四百十三話 お出迎えしますわよ
書籍版「精霊達の楽園と理想の異世界生活」2巻発売記念の特別更新になります。
特別更新なのに、こんな内容でなんだか申し訳ありません。
今日はめでたいバーと飲み屋のオープン日。楽しい1日になるはずだったのに、何故か俺もコスプレをする流れになってしまった。俺はただ、シルフィを含めた女性陣全員のメイド服姿が見たかっただけなのに……。
「それで裕太。どんな格好をするつもりなの?」
さっきまで不機嫌だったシルフィが、とても楽しそうに質問してきた。機嫌が直ったのは嬉しいけど、なんで俺が追い詰められているんだろう?
「いきなり言われても、どんな格好をすればいいのかすら分からないよ。どんな格好をすればいいの? 派手な鎧?」
だいたい、異世界でのコスプレって意味が分からん。漫画やアニメがある訳でもないし、この世界の物語も迷宮を87層まで突破した英雄くらいしか知らないぞ。
「派手な鎧は普段から装備しているじゃない。それじゃあつまらないわ」
たしかに光竜装備はピカピカだもんね。こうして考えると、コスプレみたいな恰好で迷宮都市を練り歩いていたんだな。Aランクの冒険者だと押し出すために派手にしたんだけど、恥ずかしくなってきた。
「うーん、難しいね」
「裕太もメイド服を着ればいいんじゃない? お揃いよ」
悩んでいると、シルフィが超絶楽しそうに言ってきた。まあ、学園祭とかで男がメイド服を着るパターンもあるけど、あれは集団でやるから救いがあるんだ。
美男美女の精霊達の中で、おっさんに片足を突っ込んでいる俺のメイド姿は単なる毒でしかない。周りは面白いだろうけど、俺の心が死ぬ。期待している感じのシルフィには悪いけど、却下だ。
「メイド服とか持ってないから無理だよ」
簡単に断れる理由があって助かった。
「買いに行く?」
「買いに行っても、精霊王様達が到着するまでに帰ってこられないよ」
「……そうよね。じゃあどうするの?」
ひどく残念そうなシルフィ。時間があったら本気でメイド服を着せられていたかもしれないな。
「うーん、じゃあ商人とかどう?」
「ありきたりね」
「騎士は?」
「ブラックが前にやっていたわ」
「冒険者」
「裕太は冒険者よね?」
難しい。だいたいこの世界って、一応制服らしきものもあるけど、代わり映えがしないんだよね。シルフィ達がメイド服なんだから俺も執事でいい気がするんだけど、執事の服なんて持っていない。
迷宮からでたお宝には派手な服が沢山あったけど、まともっぽい服がほとんどなかった。次にコアに会いに行った時には、一般的な服も出すようにお願いしておこう。
「あっ、貴族とかどう? 幸い、派手な服なら沢山あるし、ゴテゴテに着飾ればなんとかなるよね」
ちょっと恥ずかしいけど、貴族の格好なら派手な服を着るだけだし、ロールプレイをしながらメイド服のシルフィ達にお世話をしてもらえば……悪くないな。むしろ、望むところだ。
「うーん、面白くないわ」
シンプルに却下された。
「じゃあ、どうすれば……」
「裕太。迷宮で手に入れた物を全部出して。それを見ながら考えましょう」
……なんでシルフィはこんなにやる気になっているんだろう? これだったら不機嫌なままの方がマシだった気がする。
***
「ぶはははは。裕太、その格好はなんじゃ。なにがどうなったらそんな事になる!」
「あはは。裕太、おまえ、バカだな!」
「裕太さん……」
「えーっと、うーんと……お姉ちゃんは素敵だと思うわ?」
精霊王様達の出迎えのために酒島に向かい、シルフィプロデュースのコスプレを見せると、契約している大精霊達からこんな言葉を投げかけられた。
ノモスとイフの爆笑は問題ない。こんな格好をしているのに、笑われなかった方が辛い。ドリー、お願いだから言葉を続けて。ディーネ、君はそんなに気が遣える性格じゃないよね? なんで今回に限って、気を遣って頑張って褒めようとしているの?
