三百九十六話 処女
最終的にちょっと迷宮のコアを怖がらせてしまう結果になったが、無事にコアに廃棄予定素材を渡し、転移陣と若返り草を手に入れることができた。
「あら、結構出入り口に近い場所に隠し部屋を作ってくれたみたいね」
「そうなの?」
ベル達には1層に居るかどうかを確認してもらっただけだから、場所までは知らなかったな。
「ええ、次の階段に進む道からは離れているから、ほとんど人通りもないし、いい場所よ」
なるほど、ちゃんとコアも考えてくれているんだな。次に行った時にはちゃんとお礼を言おう。あと、脅しちゃったことも謝らないとな。
「なら、ゆっくり歩いて迷宮を出ようか」
方針を固めて隠し部屋を出ると、出入り口が音もなくスッと閉まる。すごいな、閉まったら他の壁とまったく見分けがつかなくなった。場所を覚えておかないと、俺も分からなくなりそうだな。
俺が壁に触れると開くようなシステムにしてもらったけど、場所が分からなくなったら開けようがない。シルフィに教えてもらえば問題ない気もするが、隠し部屋の位置くらい自分で覚えておきたい。まあ、チンケなプライドだな。
のんびり歩いて出口に向かう。緊張感がないが、ベル達が縦横無尽に洞窟を飛び回り、魔物をサックリ倒してしまうので、俺の出番はない。
……最近、自分で戦った覚えがないよな。なんか開拓ツールが泣いている気がする。いや、一応、開拓ツールは開拓のための道具なんだし、喜んでいるのか?
でも、最近、開拓にすら開拓ツールを使う機会が減ってる。自分で物作りをしたり、自分で魔物を倒す機会を設けたりした方がいいな。
今戦うのは弱い敵しか出ないし、次に迷宮に入る時は、山岳地帯で採取をしながら軽く戦おう。物作りは……道具は色々と買いそろえてあるから、だいぶ前に考えた、精霊樹のツリーハウスを作ってみようかな。
考え事をしながらテレテレと歩くと、迷宮の出口に到着した。体感で500メートルくらいかな。本当にコアはいい位置に隠し部屋を作ってくれたな。
「ふぅ」
「裕太、まだ明るいけど、これからどうするの? 宿に戻る?」
日の光を浴びて背伸びをしていると、シルフィが話しかけてきた。んー、中途半端な時間だから微妙になにをするか困る。ほとんど動いてないから疲れてないし、帰るのももったいない。
……マリーさんに若返り草を届けに行くか? でも、このまえ会ったばかりなんだよな。あのテンションに週2で対応するのは辛い。
……結局渡さないと駄目なんだし、サクッと渡して退散すればいいか。ソニアさんも、この前は露骨に警戒しすぎて、機嫌を損ねちゃったし、注意しておかないとな。
(マリーさんに若返り草を届けてから帰るよ。話し合いになるだろうから、ベル達は遊びに行っておいで)
「あそぶー」「キュー」「たんけん」「クー」「やってやるぜ!」「……」
フレアが何をするのかは分からないが、元気に飛んでいったので、俺とシルフィはマリーさんに会いに雑貨屋に向かう。
「裕太様、いらっしゃいませ」
およ? ソニアさんが普通に店の入り口で出迎えてくれた。もう驚かすのはやめたのかな? まあ、それならそれでいい。若干寂しい気もするが、雑貨屋にくるたびに警戒するよりはマシだろう。
「ソニアさん、こんにちは。マリーさんにお会いできますか?」
「私ですか?」
「おふっ!」
ソニアさんに声をかけた瞬間、耳元にマリーさんの声が響いてビックリする。どうやらソニアさんに警戒が向いている隙に、マリーさんがこっそり忍び寄っていたらしい。
「裕太様、どうかされましたか?」
得意満面な表情で声をかけてくるマリーさん。明らかに狙ってやったよね?
「……ついに上司まで動員したんですね」
「なんのことでしょう? 私は部下として、マリーお嬢様を出迎えただけですが?」
うわっ、こんなに白々しい顔を初めてみた。しかも、その顔を存分に見せつけたあとに、言いがかりをつけられて、さも困っています的な顔をするのが腹立たしい。
「マリーは店の陰で待機して、裕太がソニアと挨拶をしている間に、ものすごく楽しそうに忍び寄っていたわ」
シルフィが真実を教えてくれたが、どうせなら驚かされる前に教えてほしい。まあ、ソニアさんに注意してって頼んではいたけど、マリーさんのことは頼んでなかったからってことなんだろう。
シルフィも危険な時はなにも言わずに守ってくれるけど、こういう場合は、面白そうな方の肩を持つからな。でも……なんか悔しい。
「あはは、そうでしたか。俺は近くによったので、ちょっと挨拶をしようかと思っただけなんですよ。マリーさんこんにちは。ここで会えてよかったです」
俺は魔法の鞄から若返り草を取りだし、見せつけながら強がりを言う。ふふ、資料をまとめただけあって、ちゃんと俺が持っているものが、若返り草だと気づいたな。
「では、挨拶も済みましたし、これで失礼しますね」
帰ろうとすると、ガシッと両肩を掴まれる。右肩はマリーさん、左肩はソニアさんか。
「離してくれませんか? 迷宮で疲れたので、宿に帰って休みたいんです」
「いえいえ、裕太さん、お疲れでしたら是非ともお店で休んでいってください。誠心誠意おもてなし致します」
「ふふ、裕太様、こんな美女2人に誘われて、お断りになるなんて、つれないことをおっしゃりませんよね?」
スッと体を寄せてくる2人にドキッとするが、俺はそんなにチョロい男じゃない。ベリル王国で遊ぶ前だったら危なかったが、今のところ、俺の狭量な心が嫌がらせを最優先しろと叫んでいる。
