四百六話 お花見2
サクラの歓迎会を含めた、お花見が始まった。新しい年下の仲間を構いたいベル達に、次々と差し出される料理を、すべてたいらげるサクラ。うちのちびっ子達はよく食べるから、俺もしっかり稼がないと……。
「お花見はどう? 楽しんでる?」
俺が食べ終わっても、まだまだ食べ続けているちびっ子精霊達はいったん放置して、ほぼ食べ終わってまったりしているジーナ達に声を掛ける。
「あっ、師匠。あの桜って凄く綺麗だよな。綺麗すぎて怖いくらいだ」
ジーナが桜を見ながら、詩的な事を言う。たしかに、街灯もない真っ暗闇の死の大地に、優しく光る巨大な桜は、怪しい魅力がある。
桜の木の下には死体が埋まっているって話があるけど、ジーナみたいな感性の人が作った話なのかもしれないな。
「ねえ師匠」
ジーナの言葉を考えながら桜に見とれていると、ジーナが憂うような声で話し掛けてきた。怪しい魅力を放っている桜に影響されたのか、普段は闊達なジーナが色っぽく見える。この子も見た目はかなりの美女だもんね。
「どうしたの?」
「……あたしもあっちのテーブルに移動していいか?」
……俺の目は節穴だな。ジーナは桜に魅了された訳じゃなくて、単純にお酒が飲みたかったらしい。なんだかとても残念だ。
「うん、いいけど、大精霊達はザルだから、引っ張られて飲み過ぎないようにね」
「分かった。あっ、サラ。シバの事をお願いしていいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうサラ。シバもサラに迷惑を掛けないようにな」
「わふ!」
弟子の中で完璧な連携ができているな。シバもあっさりとフクちゃんと遊んでいるし、一体感が凄い。これも日ごろの訓練の成果かな?
「師匠、おれ、あまいものがたべたい!」
「キッカも!」
うーん、ご飯もだいたい食べ終わったし、そろそろデザートにしてもいいか。
「分かった。なんのデザートがいい?」
「ちょっと待つんだぞ! 甘いものなら今からクレープを作るんだぞ!」
デザートを出そうとしたら、ルビーがストップをかけてきた。どうやら、大宴会の時みたいに、作り立てを食べさせてくれるらしい。
「ルビーはああ言っているけど、クレープでいい?」
「うん!」
「キッカも!」
「じゃあ、あっちで食べてくるといい」
そういうと、マルコとキッカ、そしてフクちゃん達がルビー達のところに殺到した。
「あー、さくら、あっち、あまいのおいしー」
その動きに反応したベル達もクレープに突撃する。さすが甘い物。ちびっ子達に大人気だな。
「サラは食べに行かなくていいの?」
走っていくちびっ子軍団を微笑みながら見守っているサラに声を掛ける。サラの年齢だと、あの集団の中に混ざってもおかしくないよ?
「今はお腹がいっぱいなので大丈夫です。少し休んでから頂きます」
サラって、下手したら俺よりも大人だよね。どうすればこんなに落ち着いた子が育つんでしょう? 過去に戻れるのなら、俺の両親にどう教育されたのかを教えてほしい。
「そっか。えーっと、桜はどう?」
「はい。とっても綺麗ですね。精霊樹の花が見られるなんて、想像もしていませんでしたが、たぶん想像していたとしても、この花の方がずっと綺麗だと思います」
離れたテーブルではシルフィ達とエメ達とジーナがお酒を飲んで盛り上がり、ちびっ子軍団は出来立てクレープに夢中。お花見で少女のみが桜を愛でているのが、なんだかシュールだ。
ちびっ子達はともかく、大精霊達はもう少し桜に興味をもってほしい。ん? ドリーとヴィータは、桜を見ながら何かを話しているな。さすが、俺の契約した大精霊達の中で、良識がトップクラスの2人だ。
シルフィも良識はあると思うんだけど、好奇心が優先される性格だから、良識で考えたら3番手だな。残りは……お酒が絡んでいない時のノモスが4番手で、荒ぶっていない時のイフが5番手。6番手のディーネは、良識ではなく直感の精霊だからしょうがない。
「お師匠様、急に頷いてどうしたんですか?」
「ん? あぁ、たしかに想像していたどんな花よりも、綺麗だなって思っただけだよ」
くだらない事で大精霊に順位をつけていたとは言えない。もしディーネにでも知られたら、猛抗議がくるもんね。あと、綺麗な花を想像したことなんてほとんどないから、ウソは言っていない。
それにしても……本当に綺麗な桜だな。でも……お花見を精霊樹の根元でやったのは間違いだったかもしれない。
下から見上げて上一面が桜の花っていうのもオツな気がするが、首が疲れる。せめてシルフィ達が飲んでいるテーブルくらいに距離を離すか、一番下の浮島にお花見会場を設置すべきだったな。
「おいし!」
少し反省をしていると、クレープを抱えたサクラがふよふよと飛んできた。どうやらクレープを見せにきてくれたようだ。ベル達は……ルビーのところでクレープに夢中だな。まだまだお姉ちゃんパワーが不足なようだ。
サクラが、持ってきたクレープを俺の目の前で、凄いでしょといった感じで見せてくれる。口の周りがクリームでベトベトだ。
「アイスクリームにカスタードと生クリーム。それに沢山の果物とジャムかな? 色々と入っていて贅沢だね。美味しい?」
「あい!」
クレープを見せたあとは、ポスンと俺の腕の中に着地し、あぐあぐとクレープに齧り付く。今顔を拭いても、すぐにクリームで汚れそうだな。食べ終わるまで待つか。
「お師匠様。私にも抱っこさせてください」
サラがキラキラした目で俺を見ている。どうやらサクラにメロメロなようだ。サラってベル達とも仲が良いけど、可愛がっているというよりも敬意をもって接している感じだから、完璧に年下のサクラに構いたいのかもしれない。
クレープに夢中のサクラをそっとサラに渡すと、とろけるような笑顔でサクラの面倒をみはじめた。……マルコとキッカの面倒もよくみているし、根っからの世話焼き体質なのかな?
