四百四十一話 努力の結果
ヴィクトーさんとの話し合いは俺の頑張りとサラの活躍で、ほぼこちらが望む展開で落ち着いた。最後の方はサラがほとんど話をまとめた気もするが、深く考えると悲しくなるので、俺とサラが頑張ったってことにしておこう。
「えーっとジーナ……なんでこんなことになっているのかな?」
話し合いが無事に終わり、ジーナ達を誘って観光でも行こうかと訓練場に足を運ぶと、予想外の光景が広がっていた。
状況が呑み込めないので、なぜか椅子に座って紅茶を飲んでいるジーナに声を掛ける。なんで訓練場でお茶菓子まで出されて、おもてなしされているの?
「あっ、師匠。話し合いは終わったのか?」
「うん。終わったよ。それで、どういう状況なの?」
「あたしにもよく分からないんだけど、最初はサラお嬢様の仲間の訓練が見てみたいって人が集まったんだ。それでマルコが剣に興味を示したら、なぜかああなった。あっ、でも、その前にマルコとキッカの体力をかなり褒めてくれていたな」
うーん、リーさんみたいに、マルコとキッカに才能を見出したのかな? アヒムさんを含めた4人の男達が、マルコとキッカを取り囲んで楽しそうに剣を教えている。剣に興味を持っていたマルコはともかく、キッカまで木剣を一生懸命振っているのがちょっと不思議だ。
「端っこで子供達が倒れているのは?」
昨晩、食堂でお手伝いをしていた子も居るから、ここに住んでいる子達だよな。なんで倒れているんだ?
「マルコとキッカが剣を習いだしたら、自分達もやりたいって合流してきたんだ。アヒムさん達もまだ早いって断っていたんだけど、自分達よりも小さいマルコとキッカが訓練しているのに、なんで駄目なんだってことになって一緒に訓練を始めたんだ。それで、キッカに負けるもんかって張り合って、ああなった」
なるほど、もともと戦いを習いたかったのにまだ早いと止められていて、自分達よりも幼いマルコとキッカが訓練していることに納得できずに訓練に合流。幼いけど高レベルのキッカに張り合って倒れちゃったのか。
キッカも罪な女の子になったものだ。幼いうちから男を翻弄していたら、将来が心配だよ。それと、トラウマになったら可哀想だし、子供達は回復させた方がいいか?
「ベッカーさん。あの子達を回復しましょうか?」
疲れくらいならムーンにお願いすれば楽勝だ。まあ、ちょっと詠唱のマネをするのは恥ずかしいけど……。
「裕太殿は回復まで可能なのですか。素晴らしいですな。ですが、止められているのに無理をしたあの者達の責任ですから、今回は必要ありません。これもいい経験です」
ニコニコしながらスパルタなことを言うベッカーさん。元騎士団だから体育会系なのはしょうがないけど、俺は苦手だな。おっ、アヒムさんが俺達に気がついてこっちに来るようだ。
「裕太さん。あの子達は凄いですね。幼いのに騎士並みの体力ですよ。普段、どんな鍛え方をされているんですか?」
いきなりアヒムさんから褒められてしまった。弟子を褒められるのってかなり気分がいいな。まあ、騎士並みの体力ってのが、どのくらいなのかは分からないから、お世辞の可能性もあるけど、俺は素直に受け取っちゃうよ?
