四百二十一話 話し合い?
マーサさんからふられた難題を、別の角度で解決する方法を考えた。上手くいくかどうかは未知数だけど、ジーナの娘パワーでピートさんに忙しい毎日をプレゼントしよう。
というわけで、ジーナとシルフィを連れてジーナの実家にやってきました。午前中はマーサさんの授業を受けて、昼食の時間も終わった、食堂の忙しさも薄れる時間帯。今なら、少しは話す時間をもらえるだろう。ちなみに、ベル達はピートさんと会わせると教育に悪そうだからお留守番だ。シバはジーナと一緒だけど……。
「ジーナ。今朝言ったことは覚えてる?」
「ああ、師匠のお願いを親父が断ろうとしたら、あたしも一緒にお願いすればいいんだよな?」
「うん。まあ、そんな感じ。……動きがぎこちないけど大丈夫?」
「いろんなところが痛いけど、動けないこともないから大丈夫だ」
昨日のリーさんの特訓が相当きつかったらしい。ジーナは普段から運動しているし、レベルも上がっているのに筋肉痛って、どれだけハードな訓練だったんだろう? ……ん?
「ジーナ。前から訓練を受けていたマルコとキッカはともかく、サラも初めての訓練だったよね? なんでサラは筋肉痛になっていないの?」
昼食を取った後に別れたけど、元気いっぱいだったはずだ。十代前半と十代後半ってそんなに回復力が違うんだったか?
「訓練内容が違ったんだ。あたしは体が出来上がっているから、少しくらい無茶をしても大丈夫だって言ってた」
なるほど、マルコとキッカの訓練でも厳しいって思っていたが、まだまだ上があったってことか。
「訓練がきつすぎるようなら、俺の方からペースを落とすようにリーさんに言おうか?」
「いや、大丈夫だ。サラ達の前で情けない姿は見せられないからな」
ジーナがスポ根みたいなことを言っている。元々、熱いところがある性格だから、体術の訓練も性に合っているのかもしれない。脳筋にはならないでほしい。……さて、打ち合わせも終わったし、食堂に入るか。
***
「ジーナ。靴屋のタルス君を覚えているか?」
「ん? ああ、小さい頃はよく遊んだな。それがどうかしたのか?」
「うん。この前、彼と久しぶりに会ったんだが、立派な好青年になっていてね。父親に弟子入りして、店の跡を継ぐべく毎日が修行だと言っていたよ」
……反発されるだろうとは思っていたが、ガン無視は予想外だった。しかもこれ、娘の嫁入り先を斡旋しようとしているな。
「へー。頑張ってるんだな。それはいいんだけど、今日は師匠が話があってきたんだ。あたしにばかり話しかけないで、師匠の話を聞けよ」
「まあ聞きなさい! ジーナも知ってのとおり、彼の店は老舗だ。商売も堅実だし、確かな資産もある!」
ピートさんがジーナの言葉を無視して話を続ける。もう100パーセントお見合いの話だな。ジーナを結婚させて自分のそばに置いておきたいんだろう。
「なんで親父がタルスのことを熱く語ってんだよ。気もち悪いぞ」
ジーナはここまで言われても、ピンときていない様子だ。心から恋愛って感情が欠落しているんじゃないか? あと、気持ち悪いって言われて、ピートさんが心臓を抑えているから、もう少し優しくしてあげて。
「……か、彼はね、そろそろ結婚したいと考えていて、昔からジーナのことを好ましく思っていたそうなんだよ。いい話だと思うんだけど、彼と会ってみないか? いや、結婚したらどうだ? お父さんももう歳だし、ジーナがそばにいてくれると嬉しいな」
迂遠な言葉が通じないので、直球で勝負にきた。幼馴染との結婚話、恋愛物の中ではかなり王道のパターンだな。……あれ? もしかして、弟子を失うピンチですか?
のんびり話を聞いている場合じゃないよ。ギャルゲーでもなんでも、幼馴染は最強のフラグなんだぞ。
「あのー」
「君は黙っていたまえ! これは家族の問題だ!」
クッ、話に割り込もうとしたら、シャットアウトされた。いきなり食堂に訪ねてきたのに、結婚相手を用意しているし、かなり準備をしていたようだ。俺は火に飛び込む愚かな虫だったということなのか?
「はぁ、何言ってんだよ親父。結婚なら兄貴が先だろ。それに、タルスはあたしみたいなブスでガサツな女は嫌いだって言ってたぞ。うーん、親父じゃ話にならないし、兄貴がいないのは助かるけど、おふくろにはいてほしかったな」
「何! あいつ、ジーナにそんなこと言ったのか!」
ピートさんがタルス君とやらにブチ切れている。さっきまで好青年だと褒めていたのに、あいつとか言ったら駄目だろう。ついでにシバも許せないって感じでワフワフ吠え出しちゃったよ。あっ、シルフィ。シバを抑えてくれてありがとう。
「ああ、たしか3年くらい前だったな? いきなり言われて、結構ショックだったな」
あぁ、ジーナが恋愛とかそういった方面に疎いのは、タルス君の心無い言葉が影響しているのかもな。仲がいい幼馴染にそんなことを言われたら、ショックだろう。
俺の勝手な想像だけど、タルス君が嫌いだって言ったのは、思春期特有の素直になれない男心ってやつだと思う。ジーナはとっても美人だし、態度はガサツだけどとっても優しい子だ。よっぽどの悪趣味じゃないかぎり、嫌いにはならないだろう。
ピートさんは怒り心頭状態で気が付いていないみたいだけど、同じ男として、そこら辺のデリケートな男心を教えてあげるべきなんだろうか?