「えー、どうしよっかなー。なぜか知らないけどビックリしちゃったしー、宿に戻りたい気分かなー」
昔の女子高生のような話し方で2人を挑発する。
「ちょっと、ソニア、謝りなさいよ。儲け話が帰っちゃうでしょ。お肌がプルプルなのよ!」
裕太って名前ですらなく、俺のことを儲け話として認識しているのか。地味にショックだ。
「マリーだって面白そうだって積極的に参加したじゃない。あなたがお店のトップなんだから、その使い道がない体でも使って、お詫びしなさいよ」
「使い道がないってなによ。これでも、ソニアと違って私目当ての常連客が沢山いるのよ。使うなら、人気がないソニアの体を使えばいいじゃない。彼氏ができたこともないソニアにとって、初めて女の喜びを味わえるチャンスじゃないのかしら?」
「なによ、マリーだって彼氏ができたことないでしょ。あなたが彼氏だって言い張ってるのは従業員の息子で、子供のあなたのお守をしていたのよ。しかも、もう結婚していて、あなたも招待されたでしょ。元カノを結婚式に招待する訳ないじゃない。いつまで勘違いしてるの? 恥ずかしいのよ!」
……ごめんなさい。謝るから、俺を挟んで生々しい喧嘩をしないでください。冷静になると周りの視線が突き刺さってくる。
シルフィが大爆笑しているのはしょうがないとして、そこのおばさん、痴情のもつれねって勝手に納得しないでください。
***
「「先ほどは大変失礼いたしました」」
顔を蒼ざめさせて、地面に頭が届くんじゃないかってくらいに、頭を下げる、マリーさんとソニアさん。やりすぎたことを認識しているんだろう。
まあ、色々と言われて、傷ついたし興奮もしちゃったけど、だからといってそこまで怒ることでもないか。柔らかかったし……。
「いえ、俺が余計なことをしたので……こちらこそすいませんでした」
危うく眼前でキャットファイトが開催される寸前、俺も含めて雑貨屋の中に店員達に連れ込まれた。これ以上、お店の恥を世間に晒すのは不味いと判断したらしい。ナイスな判断だな。マリーさんのお店の店員さん達は優秀だ。
お互いに頭を下げたあと、この話題には触れないことにしようと、暗黙の合意がなされて、商談が始まる。
「先日お話ししたばかりなのに、もう手に入れられるなんて、裕太さんはすごいですね」
「いえいえ、俺がすごいんじゃなくて、コアがすごいんですよ。お礼のためにも、廃棄予定素材の収集をお願いしますね」
「もちろんです。お任せください」
「では、こちらが若返り草です」
若返り草を魔法の鞄から取り出し、テーブルの前に置く。マリーさんの顔が輝くが、普段のテンションと比べたら若干控えめに感じる。やっぱり先程の、世間に恥を晒したことが影響しているんだろう。
自分の店先で、自分が処女だって大声で暴露していたからな。今、冷静に話せているだけですごいことだと思う。俺なら、悶え苦しんで地面を転げ回る自信がある。
「えーっと、若返り草があれば、すぐに成分を抽出できるんですか?」
「ええ。薬師ギルドには製法が残っていますので、順調に話し合いが終われば、すぐにできると思います」
薬師ギルドが間に入るのか。
「えーっと、絶滅したと思われている薬草なんですよね? 間にギルドを入れたら、揉めませんか?」
「問題ありません。魔力草、万能草、神力草の時点で、現物を持つポルリウス商会と薬師ギルドの力関係はハッキリさせてあります」
にこやかに薬師ギルド相手にマウントを取ったことを告げるマリーさん。ポルリウス商会は着々と影響力を広げているようだ。
「大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫です。ふふ、冒険者ギルドがわずかに魔力草と万能草を供給するようになって、神力草ももうすぐ手に入ると、薬師ギルドが生意気にも商談を要求してきましたが……若返り草で完璧な力関係を築いてみせます」
無茶なことをして、薬師ギルドの反発が心配だって意味だったんだけど、更に強気で攻めるみたいだな。どうしたものか……。
なんとなく不安になったが、若返り草の代金は投資に回してもらうことにして、疲れたので宿に戻ることにする。迷宮よりも疲れる雑貨屋ってどうなんだ?
***
迷宮での、いや、雑貨屋での疲れは、ベル達と戯れたことで癒された。
訓練から戻ってきたマルコとキッカと夕食を取り、リーさんの訓練の話を聞いたが、無茶な訓練はされていないようで、一安心だ。ジーナとサラも戻ってきたし、あとはのんびりするか。
「師匠、ちょっといいか?」
「ん? ジーナ、どうしたの?」
さっき別れたばかりなのに、ジーナが部屋に訪ねてきた。
「ああ、さっき言い忘れたんだけど、トルクさんが師匠に相談があるから時間がある時に来てくれないかって言ってた。あと、なんかトルクさん達、滅茶苦茶元気になってた」
あぁ、ヴィータの治療が効いたんだな。マリーさんと違って疲れが表に出るくらいだったから、効果は抜群だったんだろう。あとでヴィータにお礼を言っておこう。
「分かった、明日にでも顔を出すよ。あと、トルクさん達が元気になったのは、ヴィータにちょっとお願いしたからだね。言うのを忘れてたよ」
「なんだ、そうだったのか。いきなり元気になったからちょっと驚いたよ。じゃあトルクさんには明日師匠が顔を出すって伝えておくね。お休み」
たしかにいきなり元気になったら驚くよな。あと、トルクさんの相談ってなんだろう? トルクさんに限って、俺に面倒ごとを持ち込んだりしないよね?
読んでくださってありがとうございます。