「……裕太。オニキスには分からなかったけど、君は深い闇を抱えているのかもしれない。幸いダーク様も来るから、本格的に診てもらおう。大丈夫だから……ね?」
ヴィータ、やめて。優しく労わらないで。これ以上の攻撃は致命傷になる。望んでこんな格好をしたわけじゃないからね。
ふふ、今日は酒島の事で忙しいからって、ちびっ子軍団+ジーナを遠ざけておいて正解だったな。こんな格好をちびっ子達に見られていたら、俺は泣いていたかもしれない。
「おい、シルフィ。裕太が死んだ目をしたまま、一言もしゃべらんのじゃが?」
「シルフィちゃん。お姉ちゃんとしては素敵だと思うけど、嫌がることをするのは駄目だと思うわ」
ディーネが真面目に庇ってくれている。鏡は見ていないが、自分の格好が怖い。
「ゆ、裕太も衣装を選んでいる時は笑っていたわ。嫌がる事なんてしてないわよ! ねっ裕太。……裕太?」
シルフィ。それは全てをあきらめた笑いで、決して喜んでいた訳じゃないよ。
「ね、ねえ裕太。黙っていないで返事をしてよ」
ごめんねシルフィ。まだ踏ん切りがつかないんだ。場のノリを考えるなら、バシバシのロールプレイをかますべきなんだろうけど、この格好で本気のロールプレイをかましたら、何か大切なものを失う気がして……。
「えーっと、もうすぐ精霊王様達が来ちゃうわね。私もメイド服に着替えるわ」
なぜかシルフィが俺から目をそらし、焦ったようにメイド服に着替えるといいだした。そうだった。シルフィのメイド服姿を見るためにこんな格好をしたんだったな。
目の前でシルフィの生着替え……何その激熱イベント。……あっ、魔法少女スタイルなんですね。魔力の影響なのか、シルフィが光に包まれていて、なんにも見えない。
「ど、どうかしら?」
光が収まると、ディーネ達と同じメイド服を着たシルフィが目の前に。……着替えている途中がなにも見えなかったのは正直残念だけど、たいそう美しいメイドさんを見られただけで、幸せなのかもしれない。
「裕太、その……ごめんね」
メイド服のシルフィが、上目遣いで謝ってきた。なんで謝るの? って言うか、メイドさんシルフィの謝る姿が素晴らしく魅力的でドキドキする。
「ちょっと、楽しくなって調子に乗っちゃったのよ」
ああ、俺が落ち込んでいるから謝っていたんだな。大丈夫。俺、単純だからもう元気になったよ。シルフィ、ディーネ、ドリー、イフ。4人の美女、美少女がメイド服で並んでいる姿を見れば、大抵のことは飲み込める。
「うふふ。シルフィさん、気にすることはないわ」
「えっ? うふふ? さん? わ? 裕太、壊れちゃった? えーっと、もう大丈夫だから、着替えに戻りましょ。ねっ」
「あら、心配しなくても大丈夫ですわ。心は決まりましたの。私、裕太。この楽園の女王として、立派に精霊王様達をおもてなししてみせますわよ。おほほほほ」
大切なもの失いそう? あはは、そんなのなくしたって生きていけるさ!
裕太の装備
女王のティアラ
オリハルコンの土台に大粒のダイアモンドが中央に輝く、煌びやかな中に繊細さを感じさせる美しいティアラ。
特殊効果
女王の威厳がUP。よこしまな者を近づけない。
女王のネックレス
オリハルコンのチェーンと大粒のダイヤで、女王のティアラと一揃いのネックレス。
特殊効果
女王の威厳がUP。臣下の忠誠心がUP。毒無効。
女王のドレス
神獣の美しい毛を布地にし、煌びやかな宝石で彩られたゴージャスなドレス。見る角度によって色が変わる。
特殊効果
女王の威厳がUP。ドレスの周囲に結界が張られ、身の守りは万全。体力回復。決してシワにならない。
女王のハイヒール
神獣の爪から削り出された美しいハイヒール。
特殊効果
女王の威厳UP。むくみ防止。足の疲労回復。危機的状況での逃走速度UP。
女王のコルセット・女王のインナーは裕太の懇願により未装備。
「ゆ、裕太ちゃんが壊れちゃったわー」
「いや、あれは壊れたんじゃなくて、何かを突き抜けた状態だな」
「イフ。突き抜けたって、突き抜けても大丈夫なんですか?」
「知らねえよ」
「うむ。まあ、あれじゃ。ヴィータもオニキスもおるんじゃし、大丈夫なんじゃないか?」
「少し休ませた方が良いかもしれない。なぜか生命力にあふれてはいるんだけど、正常には見えないよ」
「裕太。裕太。ごめんなさい。謝るから元に戻って」
「あはは、本当に大丈夫だよ。これはロールプレイ。仮装したなら、その役になりきらないと逆に恥ずかしいんだ。大丈夫。もう吹っ切れたから、立派に女王様として君臨してみせるね。おっといけない。立派に女王として君臨してみせますわ。おほほほほ」
そうだ。やってしまったのなら、ビクビクと縮こまっている方が逆に恥ずかしい。そう、私は女王。この世界に数ヶ所しかない聖域、精霊達の楽園を治める女王。
えーっと、女王の心構えは……引かない事と、媚びない事、顧みない事だったよね。たしか何かの世紀末的な漫画でそう言っていたはずだ。大丈夫。立派に女王を務めてみせるわ。
「おや、精霊王様方がいらっしゃいましたわね。シルフィ、ディーネ、ノモス、ドリー、イフ、ヴィータ、お出迎えしますわよ。付いていらっしゃい」
(シ、シルフィちゃん。どうするの? お姉ちゃん、なんだか怖くなってきたわー)
(どうするって、私だってこんなになるなんて思わなかったんだから、どうしたらいいかなんて分からないわよ)
(シルフィ。裕太さんの話し方が変な気がするのですが?)
(女王の話し方が分からなくて、なんだかそれっぽい言い方をしているだけよ。気にしたら駄目)
(もうあれだな。燃やしちまった方がいいんじゃないか? 俺なら一瞬で灰にしてやるぞ?)
(うむ。なんだか酒が不味くなりそうじゃ。灰にするのは駄目じゃが、ヴィータならすぐに治せるんじゃし、軽く焼くくらいなら問題ないんじゃないか?)
背後でなんだか物騒な事を言われている気がするわ。少し気になるけれど、もうウインド様方が降りていらっしゃっているし、今は構っている暇はないわね。
「やあ、久しぶり……」
「ウインド様、ウォータ様、アース様、ファイア様、ライト様、ダーク様、精霊の方々、ようこそいらっしゃいましたわ。精霊達の楽園の女王、裕太でございますわ! おほほほほ」
「やっぱり駄目よ。ちょっと裕太を正気に戻してくるから、みんなはこの場をなんとかしておいて」
「えっ?」
「ちょ、ちょっとシルフィさん。まだ挨拶の途中で……」
「黙ってなさい。行くわよ!」
なんか絶好調だったのに、拉致されてしまったわ。女王が誘拐とか、大問題ですわよ。
『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の2巻が発売になりました。よろしくお願い致します。
読んでくださってありがとうございます。