四百七話 お花見終了
精霊樹が桜の花を咲かせ、サクラも初めての食事をたらふく食べて満足そうだった。問題は、ディーネとシルフィが取りに行っている蒸留酒だな。どんな味になっているのかも気になるが、蒸留酒をカクテルに利用する話が出たのが、不安でしょうがない。まずは寝かせているお酒を守ることから始めよう。
「えーっと、ドリー、熟成させているお酒でカクテルを作るのは、まだ早いと思うよ」
「なぜですか?」
キョトンとした顔で首を傾げるドリー。お酒の話をしているのに、とっても可憐に見える。
「うん、寝かせているお酒は貴重だし、まずは蒸留したばかりの物でカクテルの練習をした方がいいと思う。それに、寝かせたお酒を使うと、熟成が終わる前になくなる可能性がある」
もうすでに、醸造所の精霊達やルビー達が出来立ての蒸留酒を使って、様々なカクテルの実験をしている。それだけで寝かせる予定のお酒が結構減っているって聞いた。
まだ、様々な果物ジュースや、エールやワインを混ぜている段階なんだけど、手ごたえを感じて盛り上がっているらしい。そんなところに時間が掛かる熟成酒を投入したら、何が起るかは言うまでもないだろう。
「……たしかにそうですね」
ドリーが他の大精霊達を見ながら納得したように頷く。自分は違うって感じで言っているけど、ドリーも結構飲んでいるのを俺は知っているからね。まあ、俺は空気が読めるから言わないけど。
「でも、熟成酒のカクテルも気になるんだぞ?」
「そうよね。バーで出せるお酒の種類は多い方が楽しいわ」
「そうだよな。俺はエールに蒸留酒を混ぜたやつが結構好きだぜ! 一気に飲んだらガツンとくるからな!」
「裕太、試してみる分には構わんのではないか?」
ドリーを説得できたと思ったら、ルビー、オニキス、イフ、ノモスが口を挟んできた。空気を読んでほしい。
「今回の1樽が余ったら実験してみる?」
おおう、まだ味も分かってないのに、余る訳がないって文句を言われた。普通の人間なら蒸留酒が1樽あれば、余裕で余るんだけどね。
「んー、でも、中途半端な熟成のお酒を途中で飲むのはもったいないから、せめて最低限の熟成期間が終わってからにしない?」
大精霊と上級精霊達が頭を寄せ合って相談し始めた。ベル達が集まって相談する姿は、とてつもなく微笑ましいのに、目の前の精霊達の相談は全然微笑ましくないな。
かなりの美女が集まっているから綺麗な光景のはずなんだけどな。精霊に対するイメージが壊れそうだ。
「まあ、裕太の言う通りじゃな。中途半端はいかんから、改めて熟成期間が終わってから相談することにする」
賢明な判断をしてくれたようだ。でも、最低限の熟成期間が終わったら飲む気満々だな。精霊が傍に居ると、長期熟成酒ってとても難しい気がする。まあ、今は先延ばしにできただけで満足しておくか。今度こそ、桜を楽しもう。
***
「ただいま」
「ふふー、持ってきたわー」
カクテルから話題を切り替え、ノモス達と楽しく会話をしながらお花見をしていると、シルフィとディーネが戻ってきた。シルフィの隣で浮いているのが海で熟成させていた酒樽だな。
3ヶ月くらいしか寝かせていないのに、分厚いガラスでコーティングされた酒樽には、小さな貝のような生物や海藻がくっついていて、沈没船からお宝を引き上げてきましたって雰囲気がカッコいい。
「うむ。さっそく飲んでみるか」
ノモスが右手を軽く振ると、酒樽をコーティングしていたガラスが溶けるように剥がれて、普通の酒樽になってしまった。なんだか少しもったいない気がする。
「おう、どんな酒か楽しみだな」
「蒸留したばかりのは飲んだことがあるけど、どんなふうに変わるのかが楽しみだね」
ウイスキーを飲んだことがないイフとヴィータもかなり興味があるようで、酒樽に注目している。いずれ、俺の我慢の限界がきて、日本のお酒に手を付ける時には、2人にも忘れずに飲んでもらおう。
でも、どうせなら日本のお酒に手を付ける必要がないくらい、美味しい蒸留酒ができたら嬉しいな。
「ほれ、裕太、飲んでみろ」
「えっ? 俺が最初?」
なんで俺に一番に渡すの?
「お主が作り方を教えた酒じゃし、蒸留酒を一番飲んだことがあるのは裕太じゃろう」
……言いたいことは分かるけど、ただ楽しく飲んでいただけで、細かい味が分かる訳じゃないんだよな。でも、蒸留酒に興味津々な大精霊達が、物凄く注目しているしさっさと飲んでしまうか。
ノモスが作ったと思わしき透明なガラスのコップに、なみなみと注がれている蒸留酒。ちょっと色がついているが、ウイスキーと比べると色が薄い。3ヶ月くらいならこれくらいなのかな?
