四百三十六話 無理はしてない
サラとサラのお兄さんの感動の再会。それを劇的にプロデュースしたくて、アヒムさんを巻き込んで作戦会議をしたが……裕太プロデュースの作戦は却下され、無難な意見を出したジーナのアイデアが採用されることになった。かなりショックだ。
「えーっと、じゃあ作戦はジーナが言ったとおりにするとして……アヒムさん、準備は間に合いますか?」
「そうですね……仲間の説得に時間が掛かると間に合わないかもしれませんが、幸い今日は依頼終わりの休暇です。クランハウスにはそれほど人が居ないと思うので、大丈夫だと思います」
今日はお休みだったのか。そのお休みの日に冒険者ギルドで受付嬢を口説いているアヒムさんって、もしかして結構本気で受付嬢を狙っているのかな? 少し野次馬根性がくすぐられるが、男の恋愛よりもサラの再会の方が100倍大切だから気にしないことにしよう。
「休みならサラのお兄さんも、クランハウスに居ないってことはありませんか?」
居なかったら再会のしようがないよ? あぁ、出先に突撃するのも楽しいかもしれないな。
「いえ、昨日依頼から戻ったばかりなので、その次の日は特別な用事がない限り、クランの書類確認をするのが団長の習慣ですから居ると思います」
クランともなると依頼を受けて達成しましたじゃ終わらないようだ。異世界で書類とか聞くと、なんだか世知辛く感じてしまうのが不思議だ。楽園には絶対に書類仕事は持ち込まないようにしよう。できるだけなあなあで過ごすんだ。
「分かりました。では、案内をお願いします」
「分かりました」
アヒムさんの案内で再会の場所であるクランハウスに全員で移動する。チラッとサラの様子を確認すると、先ほどまでのくだらない作戦会議で気が抜けていた表情が引き締まっている。
家族と会うのに緊張するっていうのも違和感があるけど、貴族だしもう会えない可能性もあったんだから、気楽に会うって考えるのも難しいんだろうな。あっ、サラの顔が見えていたら不味いよね。フード付きのローブを着せて顔を隠しておこう。
***
「ここが我等が『シュティールの星』のクランハウスです。本来であれば正面からお迎えしたいのですが、今回の場合は裏口からの方がいいですね。まずは私の私室にご案内しますので、できるだけ目立たないようについてきてください。それと誰かに話しかけられた場合は、私が冒険者ギルドでお世話になった友人ということにしますので、話を合わせてください」
へー、ここがクランハウスなのか。結構大きいけど、なんだか木製のアパートみたいだな。大人数で生活するのなら、こういう形態が暮らしやすいのかな? あと、シュティールの星がクランの名前なんだな。
シュティールはサラの家名だから、なにがしかの気持ちを込めてクランの名前にしたんだろう。
それにしても意外とアヒムさんがノリノリな様子で手伝ってくれる。チャラいのが本性で、真面目な雰囲気に変化したのが、騎士としてあとから身に着けた姿なのかもしれない。
「分かりました。ボロが出てもつまらないので、話しかけられた時の受け答えは、できるだけアヒムさんにお任せします」
頷いたアヒムさんの案内で敷地の裏側に回り、1つ目の扉を通り越して2つ目の扉を開いた。1つ目の扉は騒がしかったし、食べ物の匂いもしていたから、たぶん厨房の勝手口なんだろうな。
中をキョロキョロと確認したアヒムさんが手招きをしたので、俺達も素早くクランハウスの中に入る。
シルフィの案内なら100パーセント見つからなくて安心できるんだけど、アヒムさんに案内されると見つかる可能性があるので、ドキドキ感が増す。ちょっと楽しくなってきた。
こっそりスパイ気分でワクワクしていると、入った扉から3つ目の部屋に誰にも発見されずに案内された。近すぎるよ。発見されないのは良いことなんだけど、もう少しドキドキワクワクしていたかった。なんだか物足りないよ。
「狭い部屋で申し訳ありませんが、仲間に話を通してきますので、少々ここでお待ちください」
「よろしくお願いします」
アヒムさんが出ていったあとに部屋を見渡すが、確かに狭い。四畳半ってこれくらいなのかな? それに物も少ない。ベッドに小さな机とタンスくらいか。クランとしてはある程度順調だとしても、私物をそろえたり、部屋を好みに飾ったりする余裕まではないのかもしれないな。
「サラ。大丈夫?」
ソワソワキョロキョロしているサラに話しかける。同じ建物の中にお兄さんが居るんだし、落ち着かないよね。
「……はい。大丈夫ですお師匠様」
フードをしているので本当に大丈夫なのか分かり辛い。シルフィが居るから知らない人が急に来ても対応できるし、フードを外しておくように言うか。
「サラ。シルフィが人が来たら教えてくれるから、もうフードを外しても大丈夫だよ」
「分かりました」
うん。若干の緊張感は感じるけど、特に問題はなさそうだ。ふくちゃんとプルちゃんの存在が精神安定に一役買っているようだ。
「そっか。……今ならまだ俺のプランに変更可能だけど、本当に大丈夫?」
空から女の子が落ちてきた演出に、まだ少しだけ未練があるんだよね。……自己満足でしかないのは分かっているから、ジーナもそんなに可哀想な者を見る目で師匠を見ないでほしい。マルコとキッカにまでマネされたら、心が壊れちゃうよ。
「はい。大丈夫です」
……サラもそんなにハッキリと大丈夫です宣言をしなくていいんだよ? そんなに嫌なの?