「いや、まあ、みんなが頑張ったからですよ。特別な訓練はしていません」
素直に受け取りはするが、大人なのでちゃんと謙遜はしておく。ちょっとドヤってしたいけど、弟子の実家でイキるのは恥ずかしいよね。
「そうですか? 良い訓練であれば参考にさせて頂きたかったのですが……」
アヒムさんが教えてほしいなーって感じで俺を見る。なんでこういう時にチャラい雰囲気に戻るんだろう? 余計に教えたくなくなるぞ。
「アヒム。裕太殿の訓練は秘伝なのだそうだ。気軽に聞いてはいかん」
チラチラと俺を見る若干ウザいアヒムさんに、ベッカーさんが釘を刺してくれた。サラが色々と大げさに言っていたのが、予想外のところで効果を発揮しているな。
まあ、秘伝って言っても、複数の契約精霊で魔物をボコボコにしてレベルアップするだけだから、教えても実践できないんだけどね。
「では、サラお嬢様も騎士並みの体力が?」
アヒムさんが期待した表情でサラに質問する。
「ふふ。そうですね。私もマルコやキッカと同じくらいの体力はありますね」
サラがちょっとドヤってしながら、アヒムさんに返事をしているのが可愛い。普段はマルコとキッカのお姉さんとしてこういう一面は見せないんだけど、ヴィクトーさんと会って気が楽になったのかもしれない。良いことだよね?
「なるほど、話では聞いていましたが、努力されたのですね。サラお嬢様……爺にお嬢様の実力を見せて頂けませんか? むろん秘伝の部分は隠していただいて構いません。ですが、爺を安心させてほしいのです」
サラを優しい笑顔で見守っていたベッカーさんが、突然真面目な顔をしてサラにお願いをしだした。
先程の話し合いで納得したと思っていたんだけど、言葉だけではベッカーさんの不安を払拭できなかったようだ。サラが困った表情で俺を見ている。
うーん、体力面ではマルコとキッカを見たんだから納得してくれるだろう。そうなると、精霊術師としての実力を知りたいんだろうな。
秘密にしておく部分さえ隠せば、別に精霊術自体を見せるのは問題ない。そうなると、離れた場所で詠唱をさせて精霊術を使えば大丈夫だよな。
ついでにジーナ、マルコ、キッカの精霊術を一緒に見せれば、かなり安心してくれるだろう。とりあえず、少し打ち合わせが必要だな。ベッカーさんに少し時間をもらおう。
マルコとキッカの剣の稽古を中断させて、訓練場の隅っこで弟子達と話し合う。ベッカーさんが安心してサラを冒険に送り出せるように、秘密を守りながらも派手にいこう。弟子を自慢したいもんね。
「師匠。なにをするんだ?」
剣の訓練の中断は悲しそうだったが、内緒話に楽しそうな匂いを嗅ぎ取ったのか、ちょっとワクワクした様子で聞いてくるマルコ。
「ベッカーさんがサラのことを心配しているから、みんなの実力を披露しようかと思っているんだ」
「ひろう? 冒険のときはかくしているのにいいの?」
うん。マルコはやんちゃっぽい性格なのに、スラムで苦労したからか、自分がどうすればいいのかをちゃんと理解しているのが偉いよな。
子供なのに苦労を重ねているのは不憫だけど、それでも、ちゃんとその苦労の中で成長しているのなら、無駄ではなかったんだろう。
「もちろん隠すべきことは隠すよ。そのためにちょっと説明をするからよく聞いていてね」
マルコも含めて弟子達全員が真剣に頷いた……フクちゃん達はともかく、ベル達の出番はないんだよ? なんでそんなにやる気になっているの? やめて、期待した目で俺を見ないで。
……俺にはベル達の期待を裏切ることなんかできない。俺もデモンストレーションで参加させてもらおう。あれだよね。師匠の実力もちゃんと見せておかないと、ベッカーさん達の不安が払拭できないかもしれないから、しょうがないよね。
「ベッカーさん。後で元に戻しますので、訓練場を少し改造させてもらってもいいですか?」
ジーナ達と何をするか話し合った後、ベッカーさんに下準備の許可をもらう。サラ達が結構やる気満々だから、周りに被害を出さないようにしないといけない。
「改造ですか? 構いませんがどうするのですかな?」