***
「じゃあお休み。みんな、サクラのことをお願いね」
デザートまでしっかり食べ終えたちびっ子軍団はお休みの時間だ。今日はサラ達の部屋で全員で寝る事になったので、マルコとキッカも含めてちょっと興奮気味だ。たいした変化じゃないけど、日常のちょっとした変化って子供の時はワクワクするよね。俺も友達の家に泊まりに行く時はワクワクしていた。
ワイワイと騒ぎながら家に戻るちびっ子軍団を見送り、シルフィ達がお酒を飲んでいるテーブルに向かう。
「裕太ちゃん、いいところにきたわー」
シルフィ達のテーブルに近づくと、ディーネが上機嫌に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「あのね、お姉ちゃん、蒸留酒をためしてみたいのー」
「蒸留酒? 偶に飲んでいるよね?」
もしかして、一緒にこの世界にきた、秘蔵の蒸留酒を出せってこと? もしそうなら断固断るぞ。今日はサクラが仲間になっためでたい日だけど、それはそれだ。
日本から持ってきたお酒や食料は、我慢に我慢を重ねて、どうしようもない程に追い詰められない限り手を出す気はない。心の支えだからな。
「ちがうわー。海に沈めた蒸留酒を飲んでみたいのー。シルフィちゃん達も同じ意見よー」
そういうことか。海に沈めた蒸留酒は、今も毎日増え続けているから飲むのは問題ない。
「でも、一番古い蒸留酒でも、3ヶ月くらいだから、まだまだ寝かせ足りないと思うよ?」
海底で熟成させたら、熟成が早くなるとしても3ヶ月じゃあ全然期間が足りてないだろう。せめて6ヶ月は熟成させた方が良いと思う。
「分かっているわー。でも、どのくらい変わったのか知りたいのよー」
なるほど、それは俺も興味はある。3ヶ月寝かせたのなら、蒸留したてとまったく同じって事もないだろう。
ディーネの言う通り、シルフィ達やルビー達も興味津々な顔をしているし、1樽くらいなら構わないか。そういえば、味噌と醤油も寝かせてあるんだよな。
ヴィータに管理してもらっているけど、こちらもあと数ヶ月で完成するはずだ。明日にでも様子を見に行くか。その後にモフモフキングダムで、動物達に貢物をしよう。
「分かった。じゃあ試してみようか。でも、1樽だけだよ。ちゃんと制限しないと、最低限、飲めるようになる前になくなっちゃうからね」
酒島でもお店が完成しているし、そちらにも卸そうって話になったら、一瞬でなくなる気がする。
「やったー。じゃあ取りに行くわねー。シルフィちゃん、行きましょー」
「じゃあ裕太、行ってくるわね」
俺との会話もそこそこにディーネとシルフィが凄いスピードで飛んでいった。シルフィの表情も完全にワクワクしていたな。あんまり期待されると、それはそれでプレッシャーだ。素人のなんちゃって蒸留酒造りで、本当に美味しいお酒ができるんだろうか? 若干の不安を抱えながら、冷やしたエール樽からジョッキでエールをすくい、椅子に座る。
「それで、どういった経緯で蒸留酒を飲もうってことになったの?」
結構急な展開だよね。
「うむ。酒を飲みながら酒島の居酒屋とバーにどんな酒を置くかを考えておったんじゃが、その時に蒸留酒の話になって、試してみようってなったんじゃ」
ノモスがとっても分かりやすく説明してくれた。酒島も着々と進んでいるようだ。
「なるほど。でも、初めての試みなんだから、あんまり期待しないでね」
「うむ。いきなり裕太に飲ませてもらった、ウイスキーのような酒ができるとは思っておらん。美味い酒への道筋が味わえれば十分じゃ」
そういう考えなら助かるな。シルフィとディーネが期待しているようだったから、ちょっと不安だったけど、何か文句を言われたらノモスに丸投げをしよう。うん、なんか気が楽になったし、本来の目的のお花見を楽しむか。
「そういえば裕太さん。カクテルを少し寝かせたお酒でも試してみると面白いかもしれませんね」
お花見を楽しもうかと思ったら、ドリーが面倒なことを言い出した。ここで返事を間違えると、熟成させているお酒が大幅に減りそうな気がする。
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