四百二十二話 艶々
ジーナをピートさんとお兄さんから解放するために、食堂の仕事を忙しくすることにした。ピートさんが罠を張っていたり、息の根を止めに行こうとしたりと色々あったが、気絶している間にダニエラさんと話をして、お願いを請け負ってくれることになった。なぜか今、ダニエラさんに食堂の隅っこに引きずり込まれているけど……。
「どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいんだけど、夫が用意したジーナの婿候補がポシャったんだよね。その辺についてどう思う?」
「どうと言われましても……」
なんて答えればいいんだ?
「あたしとしては物足りないんだけど、平穏に暮らすと考えれば悪くない相手だった訳さ。あんたもジーナの師匠なら、当然、ジーナの将来を考えてくれていると思うんだけど、そこらへんはどうなのさ?」
何この人、目が肉食獣みたいで怖いし、グイグイ来るんですけど。前に会った時と雰囲気が違う。
「えーっと、まだ若いですから、素晴らしい出会いがあったら応援していくといった感じでしょうか?」
シルフィ、助けて。……駄目だ。なんか面白そうって雰囲気でこっちを見ている。頼りにならないパターンだ。
「でもまあ、娘もいい歳だから心配なのはたしかなんだ。行き遅れた場合は、師匠である裕太さんが貰ってくれるんなら安心できるんだけどね」
俺? ジーナみたいな性格もよくて、巨乳で、美人で、巨乳な女の子がもらえるのなら最高だけど、弟子なうえに、女子高生くらいの年齢なんだよね。
女子高生……魅惑的な響きではあるんだけど、そういうのが許されるのは、二次元かHなDVDまでだ。
「歳も違いますので……」
「あんたくらいの歳の差なら問題ないよ。大切なのは甲斐性と愛情さ。それに、行き遅れた場合にもらってくれればいいんだ。保険だよ」
保険? この世界にも保険があるのか? それに、行き遅れたらってことは、逆説的に考えたら、行き遅れさせさえすれば、ジーナが貰えるってこと?
……いかん、さすがにその考えは恥ずかしすぎる。それに、何年、1人身でいるつもりなんだよ。でも、保険と考えれば孤独死の危機からは脱出できる。
「……ジーナは素晴らしい女性ですから、保険なんか必要ありませんよ。おっと、申し訳ありません。ちょっと人と会う約束を忘れていました。失礼します」
無理やり話を終わらせて、ジーナの元に戻る。背後で逃がさないよって声が聞こえたけど、気のせいだ。
「ちょっ、師匠。えーっと、おふくろ、またな」
早歩きで歩いていると、ダニエラさんに別れを告げたジーナが小走りで追いついてきた。
「師匠。どうしてそんなに急いでるんだ? おふくろに何か言われたのか?」
……娘が行き遅れたら貰ってくれって言われたんだけど、正直に話して弟子との関係が気まずくなるのは困る。
「ジーナの今後のことを心配していただけだよ。今急いでいるのは用事を思い出したんだ。えーっと、ジーナはもう訓練に行っていいよ。シバもね。じゃあ、また夜に」
不思議な顔をするジーナと別れ、マリーさんの雑貨屋に向かう。
「裕太、面白そうな話だったのに、なんで切り上げちゃうの? ジーナはいい子よ?」
シルフィが親戚のおばちゃんみたいな顔で聞いてくる。普段は表情が変わらないのに、こういう時だけ器用に表情を変えてくるのはずるいと思う。
(弟子に手を出すのは最低だし、ベル達やサラ達の教育にも悪いよね)
手が出せるようなら出したい気もするけど、ジーナって純粋だから手を出し辛い。もうちょっと世間慣れしている子なら、危なかっただろうな。
「責任を取れば大丈夫だと思うわよ?」
責任か……クズな考えだとは自覚しているけど、せっかくの異世界だし、チートもあるんだから、もっと無責任に遊びまわりたい。具体的に言うと、ベリル王国の歓楽街みたいな場所を全部回ってみたい。
(えーっと、俺ってシルフィに夢中だから、無理なんだ)
キリッとした顔で逆襲してみる。なんか遠くでお姉ちゃんはーって声が聞こえた気がするけど、これは本当に気のせいだよね?
「あら? ありがとう。でも、私を口説きたいのならもう少し頑張らないといけないわね」
クッ、あっさりと受け流されてしまった。これが年上の余裕ってやつなのか? 何万歳も年上だ「裕太!」……。
「えーっと、一生懸命に頑張ります!」
思わず大きな声で話してしまった。道行く人の視線が痛い。
「ふふ、そうね。裕太の頑張りにとっても期待しているわ。裕太、とっても期待しているんだからね?」
冷たい微笑で2度言われた。この場合はどうしたらいいんだ? なんだか寒気がしてきたんだけど……。
「裕太様、いらっしゃいませ!」
「うわっ!」
……目の前には満面の笑みのソニアさん。シルフィのプレッシャーに混乱している間に雑貨屋に到着して、なんの捻りもなくソニアさんに驚かされてしまったようだ。無意識に到着できるくらいに、この雑貨屋に通い慣れていたんだな。
シルフィを見るとニコニコと笑っているが、先程のことを考えると文句も言い辛い。
「……ソニアさん、こんにちは。マリーさんにお会いできますか?」
悔しさを表に出さずに、ソニアさんに話しかける。
「はい。ご案内します」
俺は悔しさを隠しているのに、ソニアさんはドヤ顔を隠す気はないらしい。この人は本当に商人なんだろうか?
