四百二十四話 仮面の紳士
お待たせいたしました。
ベル達と戯れてリラックスしたことで、自分の心が思っていた以上に疲れていたことが分かった。気を使いまくる現代社会の人間関係と比べると断然楽なんだけど、それでも変人の相手は疲れるよね。
「ふっ。私に任せれば、王城の宝物庫にだって忍び込める立派な怪盗に仕上げてみせよう」
……変人が増えた。なんかもうお腹いっぱいだから関わらないようにしよう。
「リーさん。今回のお話はなかったことにしてください」
変人の相手は疲れるって思っていたのに、新しい先生に会いに冒険者ギルドの訓練場に来たら、その先生が変人とか勘弁してほしい。昨日のベル達の癒し効果が、ガリガリと削られていく気がする。
「なぜだ!」
リーさんに話しかけたのに、変人が食いついてきた。正直、面倒でお家に帰りたい。でも、無視して帰ったら更に面倒になる臭いがプンプンする。こういう場合はハッキリと言わないと巻き込まれるな。
「えーっと、ですね。弟子達を怪盗にするつもりはないですし、冒険者ギルドで黒いタキシードを着て、目元を仮面で隠している人に弟子を預けたくないです」
月に関係する美少女な戦士でも似たようなキャラが居たけど、目の前の変人さんは明らかにお爺さんだから違うよね?
あと、白髪のロン毛で顔には老化によるシワが見えるのに、スタイルが良くてなんだかカッコよく見えるのが、変人に男として負けているようで腹立たしい。
「これは伝統的な正装で、なんらおかしなことではないのだよ」
「……伝統?」
「そうなのだよ。200年程前に現れた伝説の怪盗。突然現れた彼は悪逆な貴族からスマートに宝物を盗み、貧困に苦しむ民達に惜しまず分け与えた。そして、怪しくも魅力的な彼に魅かれた民衆は、物語として彼の偉業を現代まで受け継いだのだよ」
「物語って……それってコスプレってことじゃないですか」
お爺さんと言える歳だろうに、痛すぎるぞ。あと、マルコ、男のコスプレはもうお腹いっぱいだから、ボソッとカッコイイとか言わないで。
「失礼な! 彼に魅了された盗賊達は、リスペクトを込めてこの衣服を身にまとうのだよ。子供の仮装と一緒にしてもらっては困る!」
翻訳されているにしても、コスプレって言葉は伝わるのか。あと、自信満々に言っているけど、リスペクトってことは真面目にコスプレしているってことだよね。その方が怖いんですけど。
「ん? 盗賊達? その恰好をしている人が複数居るんですか?」
「当然だとも!」
「いや、本気にしちゃいかんぞ。こやつは特殊な分類じゃし、そんなに数はおらん!」
リーさんが慌てて会話に入ってきたけど、少数は居るってことだよね。数が少ないからこそ、団結力が高そうで嫌だ。
「リー、適当なことを言わないでくれ。ギルド『仮面でタキシードな紳士』には沢山の紳士が在籍している。ギルドマスターなど、赤いバラを完璧に使いこなす究極の紳士なのだぞ」
……あー、なんていうか、納得した。俺の目の前に存在している物体は、十中八九悪ふざけした日本人の犠牲者だ。タキシードと仮面に加えて、赤いバラまで登場したら目をそらすことができない。
たぶん、やった本人は異世界だし、悪乗りしても大丈夫とか思っていたんだろうな。それが、200年も語り継がれる物語になるとか、黒歴史そのものだな。あと、怪盗をやるならル〇ン三世だろって言ってやりたい。
「リーさん。そもそもの話なんですが、なんでこんな濃い人を連れてきたんですか?」
正直、迷惑なんですけど。
「うむ……こやつは、昔のパーティーメンバーなんじゃが、儂が弟子を取ったことを知って、自分も弟子が欲しいと泣きついてきたんじゃ。あんまりにもうるさいし、腕はたしかじゃから……の?」
全然分からないから、分かるよねって目でこちらを見ないでください。お爺さんの上目遣いとか、ダレ得なんだよ。
「そもそも、体術の教師を追加するはずなのに、なぜ怪盗を連れてくるんですか?」
「……ジーナ達に話を聞いたが、女と子供の精霊術師だけのパーティーってバランスが悪すぎるじゃろ。見た目はこんなじゃが腕はたしかな盗賊じゃし、冒険者に必要な索敵の知識等も教えられる。そもそも、ジーナ達に冒険者にとって必要な事をほとんど教えずに、迷宮に放り込むお主が悪いんじゃぞ。儂だって、できれば身内の恥は晒したくなかったんじゃ」
変人さんがリーさんの言葉にショックを受けているから、言葉をもっとオブラートに包んであげてほしい。
でも……この変人さんを連れてきたのは、マルコ達の知識不足を補うためだったのか。ふくちゃん達が頼りになることも、大精霊の護衛をつけているから安全なことも、知らないから心配してくれていたんだな。
まあ、普通は罠とかそこら辺の対策ができていない子供が迷宮に入っていたら心配するよね。
「ジーナ達の安全を心配してくれていたんですね。ありがとうございます。ですが、ジーナ達の安全は確保していますので安心してください」
「……儂には分からんが、精霊術師の力で守られておるということかの?」
「そういうことです」
迷宮を踏破できるクラスの護衛だから、過保護なくらいです。
「ふむ。余計な心配じゃったか。ポルテ、そういう訳じゃから帰ってくれ」
リーさんがあっさりと変人さんを切り捨てた。それと、変人さんの名前が判明した。ポルテさんって、なんだか可愛らしい名前だな。
「嫌だ。あと、私がこの格好の時はダークムーンと呼ぶように、昔から言っているだろう」
ポルテさんは怪盗の時はダークムーンって名乗っているようだ。痛いんだけど、名づけの傾向が被ってしまい、今の俺はムーンに土下座したい気持ちでいっぱいだ。ブルームーン……痛い名前じゃないと信じたい。
「それこそ嫌じゃわい」
あっ、リーさんとダークムーンさんが喧嘩を始めた。精神に傷を負ったし、もう、帰っちゃおう。横でポカンとしているジーナ、サラ、キッカと、憧れの目で見ているマルコを促してソッとこの場を立ち去る。
興味津々な様子でダークムーンさんを観察しているシルフィとベル達は……手が回らないから距離を置いてから召喚しよう。
「待ちたまえ」
「まてー」
……もう少しで訓練場から出られるところだったのに、後ろからガシッと肩を掴まれてしまった。逃げられなかったようだ。あと、ベルがダークムーンさんの味方みたいになっているのはなんで?
