表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
406/756

四百四話 意識体

令和最初の投稿です。これからもよろしくお願い致します。

 迷宮都市から楽園に帰ってきて早々、色々なことが起こっている。酒島の確認はまだいい。精霊樹が何故か桜の花を咲かせてくれたのも嬉しい。でも、目の前で精霊樹の意識体らしき赤ん坊が、つぶらな瞳で俺を見つめているのは、どうしたらいいんだろう? 展開が急激すぎてついていけないんですけど。


「え、えーっと……こ、こんにちは?」


 よく分からないが、なんとなく挨拶をしているように感じたので、俺も精霊樹の意識体と同じように、軽く右手を上げて挨拶してみる。


 どうやら正解だったようで、ニコリと笑った精霊樹の意識体が俺に向かって飛んできた。えーっと、受け止めればいいのか? 両手を俺に向けているし抱っこすればいいんだよな? ハイタッチじゃないよな? ベルよりも小さいし、なんか怪我をさせそうで怖いんだけど……。


 微妙に震える手で、細心の注意を払って精霊樹の意識体を受け止め、なんとか抱っこに成功した。


 ふいー、この子は精霊と同じように考えてもいいのかな? なんとなく似た雰囲気も感じるんだけど、どこか違う気もして対応に困る。俺の戸惑いをよそに、精霊樹の意識体はご機嫌なのか、俺の腕の中できゃうきゃうとはしゃいでいる。お願いだからおとなしくしていてほしい。


「ふふ、可愛い子ですね。普通は中級精霊くらいまで育ってから意識体を生み出します。早くてもベルちゃん達くらいまで育ってからなので、早くみんなと遊びたかったんでしょうね」


 ……どうやら精霊樹は、かなりフライングをして意識体を生み出したようだ。楽園が楽しそうだったからかな? それだったら少し嬉しい。


「えーっと、ドリー、それって大丈夫なの?」


 普通の出産と同じように考えていいのかは疑問だが、早産ってことだよね?


「はい。ここは聖域ですから、精霊樹の成長が阻害されることはありません。未熟な状態で意識体を生み出したとしても、害はないでしょう」


「そっか、大丈夫ならいいんだ。それで、この子は精霊なの? あと、なんだか俺になついているみたいなのはなんで?」


 本来なら大丈夫ならいいとかで済ませる話ではないんだけど、疑問が沢山ありすぎて、いちいち細かくツッコんでられない。おおまかにでもいいから、ある程度の情報が必要だ。


「精霊樹の意識体は、精霊に似た存在ではありますが、精霊ではありません。本体は精霊樹で、精霊樹の意識体は精霊樹の代弁者といったところでしょうか。ですので、意識体との契約はできませんね。それと、精霊樹の意識体が裕太さんに懐いているのは、裕太さんが聖域の主で、精霊樹の種を植えたのを精霊樹の意識体が理解しているからですね。この地に根付いた精霊樹にとって、裕太さんは大切な存在ということです」


 なるほど、精霊樹の意識体は、精霊樹のアバターみたいなものなのか。


「たしかに種を植えたのは俺だけど、種を作ったのはドリーだよね?」


 どちらかというと、ドリーの方が大切な存在なんじゃないかな?


「私は森の精霊ですから、精霊樹が意識体を生み出す前から仲良しですよ。今は普段意思疎通ができない裕太さんに甘えているんですね」


 あっ、ドリーは森の大精霊だったな。そう言えば、精霊樹が喜んでいますとか言っていたし、木との意思疎通は簡単だよね。それで、今は普段意思疎通ができない俺と遊ぼうとしているんだな。


