと同時に、収束された火の玉が轟音とともに訓練場内で弾ける。シルフィの風壁がなければ大惨事だったな。あっ、シルフィ、罪悪感が刺激されちゃうから、観客席の悲鳴まで届けてくれなくてもいいよ。
やっぱり、最後くらい派手でもいいかなって、フレアの説得をあきらめたのは失敗だったか?
でも、色が変わるくらいに火を収束させるのは阻止したんだから、これくらいはしょうがなかったんだよね。契約精霊に我慢ばかりさせては駄目だもん。譲れるところは譲らないといけないよね。
***
「サラお嬢様にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
……何度目かも分からない乾杯が、クラン『シュティールの星』の食堂に響き渡る。
宴会が始まった頃は、ヴィクトーさんの歓迎の挨拶に加えて、サラと無事に出会えた喜びなんかも語られて、貴族って宴会も上品なんだなと感心していた。
俺もサラの師匠で恩人ということで、次々に団員達からお礼と歓迎の言葉を言われて、とても良い気分だった。
俺ごとサラ達を仲間に引き抜こうとされはしたが、フレアの爆発が抑止になったようで、無理な勧誘もなかった。
でも、一線を越えると、貴族だろうが平民だろうが違いはないようで、お酒を飲まない子供達以外はただの酔っぱらいに変身した。
ベッカーさんは苦労話を繰り返し、ヴィクトーさんは貴族に返り咲くことを何度も宣言する。アヒムさんは冒険者ギルドの受付嬢に対する熱い思いを語り、名前も知らない男は上の服を脱いで筋肉をアピールしている。
先輩らしき男は後輩に一気や一発芸を強要し、誰かが突然歌いだすと他の酔っぱらい達も参加して合唱が始まる。
「……地獄だ」
精霊達との宴会は、お酒の消費は半端じゃないけど、酔ってもほろ酔い程度だし、何よりシルフィ達が美女だからなんの問題もない。
だが、この宴会は駄目だ。運動部的な要素が強すぎる。騎士団だった頃からこんな感じだったのか、冒険者になって壊れたのかは分からないが、ムサイことこの上ない。
せめてそばにシルフィが居てくれたら癒されるんだけど、団員達が乱れ始めると、ちびっ子達を連れて避難してしまった。
まあ、ジーナ達にもベル達、フクちゃん達にも見せたくない光景だからそれは構わないんだけど、部屋に連れ帰った後は戻ってきてほしかった。
大丈夫。離れていても必ず裕太は守ってみせるわって言っていたけど、離れないで近くで守ればいいよね? 見知らぬお酒がある宴会なのに離脱するって、そんなに嫌だったの?
俺もこの場を脱出したい。なんで俺の周りに集まるの? やめて、肩を叩かないで。いや、違うよ。肩を組めってことじゃないから。これって俺達を歓迎してくれる宴会じゃなかったの? お願いだから、もうお開きにしてください。
読んでくださってありがとうございます。