「まあ、見ていてください」
許可を得たので、ベッカーさん達から距離を置き、モニョモニョと詠唱するフリをして、最終的に必殺技を叫ぶ雰囲気でオーバーリアクションをする。
「がんばる」
俺のオーバーリアクションを合図に、トゥルが気合を入れて精霊魔法を行使する。モコモコと訓練場の土が盛り上がり、いくつもの土の柱が完成した。
詠唱は関係なくて、先程の話し合いで何をするのか決めてあるだけなんだけど、ベッカーさん達には分からないので、俺に対して感心した声が聞こえる。
トゥルも褒められたからか、ちょっと嬉しそうに恥ずかしがっている。あれだな、トゥルのリアクションは、可愛らしいな。
「では、そろそろ始めますね」
「今、団長をお呼びしますので、しばしお待ちください」
ベッカーさんの指示でアヒムさんが走っていった。まあ、たしかにサラの成長を見るのなら、ヴィクトーさんも居た方がいいよね。
了解してしばらく待っていると、ヴィクトーさんと一緒にゾロゾロと10人程の男達が現れた。みんなムサイ男だから『シュティールの星』の団員なんだろうな。
「裕太殿、お願いします」
準備が整ったようで、ベッカーさんが俺に開始の合図を出した。じゃあ始めるか。ジーナに開始の合図を出すと、ジーナ達がペコリと見学者に頭を下げて、見学者から離れた位置に陣取った。
ふむ。見えていないからしょうがないんだけど、ジーナ達と一緒にペコリと頭を下げるフクちゃん達はとても可愛らしかったな。あれが見えたら、それだけで敵の戦意をことごとく鎮火してしまいそうだ。
今回の主役のサラを中心に、左右にマルコとキッカ、背後にジーナが立ち、詠唱するフリを始める。
まずはマルコがリアクションをしながら詠唱を終えると、土の壁がサラ達を囲む。全部隠れてしまうと興ざめなので、隙間を開けてこちらからも見えるようにしているが、防御がしっかりしているところを見せるのは大切だよね。上手にできたと思ったのか、ウリも満足気だ。
マルコに続いてサラとキッカが、シンクロするように腕を振り下ろしながら詠唱を終えると、フクちゃんとマメちゃんが可愛らしく気合を入れて、沢山の風の刃を生み出し、トゥルが建てた土の柱に、ズガガガガとマシンガンのように発射する。
あれってベルの風刃乱舞によく似ているな。サラが見せるのならキッカと協力した技が良いって言ったのは、これを見せたかったのか。協力技の開発をアドバイスしたけど、もうこれだけ形になっていたんだな。師匠もビックリです。
風の刃でオーバーキルされている土の柱に、更にジーナが追い打ちをかける。テンションマックスなシバが雄々しい雰囲気で可愛らしく吠えると、複数の火の弾が現れ、ボロボロになった土の柱にドゴンドゴンとぶち当たりながら、柱の残骸を燃え上がらせる。
今回は攻撃がメインなのでプルちゃんはお休みだから、これにてサラ達の演武? は終了した。
あれ? 観客席のお客さん達からのリアクションがないぞ。子供達が頑張ったんだから誉めてあげてほしいんだけど……なるほど、サラ達の思いがけない凄さに言葉を失っているのか。ならばしょうがないな。無言の称賛として受け取ろう。
「終わりましたよ」
俺の終了の言葉を切っ掛けに、現実に戻ってきた観客から称賛の声が上がる。ヴィクトーさんとベッカーさんがサラに駆け寄り、めちゃくちゃ褒めまくりだした。ジーナ達もまんざらでもない様子だ。これまでは目立たないように行動していたから、褒められるのが嬉しいんだろう。
あれ? これで実力が示せたのなら、1ヶ月間もこの国で冒険者をやらなくても良かったんじゃ? ……いや、サラにも考える時間が必要なんだし、これからの1ヶ月は無駄じゃない。
それよりも、ワクワクしまくっているベル達をどう落ち着かせるかが問題だ。フクちゃん達に刺激されて、目が輝いちゃっているよ。フレア、お願いだから落ち着いて。ちゃんと話し合った範囲で収めてね。
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