四百八話 卑猥な話じゃないよね?
お花見の片付けも終わり、ちょっと酔った雰囲気の大精霊達は属性に溶けて消えていった。不満はあったようだが、寝かせた蒸留酒は結構気に入ったようで、なんとなく満足そうだった。
「じゃあ、私はジーナお姉さんの様子を見てきます」
「おれとキッカは走ってくる」
「分かった。ジーナの調子が戻らなかったら呼んでね。マルコとキッカも無理はしないように」
朝食が終わり、サラはプルちゃんと一緒にジーナの二日酔いの治療に、マルコとキッカはリーさんに課された体力づくりに向かった。
「それで、ベル達は公園で遊ぶんだよね?」
昨晩、寝る前に色々と話しあって、サクラと一緒に色々な遊びをする計画を立てたそうだ。精霊樹で動けなかった時に、遊んでいるベル達を見てサクラもやってみたかったらしい。
「そうー。まずはめいろー」
ベルがキリッとした表情で教えてくれた。なんだか気合が入っているようだ。
ただ、ベル達のサクラとの会話の中で、サクラがフレアのことを「おやぶん」って呼んでいたのが気になる。
ベルがサクラにお姉ちゃんと呼ばれているのは納得できる。トゥルがお兄ちゃんも妥当だと思う。でも、フレアがおやぶんって呼ばれているの有りなんだろうか?
「いってくるー」「キュー」「けいかく」「ククー」「いくぜ!」「……」「あい!」
「ん? ああ、いってらっしゃい」
俺が地味に悩んでいる間に、ベル達は元気に手を振って飛び去っていった。まあ、サクラが納得しているのならいい……のかな?
サクラが男らしくなりそうな気もして不安ではあるが、フレアが尊敬するイフは、ワイルドでカッコいい系の美人だから、影響されたとしても大丈夫だと信じよう。さて、俺もそろそろモフモフキングダムに行くか。沢山モフモフしよう。
***
モフモフキングダムの中心で、魔法の鞄から果物や野菜を取りだして積み上げて、俺はその横に気配を消すようにして座る。
しばらく大人しく待っていると、1羽の玉兎が木の陰からこちらの様子を見ていることに気がついた。
普段ならシルフィがすぐに教えてくれるんだけど、あいにく今は1人だから状況がよく分からない。考えてみれば、安全な楽園内だとしても、1人で行動するのってかなり久しぶりな気がする。
とりあえず今分かっているのは、乱暴な動きをして玉兎を驚かせてはいけないってことだ。ライト様が通訳してくれて、俺が玉兎に危害を加える存在ではないと納得してくれているが、それでも怖がらせたら近づいてくれない。慎重でデリケートな対応が求められる。
妙な緊張感が漂うが、これも警戒の対象になりかねない。心を落ち着かせてリラックスだ。自然と一体化するくらいにリラックスするんだ。
仙人の修行みたいなことをしながら緊張感を薄れさせていると、別の木の陰にある巣穴から玉兎がピョコっと顔を出した。ここで焦ってはいけない。なんでもない風に装って、じっくり時間を掛ける。
自然と一体化しながら待機していると、玉兎も少し安心したのか次々と巣穴から現れて、俺の方にジリジリと近づいてくる。まだ焦ってはいけない。視線を玉兎に固定するのも駄目だ。
更に時間を掛けて玉兎が近づいてくるのを待っていると、ついに目の前にと言えるほどにまで玉兎が近づいてきた。白、黒、茶色で可愛らしいモフモフの集団に、すぐにでもモフモフしたい気持ちが高まるが、ここで詰めを誤ると全てが台無しになってしまう。ライト様が安全を保障したとはいえ、怖い物は怖いんだからな。
「プギュ?」
1羽の若干他の玉兎よりも大きくて真っ白な玉兎が俺の前に来て、貢物と俺を交互に見ながら鳴き声を上げた。言葉は分からないが、貢物を食べていいか聞いているんだろう。俺は笑顔でゆっくりと頷き、隣に置いてあったリンゴをゆっくりと玉兎の前に置く。
目の前に置かれたリンゴを、フンフンと匂いを嗅ぎながら観察する玉兎。玉兎達から近づいてきてくれるようになったのは大いなる進歩だけど、もっと仲良くなりたい。モフモフキングダムに俺が入ったら、大歓迎で群がってくるのが理想だ。
「プー!」
安全を確認したのか、リンゴに齧り付いた玉兎が嬉しげに鳴き声を上げた。その声が切っ掛けになったのか、様子を見ていた玉兎達が更に俺に近づいてきて、俺を見ながら「プー」「プギュ」と可愛らしく鳴き声を上げる。
うっかり鼻血が出そうな光景だが、ここでダラダラと鼻血を出してしまうと怯えられてしまう。心を落ち着かせてニコニコと頷くと、安心した玉兎達が貢物に群がった。
かなりいい感じに思える。だが、まだ焦ってはいけない。野生の動物は物を食べている時に触られることを嫌う。たとえ目の前で真ん丸でモフモフな玉兎が、貢物に夢中だったとしても手を出したら機嫌を損ねる。今は可愛らしい玉兎を目で楽しむ時間だ。
玉兎の群れが貢物を全て平らげ、軽くまったり感を漂わせた今が待ちかねた時。俺のフィーバータイムが始まる。
「そろそろいいかな?」
リーダーらしき玉兎に優しく声を掛ける。若干眠そうにしていた玉兎が、少しビクッとしたが、ゆっくりと何かを考える仕草をした後、鳴き声を上げて他の玉兎達を集めてくれた。良かった。ライト様に通訳してもらった約束は、忘れていなかったようだ。
あの時、結構大変だったから、覚えていてくれてとても嬉しい。
「なんじゃ裕太。お主は飯を食わせる代わりに、体を差し出せと言うのか? それは人としてどうなんじゃ?」
不愉快そうなライト様と、ドン引きなシルフィの視線に本気で慌てる俺。
「体を差し出せって、えーっと違いますよ。ただ、お互いに仲良くなる時間が欲しいだけです」
なんかちょっと怪しげなパブみたいな、風俗的な勘違いをされている気がして、なぜか敬語で必死で説明をする俺。たしかに貢物の対価に体を触らせてって、ちょっと怪しげに聞こえるかもしれないけど、別に玉兎に対して性的興奮をする訳じゃないからセーフだよ……ね?
