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四百十八話 バロッタさんのお話

 酒島で酒場のオープンに立ち会った後、迷宮都市にやってくると、豪腕トルクの宿屋は改築が始まっていて、バロッタさんが王様の使者として宿に滞在していた。自分が王都でやったことを考えると、怒られそうで会いたくない。


 とは言っても会わない訳にはいかないんだよね。マーサさんに話を通してもらったらこっちの部屋に来ることになったんだけど、王様の使者ってどう出迎えたらいいんだろう? バロッタさんは顔見知りだから普通にしていていいのかな?


 あっ、お茶くらい出した方がいいか? コーヒーは認知されてないから紅茶と……お茶菓子も必要か?


「裕太。来るわよ」


 もうそんな時間ですか。お茶菓子を選んでいる時間はなさそうだし、紅茶だけで我慢してもらおう。サクッと魔法の鞄から紅茶セットを取りだしテーブルに並べると、部屋がノックされた。さて、出迎えるか。


「裕太殿、お久しぶりです」


「バロッタさん、お久しぶりです。どうぞお入りください」


生真面目っぽさは相変わらずだけど、少し血色がよくなった?


「えーっと、王様の使者だそうですが、どうしたらいいですか? 膝をついたりしたほうが?」


 できれば男に跪くのは遠慮したいんだけど……。


「いえっ、陛下からの勅命ではありますが、格式ばったものではありませんので気になさらないでください」


 なんだか少し慌てて否定された。どうやらそんなに深刻な話ではないようだ。お説教じゃないのかもしれない。とりあえずお茶をしながら話を聞こう。


「久しぶりね。今回はどうしたの?」


「どうしたのって、分かっているでしょ? バロッタが王に面倒を押し付けられたのよ。人間って大変よね」


「大変なのが面白いから一緒に居るんでしょ?」


「ふふ、バロッタの家系って生真面目なんだけど運が悪くて、なんだか放っておけないのよね。今回もあなたの契約者にお小言を言わなきゃいけないって、ずいぶん悩んでいたわ」


 ……シルフィと土の中級精霊の会話で大体のことは分かった。俺はお小言を言われるらしい。あと、バロッタさんも貧乏くじを引いたんだな。


「さて、陛下から裕太殿に言伝なのですが……」


 バロッタさんが生真面目な表情で話し始めたけど、その隣であなたの契約精霊が楽しそうに内情を話しちゃっています。言伝じゃなくてお小言なんですよね? できるだけ穏便に済まそうとするバロッタさんの心情が丸わかりで、なんだか申し訳なくなってくる。


 ん? もしかして、土の精霊が内情を暴露しているのって、バロッタさんに対するサポートなのか? 間接的にバロッタさんの心情を伝える事で、俺の気分を害さないようにしているのかもしれない。さすが、代々バロッタさんの家系と共に過ごした契約精霊。人間の機微に通じているな。


「それでね。バロッタたら、プレッシャーでげんなりしていたのに、この宿の料理が口にあったのか、食べる時だけ幸せそうにしているの。でも、部屋に戻って少し経ったら、どうお小言を言えばいいのか悩んでいるのよ。実際のところ、悩んでいる自分が好きなんじゃないかって疑っちゃうわね」


 あれ? 勘違いか? それにバロッタさんも迷宮都市での休暇を微妙に楽しんでいた感じ?


「甘いわね。実はこの宿の料理って裕太が教えたのよ。要するに異世界の味ってことね。王都でもなかなか食べられない味だから、あなたの契約者が幸せそうにするのも無理はないわ」


「えっ、そんなに美味しいの?」


「あなた、楽園の話は聞いてないの? 今、精霊の中でも食事は流行っているのよ?」


「聞いてはいるけど、私はバロッタから離れられないし……」


 もはや井戸端会議の様相を呈しているな。なんだか勘違いだったっぽい。


「……ですから、国としては裕太殿には派手なことをせずに、陛下との繋がりを利用して頂きたかった訳です。あの短剣があればそれが可能だった訳ですからね。裕太殿は陛下に話を通そうと思いませんでしたか?」


 おっと、バロッタさんの話もちゃんと聞かないといけないな。でも、一つたしかめておくことがある。


「バロッタさん。そもそもの話なんですが、王都での騒ぎが俺の仕業ってことに疑問の余地はないんでしょうか?」


 なんの疑問もなく俺の仕業ってことで話しているけど、先にあなたの仕業ですよね? 的な確認をするべきだと思う。あれ? バロッタさんが酷く驚いた顔をしている。


「……裕太殿。騒ぎの後、王城や冒険者ギルドにガッリ侯爵家の者達が届けられました」


「ええ、そうらしいですね」


「ガッリ侯爵家の者達の往生際が悪く少し時間は掛かりましたが、裕太殿にちょっかいを出したこと、その反撃にあったことを話してくれました。まあ、陛下の命令を無視したことになるので、多少手こずったそうですがね」


 あっ、俺、確実に間抜け面を晒している。そしてバロッタさんは、えっ、気がついてなかったの? って顔をしている。とても恥ずかしい。バレる可能性は高いって思っていたけど、ガッリ家の連中の口止めまでは考えていなかったな。


 言い訳をすれば、無理して隠そうとしていなかったからの油断と、ガッリ一族の犯罪があまりにも多くて、げんなりしていたってとこかな? あと、面倒になって最後らへんは思考停止していた気がする。