「……シルフィ。そんなに笑わないでよ。分かってる。もうあきらめるよ」
「ふふ。違うわよ。裕太、そんなにサラが居なくなるかもしれないのが悲しいの?」
「へっ?」
珍しくシルフィが母性を感じさせるような優しい微笑みで、不思議なことを言いだした。
「私は別にサラをここに置いていく必要もないと思うわ。ジーナみたいに偶に家族に会わせてあげるだけでも、サラは納得するんじゃないかしら? だって、サラは精霊術師の素晴らしさを広める条件で裕太の弟子になったんだもの。それを言えばサラもサラのお兄さんも何も言えないわ」
「……いやいや、シルフィ。突然何を言い出すの?」
たしかにそんな約束で弟子にしたけど、家族が現れたのにそんな条件で子供を縛るほど人でなしではないよ。まあ、利用する気満々で弟子にしたけど……。
「あら? 自分でも気がついてないのね。私には今日の裕太は無理してはしゃいでいるように見えるわ。サラが居なくなるのが寂しくて、色々と考えて誤魔化しているんじゃないのかしら?」
え? ……えーっと、シルフィは俺がそんな悩みではしゃいでいるって思っていたの? ……なんだかそれって凄く恥ずかしくない? 友達と別れるのを嫌がる子供そのものだよね?
「いやいやいやいや。俺もいい大人なんだし、そんなことで無理なんてしないよ」
「ええそうね。裕太は無理なんてしていないわね」
やめて、普段無表情なのに、こんな時に限って優しく微笑まないで。その表情って、無理して強がっている子供を、優しく見守る親の微笑みだよね?
えっ? 本気でそう思っているの? あれ? 俺、もしかしてサラと別れるの寂しいから騒いでた? いや、それはない。もし、万が一心の奥底にそんな感情があったとしても、恥ずかしすぎて認められない。
「ゆーた。べるいっしょ」「キュキュー」「さみしくないよ?」「クー」「なんじゃくだぜ!」「……」
ショックを受けているとベル達が俺に群がって、優しくなぐさめてくれる。普段ならホッコリするんだけど、今の状態だと羞恥プレイのように感じて辛い。あと、フレアの言葉は普通に辛い。
大丈夫だよと言いながらベル達を撫でくり回して心の安定を図る。このままこの話題を続けるのは危険だ。ジーナ達が不思議そうに俺を見ているが、話しの内容を推測されて優しく微笑まれでもしたら、洒落にならないダメージを受けてしまう。
「シルフィ。そんなことよりもアヒムさんはどんな様子なの? 見ているよね?」
「ふふ。そうね、見ているわね。今は上司に怒られているわね。サラお嬢様を心配するヴィクトー様の御心も考えずにとか言われているわ」
……シルフィの生暖かい視線も気にはなるけど、もっと気になることを言われてしまった。アヒムさん、怒られているのか……なんだか申し訳ない。
「えーっと、計画は失敗に終わりそうな感じかな?」
アヒムさんを巻き込んだのは失敗だったかな? でも、サラのお兄さんのことを聞いたときに、偶然隣に居たんだから、運が悪かったとあきらめてもらうしかないよね。そんなことよりも、サプライズが続けられるかの方が問題だ。
あれ? サラ? 少し喜んでない?
「うーん。アヒムが頑張って説得しているから、その結果次第ってところね。今はサラの苦労話と、子供らしい悪戯心を前面に押し出しているわ。まあ、サプライズがしたいのはサラじゃなくて裕太なんだけど、上手に勘違いされるように話しているわ」
サラの反応が気になるけど気にしない。えーっと、アヒムさんは頑張ってくれているんだな。そう聞かされると、たとえサプライズが失敗したとしてもアヒムさんを恨めないな。
「アヒムの勝利ね。色々と言われていたけど、なんとか上司を説得したわ。ただ、裕太達には監視がつくことに決まったわ。ヴィクトーの身の安全を心配しているようね」
おぉ、アヒムさんが勝ったか。でも、サラのお兄さんの身の安全?
「俺達、危険視されているの?」
「ええ、いきなりサラを連れてきてサプライズとか言っている裕太を怪しく思っているわ」
ふむ……冷静に状況を判断してみると……いや、冷静に判断しなくても怪しむのは当然だな。
「よくそんな状況で説得できたね」
「サラが裕太にとても懐いていたことと、他にもジーナとマルコとキッカを連れていたことがプラスに働いたわね。絶対とは言えないけど、わざわざ女子供を引き連れて危険を冒す可能性は低いし、そもそも怪しい人はサプライズなんて目立つことはしないってアヒムが説得したわ。それで、裕太達をヴィクトーに近づけないことと監視を付けることで上司が納得したの。あと、その上司が直接裕太を見にくるわ。今、部屋を出てこっちに向かっているわね」
あっ、まだ最終面接が残っていたか。そりゃあ、本人の目で確認しないと落ち着かないよね。でもまあここまで来たんだし頑張ろう。あと、サプライズが無事に終わったら、アヒムさんにはお礼をしないといけないな。
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