三百八十七話 太陽
メッソン男爵を捕らえたあと、ギルドマスター達と別れてマルコとキッカ、ベル達をメルに預けて無事に出発……ちょっと手間がかかることがあったが、出発できた。
「ふふー、お姉ちゃん頑張るわー」
ちょっとした手間の原因がものすごく張り切っている。まあ、こういうイベントでディーネを置いていくと、あとで拗ねるわよって言われたから迎えに行っただけなんだけど、ご機嫌なら俺も嬉しいし、シルフィの忠告に感謝だな。
そのついでに、俺が遅くなったらメルの工房に行くようにと、ジーナとサラに伝言できたし、これまたシルフィのアドバイスでディーネの代わりに、ヴィータを召喚してジーナとサラの護衛に付くようにお願いしてきた。
争いが嫌いなヴィータに護衛を頼むってどうなんだろうとも思ったが、別に殺す必要もないし、人間を傷つけずに動けなくするくらいなら簡単なので問題ないらしい。
いままでヴィータは争いには向かないって思っていたけど、よく考えてみたら体力なんかの生命エネルギーを吸い取れば人は動けなくなる。傷つけずに、敵を無力化するには最適な精霊だってことだな。
その話を聞いて、最初から召喚しておけばって思ったし、ガッリ親子の捕縛に付いてきてもらいたいって思ったけど、争いが確定している場所に行くのは遠慮したいらしい。精霊って色々難しい。
一応、ノモスにも声を掛けたんだけど、遊びみたいなものなら、酒島や新しい酒を優先じゃって言われちゃったし、契約精霊ってなんだろうって偶に思う。いや、ちゃんとお願いしたら聞いてくれるとは思うんだけど……。
「なっ、なんじゃこれは! なぜ儂が飛んでおる! 夢か!」
あっ、気絶していたメッソン男爵が起きた。たしかに目が覚めて空を飛んでいたら夢だと思うよね。
「裕太、うるさいから気絶させてもいい? それとも何か話すことでもある?」
メッソン男爵はガッリ親子に見せるだけだから、特に話す必要はないな。ぶっちゃけ最後まで気絶していてくれると助かる。
「うん、気絶させてあげて」
「ん? なんだお前はウッ……」
俺の声に反応したメッソン男爵がなにかを言っている途中に、シルフィに気絶させられて静かになった。メッソン男爵にとって、この場所には俺しかいないように見えるから、起きていたら延々と文句を言われそうだから助かる。
静かになったところで王都での行動の最終打ち合わせをする。俺の中でディーネはいないはずだったから少々行動の変更が必要になるが、派手になる分には問題ないだろう。
ふう、イフからも宿題を出されちゃったし、王都まですぐに到着しちゃうから時間が足りないな。シルフィに少しゆっくり飛んでもらおう。
***
ガッリ侯爵家の屋敷の少し離れた場所に到着した。侯爵家だけあって、周囲の屋敷も大きく、こんなところで騒ぎを起こすかと思うと、ちょっと緊張する。この屋敷の前まで歩いてきたのは失敗だったかもしれない。
最初は空から勝手に王都に入ろうかとも思ったが、どうせ俺の仕業だってバレるだろうから、無駄に犯罪行為を重ねる必要もないだろうと、ちゃんとギルドカードを提示して王都に入った。侯爵家を襲うのに、微罪を気にしすぎな気もする。
メッソン男爵は空からシルフィに運んでもらったし、不法侵入者はメッソン男爵だけってことになるのがなんか面白い。まあ、城門で氏名を記入している訳でもないし、バレないだろうけど、バレて怒られたら面白いよな。
「シルフィ、屋敷の中にガッリ親子は居る?」
「ええ、居るわよ。ガッリ親子以外にも、偉そうなのが2人と見張りがついて部屋に軟禁されているっぽい2人が居るわ」
うーん、そう言えばガッリ子爵の弟達と、爵位の跡目を争っている親戚が居るって聞いたことがある。たぶん家族と親戚なんだろうな。メッソン男爵を起こせば全部分かるだろうけど、素直に教えてくれるはずないし、家族も評判悪いらしいからついでに全員ご招待するか。
「シルフィ、偉そうな人と捕まっている人、全員を連れていける?」
聞くまでもなく大丈夫だろうけど、面倒がるかもしれないから、ちゃんと確認しておくべきだ。
「ええ私は構わないけど、人数が増えたら時間がかかるわよ?」
その心配もあったか。2人の予定が6人、単純に考えれば3倍の時間がかかることになる。
「んー、でも、中途半端に悪いのを残しておいてもしょうがないし、全員連れて行こう」
噂だけで悪人と決めつけられるのも可哀そうだけど、なんにも悪いことをしていなければ、怖いだけで済む。身内にバカが居たことが不幸ってことで納得してもらおう。