「裕太。悔しがっていないで、ソニアの容姿を褒めた方がいいわよ」
あれ? 悔しがっていることは表に出していないはずなのに、見抜かれている。それに、なんで俺がソニアさんを褒めないといけないんだ? チラッとシルフィを見るが、早くしなさいって雰囲気しか分からない。
……まあ、シルフィの言うことなら、従っておくのが吉だ。偶に悪ふざけの場合もあるが、大抵は正解だもんね。
「えーっと、ソニアさん、美人ですね」
シルフィが額に手を当てて首を左右に振っている。誉め言葉のチョイスを間違ったらしいが、いきなり褒めるように言われて、100点の回答ができるほど器用じゃないんです。
「うふふ。すべて裕太様のおかげです。ありがとうございます」
およ? なんだか分からないが、俺の誉め言葉でも効果があったようだ。でも、すべて俺のおかげ? ……あっ、若返り草か。たぶん、若返り草の関連でソニアさんの美貌に磨きがかかったんだな。
それを意識してソニアさんを観察すると、たしかに肌の艶が増している気がする。なんていえばいいのか……そう、たまご肌的な感じだ。
「元々がお綺麗でしたけど、更にお綺麗になられましたね。もしかして、もう若返り草を使った薬が完成したんですか?」
「まだ試作品の段階ですが、薬液が薬師ギルドから届きました。試作品でも効果は抜群で、奥様も大絶賛していましたよ」
薬液ってことは化粧水みたいな感じなのかな? いくつか分けてもらえば、強力な武器になるな。あとでお願いしよう。
ソニアさんは自分のホッペをスリスリしながら上機嫌だ。たぶん、肌触りが違っているんだろう。俺が触ったらセクハラ……とは言われずに、それをネタにこき使われそうだ。ん?
「奥様?」
「マリーお嬢様のお母様です。肌に張りと艶が戻り、目尻のシワが消えたと、たいそう感激されていました」
マリーさんのお母さんか。お父さんの話は何度か聞いたことがあるけど、お母さんの話は初めてだな。商売にはあまり関わっていないのかもしれない。
それにしても、シワまで消えるのか。一目で分かる効果があるのなら、いくらでも高値が付きそうだ。
「裕太さん、お待たせしました」
いつもの応接室に通されて、お茶を飲みながら待機していると、ソニアさんに負けないくらいの上機嫌でマリーさんがやってきた。ふむ、マリーさんのお肌も艶々でプルプルしているようだな。こっちもちゃんと褒めないと駄目なんだろう。
「いえ、突然きてすみません。それにしても、マリーさんのお肌、絶好調ですね」
「うふふー。分かりますかー。まだ試作品なんですけど、凄い効果なんですー」
なんかクネクネしだした。ちょっとディーネみたいだな。
「もう、お肌が若返っちゃって、うちの母も大絶賛していました。試作品でこの効果ですから、売りに出したら凄いことになっちゃいますねー。ぐふっ」
うん。一緒にするのはディーネに失礼だったな。ディーネは天然が入っているけど、もっと純粋だ。目の前の欲にまみれた存在とは違う。
「……それはよかったです。それだけ効果があるのであれば、試作品を少し分けてもらいたいのですが、構いませんか?」
精霊達には必要ないだろうけど、女性に対する切り札にはなるだろう。お世話になっているマーサさんとか、無理を頼んだダニエラさんにも貢いでおきたい。
メルやジーナは……見た感じ必要ない気もするけど、女の子なんだしプレゼントしておくか。飲み屋のお姉さん達に貢げば、モテモテ間違いないとかはまったく考えてない。
「裕太さんでしたら、もちろん構いません。ただ、若返り草の薬液に関してはすでに噂を広めていますので、誰かにお渡しされる場合は注意してください。その方が嫉妬される可能性があります」
嫉妬か、自分が欲しいものを他人が持っていたら、たしかに嫉妬されるよな。マーサさんやダニエラさん、飲み屋のお姉さんなら上手い逃げ方も知っているだろうけど、ジーナやメルに迂闊にあげちゃうのは危険かもしれない。
「噂を広めなくても、十分に売れるのでは?」
数も少ないんだし、秘匿しておいた方がやりやすい気がするんだけど……。
「もちろん広めなくても売れるのですが、今回は迷宮都市側とも話し合って広めることにしました。国にも若返り草を納めますが、国から手に入れられない方達を迷宮都市に呼ぶための目玉にするつもりです」
んー、そこまで偉くはないけど、お金を持っている人を集めたいってこと?
「前は色々なところに売りに出すって言っていませんでしたか?」
「後々はそのつもりですが、まずは普段迷宮都市に来ない資産家の貴婦人達を集めたいのです。迷宮都市は物騒なイメージがあるので、新しいお菓子や料理を発売しても弱いんですよね」
たしかに迷宮都市に貴婦人って似合わないよな。そこで若返り草の薬液をエサにして、新たな客層を獲得するのか。マリーさんのことだから、迷宮都市側にもだいぶ貸しを作ったんだろうな。
こういう政治とかが関わっていそうな案件には近づかない方がいいな。いつもの商売と、ダニエラさんとの約束を話して、さっさと帰ろう。
読んでくださってありがとうございます。