四百十九話 難題
ベル達と王都での屋台巡りを約束したあと、帰ってきたジーナ達と夕食をとり、少しまったりしてマーサさんが来るのを待つ。バロッタさんの話はお小言で済んだし、マーサさんにするお願いも順調にいってほしい。おっ、マーサさんが来たみたいだ。
「遅くなって悪かったね」
「いえいえ、相変わらず凄い人気ですね」
改築中であっても沢山のお客さんが食堂に来ていて、かなり忙しそうだった。でも、ウエイトレスが加入して、忙しいながらもマーサさんとカルク君には余裕があるように見えた。厨房に料理人も入ったみたいだし、トルクさんにも余裕ができたんだろうな。
「まあ、裕太のおかげで料理に牛乳が使えるのが大きいね。迷宮都市としてはお菓子に重点を置いているから、こっちに客が来るんだよ」
お菓子の方が単価が高いらしいから、迷宮都市側の気持ちも分かる。トルクさんの料理の腕はたしかだし、ほぼ独占で牛乳を使った料理が出せるから人気も凄いんだな。
「牛乳の方はどうなっているんですか?」
「ああ、ベティに聞いたんだけど、牧場を作るために料理ギルドと商業ギルドが共同で走り回っているらしいよ。王都の貴族達も新しい甘味に興味津々だから、大忙しだって言ってたね」
牧場は魔物から家畜を守らないと駄目だから、かなり大変な事業なんだけど、まあ、商売の専門家が走り回っているんだ。いずれは乳製品が出回るようになるだろう。屋台にも乳製品の料理が出てくればベル達が喜ぶんだけど、まだまだ時間が掛かるだろうな。
「そうなんですか。ベティさんも大変ですね」
「あはは、まああの子は大変なくらいがちょうどいいのさ。時間ができるとすぐに食べ過ぎるからね」
「はは、そうなんですか」
そういえば、ベティさんって結構ムッチリした雰囲気だったな。あのくらいだと結構肉感的で魅力的だけど、もう少しお肉が増えると好みが分かれることになりそうだ。そして、この話題を続けるのはなんだか危険な気がする。マーサさんも結構立派な体格だもんね。
「それで、あたしに頼みってなんだい?」
おっ、都合よくマーサさんの方から話を変えてくれた。
「実は……」
一生懸命にマーサさんに説明した。ジーナの性に対する知識がサラ以下であったこと、女性としての意識がほとんどなく、悪い男にコロッと騙されそうで怖いこと。このままではサラはともかくキッカの将来が心配なことを、言い辛いこともあったので遠回しだが切々と訴えた。
「なるほど。年頃の娘にしては身だしなみが適当だし、うちの男性客が手伝ってくれているジーナにちょっかいを掛けていた時も、適当に躱していたから興味は薄いんだと思っていたんだけど、親が過保護なせいで元々の知識がなかったんだね」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「えーっと、ジーナにちょっかいを出した奴がいるんですか?」
場合によっては、開拓ツールが火を噴くよ?
「あんた、怖い顔をして何を言ってんだい? ここは冒険者向けの宿屋で、冒険者も泊るんだよ。荒くれ者がジーナみたいな器量良しを見かけて、ちょっかいを出さない訳ないじゃないか。ジーナの師匠であるあんたまで過保護にしていたら、あの子が成長できないよ」
「うっ、でも、ジーナもまだ子供ですし……」
「もう結婚できる年齢だよ。いつまで子ども扱いしているんだい! あんたもジーナの父親とおんなじになるつもりなのかい?」
……ぐうの音もでないです。色々と思うところはあるけど、あの父親と同じは嫌過ぎる。
「……すみません。落ち着きました」
「ったく。これだから男は駄目なんだよ。まあいい。それで、頼みってのはジーナにそこら辺の一般常識を教えるってことでいいのかい?」
「……ジーナもそうですが、サラの知識も偏っていますし、キッカも何も知りませんので、お願いできればと思います」
本当はマルコにも一般常識を教えてほしかったんだけど、この状況でマルコのことまでお願いしたら確実に怒られる。マルコに関しては、俺の方で頑張るしかないな。
……うーん、日本での一般常識なら教えられるんだけど、この世界ではワガママいっぱいで、精霊達に甘やかされて生活していたから、少し自信がない。さすがに人間の一般常識を精霊に頼む訳にもいかないし、リーさんにも協力してもらおう。ついでに俺も一緒にお勉強だな。
「……まあ、親が居ないんだから、そこらへんは難しいだろうね。あたしもサラとキッカはスラムの頃から知っているんだ。一肌脱ごうじゃないか」
「ありがとうございます」
よし、これでジーナ達は大丈夫だろう。マーサさんの信頼性って凄いよね。
「ああ、裕太。あんたにも仕事があるよ。ジーナが手伝いに来ている時に、毎日ジーナの父親と兄貴が食堂に来ていたんだ。そっちはあたしの領分じゃないから、あんたがなんとかしな。しっかり娘離れ、妹離れさせるんだよ!」
へー。毎日ジーナに会いに来ていたのか。相変わらず凄まじい愛情だな。今日、ジーナが実家に帰るのを嫌な予感がするって避けたのは、これが関係していたのかな?
「えっ?」
なんか物凄い難題を振られたんだけど? あっ、マーサさん。しれっと帰ろうとしないで。そうだ、報酬の話も終わってないから戻ってきて!
