四百二十話 作戦
バロッタさんのお小言は無難に切り抜けられたが、マーサさんに頼みごとをしたら難しい課題を与えられてしまった。まあ、ジーナは俺の弟子なんだから、俺が動くのが当然ではある。できれば関わりたくなかったけど、頑張ることにしよう。
「シルフィ、おはよう。土の中級精霊は帰ったの?」
目が覚めるとシルフィが1人でワインを飲んでいた。
「裕太、おはよう。あの子はギリギリまで飲んでいたんだけど、バロッタが早めに迷宮都市をでるから、もう帰ったわ。裕太にとっても感謝していたわよ」
バロッタさんはもう帰ったのか。王宮勤めは忙しそうなのに、結構長いこと俺を待っていたらしいから、仕事が溜まっているんだろうな。
「まあ、楽しんでくれたのなら良かったよ」
寝る前にツマミの料理をたっぷり出したのに、ほぼ無くなっているし、大いに食べて飲んだんだろう。俺が起きたってことはベル達やフクちゃん達が朝ごはんを食べにくるはずだから、まずは部屋を片付けるか。
***
「ん? 師匠、なんで今回もあたし達は迷宮に入らないんだ? 精霊術師の訓練は?」
朝食の席で今回の迷宮都市での予定を伝えると、ジーナがビックリした表情で質問してきた。まあ、迷宮都市に来る前は、今回は迷宮に入るって伝えていたからしょうがないか。
「迷宮は次回からにして、午前中にマーサさんから女性としての心構えを教えてもらうようにしたんだ。ジーナ、サラ、キッカは午前中はここで勉強して、午後からリーさんの訓練に参加するように。トルクさんから料理を習いたかったら、前のように早起きして手伝うといい」
精霊術師としての訓練を後回しにするのは悲しいけど、精霊術師としての成長以前に、人間として、女性として成長してもらわないと困る。それに、俺も色々と忙しくなってしまったのに、迷宮に入ったジーナ達の心配までしていたらストレスがマックスになってしまう。
「師匠、おれは?」
「マルコは1日中、リーさんと訓練だね。体を壊さないようにヴィータに定期的に確認してもらうつもりだけど、きつくなったら俺に言うようにね」
「わかった!」
俺なら1日中スパルタ訓練とか、全力で拒否するんだけど、マルコはやる気満々だな。若さって素晴らしい。
「師匠。女性としての心構えって?」
ジーナが、なんでそんなことを学ぶんだ?って顔で俺を見ている。それすら解っていないから学ぶんだよ。でも、サラやキッカの前でハッキリ言っちゃうと、ジーナのプライドがズタボロになっちゃうから難しい。
「うん、サラとキッカはまだ小さいから、マーサさんから女性としての心構えを学んでほしいんだ。ジーナはサラとキッカを導く立場だし、マーサさんが教えているのを参考にして、今後に生かしてほしい」
「ああ、たしかにサラやキッカはまだ子供だよな。分かった。あたしも頑張るよ」
メインで教育してほしいのは、サラにすら性知識が負けている君なんだけどね。素直なのは嬉しいけど、少しは女性特有の駆け引きを覚えてくれないと心配だよ。
「よろしくね。じゃあ、朝食が終わったらジーナ達はマーサさんのお手伝いをしてお勉強。マルコは、俺と一緒に冒険者ギルドだね」
その後は、マーサさんからの課題を解決する方法を考えるんだ。あっ、それとジルさんのところに行って、窓枠とか家の部品を届けておこう。マリーさんのところは……若返り草の影響で面倒を頼まれそうだし、こっちが落ち着いてから顔を出そう。
***
「ゆーた。こんどこっちー」
冒険者ギルドでリーさんを呼んでもらうと、5分も経たずに現れたので、訓練のスケジュールを相談した。その後、ジルさんに部品を届け終わり、宿に戻ってまったりと対策を練るはずだったのに、なぜかベル達に連れられて迷宮都市で屋台巡りをしている。
おかしいな。昨日、ベル達は新しい屋台が発見できなくてションボリしていたよね? なら、今めぐっている屋台は最低でも2度目……お気に入りの屋台料理を買い増しする気なのか?
「ゆーた。はやくー」
いかん、ベルが待ちきれなくてワチャワチャしている。とりあえず、考える暇はなさそうだし、まずはベル達が満足するまで付き合うか。ん? 忙しくて考える暇がない? おっ、これって使えるんじゃないか?