「コホン……よかった。ちゃんとガッリ一族から話を聞き出せたんですね。彼らはどうなるんですか?」


 苦しいけど話を進めよう。えーっと、バロッタさんの雰囲気だと、ガッリ一族は酷い目に遭っているっぽいな。全然可哀相には思えないけど。


「大きな影響力を持つ貴族ですから、普通なら厳罰と言っても爵位の降格と隠居。それと財産を罪に応じて没収といったところなのですが、これだけ大騒ぎになってしまいましたから、すべてが終わったあとは、しかるべく対処されるでしょう。おかげで国中大騒ぎですよ」


 まあ色々と暴露しちゃったから、しっかりケジメをつけないと外聞が悪いんだろうな。でも、大騒ぎは俺のせいだって目はやめてほしい。色々とやらかしていたのはガッリ一族で、それを放置していたのはこの国だ。俺は悪くないよ。


「無論、陛下としても命令を無視されてしまい、裕太殿の信頼を損なったことは自覚しています。ただ、裕太殿にお渡しした短剣を上手に使ってほしかったというのも本音だと思います」


 言いたいことは分かった。少しは気を使ってくれってことだよね。そこはちょっと申し訳なく思います。あの時は、自分で派手って言葉に縛られていたものな。


 ***


「ふー。ようやく終わった」


 もうすぐ夕食の時間になっちゃうよ。どれだけうっぷんが溜まっていたんだろう。怒ったり嫌味を言われたりする感じじゃなかったのは助かったけど、冷静に国の窮状を訴えられたり、丁寧に、とても丁寧に短剣の使用方法を説明されたのはまいったな。


「ふふ、大変だったわね」


「うん、大変だったよ。シルフィはずいぶんと楽しそうだったね」


 俺が諭されている横でキャッハうふふと、とても楽しそうで羨ましかった。


「そうね。同じく人と契約している精霊として、色々と共通点があって面白かったわ。それで裕太、一つお願いがあるんだけど、構わないかしら?」


 お願い? お酒が飲みたいのかな?


「お願いってなに? できることなら協力するよ」


「あの子を食事に招待したいのよ。しかも、バロッタが寝たあとだから夜中になるわ」


 そういえばこの宿の食事について話していたな。バロッタさんと契約しているから楽園にくる時間も取れないみたいだし、シルフィとしてもご馳走してあげたくなったんだろう。


「バロッタさんは明日には王都に戻るって言っていたし、今晩ってことだよね?」


「ええ、急だけど、できればお願いしたいわ」


 うーん、食事は魔法の鞄から出せばいいから簡単だよね。ベル達はジーナに預かってもらえば問題はない。俺の睡眠時間が多少削られるくらいは構わないし、シルフィの頼みなら叶えるべきだろう。


「分かった。じゃあ今晩、食事を用意するね。何かメニューのリクエストはあるの?」


「この宿で出されている料理に興味をもっていたから、それを出してくれれば喜ぶと思うわ」


「了解。準備しておくよ」


「ただいまー」「キュー」「じかんぴったり」「クー」「もどったぜ!」「……」


 おっ、ベル達が戻ってきたか。ジーナ達もそろそろ戻ってくるだろうし、先に食べさせておかないとな。


「ゆーた。あのね、やたいなかったー」


 戻ってきたベルがションボリと報告してきた。今までもかなりの屋台を巡ったし、さすがに10日やそこらで新しい屋台は出ていなかったか。


 むむっ、可哀そうなはずなんだけど、ションボリしているベルも可愛らしいな。一生懸命にベルをなぐさめているレインも、とても微笑ましい。


「じゃあ、今回は楽園に戻る前に王都に寄って帰ろうか。王都なら行ったことがない屋台が沢山あるよ」


 もう、お小言ももらったから、王都に顔を出しても問題ないはずだ。まあ、バロッタさんに速攻で会ったら少し気まずいけど……。


「いくー」「キュー」「たのしみ」「クー」「おうとか!」「……」


 さっきまでションボリしていたベルと、ベルを一生懸命になぐさめていたレイン達が、笑顔全開で飛んできた。元気になったのは嬉しいけど、ちょっと簡単すぎて心配になるな。


 まあ、俺としては難しいよりも簡単な方が助かるし、精霊だから食べ物につられて誘拐なんてこともないから安心ではある。……いや、食べ物につられて変な精霊術師と契約……精霊側の方が有利な契約内容だから問題ないか。


 とりあえず、ご機嫌もよくなったし、約束は忘れないようにしよう。いつも癒してもらっている恩返しでもあるし、親が子供との約束を破ったことがグレる切っ掛けになるって聞いたことがある。


 グレたベル達なんて見たく……あれ? 想像してみたらとても可愛いんですけど? いや、それでも駄目だ。ちゃんと約束は守ろう。


「ゆーた。いつかえる?」


 コテンと首を傾げながら聞いてくるベル。今日、迷宮都市に来たばかりだよ。


「はは。いつも通りだから、あと10日くらいは迷宮都市に居るよ。それまで我慢できる?」


「んー、べるがまんできる!」


「そっか。ありがとね」


 もし我慢できないって言われたら、今からでも王都に飛んでいたかもしれない。俺ってベル達やジーナ達が良い子なことで、ずいぶんと救われている気がする。


 よし。しっかりとベル達を褒めそやして撫でくり回して、ご飯を食べさせよう。今夜は御馳走だ。


読んでくださってありがとうございます。

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