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三百八十八話 落ちる

 ガッリ親子とその親戚を捕らえ、イフが想像していた以上の派手さでガッリ侯爵家の屋敷を欠片も残さず消滅させた。


 あれだけ大きかった屋敷が綺麗さっぱりなくなり、屋敷があった場所には大きな穴が開いている。穴が本物の太陽の光に照らされキラキラと輝いているのは、高熱で土が溶けてガラスみたいになっているからなんだろうな。


 土地に穴が開くのは予定通りなんだけど、ここまで大きな穴が開くのは想像してなかった。自然破壊なのは間違いないけど、大精霊のイフが許容範囲を間違えるとも思えない……イフのテンションの高さが気になるところだ。


 ……まあ、頼んだのは俺なんだし、もし土の精霊が怒ったら、イフと一緒に怒られる覚悟くらいはしておくか。俺だけ怒られるのは断固拒否だ。


「儂の屋敷が消えた。栄光あるガッリ侯爵家の屋敷が……」


 ガッリ侯爵が呆然とした状態から、うわごとを発し始めた。マイホームがなくなったらショックは大きいよな。


「うふふー、次はお姉ちゃんねー」


 ショックを受けているガッリ侯爵もなんのその、ディーネが元気に自分の出番を主張した。もうこれで十分じゃないかって思っていたが、ディーネは違うらしい。


 ディーネが俺の顔をじっと見つめる……ちくしょう、さっきのイフの時の詠唱でも心が痛いのに、あきらかに俺に詠唱しろって目が言ってる。大精霊達を爆笑に導いた詠唱を再びしろと? しかも即興で? 今の俺の気持ちの全てを視線に込めて、ディーネの目を見つめる。


 無駄なようだ。俺の切実な気持ちを込めた視線は、ディーネのワクワクした視線にはじき返された。まあ、ディーネがイフの時の詠唱を見て、自分に詠唱がないのを納得するはずないよな。


「裕太ちゃん。お姉ちゃんは清らかなる水の乙女とか、そんな感じの響きが素敵だと思うわー」


 そのうえ、言葉にするのも恥ずかしいような単語のリクエストまで……いっそ殺して。


「………………契約者たる我が、清らかなる水の乙女に願う。この乾いた大地に水の祝福を与えたまえ……」


 なんだよ。シルフィ、イフ、ドリー、そんなに優しい目で俺を見るなよ。そんな目で見るくらいなら、いっそのこと大爆笑してくれよ。


「んー、なんか短いわー。でも、お姉ちゃん、清らかなる水の乙女だから気にしないわー。えーい」


 詠唱が短いことが気になったようだが、清らかなる水の乙女が詠唱に入っていれば満足なのか、ニコニコと気の抜けた掛け声でディーネが術を行使した。


 穴からドンッと水柱が天高く打ち上る。ディーネも派手さを意識したのか、王都中から確認できそうな高さの水柱だ。


 契約してなかったからしょうがないのは分かっている。でも、水不足で命がかかっている時はあれだけ苦労したのに、ディーネの出番のために作らなくてもいい泉を作るのがこんなに簡単だと、ちょっとむなしい。


 ああ、でも、詠唱をするくらいなら、自分で水脈まで穴を掘った方がマシかな? 周囲で言葉を失っているガッリ一族の関係者の詠唱の記憶、どうにか消せないだろうか?


 ディーネが泉を作ったあとに、泉の周りにドリーに美しい花畑を作ってもらった。この時は、俺の必死の訴えを込めた視線により、ドリーは詠唱するふりで術を行使してくれた。俺はドリーのために、酒樽を山ほど用意することを決めた。


 しかし、綺麗な景色だな。キラキラと輝く澄んだ泉と咲き誇る花々。百花繚乱ってこの景色のための言葉なのかもしれない。


 この場所、公園として残してくれないかな? 精霊術師の破壊と再生を見せつけられるから、いい宣伝になるんだよな。特に、壊すだけじゃなくて、環境をよくすることが精霊術師ならできるんだって分かってくれたら嬉しい。それなら、誤爆とかをあまり気にしないで精霊術師が活用できるはずだ。


「裕太、ボーっとしてないで次に行くわよ。最後の詰めなんだから油断しないようにね」


 羞恥心を忘れるために現実逃避していると、シルフィが声をかけてきた。どうやらシルフィは、最後の詰めまでキッチリやるのをお望みのようだ。


 もう十分と言うか、俺の心が悲鳴を上げているんだが……ジーナ達を狙ったんだ、師匠としてしっかり止めを刺すべきなんだろう。再び詠唱をするふりを始めると、風が俺とガッリ一族を包み込み、空に浮かび上がる。


