三百九十五話 なんかごめんね
マリーさんのところに行って、迷宮のコアに作ってもらう物を聞くと、若返り草と言う、ダジャレのような、人間同士で血まみれの争奪戦が起りそうな薬草をリクエストされた。神力草よりも騒ぎになりそうなのは気のせいなんだろうか?
「こあー」「キュー」「げんき?」「ククー」「こぶん!」「……」
101層に降り立つと、ベル達が迷宮のコアに向かって突撃した。コアもチカチカと点滅しているので、喜んでいるっぽい。
まあ、ベル達の姿は見えないし、声も聞こえないらしいから、俺が来たのを喜んでくれてるってことか? ちょっと照れる。
しかし、シルフィに頼んで、トイレ休憩以外の寄り道もしなかったから、かなり短時間で到着したな。体感だと15時間くらいな気がする。
「ゆーた、ごはん。こあといっしょー」
ベルが元気いっぱいに朝食をリクエストしてきた。飛んでいる間に朝食を済ませるつもりだったが、ベル達がコアと一緒に食べることを希望したので、今日はちょっと遅い朝食だ。
「分かった。今準備するね。えーっと、コアも朝食、食べるよね?」
チカッと1回、大きく光るコア。ちゃんと返事の仕方を覚えていたんだな。ベル達もコアにご飯を食べさせるのを楽しみにしていたし、急いで準備しよう。
コアに食べさせることも考えて、屋台の串焼きやサンドイッチを魔法の鞄から取り出し、朝食を始める。
「こあー、これたべるー」
さっそくベルが串焼きを持ってコアに突撃する。よく考えたら、コアに通訳しながらご飯を食べないといけないし、俺、結構大変だな。
まあ、ベル達も楽しそうだし、コアもチカチカと喜んでいる様子だから、コアの近くにいる時くらい頑張るか。
ベル達とコアの通訳をこなしつつ、自分も朝食を食べながら、ベル達の食事の面倒をみるという、地味に大変な朝食が終わった。ふぅ、改めて思う。保育士さんって大変だよな。
「えーっと……なんか朝食が終わったばかりで言うのも何なんだけど、廃棄予定の素材とかを沢山持ってきたから、吸収する?」
朝食が終わってコーヒーを飲みながら少しまったりしたあと、本来の目的をコアに告げる。なんていえばいいのか、食事が終わったあとに、また食事を勧めるようで、変な気分だ。
チカッと1回の点滅。まあ、これだけ巨大な迷宮のコアなんだ。朝食を食べたくらいで廃棄予定素材の吸収ができないはずないよな。
どうすればいいのかをコアに聞くと、部屋の中に廃棄予定素材を置けば、勝手に吸収するらしい。別に迷宮内ならどこからでも吸収できるそうだが、コアに近いほど吸収の効率は上がるそうだ。なら、簡単だな。この部屋に廃棄予定素材をドンドン放出すればいいだけだ。
「じゃあ出すよ。あっ、シルフィ。悪いけど、臭いが俺まで届かないようにしてくれ」
むさくるしい冒険者達の血と汗と涙の臭いを、もう一度嗅ぐのはごめんだ。そして、そんなものをコアに食べさせようとしているのがちょっと申し訳ない。まあ、あれだ。コアには鼻がないから大丈夫だよね。詳しく確認はしないけど……。
シルフィがOKしてくれたので、コアの前に廃棄予定素材を魔法の鞄から出して積み上げる。
迷宮のコアはチカチカと点滅をしながら、廃棄予定素材を次々と掃除機のように吸い込んでいく。なるほど、近ければ近いほど吸収の効率が上がるってのはこういうことか。
この場所以外だと、コアが直接吸収できないから、迷宮を通してコアに養分を運ばないといけない。その過程でコアから遠いほどロスが出たりするんだろう。
「べるもー」「キュー」「おてつだい」「クーー」「こぶんのめんどうをみるぜ!」「……」
……あっ、ちょっと。最初は面白そうにコアの吸収を見ていたベル達が、自分もやってみたくなったのか、素材を手に取りコアに運び出した。
ふよふよと素材を持ってコアに向かい、ポイっと素材を投下。自分達が投下した素材が吸い込まれるのを見て、手足をばたつかせながら大喜びしている。
「シルフィ。ベル達、巻き込まれたりしないよね?」
スポッて吸い込まれたら、洒落にならないよ?