……無いな。同じ男として、思春期のどうにもならない失敗には同情するが、だからと言って、応援して弟子を奪われるのはゴメンだ。
ジーナがタルス君のことが大好きで結婚したいと言うのなら、涙を呑んで応援するけど、もう、振り切っている様子だから大丈夫だよね。それに、ピートさんから家族の問題だから黙ってろって言われたし、しょうがないんだ。家族の問題に口は出せないからね。
でも、あとでマーサさんに、このことは伝えておこう。ジーナはブスじゃなくて、とっても美人さんだって教えてくれるはずだ。
「あっ、親父、師匠が話があるって言ってるだろ。どこに行くんだよ!」
「……話は後だ。ちょっと行って、あの野郎の息の根を止めてくる」
おおう、急に静かになったと思っていたら、ピートさんが覚悟を決めた男の顔になっているよ。荒ぶるんじゃなくて、静かに発する言葉が本気度を表しているな。
「親父、包丁を持つなよ。師匠! 興味深そうに見ていないで、師匠も止めてくれよ」
おっといけない。なんか任侠映画を見ている気分でワクワクしてしまった。さすがに弟子の父親を犯罪者にするのは気まずいから駄目だ。
(先生、お願いします)
「なんで先生呼びなの?」
様式美です。
「まあいいわ。気絶させていいのよね?」
うーん、身動きを封じても、あきらめないだろうし、気絶させるのが手っ取り早いか。一度意識を失えば落ち着くだろう。
(うん、怪我をしないようにお願い)
シルフィが右手を振ると、ピートさんが意識を失って床に倒れこんだ。風をまとわせていたのか、音もたてずに倒れこんだから、怪我一つないだろう。
「師匠。シルフィさん。ありがとう」
ジーナが倒れこんだピートさんから包丁を奪い、俺とシルフィにお礼を言ってくる。しっかりシルフィも含めてお礼をいってきたから、何が起こったのかは理解しているんだろう。
「いいよ。それよりも、床に寝かせておくのは可哀そうだし、移動させようか。どこに運べばいいかな?」
「いや、起きたらまたうるさいし、反省させるからここでいいよ。ちょっと待っててくれ」
ジーナが魔法の鞄からロープを取り出し、ピートさんの両手両足を手早く縛る。床で寝かせておくだけじゃなく、動けないように拘束するのか。ジーナってピートさんに対して、容赦ないよな。
俺としてはピートさんの気持ちも理解できるんだけど、あれだけ濃密な愛情を向けられるジーナとしては、厳しく対応しないと身が保たないんだろう。なんか切ない。
「師匠。迷惑かけてごめん」
「構わないよ」
理由は思っていたのと違ったけど、ピートさんが暴走するのは想定済みだ。ジーナがお茶を淹れなおしてくれるそうなので、休憩しながらピートさんが起きるのを待つか。
「強盗!」
「あっ、おふくろ。強盗じゃないぞ。親父がタルスを殺しに行くって暴走したから、おとなしくさせただけだ」
ピートさんが起きる前に、ダニエラさんが帰ってきたようだ。たしかに帰ってきたら夫が縛られて床に転がされていたら、強盗を疑うよね。
ジーナがダニエラさんに状況を説明している。タルス君が昔、言ったことについてはダニエラさんも驚いているようだ。
「師匠。おふくろが話を聞くそうだから、説明を頼む」
「ん? ピートさんを起こさなくていいの?」
「ああ、おふくろが問題ないなら、親父はなんとでもなるよ」
この世界って本当に中世ヨーロッパ的な世界観なんだろうか? 古い時代は男の権力が強かったはずなのに、ピートさんには現代日本の父親の悲哀を感じてしまう。
まあ、話が通じるダニエラさんと交渉できるなら、悲哀だろうが哀愁だろうがどうでもいいけどね。こうなったらピートさんが起きる前に、ちゃっちゃと説明してしまおう。
***
「なるほど。なかなか面白そうな話だね」
前回、ダニエラさんに会った時に、好奇心が強そうな人だなって思ったけど、その印象は間違っていなかったらしい。なかなか好感触のようだ。
「そう言っていただけると助かります。では、手伝っていただけますか?」
「そうだね。十分な量の食材を提供してくれるなら構わないよ。あたしも、スラムでうらぶれている大人共はともかく、子供は可哀そうに思うし、炊き出しの仕込みは食堂の仕込みと合わせれば問題ないね。食堂の利益にもなるから、ありがたいくらいだ」
ほとんど交渉もなく、あっさりと決まった。ピートさんが気絶しているのと、ジーナのお兄さんがいないのが勝因だな。
「食材、調味料、燃料以外でも、必要な物はありませんか?」
「毎日炊き出しをするなら、それ用の調理器具や食器が必要だね。そこも援助してくれるのかい?」
なるほど、たしかに食器や調理器具も必要だよな。俺が買ってきてもいいけど、調理器具とかは好みがあるだろうから、ピートさん達に選んでもらった方がいいだろうな。
マリーさんに話を通して、ポルリウス商会でまとめて購入してもらうようにしよう。あとは、休みを含めて色々と条件を煮詰めよう。あれ? そういえば定休日とかこの世界で聞いたことがないけど、どうなんだ?
定休日はないらしい。世界がブラックとか、チートがなかったら心がくじけていた気がする。まあ、その分、ジーナが解放されるからいいか。あとはマリーさんに話を通すだけだし、ピートさんが起きる前に帰ろう。
「あっ、ちょっと」
お暇を告げて店を出ようとしたら、ダニエラさんに呼び止められて、食堂の陰に引きずり込まれた。なんだ?
読んでくださってありがとうございます。