四百三十五話 裕太プロデュース
申し訳ありません。予約投稿したつもりだったのですが、予約していませんでした。
ローゾフィア王国の冒険者ギルドで、受付嬢にサラのお兄さんのことを聞くと、隣のカウンターで受付嬢を口説いていたチャラ男が話に乱入してきて、劇的ビフ〇ーアフターで凛々しく威厳がある男に変身した。
「やはりアヒムだったんですね。見た目がずいぶん変わっていたので、なかなか私が知っているアヒムと結びつきませんでした」
こんどはサラからお嬢様オーラが立ち上っただと……なんだかよく分かんないけど、バトル漫画みたいだ。まあ、バトルになる訳ないけどな。
「サラお嬢様。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
直立不動になったアヒムさんがサラに謝る。俺は別にアヒムさんが変身しても構わないんだけど、受付嬢の2人が顎が外れそうなほどポカンとしているよ? 今までアヒムさんがどれだけチャラい行動をしていたのか、結構気になるな。
気になるけど、ここでのんびり話している訳にもいかない。この状況で誰かがサラのお兄さんに連絡でもしちゃったら興ざめだ。とくにアヒムさんの雰囲気が劇的に変わってしまったせいなのか、注目を集めてしまっている。
「ちょっとすみません。ここではなんですので、どこか落ち着ける場所でお話ししませんか?」
目立たない場所だととても嬉しいです。
「あなたは?」
最初は俺に話しかけていたはずなのに、サラと会ってから完全に俺のことが意識から抜けていたらしい。よっぽどサラと会ったことが衝撃だったみたいだな。
「サラの師匠です」
「師匠? あなたが? そういえばサラお嬢様、グンター様達はどうしたんですか?」
ふふ、ここでもとても不思議そうな目で見られてしまった。もういい加減飽きてきたな。やっぱり光竜装備にしておけば良かったよ。
しかし、この装備だと子供の師匠でも疑問に思われるのか? サラは孤児だったんだから、普通の冒険者が師匠でも全然おかしくないはず……いや、この人は元は貴族に仕えていた人で、サラは貴族のお嬢様だったんだから、それを知っているアヒムさんだと普通の冒険者に違和感があるのかもしれない。
「グンター達は……」
アヒムさんの質問にサラの言葉が詰まる。
「……そうですか」
サラの悲しげな表情にアヒムさんも色々と悟ったようだ。でも、そういう話も別の場所で話そうね。
「積もる話があるのは理解できますが、そこらへんも別の場所で話しませんか?」
「ああ、そうでしたね。失礼しました。では、私達のクランハウスにご案内します。団長も喜びますよ」
そっか、この話の流れだとそういう話になるよね。でも、それって劇的な再会になるんだろうか? たぶんサラもお兄さんも二度と会えない可能性も考えたはずだし、クランハウスに案内されてただ再会するだけってのも、なんだか弱い気がする。
サラにとっては早くお兄さんに会いたいだろうから余計なお世話なんだろうけど、バカな師匠に弟子入りしたってことであきらめてほしい。それに、このままお別れになるかもしれないんだから、派手にやった方が思い出になって楽しいはずだ。
それにしても、サラのお兄さん達ってクランハウスなんて拠点を手に入れているんだな。頼った遠縁の貴族の援助かもしれないけど、手紙に書いてあったようにある程度順調なようだ。
「それはちょっと都合が悪いです。最初はサラのお兄さんや、サラを知っている人が居ない場所で話ができませんか?」
「どういうことですか?」
「お師匠様?」
アヒムさんとサラが不思議そうな顔をしている。ここで説得に失敗すると、裕太の劇的プロデュースが失敗して、普通の感動の再会になってしまう。真面目にお願いしよう。
「アヒムさん。このまま普通にクランハウスに向かっても、サラとお兄さんが普通に会うだけです。それでも感動の再会にはなると思いますが、もっと劇的な演出がしたいんです。分かりますよね?」
……自分で話していても分かるくらいに支離滅裂な内容だな。ここに来る前にもっと色々とシミュレーションしておくべきだった。ほとんど勢いだけで走り出したようなものだから、なんだか不安になってきたな。
「は?」
「お師匠様……」
アヒムさんとサラのなんとも言えない表情と共に、背後からもジーナのため息が聞こえてきた。バカな師匠でごめんね。
「裕太。面白そうだし、私は協力するわよ」
でも、シルフィは乗り気のようだ。面白がっているのは間違いないけど、味方が増えるのは頼もしい。ベル達も「げきてきー」とはしゃいでいるから、意味は分かっていないだろうけど味方にカウントだな。多数決だと俺が有利だ。
「……つまり、団長とサラお嬢様の再会に手を加えるのですか?」
アヒムさんが、バカじゃないの? って顔で俺を見ている。なんちゃってチャラ男にそんな目で見られるほど、頭が悪いことを言ったんだろうか?