味は……うーん、蒸留したばかりの時に比べると、幾分飲みやすくなっている気がする。でも、木の匂いはするけど香りが足りていないな。
「んー、微妙?」
「なんじゃその感想は、もっとしっかり味を評価せんか!」
怒られてしまった。そんなことを言われても、人間には向き不向きがある。
「とりあえず、みんなも飲んで確かめてよ」
俺の言葉に、大精霊達と上級精霊達がグラスに口をつける。
「……あら、本当に味が変化するのね。裕太から飲ませてもらった、ウイスキーとは比べ物にならないけど、出来立ての蒸留酒と比べたら、近づいていると思うわ」
「お姉ちゃん、出来立ても好きだけど、こっちも美味しく飲めるわー」
シルフィとディーネが結構前向きな評価をしてくれた。
「たしかに味は上がっておるが……まだまだ荒いし、香りも単純じゃな。裕太、本当に寝かせるだけで、あのウイスキーのような様々な香りが生まれるのか?」
ウイスキーの作り方なんて漫画やテレビで見たくらいの知識しかないんだから、そんなに真剣な顔で質問をされても困る。
「んー、樽に使われている木によって味や香りが変わったりするらしいけど、それ以外に特別に何かを加えるって聞いたことはないよ。でも、3年だったかな? それくらい熟成させないとウイスキーと認められない国があるって聞いたことがあるから、やっぱり熟成が足りないんだと思う」
「ふむ。やはり熟成が終わるまでは結論は出せんか。じゃが、シルフィの言う通り、味は良くなっておるのは間違いない。樽の木の種類を変えて、もっと仕込んでおくか」
ノモスが結論を出したあと、シルフィ達とルビー達で何やら今後の仕込みの方針を話しあいだした。長くなりそうだし、俺はもう少し桜を見ながら飲んでさっさと寝よう。
***
昨晩は深酒にならずにスッキリとした目覚めを迎え、部屋の外に出るとベル達が元気に朝の挨拶をしながら集まってきた。今日も朝から元気いっぱいだな。
いつも通り集まってきたベル達を装備しながら……いや、いつも通りじゃないな。普段と違って装備品が1つ増えている。どうやらサクラも俺の装備品の1つになるようだ。
フル装備でリビングに向かうと、サラ達とフクちゃん達はすでに起きて集まっていた。ジーナ達と大精霊達が1人も居ないな。シルフィは一緒に朝食を食べなくても、顔は出してくれるんだけど、居ないってことはまだ飲んでいるのか?
お花見だったから酒樽も結構出したし、蒸留酒まで追加されたんだ。まだ飲んでいる可能性は高い気がする。でも、ジーナは? 俺が寝る時にジーナはもう少し飲みたいって言っていたから、先に帰ったけど……まだ飲んでいるのか?
「サラ。ジーナは?」
「先ほど起こそうとしたのですが、起きられそうにない状態でした。朝食が終わったらプルちゃんに治療をお願いしようかと思っているのですが、構いませんか?」
俺の質問にサラが苦笑いしながら答えてくれた。ジーナはちょっと飲み過ぎてしまったらしい。まあ、帰ってきたばかりで、今日は予定もないから問題ないか。
「分かった。プルちゃんの治療でも辛そうだったら、ムーンにお願いするから言ってね」
「はい」
さて、先に朝食をちびっ子軍団に出して、俺は外に様子見に行くか。サクラの面倒は、ベル達が張り切っているから大丈夫だろう。
外に出て朝日の中に咲き誇る桜の花に目を奪われるが、大精霊達は当然のごとくまだ飲んでいたので、テーブルに向かう。
「あら、裕太、おはよう。もう朝なの?」
「おはようシルフィ。もう朝だし、子供達も朝食を食べているから、お花見も終わりにしようね」
かなり明るくなっているのに、気がついてなかったのか。顔も赤いし、結構酔っぱらっているのか? 前にシルフィ達が酔った雰囲気になったのは、実体化してお酒を飲んだ時だったよね。
あの時以来、慣れたのか酔っぱらった姿を見たことはなかったけど、蒸留酒が加わったことで、ペース配分が乱れたのかもしれない。
「ふへー。お花見楽しかったわー」
……ディーネも変な声を出しているし、間違いなく飲み過ぎだな。ちゃんとお花見の意味を理解しているかが微妙だけど、他の大精霊達も機嫌が良さそうだし、お花見は大成功ってことにしておくか。
「楽しかったなら良かったよ。ルビー達は?」
「お店の準備があるからって、先に帰ったわー」
なるほど、精霊達が遊びに来るから準備が必要だよな。やることがあると、ちゃんと宴会を切り上げられる精霊って凄いと思う。大精霊達も役割があれば、朝まで宴会とかしなくなるんだろうか? ……まあ、無理して仕事を作ることもないか。
ここは精霊達の楽園なんだから、子供の教育に悪くない限り、自由に楽しくやってもらうのが一番だよね。
「了解。じゃあサクッと片付けようか」
俺も今日はのんびり楽園を見てまわろうって思っていたけど、精霊達が遊びに来るんだから、午前中にある程度、楽園を見てまわっておくべきだな。モフモフキングダムは精霊にも人気だし、遊びに来る前に貢いでおかないといけない。意外と時間がないぞ。
読んでくださってありがとうございます。