なんていうか、猫カフェとかドックカフェとかそんな感じ。そういえば、日本には兎カフェもあった気がするから、大丈夫なはずだ。お酒も飲まないし、あわよくばって気持ちもないから、キャバクラよりも全然健全なはずだ。
「じゃが、別に触る必要などないであろう?」
「触るんじゃなくて、撫でるって言うのが正しいんです。仲良くなるにはコミュニケーションは大切なんです」
「ふむ。まあ、たしかに仲良くなるには必要かもしれんな。じゃが、無理強いや乱暴にするではないぞ。玉兎達が嫌がったらすぐに止めると約束できるなら、妾が説得してやるのじゃ」
「もちろん約束します。仲良くなるためのコミュニケーションですから、玉兎達に無理はさせません」
「うむ。では、妾が仲立ちしてやるのじゃ」
なんとか誤解が解けて玉兎達と交渉してもらえたけど、あの時の会話、今思い出しても背筋がゾッとする。誤解が解けなかったら、俺は変態を通り越した存在になっていたかもしれない。
「プギュ?」
リーダーらしき玉兎が不思議そうな鳴き声を上げる。そうだった、今から俺のフィーバータイムが始まるんだった。想像もしていなかった危機を乗り越えて得た権利を、無駄にする訳にはいかないよね。
玉兎達に謝ってから、色とりどりの毛玉の集団にそっと手を伸ばす。まだ、ベル達にするように、豪快に撫でくり回すことはできないけど、それでも幸せな感触が俺の手に伝わる。
玉兎達の毛は、色や個体によって感触が結構違う。ふわふわだったり、サラサラだったり、モコモコだったりと幸せがいっぱいだ。
今はビックリするだろうからできないけど、もっと仲良くなって安心してくれたら、洗浄の魔法を掛けて、完璧な玉兎達とのモフモフタイムを楽しめるようにしたい。そのためにも、細心の注意を込めて、俺の全力を尽くそう。
玉兎がどこを撫でられるのを喜ぶのか、どこを撫でられたら嫌がるのか、個体それぞれの特徴を覚えながら両手を動かす。いずれは、俺が居ないと満足できないようにするのが目標です。あれ? なんだか卑猥な気がする。
***
「ふー。とても幸せな時間でした」
たっぷりとモフモフを堪能してモフモフキングダムから出る。ライト様に通訳してもらう前は、貢物だけをしてトボトボと帰るだけだったから、なんだかサクセスストーリーを極めた気分だ。
後は、普通の兎やモモンガ、子猿とも仲良くなりたいな。ライト様に頼めば、普通の兎なら通訳できるんだろうか?
いや、それならライト様が演説をしていた時に、普通の兎達も集まっていた可能性が高い。玉兎と普通の兎は別物と考えた方が良さそうだ。
それなら、遊びに来る精霊達の中で、普通の兎やモモンガ、子猿の精霊を探して通訳を……いや、言葉が話せないと通訳は難しい。
楽園に遊びに来ているのは浮遊精霊や下級精霊が中心だし、動物型の子供は言葉が話せないんだよな。ベル達やシルフィ達に、その精霊との通訳をしてもらうのも有りかもしれないが、通訳に通訳を重ねて動物とコミュニケーションを図るのは難しい気がする。
そうなると、酒島に期待だな。まだオープンしていないけど、オープンしたら色々な精霊達がお酒を飲みに来るはずだ。その時に条件に合う精霊にお酒でもおごって、ちょっと通訳をお願いしてみよう。楽園の中なら少し融通が利くから、なんとかなるはずだ。なんだか、明るい未来が見えるぜ。
よし、テンションも上がっているし、ジーナの様子を見に行く前にグアバードにも会いに行っちゃうかな? まだ刷り込みも成功していないが、今の俺なら成功する気がする。
グアバードや卵に関しては、ヴィータやルビー達に任せっきりだし、楽園の主である俺がそれではいけない。ちゃんと施設を確認して、グアバードともコミュニケーションを図りつつ、ヒナたちを引き連れて楽園内を練り歩こう。
読んでくださってありがとうございます。