四百二話 バー
迷宮都市で用事を済ませて、楽園に戻ってきた。今回の迷宮都市訪問はガッリ親子との決着をつけたし、マルコとキッカに体術の先生ができた。マリーさんに沢山のお酒を集めてもらう約束もした。トルクさんの宿屋がどうなるのか少し気になるけど、後半はのんびりできたし、いい感じだったな。
「それで裕太、帰ってきた早々で悪いんじゃが、酒島のことで相談がある」
楽園に到着し、ディーネ達とルビー達に帰還の挨拶をしたら、即行でノモスが話しかけてきた。なんだか帰ってくるのを待ち構えていた雰囲気だけど、何か進展でもあったのかな?
「えーっと、ちょっと待ってくれ。ジーナ達は自由にしていていいよ。それと、ルビー達には迷宮都市で沢山食材を仕入れてきたから、あとで渡すね」
「分かった。じゃあ、あたしはシバと夕食まで部屋でのんびりさせてもらおうかな。サラ達はどうする?」
「そうですね、私もフクちゃんとプルちゃんと一緒に部屋でゆっくりします」
「おれはこうえんであそぶ」
「キッカも!」
弟子達は簡単に予定が決まったようだ。のんびりと飛んで帰ってきたとはいえ、マルコとキッカは元気だな。
「裕太の兄貴! 食材って何を買ってきたんだぞ!」
ルビーがキラキラした目で聞いてくる。後ろではエメ達も興味津々な様子だし、なんかプレッシャーが。
「ああ、えーっと、悪いけど特に目新しい食材はないよ。でも、沢山買ってきたから、あとで渡すね」
「ありがとう。楽しみなんだぞ!」
目新しい物が無くても喜んでくれてよかった。帰ってくる度に、ルビー達が喜ぶ珍しい食材をお土産にするのは無理だもんな。
「ベルたちはー」
何かを期待する眼差しで俺を見るベル達。……お手伝いがしたいのかな?
「うーん、そうだね。じゃあ、楽園の見回りと、家の掃除をお願いしようかな。できる?」
「できるー」「キュー」「がんばる」「ククー」「まかせろだぜ!」「……」
大喜びで請け負ってくれるベル達。お手伝いがしたいってことで、間違いなかったらしい。
「じゃあ、よろしくね」
魔法の箒を渡すと、頭を寄せ合って相談をしたあと、楽しそうに家に向かって飛んでいった。見回りは掃除のあとにすると決めたようだ。意思の統一が早くなって、集団行動が上手になっている気がする。
「ノモス、お待たせ。それで、酒島の相談って何?」
俺としては、ようやく仲良くなれたモフモフキングダムの玉兎達に、美味しい物を貢いでモフらせてもらいたいから、簡単な相談であってほしい。
「うむ。まあ、直接見て話した方が早いじゃろう。シルフィ。裕太を酒島まで頼む」
「分かったわ。じゃあ、行きましょうか」
「えっ?」
なんだか分からない間に体が浮かび上がり、あっという間に酒島に到着する。せめて俺が返事をするまで待ってほしいな。あっ、もう酒島にお店が……。
「もうお店を作ったんだ」
「うむ。普通の飲み屋を3軒と、裕太が言っておったバーという店。それと宿屋じゃな」
ああ、だからオニキスも一緒に来たのか。バーに興味津々だったもんな。
「それで、相談って言うのは、このお店について?」
「うむ。普通の飲み屋の方は、問題ない。まあ、出せるのは儂等が作ったエールだけじゃがな。問題はバーと宿屋の家具なんじゃ。バーは聞いた話を再現してみたんじゃが、よく分からん。それと木製の物や食器の類は問題ないんじゃが、布が関係するベッドやソファーは、儂等が作るよりも人が作った方が物がいいでな」
ようするに、バーの確認をするのと、ベッドとかを仕入れてくればいいってことだな。ベッドやソファーに関しては、シルフィ達の家具を注文した時に一緒に注文しておけば、手間が省けたから、ちょっと残念だ。
「分かった。家具は俺がなんとかするよ。次に迷宮都市に行った時でいいよね?」
「うむ、それで問題ない。では、バーを確認してくれ」
「分かった」
お店の材質は、楽園でノモスやシトリンに作ってもらった家と変わらない。おそらく土や岩を固めて作ったんだろうな。
バーの外観は飲み屋と違って窓がほとんどない。俺が薄暗い雰囲気って言ったから、その影響だろう。あとは、重力石の酒島に土やら岩は無いのに、どうやってここに店を建てたのかが気になる。
「ねえ、ノモス。このお店を作った素材はどこから持ってきたの。わざわざ下から運んできた?」
「ん? ああ、下で店を作って、ここに持ってきたぞ」
なんてことないように言っているけど、人がやろうとしたらかなり大変なことだよね。精霊ってハンパない。まあ、今更驚くようなことでもないので、バーの扉を開けて中に入る。
……普通に扉を開けたけど、木の扉がスルっと軋み一つなく開いた。作ってくれたシドさん達には悪いが、俺の家の扉も、ノモス達に作ってもらおうかな?
「裕太、どうしたんじゃ?」
「いや、なんでもないよ」
今でも不便って訳じゃないし、壊れたら作ってもらう感じでいいか。さて、中を確認しよう。
……明らかに拘りが違う。重厚な木製のバーカウンターや木製の椅子は、高貴さすら感じるんだけど、どういうことなの?