「んー、裕太と契約しているから、簡単に吸い込まれることはないわね。それに、コアがバカなことをしたら、私が一瞬で切り刻むから心配はいらないわ」
シルフィ、怖いけど頼もしい。それに、契約していなかったら精霊も吸い込まれるのかな? ああ、メラルが契約前に迷宮に入るのを拒否したのは、こういう理由もあったのか。世界との繋がりが薄いから、なにかの拍子で迷宮に取り込まれる可能性があったんだな。
迷宮のコア……無害にチカチカ光るだけだと思っていたけど、しれっと危険だった。
まあ、シルフィがいれば何とでもなるようだし、コアもベル達を吸い込もうとはしてないようだから、安心しても大丈夫か。
問題ないことを確認したので、安心して魔法の鞄から素材を取りだす。大量のゴミ……いや、素材があるから、微妙に時間がかかりそうだ。空に浮かんで、廃棄予定素材を全放出すれば簡単なんだけど、ベル達が楽しそうにお手伝いをしているから、今じゃないな。あきるまで待とう。
***
「どうだった? これで少しは力が増えた?」
時間を掛けながら全部の廃棄予定素材を迷宮に渡し終わった。なんかペットに餌をあげる感覚だったのか、最後までベル達があきることがなく、楽しそうだったのは予定外だったな。
チカッと1回光ったってことは、少しは力が増えたってことだろう。
「新しい層が作れるくらい力が溜まった?」
チカチカと2回点滅。さすがに、1回廃棄予定素材を届けただけで、新しい層が作れるほどの力は溜まらないか。
「1層とこの部屋を繋ぐ転移陣は作れそう?」
チカッと1回点滅。それくらいは問題ないんだな。これで第一目標の転移陣はなんとかなる。シルフィに頼めば1日かからないとはいえ、廃棄予定素材を届けるたびに繰り返すのは申し訳ない。
本来なら採取に便利な層にも転移陣を設置してほしいんだけど、俺から力を失うほど乱獲された迷宮のコアに、採取を便利にしてほしいとは頼みづらいよね。
「あっ、1層の転移陣の部屋は隠し部屋にして、俺がいないと使えないようにできる?」
1回点滅。これも問題ないようだな。そうだよな。自分まで簡単にたどり着ける転移陣を、誰でも使えるように設置はしないよな。
あとは、若返り草がどうなるかだな。とりあえず、マリーさんからもらった資料をもとに、プレゼンをするか。
意外とあっさりプレゼンが終わった。いや、それ以前にプレゼンの必要すらなかった。若返り草って知ってる?って聞くと、チカッと1回点滅。
作れるかと聞くと、チカッと1回点滅。すべて解決だ。迷宮のコアの知識ってどうなってるんだろう?