「……どうぞ俺達にはお構いなくお願いします」
「そんなに他人行儀にする必要はないのだよ。我々は家族のような仲になるのだからね」
「かぞくー」「キュキュー」「おじいちゃん?」「クー」「しゃていだぜ!」「……」
勝手に決めないでください。あと、ベル達はお願いだから懐かないで。子供が変な人を好きになることは偶にあるけど、この人は止めて。
「えーっと、お断りしたつもりなのですが?」
「そんなことを言わないでくれたまえ。何か守りはあるようだが、冒険者にとって盗賊の技能を覚えたパーティーメンバーは必須なのだよ」
うーん、おかしな格好をしているくせに、まっとうなことを言う人だな。大精霊の護衛があれば大抵のことは大丈夫だし、罠に関してもウリがかなりの確率で察知してくれる。
でも、大精霊の護衛でいつまでも過保護なのも問題があるし、まだ幼いウリだけに負担を掛けるのも問題だ。専門で覚えていなくても、ジーナ達にある程度の知識があるだけでずいぶん違うだろう。
問題は……この人に盗賊の技能を習う必要があるのかってことだよな。盗賊の技能を習うだけなら、まともな格好をしている人を雇いたいところだ。
ただ、俺の肩を掴む手から、逃がさないって意思を強く感じるんだよな。この人も俺の同郷の人の被害者かもしれないから、無下にするのも気まずい。いや、本人が好きでやっているんだし、俺には同郷の可能性があるってだけでなんの関係もないな。
「とりあえず、大切なことですから、じっくりと考えてから結論を出しますね。では、失礼します」
あとでリーさんに、じっくり考えたけど無理でしたって伝えればいいだろう。前向きに検討しますってやつだな。
「まあ待ちたまえ。不思議なことに同じようなことを言った人物と再会することが極端に少なくてね。ここで私に弟子を預けると結論を出してほしい」
時間稼ぎは他の人が何度も使っていたらしい。せめて俺の時まで騙されてくれればよかったのに。あれ? 聞き間違えたか? 結論まで決められていたような気がする?
「……弟子入りするのは本人達の意見が一番大切ですから、ちょっと話を聞いてみますね」
残酷だけど、子供達からハッキリ断ってもらおう。
「ジーナ。どう思う?」
「んー、まず、なんでタキシードなのかが理解できないな。皮鎧とかの方が動きやすそうだよな」
ジーナも女の子なんだね。ロマンとか関係なくバッサリだ。ダークムーンさんが心臓部分に手を当てて苦しそうにしている。
「……サラは?」
「私はその物語を読んだことがあるので理解はできますけど、自分でするのはちょっと……」
おおう。優しいサラが申し訳なさそうにしている。ダークムーンさんの呼吸音が激しくなっている。はたから見ると幼女に興奮する危ない紳士だけど、もしかして心臓が止まる寸前だったりしない?
「そういうことですから、今回の話はなかったことにしてください」
これ以上ショックな言葉が続くと本当に心臓が止まりそうだから、この辺で話を切り上げよう。
「いや、まだ少年と少女が残っている。望みはまだ途切れてはいないのだよ……」
紳士がなんだか熱血漫画の主人公みたいになっているな。苦しそうなのは戦ったからじゃなくて、無垢な女性と少女に言葉で傷つけられただけなのがむなしい。
「まだ続けるんですか?」
「無論です」
うーん、マルコがちょっと危なそうだから、ここまでで終わらせておきたかったんだけどな。
「マルコはどう思う?」
「おれ? おれはちょっとおもしろそうだとおもう」
「シャッ!」
ダークムーンさんが全力でガッツポーズをしている。ふぅ、こうなると逃げるのは難しいだろうな。なんとかして被害を最小限にとどめられるようにしよう。弟子の将来が黒歴史に彩られるのは可哀想だ。
沢山の暖かいお言葉をいただき、本当に感謝しております。ありがとうございます。
読んでくださってありがとうございます。