若干不愉快ではあるが、余計な手出しをしている自覚はあるので、ここは我慢して話を続けよう。
「はい。サラは今までとても苦労してきたんです。それを乗り越えての再会なんですから、特別な演出があってもいいと思いませんか?」
少し卑怯ではあるが、サラの苦労をネタに譲歩を迫ろう。子供の苦労話だけでも涙腺が緩んで大変なのに、実際に知っている子供の苦労話なんて涙腺が崩壊してもおかしくないはずだ。
「サラお嬢様……分かりました。とりあえず、ギルドの会議室を借りて話しをしましょう。フィリカさん、会議室は空いていますか?」
軽くサラの苦労に触れただけだが、アヒムさんもサラの苦労を想像してしまったのか、薄っすらと涙目で納得してくれた。チャラ男じゃなくてチョロ男だったようだ。
簡単で助かるけど、サラのスラム時代の話なんかしようものなら本気で泣いてしまいそうだな。男の涙なんて見たくないから、苦労話の加減を間違えないようにしよう。あと、少しモチッとした受付嬢はフィリカさんって言うらしい。
「えーっと、はい。空いていますからご案内します」
そのフィリカさんが、そのまま俺達を会議室に案内してくれた。
「こちらをご利用ください。あと……詳しくは分かりませんが頑張ってくださいね。私も応援しています」
フィリカさんがとても優しい眼差しで応援してくれた。受付の目の前で話していたから、俺が何をしたいのか理解しているようだ。迂闊だったけど、この様子なら言いふらしたりはしないだろう。フィリカさんにも応援されちゃったし、気合を入れてプロデュースしないとな。
***
「もうすぐ日が暮れます。今日中に団長とサラお嬢様の再会を果たすのであれば、そろそろ決めないと間に合いませんね」
もうそんな時間か。劇的なプロデュースって言葉にすると簡単だけど、自分で演出すると難しい。
マルコとキッカも長い話し合いに疲れて寝てしまったし、ベル達も飽きて会議室で追いかけっこをしている。
協力を約束してくれたシルフィも、自分の意見が連続で却下されてふてくされているし、素直にサラとお兄さんを会わせた方がよかった気がする。そうすれば少なくともシルフィはふてくされなかったもんね。
でも、ここまで話し合ったんだし、今更プロデュースを中止してもシルフィの機嫌はなおらない。ならば成功を信じて突き進むだけだ。
「そうですね。えーっと、サラ。いままで出たアイデアの中に気に入ったのはあった?」
最終的にはサラの意見が一番大切だ。普通の再会は却下だけどね。
「では……5番目の演出でお願いします」
ふむ……ジーナのアイデアだな。
「3番目は?」
「3番目はちょっと……」
俺の渾身のアイデアはサラのお気に召さなかったようだ。ちょっと……いや、かなりショックだな。
「いえ、お師匠様の演出も素敵だとは思うのですが、お兄様が受け止めてくれるか分からないですし、その……演出が成功したとしても、お兄様も色々と驚いて混乱したり、王都の人達に見られたら騒ぎになったりしてしまうかもしれません」
俺がショックを受けたことに気がついたのか、サラがフォローをしてくれようとして、最終的に駄目だしされてしまった。
うーん、シルフィに協力してもらって、天から女の子が落ちてきた的な演出は悪くないと思うんだけどな。男なら1度は体験してみたいアニメの黄金パターンだから、サラのお兄さんも喜ぶこと間違いなしなんだよ?
「ふふ。裕太、駄目駄目じゃない。私のアイデアをちゃんとサラに伝えておけば、絶対にそれが選ばれていたのに残念だったわね」
ふてくされていたシルフィが、俺の失敗に勢いづいて復活した。シルフィの意見をことごとく却下した俺の意見が採用されなくて、気分が上向いたようだ。シルフィって、普段は頼りになるんだけど、偶に器が小さい時があるよね。
たしかにシルフィの言う通り、シルフィのアイデアは派手で劇的で、サラやサラのお兄さんにとっても一生の思い出になりそうだった。
でも、同時に天変地異を疑われたり、王都の住人たちにとっても忘れられない思い出になったりしてしまいそうだから、伝えたとしてもサラは選ばなかったと思うよ。
だいたい、初対面のアヒムさんがいるのに、大精霊の力をフル活用したアイデアなんか説明できないよ。空からサラが落ちてくるって話しただけで、アヒムさんに可哀想な人を見る目で見られたんだ。
まあ、俺を可哀想な人を見る目で見たアヒムさんも、襲われている女の子を助けたら実は妹だった的な、ベッタベタな演出を提案してきたから、可哀想な人を見る目で見返してやったので遺恨はない。
だいたい、襲われている女の子を助けて妹だったらガッカリだよね。普通、そのパターンは、女性を助けたら実は絶世の美女で、その助けた美女に惚れられて困ってしまうまでがセットの黄金パターンだ。恋愛フラグに妹を投入しても意味がないよ。
しかし、ジーナのアイデアが選ばれたか……普通に再会するよりかは劇的ではあるけど、いまいち派手さも足りないし平凡なんだよな。まあ、サラが選んだんだからしょうがないか。もうすぐ日が暮れるし、急いで準備をして感動の再会だ。
読んでくださってありがとうございました。