***
報酬はなんとか受け取ってくれることになった。ジーナ達に宿を手伝ってもらうからいらないって言われたけど、それだけじゃあ駄目だから、なんとかリーさんの報酬と同じくらいに受け取ってくれるように説得した。でも、親離れの件は逃げられなかったよ。
「どうするの?」
シルフィが微妙に困った感じで聞いてくる。
「どうするって言われても……」
どうしたらいいんだろう? あの娘に狂った父親を娘離れさせるってどんな罰ゲームですか? しかもジーナのお兄さんまで?
しかもマーサさんが、ジーナのお母さんに相談したらしいんだけど、手が付けられないみたいだし。うーん、ジーナに近づくと警報が鳴るシステムとかないのかな?
さすがに冒険者ギルドに依頼を出すのは、外聞的にも不味いだろう。マーサさんがジーナに、俺に相談するように言ったらしいけど、それも俺に迷惑がかかるって嫌がったらしいから、大事にはできない。
「遠くに捨ててくる?」
「ガッリ親子じゃないんだから、それはできないよ」
弟子の父親と兄をポイ捨てとか、どんな鬼畜なんだよ。
「裕太。もうそろそろ、バロッタの契約精霊が来るわ」
「そっか。じゃあ準備するよ。お酒も出した方がいいかな?」
結構長いことシルフィと考えたけど、妙案は出なかったし気分転換にちょうどいいかもな。
「そうね。飲む機会があんまりないでしょうし、出してあげたら喜ぶと思うわ。1人で飲むのも寂しいでしょうし、私達も付き合ってあげた方がいいわね」
……さすがシルフィ。俺と契約して、飲む機会が沢山あるのに、飲むチャンスは逃さないな。まあ、1人だけ飲むのは気まずいだろうし、俺も軽く付き合うか。
「裕太。来たわよ」
シルフィの声と同時に、スッと土の中級精霊が部屋に入ってきた。
「シルフィ、お言葉に甘えてきちゃったわ。裕太さん、今日はお招きありがとう」
ペコリと可愛らしく一礼する土の中級精霊。シルフィやディーネと話している時は、天真爛漫でお話し好きの女の子って感じだったけど、今回はお招きってことで上品にふるまっているのかな? だいぶ年上なんだろうけど、おしゃまな感じで微笑ましい。
「どういたしまして。気軽なお食事会だから、リラックスして楽しんでね」
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ。ふふ。堅物のバロッタが気に入った料理、楽しみだわ」
「バロッタさん。そんなに料理が気に入っているの?」
「ええ、食事時が近づくとソワソワするくらい気に入っているわね。あなたが教えたレシピなんでしょ?」
ソワソワするバロッタさん……想像できないな。
「まあ、なんとなくの作り方を教えただけだけどね。ああ、料理なんだけど、1品をガッツリ食べるか、1品を少なくして種類を食べるか、どっちがいい? あっ、量を食べる自信があるなら、好きな料理を好きなだけ出すよ?」
見た感じはあんまり食べそうにないけど、土の精霊王のアース様みたいに大食いの可能性もある。
「そうね。量を少なくして、種類を多く食べたいわ」
大食いタイプではなかったようだ。なら1品料理を沢山だしてつまむ感じでいいか。魔法の鞄からトルクさんが作った料理と……食べ比べるのもたのしいだろうし、ルビーが作った料理も出しておこう。
「お酒は何がいい?」
「お酒も出してくれるのね! なら、赤ワインが飲みたいわ」
超絶嬉しそうな土の中級精霊。御多分に漏れず、この子もお酒が好きなようだ。とりあえず1樽出して様子見だな。
「まずはこれかしら。バロッタのお気に入りなのよね」
お食事会を開始して、土の中級精霊が最初に手を付けたのはカルボナーラだった。
「うわー。牛乳を使うと、ソースがこんなに濃厚になるのね」
卵やチーズを使っているから濃厚になっているんだけど、まあいいか。俺のなかでは牛乳を使った料理ってだいたいが濃厚だもん。
「ふふ。バロッタが気に入るのも分かるわね。こっちはどんな料理なのかしら?」
次は揚げ物か。オークカツは重いけど大丈夫か?
「あら、ザクザクした歯ごたえに脂身の甘さと、肉汁が合わさって素敵ね。ガツンときてワインが進むわ」
問題ないみたいだな。食べ方がおっさんみたいだけど……。
「でね、バロッタっていつも仕事を押し付けられて損をしているのよ。要領が悪いのね」
一通りの料理を食べ終わると、お酒を飲みながら共通の人物の話題で、シルフィと土の中級精霊が盛り上がりだした。そして、共通の人物は俺とバロッタさんだから、居心地がすこぶる悪くなってしまう。
バロッタさんの堅物話は問題ないんだけど、目の前で俺の話をするのは勘弁してほしいな。せめて、俺の失敗談とかを笑い話にしてくれたらツッコめるんだけど、シルフィが褒めに褒めてくれるから、どう反応していいのか分からない。
たぶん、自分の契約者を自慢しあっているんだと思うけど、シルフィ、いたたまれなくなるから話を盛らないでください。……もう耐えられないし退散しよう。寝てしまえば話は聞こえない。
「ふー。ちょっと飲みすぎちゃったみたいだ。お酒とツマミは追加で出しておくから、先に休ませてもらうね」
「あら、それなら私もそろそろお暇するわ」
「いや、気を使わないでいいよ。久しぶりのお酒と料理なんだし、しっかり楽しんでくれると嬉しい。シルフィ、後はお願いね」
俺の影響でバロッタさんも苦労しているようだし、一緒に苦労したであろう土の中級精霊くらいにはお詫びをしておきたい。隣で少しばかり恥ずかしい話をしていようとも、ジーナの父親対策を考えていれば、すぐに眠れるだろうから問題ないはずだ。
読んでくださってありがとうございます。