「分かったわ。じゃあ、さっそく始める?」
「そうだね、始めようか。殴り込みだ」
言葉と同時にガッリ侯爵家の屋敷の門に向かう。殴り込みなんだから正面から行くべきだろう。強者の余裕ってやつだな。
実際には虎(大精霊)の威を借るキツネとも言えるが、開拓ツールでも頑張れば同じようなことができるはずだから結果は同じってことにしておこう。
「なっ、メッソン男爵! 貴様、なんのつもりだ!」
植物の蔓でぐるぐる巻きになって気絶しているメッソン男爵を見て、門番の2人が槍をこちらに向ける。言葉を交わす前から俺が敵だと分かったらしい。
俺が詠唱したふりをすると、ディーネがエイっと右手を振り、水球が2人の門番のボディに決まり吹っ飛ぶ。すかさず、ドリーが倒れた2人の門番を蔓でグルグル巻きにする。
今回も人目がある時は詠唱のフリをすることにしているが、本気の詠唱は回数が多くなると辛いので却下にしてもらった。
「おーし、いくぜ!」
イフが右手に火を灯し、グルグルと振り回すと、思いっきり門をぶん殴った。拳が門に当たった瞬間、火が爆発的に広がり轟音とともに門がはじけ飛ぶ。
うわー、門の残骸が地面に落ちる前にチリになって消えたよ。今回の殴り込みのコンセプトは派手にってことだけど、目の前でこういう派手な技を見ると、このあとがすごく不安になる。
「よーし。裕太、いくぜ!」
イフ、すっごく楽しそうだ。まあ、イフには人の相手は遠慮してもらっているから、派手に物を壊すくらいは、しょうがないか。
「分かった。すぐに行くけど、シルフィ?」
「風で屋敷を囲ったから、誰も出入りできないわ」
よし、これで誰も逃げ出せないし、外から余計な邪魔が入ることはない。おっ、門の脇の家からゾロゾロと武器を装備した兵士が飛び出してきた。あの家はガッリ侯爵家の私兵の詰め所だったようだ。
「貴様、ここをどこだと思っている!」
出てきた兵士が武器を構え、俺を取り囲みながら口々に威嚇してくる。さっそく詠唱をするフリをすると、取り囲んだ兵士に向かって、風、水、植物が一斉に襲い掛かり次々と兵士を吹き飛ばしていく。
これって、俺が一気に3つの属性を操っているように見えるんだろうな。精霊術師は化け物か!とか思ってくれたら、それはそれで精霊術師の株が上がるから嬉しい。
倒れた兵士はドリーが器用に捕らえてくれるから、放っておいて先に進むか。詠唱のふりをしながら兵士達を弾き飛ばしながら進む。……今の俺って結構カッコいいんじゃなかろうか?
気分よく先に進むが、嫉妬を覚えるくらいに庭が広いので、シルフィに頼んで低空で飛んで進むことにした。途中で気分が悪くなりそうな銅像が設置されていたが、イフがきれいに消滅させてくれたので、少し気分がよくなった。
「どーん!」
イフが屋敷の大きな扉を消滅させると、屋敷の中が大騒ぎになる。
「シルフィ、お願いね」
「片っ端から案内すればいいのよね?」
「うん、かなり広い屋敷だから、急ぎ目でお願い」
「じゃあ、まずはこっちからね」
シルフィの案内に従い屋敷内を進み、目に付いたものを全部収納し、屋敷に居る戦闘員はシルフィ達にぶっ飛ばされて捕獲。非戦闘員はシルフィが優しく気絶させて捕獲していく。しかし、大きな屋敷だけあって働いている人も物も沢山だな。
***
「これで全部かな?」
「ええ、隠し部屋から何から全部回ったわ。屋敷にはもう誰もいないし、物もほとんど確保できたんじゃない?」
なら、準備は完了ってことで、一度外に出るか。シルフィの案内で隅々まで探索したところ、隠し部屋などから軍の物資の横流しなどの、犯罪の証拠を大量にゲットした。
兄一族は弟一族の悪事を、弟一族は兄一族の悪事をといった具合に出てきたから、ざっと見たところ、一族全員の悪事が書かれている気がする。
このまま国に報告すれば終わりな気もするが、それだと派手にならないので全部が終わってからしかるべき所に渡るようにしておこう。
それにしても、ガッリ親子やその身内も捕らえているんだけど、気絶させてないから少しうるさい。あと、ガッリ子爵が意外と痩せていてビックリした。
たぶん、旅で苦労したから痩せたんだろうけど、体は鍛えられても心は鍛えられなかったようだな。
一つ気になるのは……たしかガッリ子爵の筆頭従者って名乗っていた人だと思うんだけど、なぜかボロボロになるまで拷問されて、地下牢に閉じ込められていた。仲間割れなんだろうか?