「ねえ、ノモス。バーカウンターや椅子に使われている木って、普通じゃないよね?」
「おお、よく分かったな。裕太がバーカウンターは店の顔だって言っておったじゃろ。じゃから、ちょいと拘ってみたんじゃ。いい出来じゃろ?」
拘り過ぎなんじゃなかろうか? たしかにバーの漫画でそんな言葉が書いてあったから伝えたけど、俺が思っていたのと違う。
「なんの木を使っているの? 普通の木じゃないよね?」
「うむ。凄いんじゃぞ。元々は特別な木ではなく、そこら辺に生えている普通の木じゃったが、聖域で万の時を重ねたことで、自らの格を上げた大樹じゃ」
普通の木だったんだけど、万の時を生きたから、凄い木になったんだよってことか。たしか縄文杉とかでも何千年だったよな。テレビでしか見たことがないけど、凄そうな雰囲気を漂わせていた。
その縄文杉でさえ何千年なのに、このバーカウンターに使われている木は万の時を重ねているらしい。バカじゃないの? 常識って大事なんだよ?
「そんなすごい木を材料にしたら駄目じゃないのか?」
「ん? まあ、すごい木ではあるが、長生きしておるから大きいんじゃ。手入れの時に落とした枝で作ったんじゃが、まだまだ腐るほど残っておる。家具に使う分には問題ないわい。実際に手入れをした後の木は、大半が土に還っておるしな」
……そっか、大樹だもんね。大きいよね。剪定しただけで腐るほどの木材が手に入って、実際に腐らせているんだね。ドリーも微笑んでいるし、本当に問題はないんだろう。でも、マリーさんが聞いたら、血の涙を流しそうな話だな。
ノモスと話していると、クスクスとディーネの笑い声が聞こえた。
「ディーネ、どうしたの?」
「ぷふっ、だってノモスちゃんが自慢げなのが、お姉ちゃん、面白くって……」
「何が面白いんだ?」
「だって、ノモスちゃんがバーを作って、駄目だしされて、結局内装はドリーちゃんが作ったのよー。なのに、ものすごく自慢げなんだものー」
……あぁ、ノモスに美的センスを期待したら駄目だったな。でもディーネ、そこは触れないのが優しさだと俺は思うよ? まあ、ディーネにノモスをからかうような悪意はまったくなさそうだけど……悪意が無くてズバッと言っちゃうから厄介でもあるよね。
「ま、まあ、木の話は後でいいじゃろ。それよりもバーとはこれでいいのか?」
ノモスがディーネを無視して話を続ける。大丈夫。俺も美的センスには苦労しているから、ツッコんだりしないよ。
しかし、バーとはこれでいいのかって言われても……もうすでに、バーカウンターの時点で、俺が知っているバーとは違うよ。日本にある最高級のバーでも、これだけのバーカウンターは使われてないんじゃないか?
「……えーっと、内装に関しては大体がバーっぽいかな? でも、光がちょっと違うね」
バーカウンターに気を取られていたけど、内装を確認すると、古くて渋いタイプのバーが結構忠実に再現されている。俺の話でここまで再現できるのは素直に凄いと思う。
「む、しかしこれ以上光量を下げてしまっては、暗過ぎるんじゃないか?」
「あー、なんて言えばいいのか、間接照明?」
「間接照明?」
間接照明ってどう説明すればいいんだろう?
「ふむ。直接光を当てるのではなく、壁などに光を反射させ、柔らかな光を作り出すんじゃな。なかなか面白そうな発想じゃわい。こんな感じか?」
さっそくノモスが板を手に取り、光球を間接照明風にアレンジする。一生懸命に説明したけど、ちゃんと伝わったようでよかった。ノモスも美的センスはなくても、こういう感覚を掴むのは上手だよな。
「うん、そんな感じだね。それをもっと目立たない場所でやって、雰囲気をよくするんだ」
「なるほど、たしかに直接光が当たるよりも、暗い雰囲気を生かすにはピッタリじゃわい。さっそく……まあ、あれじゃ、だれか間接照明の配置をやってみるか?」
ノモス、さっそく自分で改修しようとして、あきらめたんだな。偉いよ。今晩は沢山飲もうな。
「ふふ、じゃあ私が。闇と光の新たな可能性だから、とっても興味深いわ。光源を隠しつつ、ある程度の明るさを確保するのよね」
「うむ、それならお主に頼む」
オニキスは間接照明に興味を引かれたようだ。新たな可能性って言っていたけど、間接照明の考え方が無いのなら、たしかに新たな可能性だよな。思ってもみないところで知識チートをしてしまった。
オニキスは今から間接照明に取り掛かるようなので、邪魔にならないように外にでる。意見を求められても困るから、速やかに脱出するのが正解だろう。
「裕太ちゃん、これからどうするのー?」
「ん? 残りの飲み屋は確認しなくてもいいのか?」
「んー? ノモスちゃん、どうなの?」
「飲み屋は、この世界の一般的な飲み屋から作る予定じゃから、内装の確認はいらん。バー以外の裕太の世界の飲み屋は、あとのお楽しみじゃな」
「だそうよー」
だそうよーって言われても、あとのお楽しみとか言われると、結構プレッシャーなんだけど。……キャバレーとか駄目だよね?
「分かった。考えておくけど、あんまり期待しないでね」
「それで、裕太ちゃん、どうするのー」
そういえばこれからどうするかだったな。夕食まではまだ結構な時間があるし、少し休憩したいな。
「ちょっと休憩したいね。ああ、そういえば浮島でお茶会ができるように家具を買ってきたから、のんびりお茶会をしようか。ローズガーデンの方はジーナ達が居る時がいいから、精霊樹の方でお茶を飲もう」
(ふふ、それだと大喜びしますね)
「ん? ドリー、何か言った?」
「いえ、なんでもありません。浮島でのお茶会、楽しみです」
ドリーが何か言っていた気がしたけど、勘違いかな? まあ、ドリーが変なことを言う訳もないし問題ないか。
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