 意味の分からない状況に喚き散らすガッリ一族を無視して、空からガッリ一族の屋敷周辺を見ると、兵士らしき格好をした集団が敷地を取り囲んでいる。


 シルフィの風で中に入れないんだろうが、騒ぎは伝わっているようだな。まあ、あれだけの異常が起こったんだ。気づかれない訳がない。


 そういえば、王都の人の動きも激しい気がする。この異常事態に驚いてるんだろうな。お騒がせして申し訳ないが、騒ぎはまだ続くので、兵士の皆さんには頑張って民間人を落ち着かせてほしい。


 ***


「さて、みなさん、うるさいので黙ってください」


「黙れだと、この状況でふざけたことを言うな。さっさと下ろせ!」


 たしかにごもっともなご意見だ。落ちたら助からない高さに意味も分からず浮いていたら黙っているのは無理だろう。でも、黙ってもらわないと話ができないから困る。


「ガッリ侯爵、それでも黙ってください。精霊術師の術って不安定なのはご存知ですよね? 今は安定していますけど、それもいつまで続くか分からないので、早く終わらせた方がいいと思いませんか?」


「くっ、なぜこんなことをする!」


 どうやら話し合いに応じる気になったようだ。顔はかなり蒼ざめているけど、意外と冷静だな。


「報復ですよ。あなた方が俺の弟子を誘拐して、俺を脅そうとしたことへの報復です」


「そんなことは知らん。貴様、そんなありもせん妄想でガッリ侯爵家に牙をむいたのか。愚か者め!」


 貴族ってのは面の皮が厚くないとできないのか? 顔は蒼ざめてはいるが、ウソを言っても表情には罪悪感の欠片も見当たらない。


俺は顔に出やすいらしいから、ポーカーフェイスは羨ましいスキルなんだけど、こいつらを見ると別に必要ないかなって思うから不思議だ。人間、正直が一番ってことなのかもしれない。


「いい訳や知らないふりは結構です。そこに浮いている人を見ても状況が分かりませんか?」


「なっ、爺!」


 メッソン男爵のことを爺って呼んでいたのか。貴族的だな。


「生きてはいますが、今は眠ってもらっています。この人に全部話を聞いて、あなた達のやろうとしたことは分かっているんですよ」


「ふん、くだらぬことを言うな。儂はなにもやっておらん。やってもおらんことを爺が言う訳ないだろう」


 およ、クズな主従でも信頼関係はあるのか。メッソン男爵が自白していないことを確信しているようだ。でも、そんな信頼は通用しない。


「そう思っているのはあなただけなのでは? メッソン男爵は色々と教えてくれましたよ。例えば、旅をしていた間にムカついた相手を攫う人員まで派遣したそうですね。まじめに仕事をしただけの門番、あなた達をバカにした冒険者等々、どこに何人派遣したかまで教えてくれましたけど、信じられませんか? まあ、あなた達に信じられなくても、証拠にはなるので問題はないんですがね」


 メッソン男爵に経過報告に来た人の話を、シルフィが教えてくれたんだけど、聞いた時は正気を疑ったな。それくらいで人を他国に派遣して攫ってくるって、アグレッシブすぎるだろう。


 俺が別の国に放り出した結果、他国の罪もない人達にとんでもない迷惑をかけるところだった。


 いや、すでに旅の間にガッリ親子が迷惑をかけている可能性は高いんだから、手遅れだな。よく考えたら産廃の不法投棄をしていたようなものだし、反省して今回はキッチリと型にはめよう。


 俺の話を聞いて愕然とした表情のガッリ侯爵。それくらいメッソン男爵を信頼していたようだ。意外と早くあきらめて「ふん、爺がなにを言ったか知らんが、儂には関係ない」……はくれないようだ。


 素早く立ち直り、すでに開き直ったのか、爺が勝手にやったことだとか、儂は何のことか分からんが、高々他国の平民を攫うくらいで何の罪になるやら、好き放題に自己弁護するガッリ侯爵。超絶にウザい。


「裕太、落とす?」


 シルフィも俺と同じ気持ちだったらしい。そうだな、俺に上手に拷問なんてできないから空に連れてきたんだ。その効果を味わって大人しくなってもらおう。目でシルフィに合図をすると、蔓でグルグル巻きされたまま浮かんでいたガッリ侯爵が、悲鳴をあげながら落ちて行った。


「ち、父上!」


「おっと、いけない」


 少し慌てた風に詠唱するふりをすると、地面の落ちるギリギリのところでガッリ侯爵を風で拾い上げる。ん? シルフィが顔をしかめた。……拾うのを失敗したとか言わないよね? もしかしてグチャグチャ?


