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四百十六話 思います。そう思います

 少しだけツッコミどころがあったけど、おおむね許容範囲に収まっていた精霊達の飲み屋でかなり安心した。問題は『BAR・王家のおもてなし。お酒の真髄を添えて……』だな。看板に書いてある店名の時点で嫌な予感がビンビンだ。


 もう帰りたい気分だけど、嫌な予感がするからこそ確認しないといけない。見ないなら見ないで気になって眠れなくなりそうなのが嫌だ。意を決してドアを開けると……。


「いらっしゃいませ裕太様」


 メイド服のシルフィがとても上品な仕草で出迎えてくれた。……様?


「シルフィ、とても綺麗だけど、えーっと……どうしたの?」


「ふふ、ブラックがこうしろって言ったのよ。王宮スタイルらしいわ」


 なんとなく楽しそうなシルフィ。普段と違う行動に好奇心が刺激されているんだろうな。それにしても、王宮スタイルってなんだ?


「そうなんだ。えーっと、困ったことはない?」


 覚悟を決めて店に入ったけど、店内におかしなところは見当たらない。シルフィ、オニキス、シトリンがメイド服なこと以外は。


 オニキスは元々からバーに関わっていたし、シトリンは酒島でも両替が必要だから、その関係でこっちに助っ人に来ているんだろう。


 うーん、ルビー達にも酒島を手伝ってもらっているけど、精霊の村での仕事もあるし、酒島を補助する人員や店について、もう少し深く考えるべきだな。あとでアルバードさんと相談しておこう。


「そうね。バー自体には問題ないと思うけど、店員の数が足りないわね。今は私とオニキス、シトリンが手伝っているけど、それでも数が足りないわ」


「ん? 今でも数が足りないの? ブラックさんも合わせて4人いるよね?」


 他のお店でも、お手伝いがいないと回らなさそうだったけど、そう大きくないお店に4人って、十分なんじゃないのか?


「ブラックの拘りで手間が掛かるのよ」


「拘り?」


 まあ、執事のロールプレイのために王宮に観察に行くくらいだし、拘りがあるのは理解できる。でも、バーでそんなに手間が掛かることがあるのか?


「ええ、結構細かい拘りがあるのよ。今は面白いけど、ずっと続けたら嫌になると思うわ」


「バーにそこまで拘りが必要だと思えないから、ある程度簡略化すればいいんじゃない?」


 日本のバーも高級なところは、様々な拘りや手間が掛かっているだろうけど、ここは異世界なんだし、実験的なお店でもある。手間を省いても問題はないはずだ。


「簡略化した上で大変なのよ。最初はお客1人ごとに専属メイドをつけるって言いだしたんだけど、アルバードが止めたわ。そうしたらお客の人数制限をするって言いだして、それもアルバードが説得して回避したの。今後、追加で店員を派遣するように努力するって話しあって納得させたけど、これ以上の妥協は、ブラックも受け入れないでしょうね」


 アルバードさんの苦労を思うと涙が出そうだ。俺が知らないところでも苦労しているんだな。でも、専属メイドって響きには惹かれるものがある。


「まあ、体験すれば分かるわ。飲んでいくでしょ?」


 んー、まあ、ここが最後だし、ブラックさんの拘りも確認しておきたい。軽く飲んでみるか。


「分かった。じゃあお願いね」


「畏まりました。裕太様、ご案内致します」


 シルフィが急に丁寧になったけど、これもブラックさんの拘りなんだろうな。静々と上品に俺を案内するシルフィ。シルフィが歩いて移動しているのも違和感だけど、急ごしらえでメイドのロールプレイをしているからか、動作にも違和感があるな。メイド喫茶の新人さんっぽい。


 シルフィに案内された席は、ダーク様の隣のカウンター席か……嬉しいけど緊張する。薄暗いバーの中、間接照明で淡く浮かび上がる妖艶なダーク様とか、もう、あれだ。この世のものとは思えない美しさだ。魔性の女ってダーク様みたいな存在を指すのかもしれないな。


「あら、裕太君。こんにちは」


「は、はい。ダーク様、こんにちは」


 なんだろう、今までは普通に話せていたのに、色気にやられてどもってしまった。闇の精霊王の魅力は、暗闇であればあるほど発揮されるのか? 


「裕太様。何をお飲みになられますか?」


 軽くキョドっていると、シルフィが声を掛けてくれた。ナイスタイミングだけど、なんとなくいつもと違う気がする。もしかして、ダーク様の隣に案内したのは、俺があたふたする姿を楽しむためだったりするのか?


 ……いや、さすがにそれは邪推だな。楽しむというよりも気を遣ってダーク様の隣にしてくれた感じだ。何があったかは思い出せないが、先程の出来事のお詫びなのかもしれない。何があったかは思い出せないけどね。


「えーっと、何がお薦め?」


 バーでとりあえず生は違うから、とりあえずエールってのも違うだろう。色々とカクテルの研究をしていたみたいだから、お薦めをお願いするのが正解だな。


「恵みの麦とオレンジの出会い。さわやか青春の風に吹かれて……が当店のお薦めでございます」


 そんなお薦めは聞いたことがありません。青春の風って言われても、青春はだいぶ前に終わっています。


「……じゃあそれで?」


 普通ならツッコムんだけど、なんだか疲れそうなのでツッコまずに注文する。店名から考えると、この店の全てのメニューがこんな感じな気がして怖い。


「畏まりました」


 俺の注文を受けたシルフィが、遠回りをしてカウンターの中に入り、俺の目の前にいるメイド服のオニキスに小声で注文を伝える。


 その場でオニキスに注文を伝えるか、俺がそのままオニキスに頼めばいいと思うんだけど、これもブラックさんの拘りの1つなのか?