「それじゃあ、裕太ちゃんがお父さんで、ドリーちゃんがお母さんね。それで、私はお姉ちゃん。幸せな家族ねー」


 ディーネがいきなり爆弾を放り込んできた。ドリーみたいな美少女がお嫁さんだったら嬉しいけど、まだ結婚もしていないのに子持ちになるのは勘弁してほしい。


「それだとディーネは俺の娘になっちゃうんだけど?」


「……パパ?」


 コテンと首を傾げながら言うディーネは、とても可愛らしいが、俺よりも何千歳、いや、何万歳も年上の可能性がある娘は嫌だ。


「ディーネはこの子のおばさんだな」


「えー、私はお姉ちゃんよー。だってみんなのお姉ちゃんなんだものー」


 頬を膨らませて抗議をするディーネ。精霊でもおばちゃんは嫌なのかな? それと、みんなのお姉ちゃんって意味が分からん。


 おっと、精霊樹の意識体が俺の腕の中から脱出して、俺の目の前に浮かんだ。どうしたんだ?


「なでる」


「しゃべった!」


「ふふ、精霊樹の意識体は幼くても知能は高いです。話すくらいはできますよ。でも、まだ本当に幼いので、単語が精いっぱいのようですね」


 ああ、そうだった。赤ちゃんがしゃべったから驚いたけど、見かけが赤ちゃんでも人間の赤ちゃんとは違うんだよな。空中に浮いている時点で気づけって話だが、俺とジーナ達以外は普通に空を飛んでいるので、空を飛ぶのは当然って認識になっていたよ。異世界に染まりすぎな気がする。


「むー!」


 あれ? なんだか精霊樹の意識体がじたばたしだした。とっても可愛いけど、どうしたんだろう?


「どうやら裕太さんに撫でてほしいようですね。裕太さんがベルちゃん達を頻繁に褒めて撫でているので、同じことをしてほしいのかもしれません」


「えっ? 俺ってそんなに頻繁にベル達を撫でているっけ?」


 大精霊達が全員頷いた。……考えてみれば、毎日欠かさずベル達を褒めまくって撫でまくっていた気がする。なんだかちょっと恥ずかしい。


 まあ、この恥ずかしさは忘れることにして、ベル達みたいに褒めまくって、撫でまくるようにすればいいんだよな。


 最近は自然に褒めまくりの撫でまくりだから、意識すると違和感があるが、物凄く期待した目で赤ん坊に見られているし、気合を入れて頑張るか。


「えーっと、いつも聖域の土地を豊かにしてくれてありがとう」


「あい」


 ちゃんと言葉を理解しているのか、お礼の言葉に返事をする精霊樹の意識体。舌っ足らずなところが、なんだか微笑ましい。


「それと、今日は綺麗な桜を見せてくれてありがとう」


 うなれゴッドハンド。毎日欠かさずベル達を撫でくり回して身に着けたこの至高の技で、精霊樹の意識体に感謝を伝えるのだ。




「これでよかったのかな?」


「あい」


 どうやら満足してくれたようで、赤ん坊は満足げに頷いてくれた。まあ、転げ回るよう笑って、もっと撫でれとぐりぐり頭を押し付けられ、更に気合を入れて撫でまくりの褒めまくりを繰り返したから、これで満足してくれなかったら心が折れるところだったな。


「あー、おはなー。う……あかちゃんー」「キュー」「せいれいじゅ、おはながさいてる」「ククー」「こぶんか?」「……」


 おっと、ベル達のお仕事が終わったらしい。普段ならテーブルにあるお菓子類に興味がいくんだけど、今回は赤ちゃんや精霊樹に桜が咲いていることに目を奪われているようだ。


 ベルは少し混乱気味なのか、精霊樹と赤ちゃんを見比べておろおろしている。たぶん、どっちに行けばいいのか分からなくなったんだな。楽しそうなことには一直線なベルだけど、同じくらい興味があることが二つ並ぶと混乱するらしい。


「この子は、あの精霊樹の意識体で、精霊樹に綺麗なお花を咲かせてくれたんだよ」


 混乱しているベル達に事情を説明……する前にベル達が精霊樹の意識体に群がって、ご挨拶を始めた。まあ、精霊樹の意識体も、嬉しそうに戯れているから問題ないか。元々精霊樹として、ベル達のことも知っていたからか、会えて嬉しそうにしている。