「えーっと、じゃあ転移陣と若返り草を作ってくれるかな? 若返り草は無理しない程度でいいからね」
コアがチカッと1回点滅すると、石畳の上に呆れるくらいに緻密な魔法陣が浮かび上がった。あれが転移陣なんだろうな。どんなものなのか、俺にはよく分からないが、人を瞬間移動させるだけあって、かなりの細かさだ。
魔法陣に注目していると、コアの部屋の一角がモコモコと動き出した。いつの間にか石畳が消えて土がむき出しになり、そしてワサワサと植物が生えてくる。うん、あれが若返り草か……。
なんか土の精霊と森の精霊の合わせ技を見ているようだな。現に、トゥルとタマモが興味津々な様子で、若返り草が生えた場所を観察している。
結構あっさりと、しかも結構な範囲に若返り草を生やしてくれた。なんといえばいいのか、あれが全部若返り草なら、えげつない量になるな。
「ありがとう、コア。無理してない?」
チカッと1回点滅。無理はしていないらしい。ただ、俺に迷宮のコアの表情を読む能力はないので、本当のところは分からない。次の廃棄予定素材も、忘れないように持ってこよう。
俺とベル達で若返り草を採取……いや、収穫する。畑みたいなところに、ワサワサと生えていたら、採取って言葉の違和感がすごい。
***
「じゃあコア、色々ありがとね。次も廃棄予定素材を持ってくるよ」
若返り草を採取したあと、全員で昼食を食べて帰ることにする。転移陣が設置できないことを考えて、3日のスケジュールを組んでいたけど、ほぼ1日でスケジュールがこなせたな。
「裕太、ちょっと待ちなさい」
転移陣に向かおうとすると、シルフィから制止の声がかかった。
「シルフィ、どうしたの?」
「裕太のその警戒心のなさは嫌いじゃないけど、もう少し慎重に行動することも覚えなさい」
なんかいきなり軽くお説教をされてしまった。なんかミスったか?
「はぁ、裕太。あなた、何も考えずに転移陣に乗ろうとしたでしょ。自分では自覚はないようだけど、裕太は迷宮のコアにとって、もっとも恐ろしい人間なのよ。転移陣なんて、罠に使いやすいものに乗るんだから、最低限の安全を確保しないと駄目でしょ」
よく分かっていない俺に、シルフィがため息をつきながら教えてくれた。……なるほど、転移先が危険な場所だったり、転移できないで消滅みたいなこともある訳か……。うわっ、ゾッとした。俗にいう、石の中にいるってなってたかもしれないのか。
「ありがとうシルフィ。危険性は認識したよ。でも……危険か危険じゃないかなんてどうやって確認するの? 俺には魔法陣のことなんてよく分からないよ? ノモスに確認すれば少しは分かるかもしれないけど、ノモスも迷宮の魔道具は全部は理解できないって言ってたから、難しいんじゃないかな?」
どっかで生贄代わりのモンスターを捕まえてきて、代わりに転移してもらうことも可能だけど、結局、転移先に確認に行かないと分からないし、俺がいない間に魔法陣をいじくられたら無意味だ。
「そういう、小難しい解決方法は必要ないわ。裕太が私の存在を迷宮のコアにしっかり教え込めばいいのよ。そうして、事故が起こったら、私がコアをバラバラにするって教えてあげなさい」
ん? どゆこと?
…………コア……なんかごめんね。……シルフィが言った通りに、迷宮のコアに大精霊の存在を実演付きで紹介した。
シルフィが迷宮のコアの目の前で、洒落にならないくらいに風を凝縮した時なんか、コアは怯えているのか、点滅が不規則で……ベル達が、コアをいじめちゃ駄目って止めなければ、ショック死していたんじゃないか?
このあと、俺が転移してシルフィを召喚するまで、シルフィがここに残るって伝えたけど、大丈夫なのか?
……とりあえず、一刻も早く転移して、シルフィを召喚しよう。コア、気持ちを強く持ってね。
初めての転移の興奮もなく、急いで転移陣に乗りこみ、ベル達に無事に1層に転移できたことを確認してもらい、シルフィを召喚した。あっ、これだけは言っておかないとな。
「シルフィ、悪役みたいな真似させて、ごめんね」
「ふふ、私は裕太の契約精霊なんだから、そんなことは気にしないわ。でも、もう少し危機管理はしっかりできるようになりなさいね」
ごもっともです。あれだな。シルフィには足を向けて眠れないな。まあ、シルフィがどこで寝ているのかなんて分からないんだけどね。
読んでくださってありがとうございます。