悩みながら外に出て、ガッリ一族を別にして、従業員は蔓で捕らえたまま離れた場所に移動。屋敷内で回収した物も隣に積み上げる。
軍を私物化していただけあって、金目の物や現金も満載だった。パクってもよかったが、ガッリ侯爵家の物って考えるだけで嫌な気分になるし、あとで国が接収するだろうから置いていくことにした。すべての準備を済ませて喚いているガッリ家のところに行く。
「おい、貴様、何者だ! この縄を解け。ガッリ家を敵に回すということは、この国を敵に回すことだぞ。生きて帰れると思っているのか!」
縄じゃなくて蔓だけどな……あれ? こいつ、俺のこと分かってない?
「えーっと、俺のことが分からないの?」
「ああ? その格好、冒険者か? 私が冒険者のような下賤な者を知る訳ないだろう」
不愉快そうにガッリ子爵が言う。こいつ、俺の顔を忘れているくせに、俺にされた無礼は覚えているんだな。どうしよう、ガッリ子爵の精神構造が怖い。
「俺はお前達が攫おうとした精霊術師だよ。まあいいや、お前達に対する報復はあとでするから黙って見ていろ」
俺が狙いの精霊術師だと分かり、キャンキャンとガッリ子爵が騒ぐ。ガッリ侯爵や、その身内も喚き散らすから、とてつもなくうるさいな。
こいつら自分の状況が完全に理解できてないらしい。自分達に危害を加えることなんてできないと、本気でそう思っているようだ。ここまで自分本位だと逆にすがすがしい……のか?
「裕太、そろそろいいだろ」
イフが待ちきれない表情で声を掛けてきた。今からやることが楽しみでしょうがないらしい。イフに内容を説明した時はかなり喜んでいたから、戦いだけじゃなくて派手なのも好きなんだろうな。黙って頷く。
「よし、裕太、詠唱だ。ド派手なのを頼むぜ! 使い回しは却下だからな。考える時間はあっただろ」
……なし崩しに詠唱するふりで終わらせたかったが、宿題のことは忘れてなかったようだ。ふぅ、生きている限り仕方のないことなのかもしれないが、黒歴史が積みあがっていくのは悲しくなるな。覚悟を決めて屋敷をにらむ。
「偉大なる火の精霊よ、その灼熱の力をもって契約者たる我に力を示せ! 業火! 猛火! 忌み火! 紅蓮! 煉獄! 灼熱! 炎天! 神火! 汝の炎の前には、すべてが灰燼に帰す……」
最後はポツリと呟くようにするのがポイントだな。ほぼ、厨二の心が疼きそうな漢字を並べただけだけど、詠唱に意味なんてないんだから、別にいいよね!
……ああ……心が灰になりそうだ……。
俺が羞恥プレイを始めると、イフが爆笑しながら右手を屋敷の頭上に構えた。最初はポッと松明のような火がともり、その火がうねるように回転しながらドンドン大きくなっていく。
「おい、貴様なにをするつもりだ!」
火に気がついたガッリ侯爵が問い詰めてくるが、心の平穏を取り戻すのに忙しいので無視だ。屋敷の頭上にある火は、留まることなく大きくなり、王都に眩いばかりに光り輝く小型の太陽が生まれた。
……これは大丈夫なんだろうか? あれだけ大きな火が近くにあるのに熱を感じないから俺達に配慮はされているんだけど、普通に怖い。
「消えちまいな!」
イフがそう言って右手を振り下ろすと小型の太陽がゆっくりと屋敷に向かって沈む。たぶんフレアが見ていたら大興奮なシーンだな。
ガッリ侯爵の屋敷が音もなく小型の太陽に飲み込まれていく。爆発もしないし延焼もしない。ただ、一瞬で燃え尽きるのか、屋敷がたんに消えているようにも見える。
どんな温度であればそんなことが可能なんだろう? 延焼しないってことは、触れている部分以外は完全に熱が遮断されているってことになるんだよな? 意味が分からん。
俺だけでなく、屋敷を燃やされているガッリ侯爵家の面々も呆然と見守る中、太陽は屋敷を欠片も残さず消滅させ、地面に沈んだ。派手にって言ったけど派手すぎるよな。
改めて考えると、今……とんでもないことをしちゃってるよね? このあとも色々と考えてはあるんだけど、これで十分な気もする。シルフィ達もこれで満足してくれないかな? おうちに帰りたい。
読んでくださってありがとうございます。