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四百九話 大山鳴動して鼠一匹

 モフモフキングダムで玉兎達との健全な触れ合いを堪能し、気分が上向いたのでグアバードの様子も見に行くことにした。


 ……地味に数が増えているな。それだけ新しい子達が生まれてきたってことなんだけど、いまだに雛に刷り込みが成功していないのはどうしてだろう?


 考えるまでもなく、ヴィータ達に任せっきりにしていたからだよね。モフモフキングダムでも偶に貢物を持って行くだけだったから、ライト様の言葉が無かったら今でも下僕なのに怖がられるっていう、意味の分からない状態のままだっただろう。


 そのモフモフキングダムよりも訪問数が少ないんだから、俺の存在が認知されているかも微妙なところだ。


 拾った子犬を、お母さんに絶対僕が面倒をみるからって泣きついて飼うことにして、結局すべてをお母さんに押し付けている駄目な子供が今の俺だな。


「裕太、どうしたの?」


「あっ、お母さん」


 駄目な俺に代わって、完璧にグアバード達の面倒をみてくれているお母さんが現れた。


「えーっと、僕は裕太の母親じゃないよ?」


 いきなりお母さん呼ばわりされたヴィータが、少しビックリした顔で否定した。そして、心配そうな顔をして手を振ると、俺の体が優しい光に包まれた。


「うーん、脳も目も正常だし、他の部分も異常はないね。そうなると心の問題の可能性が高い。オニキスに診てもらって……いや、いっそのこと、ダーク様に相談した方がいいかな?」


「いや、冗談だから。えーっと、あれだよ、グアバード達の面倒を全部任せてしまっているから、ヴィータはグアバード達のお母さんみたいなものなんだろうなって思った時に、ヴィータが現れたから、お母さんって呼んでみただけ。紛らわしい事をいってごめんね」


 バカなことを言ってみたら、真面目に心配されてしまった。まあ、あんな状況でお母さんとか言われても、冗談なんて思えないだろうし、完全に俺が悪いな。


 でも、俺には近寄ってこなかったグアバードが、ヴィータが現れるとグアグアと母親をしたうように集まっている。俺の周りにだけ空白地帯ができていて、かなり寂しい。単身赴任で小さな子供に忘れられていた父親って、こんな気持ちなんだろうか?


「冗談だったんだ。でも、裕太も色々大変だから、一度オニキスにお願いしたほうがいいかもね」


 よく分からないが、俺のストレスを心配してくれているらしい。精神的な病気は闇の精霊の領分なのかって疑問もあるけど、ジーナが装備しているダークドラゴンの装備も精神耐性が付く装備だし、精神関連は闇の精霊の領分で間違っていないんだろうな。


 でも、そこはかとない疑問がまだある。


「俺って大変なの? ヴィータも昨日、飲み過ぎた?」


「あはは、僕は飲み過ぎてもいないし、一度属性に溶けたから完全にお酒は抜けているよ」


 だよね。精霊ってとても便利だもんね。


「そういえば命の精霊ってどこに溶けているの? シルフィは風、ディーネは水って感じで理解できるけど、命の精霊ってどこに溶けるの?」


 風に溶けるっていうのも微妙におかしいい気もするけど、命に溶けるって意味が分からない。


「ああ、命の精霊は生き物が発する生命力って言えばいいのかな? それを源にしているんだ。だから、ある程度大きな生き物が集まっている場所なら問題なく溶けられるよ」


「……なるほど」


 うん、聞いてもよく分からなかった。とりあえず、生き物が沢山いれば大丈夫ってことなんだろう。


「それよりも裕太、本当に一度オニキスに診てもらった方がいいよ。人間の心は繊細だからね」


 そういえばそんな話だったな。ただ質の悪い冗談を言っただけなのに、変な話になってしまった。でも、そんなに真面目な顔で心配されると不安になる。


「えーっと、診てもらうのは全然かまわないんだけど、ヴィータは俺が大変そうに見えるの?」


 自分では、マイホームも持っていてお金も沢山あるし、チート万歳で肉体関係はないけど美女に囲まれていて、リア充な勝ち組男だと思っていた。それに加えて、ベル達も可愛いし、モフモフも沢山いるよね。勝ち組の中の勝ち組って言っても過言じゃない気がする。


「だって、裕太はいきなり死の大地に飛ばされてきて、家族や友人とも離れ離れになったんだよね? 死の大地で苦労したあとも、迷宮都市でも冒険者ギルドと揉めて精霊術師だって差別されていたし、貴族とも揉めたよね。開拓や迷宮に潜るのだって疲れるだろうし、大変だと思うよ」


 ……言われてみると、結構大変だったのかな? 死の大地に来たばかりの時なんて、死の恐怖に怯えていたし、迷宮都市でも沢山の悪意に晒されていた。俺の繊細な心にダメージを受けていても不思議ではない。


 そうか、だから知らない間に心が疲れていて、無意識にベル達やモフモフ達、風俗に癒しを求めていたんだな。


 うん、間違いなく俺の心は疲れている。体はヴィータ達が癒してくれていたけど、繊細な俺の心はボロボロだ。ベル達やモフモフ達、風俗が癒してくれていなければ、もう廃人になっていた可能性すらある。