 ガッリ一族がキャンキャンと騒ぐ中、固唾をのんでガッリ侯爵が落ちて行ったところをみつめる。あっ、グングンとガッリ侯爵が風に運ばれてきた。気絶はしているようだが、グチャグチャにはなってないし、なんでシルフィは顔をしかめたんだ?


「ふぅ、ギリギリ間に合いました」


 ガッリ侯爵が戻ってきて、笑顔でガッリ一族に話しかけると、親戚の方が残念そうな顔をした。親戚の方は軟禁されていたし、ガッリ侯爵が死んだ方が嬉しいのか。骨肉の争いってやつだな。


「さてみなさん、先ほども言った通り、精霊術って不安定なんですよね。あんまり騒がれるとうっかり落としてしまうかもしれません。みなさんも死にたくなかったら、俺の集中力を乱さないようにお願いしますね。今度は間に合わないかもしれませんから……」


「ならばここから下ろせ! ガッリ侯爵家の人間を危険にさらすなど、極刑に値する罪だぞ!」


 なんでガッリ子爵はこの状況で強気なんでしょう? 俺、脅したよね? うっかりしちゃったら死んじゃうよって教えたよね?


 ガッリ子爵以外の人達はガクブルだし、確実に脅しになっているはずなんだが、俺の脅し程度ではガッリ子爵には通用しなかったらしい。


 しょうがないから今度はガッリ子爵にうっかりしよう。シルフィに視線でお願いをして、悲鳴を上げて落ちていくガッリ子爵を見送る。


「さて、今度は間に合うんでしょうか?」


 おもむろにそういって詠唱するふりをすると、しばらくしてガッリ子爵も気絶したまま運ばれてきた。またシルフィがしかめっ面をしたけど、ガッリ親子を運ぶのが嫌なのかな?


「ふぅ、2人とも寝ていては話ができませんね」


 ん? 今ならガッリ親子を殴って起こしても問題ないか? いつ殴ろうかとタイミングを計っていたんだけど、人を殴るタイミングとかよく分からないし、ストレス発散のチャンスが巡ってきた!


「ちょうどいいから、罰として殴って起こしましょう」


 シルフィに目線をやって詠唱するふりをすると、本当にいいのね?っと確認するような顔をした。どうしたんだ? シルフィ達なら話しても聞こえないから、声をかけてくれても問題ないんだけど?


 よく分からないが、シルフィがガッリ親子を俺の目の前の移動させてくれたので、手加減を考えつつも拳を振りかぶる。


「クサッ。えっ? なんでこんなに臭いの?」


 いきなり鼻に飛び込んでくる異臭。どうしたことかと近づいてきたガッリ親子を確認すると、大も小も漏らしていました。なるほど、シルフィのしかめっ面はこういうことか。声に出して教えてくれればいいのに。


 あっ、もしかして、ガッリ親子の糞尿が王都の街並みに降り注いだ? ……シルフィがなんとかしていてくれるはずだ。そう信じよう。


「えーっと、なんか嫌なので、そちらで起こしてください」


 再び詠唱のふりをすると、シルフィがガッリ親子を家族の元に移動させてくれた。飛沫とか怖いし、殴るのは綺麗になってからだな。


 たぶんガッリ子爵の2人の弟が、嫌そうな顔をして父親と兄に洗浄の生活魔法を連打する。綺麗にしてくれてよかった。漏らしたままの方が惨めな気もするが、あとで捕まえる人が可哀そうだもんな。


 あっ、蹴った。縛られているからしょうがないとはいえ、父親と兄に蹴りを入れる2人が、そこはかとなく嬉しそうだったのは気のせいなんだろうか?


 ……蹴った反動で体が揺れて、悲鳴を上げていたからよく分からなかったが、あの2人の相手をするのも疲れるだろうから、嬉しかったのは間違いないだろうな。


 蹴られた反動でガッリ親子が目覚め、ボーっとしたあとに現状を再認識したのか、再び騒ぎ出した。もう、この2人が騒ぐのはデフォルトだな。


 あと何回かヒモ無しバンジーを飛んでもらって、騒ぐ元気がなくなってから話を再開するか。変なしぶとさをみせて、ヒモ無しバンジーに慣れるなんてことがないと信じたい。


読んでくださってありがとうございます。

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