「裕太、早く行かないとベル達がスネるわよ?」
おっと、こんなところでベル達のご機嫌を損ねる訳にはいかない。いいアイデアをもらっちゃったし、今はベル達に全力投球だ。なんか、休日のお父さんみたいになっている気がする。
***
「それで裕太、何か考え付いたみたいだけど、ジーナの父親と兄の対策はみつかったの?」
「うん。上手くいけばなんとかなると思う」
「あら、凄いじゃない。どうするのか聞かせてちょうだい」
なんか、シルフィに期待の目で見られるのって久しぶりな気がする。これは気合を入れて説明せねば。
「……裕太。それって根本的な解決にはなってないんじゃないの?」
「うん。根本的な解決は最初からあきらめてる」
「えーっと、それでいいの?」
シルフィが小首をかしげながら聞いてくる。
「それでいいのも何も、あの環境でジーナをあれだけ無知なまま成長させた父親だよ。そんな化け物相手にまともな説得は無理だよ。シルフィは俺が何か手を打ったくらいで、あの父親が改心すると思う?」
ジーナの実家はスラムに近い場所で食堂をやっている。その客層は貧乏な初級冒険者や、少し余裕ができたスラムの住人。偏見かもしれないけど、下品なやからが多い場所だと思う。
そんな中で、男っぽいにしても、あれだけ性的に無知に育てられるとか、どうやればいいのかすら分からない。しかも、その育てた父親と同レベルらしき兄もいるんだから、無理ゲーだよね。
「……それくらいでは改心は無理ね」
シルフィも同意見でよかった。ちゃんと改心させなさいとか言われたら、逃げだすところだ。
「だから時間稼ぎをするんだ。あの親子がジーナに関わる暇がないくらいに忙しくなれば、結果的にジーナに関わることが少なくなる。その間にジーナが成長すれば、あの親子にも対抗できるよ」
どんなに忙しくなったとしても関わることはやめないだろうから、会いに来る回数を減らす作戦だな。無理して100点の結果を求めるんじゃなくて、70点を狙う堅実な作戦だ。
「うーん。言いたいことは分かるんだけど、なんだか情けないわね」
「ほっといて。俺は異世界に来ちゃったけど、残念ながらなんでも解決できる主人公的な頭脳はもらえなかったんだ。なら、情けなかろうと、できることを頑張るのさ」
ヤバい、今の俺、ちょっとカッコよかったんじゃない?
「もっともらしいことを言っているけど、結局、万全な解決方法が思いつかないから、時間稼ぎをしてお茶を濁すってことよね?」
「……シルフィ。分かっていても口に出さない優しさって、大切なんだよ?」
「ふふ。裕太は私の契約者なんだから、もっと頑張りなさい」
「了解です」
シルフィが厳しい。でもまあ、期待されているんだから、コツコツと頑張っていこう。
「それで、食堂を忙しくするって言っていたけど、具体的にどうするの?」
「うん。スラムに対する食糧援助が無難だと思う。サラ達が犯罪に走らなくてもギリギリ生きていけていたけど、それでもガリガリに痩せていたから、そういう人達を減らしたいって題目でお願いするつもり」
「見返りはどうするの? タダで苦労しろって言っても納得しないでしょ?」
シルフィ、そんなに心配そうな顔をしなくても、ちゃんと考えているよ。
「食材や調味料、燃料なんかを定期的に援助するつもり。渡した食材等の半分で子供達に炊き出しをしてもらって、残りは自由に使ってもらうようにすれば、納得してくれると思う。それに、ジーナにあれだけ構うんだし、スラムの子供達に情が移れば、ジーナに対する過保護さが薄れることも期待してる」
食材に余裕ができて、少し食堂の料理の値段を下げてもらえれば、更に食堂も繁盛して忙しくなるかもしれない。急遽思いついたにしては、なかなかの上策なんじゃなかろうか?
「食材を卸すのも手間だし、裕太だけが損をすることになるわよ?」
「手間は、マリーさんに任せるから大丈夫。投資に回しているお金で、援助物資の用意と運搬をお願いすればいいようにしてくれるよ。損をするのは、まあ、俺が損をすることで子供達が少しでも幸せになれるのなら、俺にとっても十分な見返りだよ」
「……本当のところはどうなの?」
俺が言ったことをまったく信じていない顔だな。
「正直、お金は沢山あるし、少しくらい損をしても、ピートさんとあんまり関わらなくて済むなら、お釣りがくるくらいだと思ってる」
成金みたいな考え方ですみません。でも、この作戦が成功すれば、ピートさんが忙しくなってジーナは過保護から少し解放されるし、ピートさんは忙しくなるけど儲けもでる。マリーさんも品物が売れると利益が出るし、俺は面倒なことから手間なく解放される。
マーサさんが思っているのとは違う方向だろうけど、みんなが幸せならそれでいいんじゃないだろうか?
「うーん。上手くいかないとは言わないけど、ジーナの父親……ピートがやる気にならないと無理な作戦よね。ピートは裕太のことを嫌っているのに、お願いを聞いてくれるの?」
そこが問題です。俺だけで話しにいったら、門前払いか、ジーナを解放しろって逆に説得される気がする。
「ジーナと一緒に行けば、ピートさんもジーナにいいところを見せたいから、高確率で納得してくれると思うよ」
父親は娘の前ではカッコつけたがるものだって、どこかで聞いたことがある。ジーナも炊き出しのことを話せば、疑わずに協力してくれるだろう。ジーナの成長を願ってはいるが、今は素直なジーナがありがたいな。
もうそろそろ夕食の時間だし、ジーナ達も帰ってくるはずだ。夕食の後に話をして……あー、ジーナとサラは訓練初日だし、話をする余裕がない気がする。余裕がなさそうなら、明日の朝に話そう。
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