 たぶん、この子はこのままここに住み着くんだろうし、ジーナ達やルビー達にも紹介しないとな。赤ちゃんに気を取られていて、すっかり忘れていたよ。とりあえず精霊樹喫茶だと狭いから、場所を……精霊樹の根元に移動してみんなに説明するか。


「師匠ーー。なんかはながさいたー」


 シルフィに頼んで精霊樹の根元に連れて行ってもらうと、マルコとキッカが慌てた様子で走り寄ってきた。外に居れば精霊樹はどこからでも見えるから、さすがに気がつくよね。


「マルコ、キッカ、なんの問題もないから落ち着いて。事情は全員が集まったら説明するね。とりあえず、ベル達はノモス、ジーナ、サラ、ルビー達を呼んできてくれ。寝ていたり見つからなかったりしたら、無理しないで戻ってきてね」


 少し赤ん坊が気になっていたようだが、お仕事が嬉しかったのか、すぐに伝令に行ってくれるベル達。そういえば、お掃除のお礼も言ってないな。


 ……もしかしてこれって、2人目の子供が生まれたら、下の子に気を取られて上の子が悲しい思いをするってやつじゃ。いかん、ベル達が戻ってきたら、掃除のことも含めてしっかりと褒めまくろう。


 ***


「なるほど、精霊樹の意識体。……よく分からないけど、精霊樹は楽園に生えているんだし、これからずっと一緒にいる仲間ってことでいいんだよな?」


 ベル達が戻ってきたので、予定通り掃除のお礼を含めて褒めまくり、集まってくれたみんなに事情を説明すると、ジーナが簡単にまとめてくれた。俺もよく理解できていないが、たぶんそんな認識で間違っていないと思う。


「まあ、そう言うことだね。仲良くしてあげてくれ」


 といっても、精霊樹の意識体は、すでにちびっ子軍団に囲まれて、ワチャワチャと楽しそうにはしゃいでいるから、問題はないだろう。


「ゆーたー」


 ワチャワチャしている集団を見ていると、なぜかベルが精霊樹の意識体を抱っこして、ふよふよと飛んできた。ベルも小さいので、ギリギリで赤ちゃんを抱える形になっていて、とても微笑ましい光景だ。


 でも、人間の幼女と子供が同じようなことをしていたら、落としてしまいそうで、物凄くハラハラする光景になるんだろうな。


「ベル、どうしたの?」


「ゆーた、おなまえー」


「名前? ああ、楽園に一緒に住むのなら、名前がないと不便だよね。えーっと、ドリー、この子の名前は俺が付けてもいいものなの? 精霊じゃないから契約にはならないだろうけど、何か問題が起こったりしない?」


「特に問題はありませんから、裕太さんの好きなお名前を付けてあげてください」


「分かった」


 普段なら名前を付けるのにかなり悩むが、この子の場合は簡単だな。いや、ちょっと待てよ。もし、この子の性別が男の子だったらこの名前は使えないぞ。


「えーっと、ドリー。この子の性別は分かる?」


 赤ちゃんって、男の子でも女の子でも可愛らしいし、性別に確信が持てないよな。


「この子は女の子ですね」


 おお、2分の1の確率に勝利した。


「分かった。じゃあ、精霊樹の意識体。君の名前はサクラだ。精霊樹なのに別の木の名前を付けるのは変かもしれないけど、俺の大好きな花だし、綺麗な薄ピンク色の髪にも似合っていると思う。構わないかな?」


 この状況で、それ以外の名前って思いつかないよね? あっ、チェリーって名前もありだったかも。まあ、もう遅いか。


「あい!」


 気に入ってくれたのか、満面の笑みで返事をしてくれた。これでまた、楽園に新たな住人が増えた。まあ、精霊樹は元から生えていたから増えたって言い方は変かもしれないけど、賑やかになるのは間違いないから構わないだろう。


 さて、そうと決まったら、サクラの歓迎会も含めて、今晩は少し贅沢なお花見だな。しっかり準備しよう。


読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