「うん、ヴィータに言われて気がついたけど、疲れているかもしれない。楽園の開拓もまだまだ途中だし、ジーナ達やベル達にも責任がある。ちゃんと見てもらった方がいいよね。でも、聖域の中とはいえ、契約していないオニキスにそこまで頼んでも大丈夫かな?」 


「診てもらう分には問題ないよ。でも、治療が必要になったら、ちゃんと契約しないと駄目だね」


「なるほど」


 また契約する精霊が増える可能性があるのか。今でもチートなのに、更にチートが加速するな。まあ、そんな心配をする前に、俺の心の問題を解決しよう。


 ***


「なんの問題もないわ」


 バーで間接照明の調整をしていたオニキスに見てもらうと、不思議なことを言われてしまった。


 海外で生活するだけでホームシックになる人がいるのに、異世界に来て死の危険を感じながらアンデッドと戦ったり、人々の悪意に晒されて苦労したりしている俺の精神に、なんの問題もない? それはあり得ないだろう。


 ……もしかして、あれかな? 本人には内緒にしておいて、家族にだけ本当のことを言う的な、結構ヤバい状況の時のパターン。心の治療とか難しそうだし、精霊でも簡単に回復とはいかないのかもしれない。


「えーっとオニキス。俺ももう大人だから、たとえ危険な状況だったとしても、取り乱したりしないよ。いや、多少は取り乱すかもしれないけど、ちゃんと落ち着いて飲み込むから正直に言ってほしい。俺に言えないくらいに不味い状況なの?」


「何を言っているのか分からないのだけど、不味い状況って?」


 オニキスが不思議そうな表情で聞いてくる。


「えーっと、もう俺の心はボロボロで、安静にしていないと不味い状況だとか?」


「ボロボロもなにも、とても正常な精神をしているわ。もしかして、何か違和感があるの? 闇の上級精霊の私が見抜けないのなら、相当不味い状況なのかもしれないわ。それならダーク様にお願いしたほうがいいかもしれないわね」


 オニキスが深刻な表情で考え込んだ。 あれ? 本当に問題ない感じ?


「い、いや、オニキスが問題ないと言うのなら問題ないんだと思うから、そんなに深刻にならなくても大丈夫。ちょっと勘違いしちゃったかな?」


「でも、何か違和感があるのよね?」


「……えーっと、違和感はないんだけど、この世界に来ちゃったり、もめ事なんかも結構あったりしたから、結構苦労しているはずだし、精神に何の問題もないのもあり得ないかなって思って。むしろ少しぐらい精神が疲労しているのが正常じゃないかなって。せめて心くらいデリケートでありたいと言うかなんと言うか……」


 文化も食生活も環境も違う世界に来て、家族や友人にも会えなくなったんだから、少しくらい精神にダメージを負っていないと、恥ずかしいというか人としてどうなのかと思う。


「今は少し精神が乱れているけど一時的なものだし、精神に問題はないわ。精神が疲労しても、ちゃんと回復しているから問題ないのよ」


 ……俺の心は、自分が思っていた以上に図太かったようだ。いい事だと思うんだけど、図太い自分を認めたくない自分もいる。っていうか、繊細な心を持っていたかった……。


「ふふ、裕太。なんて顔をしているのよ。まるで人生に絶望した人みたいよ」


 シルフィがとても楽しそうに現れた。確実に面白そうだから出てきたな。


「シルフィ、今日は俺に構わないでのんびりしていていいんだよ?」


 人生には絶望していないけど、図太いよりも繊細な方がカッコよく感じる自分としては、思っていた以上にショックを受けているから、そっとしておいてほしい。


「何を言っているのよ。裕太が大変かもしれないんだから、裕太の契約精霊として放っておける訳がないでしょ」


「それなら、診察する前に出てくるよね。もしかして、なんの問題もない事が分かってた?」


 出てきた瞬間から半笑いだったし、俺を心配していたとはとても思えないんだけど?


「そんなに恨めしそうな顔をして見ないでちょうだい。少し心配したのは本当よ。でも、あれだけ自由にやっていて、楽しそうにギルマスやガッリ親子を追い詰めていた裕太の精神が、問題になるほど疲れているとは思えなかったんですもの」


 言われてみればその通りだな。たしかにいろんなことでストレスを感じはしたけど、最初の死の大地での生活や、どうにもならない日本での事以外は、ちゃんとストレス解消をしている。


 むしろ、受けたストレス以上に楽しんだ気もする。相手を追い込むことに楽しみを覚えている精神を、正常な状態って判断されたのは喜んでいいのか? いや、異常がないのなら喜ぶべきことなんだけど……。


 すると何かな? ヴィータに心配されるまで思いもしなかったのに、言われてみると繊細な自分にストレスが無いのはおかしいと思い込んだ、ちょっとだけ自意識過剰な人間が俺だったりするのかな?


「裕太。私は裕太になんの問題もなくて嬉しいわ。それに、楽園の開拓や、ジーナ達やベル達のためにもって考えていた裕太は素敵だったわ」


「うん、シルフィの言う通りだよ。何もなくて良かったし、自分の事よりも庇護するべき存在のことを考えている裕太は立派だよ」


 シルフィ、ヴィータ、優しい目をして俺を見ないでください。恥ずかしくて精神が崩壊しそうです。


読んでくださってありがとうございます。

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