 注文を受けたオニキスがグラスに氷を入れ、蒸留酒、オレンジジュースを注いでかき混ぜる。ウォッカと蒸留酒の違いはあるが、『恵みの麦とオレンジの出会い。さわやか青春の風に吹かれて』はスクリュードライバーに似たカクテルのようだ。


 出来上がったカクテルを、シルフィが静々と遠回りをしながら俺のところに運んでくる。


「どうぞ、お召し上がりください」


「あ、ありがとう?」


 なんと言ったらいいのか分からないが、バーとしては確実に間違っているな。店内の内装が普通だったから安心していたけど、内装が間違っているよりも、こっちの微妙に勘違いをしている方が面倒な気がする。


 ***


「裕太様。『BAR・王家のおもてなし。お酒の真髄を添えて……』のサービスはいかがでしたか?」


「0点です」


 自信があるのか、笑顔でバーの評価を聞いてきたブラックさんに、即答で最低点を告げる。


「なっ! ……聞き間違えでしょうか? 裕太様はお酒も沢山召し上がっていましたし、随分と楽しそうにされていましたよね?」


 執事のロールプレイをしているブラックさんの顔が驚愕に染まる。俺としては驚くブラックさんに驚きたい気分だ。


 口頭での説明だったから、細かい違いは当然だと思う。でも、これは細かい違いとかじゃなくて、ブラックさんの趣味を形にしたお店だよね。俺の説明に何をどう付け加えたらこうなるのか、不思議でたまらないよ。


「たしかに楽しかったですよ。美しいダーク様とお話をしながらお酒が飲めて、美人メイドのシルフィやオニキス、可愛らしいシトリンにお世話をされるんだから楽しくない訳ないですよね。それはお酒も進みますよ」


 若干飲み過ぎて思考がふわふわしているけど、そんな状況でもシルフィが手間が多いって言っていたことが実感できた。上げ膳据え膳の過剰なまでのサービス。高いお金を払っても構わないくらい最高に幸せな時間でしたよ。


「では、問題がないのでは?」


 よく分かっていないのか、ブラックさんがキョトンとした顔をしている。うーん、キャバクラとしては100点で、バーとしては0点ってことなんだけど、どう説明すればいいんだ?


 いっそのこと、このキャバクラ状態が正しいって方向で進めるのはどうだろう? 俺的にはバーよりもキャバクラの方が好きだし、酒島が天国に代わる名案でもある。むしろ、サービスの過激さが足りないって感じで難癖をつけるか? メイド服を改造して、スキンシップを増やしてもらうのもいいかもしれない。


「まず、メイド服のスカートが長すぎます。最低でも膝上30グフェッ!」


 無理矢理顔の方向を変えられて変な声がでた。……そして、目の前にはシルフィが冷たい微笑みを浮かべて俺を見ている。


「裕太。私は世界中を見てまわった風の大精霊よ」


「う、うん。知っているけど?」


 いつも頼りにしています。


「ベリル王国の歓楽街なんかも当然知っているわよ。ねえ裕太。それを踏まえての質問なんだけど、何を言おうとしたの? 返答によっては二度とベリル王国には連れて行かないから、真剣に答えなさいね」


 ベリル王国の歓楽街と聞いて、一気に血の気が引く。あれ? なんだか勝手に体が震えてきた。


「シ、シルフィさん。ベリル王国での俺の行動を見たりしていましたか?」


「見てはいないわね。でも、人間の男がしそうなことなんて、当然予想できるわ。裕太が我慢していたことも分かっていたし、人間の男なんてそんなものってことも理解しているから、とやかく言ったりしないわ。でも、酒島にそういうお店を作ろうとするのは、話が別だと思わない?」


 風の大精霊なはずのシルフィから、とんでもない冷気が押し寄せてくる。


「思います。そう思います。なんか自分、調子に乗っていました。すみませんでした!」


 ここでお酒のせいにするのは悪手で、誠心誠意謝るのが吉だ。


「そう。じゃあちゃんとブラックに間違いを説明できるわよね?」


「はい! ちゃんと説明できます!」


「じゃあ、頑張りなさい」


「はい!」


 ふふ、今日は厄日だな。特大の黒歴史は生まれるし、ベリル王国でのことも予想されていた。はは、穴があったら入りたいって言葉はこういう時に使うんだろうな。もしかして、お店に入る前の嫌な予感って、このことだったのか?


 ……とりあえず、真面目に間違いを説明をしよう。ここを立派なバーにして、シルフィの許しを得ないと、契約すら解除されそうで怖いです。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやいや…契約精霊を契約者に無断でこうも好き勝手に出来るのか…精霊王ですらもお伺いを立ててたのにブラックごときが…流石に相棒がメイド服で接待風の接客してたら自分ならキレてその場で連れて…
[良い点] すがすがしく、キャバクラの方へもっていこうとする主人公と、お見通しなシルフィーに笑える所。
[良い点] 非ユーザーの時から楽しく読ませていただいております。 [気になる点] 今回の話で、シルフィが一番嫌いでシルフィの身勝手に不愉快になりました! 主人公の裕太がシルフィの嫌がることを強硬するは…
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