三百八十六話 メッソン男爵確保
ジーナをおとりにして、弟子達や契約精霊、ギルマスや初対面の人の前で、自分で考えた厨二っぽい詠唱をぶちかますという、羞恥プレイを行った結果、弟子を狙っていた誘拐犯を捕縛した。さて、尋問という名の答え合わせを始めよう。
「えーっと、こんにちは。たしかあなたが、Aチームのリーダーのコージモさんですよね?」
風壁に弾き飛ばされて倒れたまま捕縛された軍人に声を掛ける。
「……」
おお、なにもしゃべらんぞって顔をしていたコージモの顔がピクッてした。この反応からしたら、本名を名乗っていたのか? まあ本名だろうが偽名だろうがどうでもいいか。
「そこの2人は精霊術師のブラスコさんとキーンさんですよね。あなた達の他にも隊長がいて、その上にメッソン男爵が居ることも、メッソン男爵がガッリ侯爵家の命令で動いていることも知っていますよ。それで、あなた方がジーナを狙うことも知っていたので、準備して罠を張ったんです」
鬼みたいな顔をして俺を睨みつけているけど、なにも話してくれない。裏切り者が居る風に話してみたけど、俺の演技が下手なんだろうか?
まあいいや、尋問とかやったことがない俺に、軍人の口を割るのは無理だ。最初から俺の本命は、ビビリだって情報があるキーンで、そのためにドリーとイフにも来てもらっているんだからな。
「ひっ」
キーンの前に移動し、シルフィ、ドリー、イフで取り囲むと、短い悲鳴を上げて、ガタガタと震えだした。
大精霊3人のプレッシャーは、味方側の精霊術師のリチニオさんでもビビってたんだ。ビビリと言われていたキーンでは耐えられないだろう。
「さて、キーンさん。あなたも精霊術師であるのなら、今、自分がどれほど危険な状況に居るのか分かっていますよね? だいたいの情報は知っているんですが、答え合わせをしたいので、色々と教えてくれませんか?」
「す、素直、に話せば、ゆゆ、ゆ、許して、くれるのか?」
「いや、失敗したとは言え、誘拐をしようとしたんですから許されたりはしないと思いますよ。でも、素直に話さないと、あなたを囲っている存在が……どうなるか分かりますか?」
ビビリって情報は確かだったらしい。俺から見たら、クール系美女と深窓の令嬢な美少女、活発系グラマラス美女に囲まれたハーレム状態でウハウハなんだけど、見えてないキーンはかなり怖いのだろう。
「精霊の使い方ってこんなのだったかしら?」
「そう言えばそうですね。裕太さんって精霊の使い方が独特で面白いですね」
「殴っちまえば早いのにな」
シルフィ、ドリー、イフ、緊張感が薄れるから大人しくしていてほしい。
「キーン、話すな!」
黙秘を貫いていたリーダーが、このままだと話すと思ったのか口を挟んできた。そんなに長い付き合いには見えないが、それでもビビリってことは別組のリーダーにも認識されているらしい。
「そんなこと言ったって、あんたには分からないかもしれないが、ここには化け物が3体も居るんだぞ。黙っていたらどんなことになるか!」
可憐な美女達が、目の前で化け物扱いされている。シルフィ達は少し不愉快そうにしているが、実力を考えれば否定できないところだな。
「それでもだ。お前は誰に雇われたと思っているんだ。裏切ったらどうなるか分かっているのか」
「裏切ったらもなにも、すでに誰かが裏切っているだろ。なんで俺だけが黙ってないと駄目なんだよ」
半泣きで文句を言うキーン。元々たいして強くなかったと思われる、仲間の絆が崩壊。周囲からシルフィ達に圧迫されているキーンも恐怖が勝っているのか、責任をリーダー達に押し付け始めた。
なんとも醜い言い合いが続く中、機密にしなければならないであろう情報がキーンの口からポロポロとこぼれだす。
その言葉に反応してキーンを黙らせようとするリーダー。憤怒の表情でキーンを罵倒するが、逆上しているキーンの言葉は止まらない。
「えーっと、ギルドマスター、この罵りあいでも十分な証拠になりますか?」
「ええ、そうですね。十分な証拠になります。なにかあった時には私達が証言しましょう」
日本みたいに厳密な証拠が求められるのなら無理だろうが、王侯貴族が支配する世界。握りつぶされない権力者が証人なら、これで問題ないのだろう。まあ、念のために証人を作っているだけで、実際に必要になるかは分からないけど。
「ありがとうございます。では、そこの精霊術師2人と、今そこで怒っているリーダーは持っていきますので、残りは冒険者ギルドの方で利用してください」
メッソン男爵を確保できれば必要ないけど、それまではこっちでも犯人を確保しておこう。
「ありがたく頂いておきます。それで、すぐに動かれるのですか?」
「はい、できれば今日中に片を付けたいんです。お付き合いいただけますか?」
「ええ、今日は1日空けてありますので、お付き合いします」
作戦をある程度話しておいたから、時間を空けておいてくれたのか。助かるな。そう言うことなら遠慮なくついてきてもらおう。おっと、先にジーナをトルクさんの宿屋に戻さないと、サラが心配してしまう。
***
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」
護衛を呼んで近くで待機していた部門長を呼び、誘拐犯達を完全に捕縛。俺が連れて行く人間以外は冒険者ギルドに護送してもらい、隊長が待機している隠れ家もサックリ襲撃して捕縛。
現在はメッソン男爵が使っている屋敷に突入して、お爺さんに思いっきり怒鳴られている。ちなみに、メッソン男爵とその部下達は、すでに俺の必殺の詠唱の森の大精霊バージョンで捕縛済みで、怒鳴っているメッソン男爵も、植物の蔓でぐるぐる巻きにされて床に転がされている。
「いや、あなたがガッリ親子の命令で俺の弟子を誘拐しようとしたのは分かっています。ただで済まないのはあなたの方ですよね?」
このお爺さん、自分も捕まって部下も全滅して、かなりのピンチのはずなんだけど、なんでこんなに強気なんだろう。
「ふん、冒険者風情に貴族を捕らえる権限などない。貴様らは許可なくここにいるだけで罪になるのだ! さっさとこの変な植物を外せ!」
「そうなんですか?」
貴族には冒険者風情と言われ、冒険者には精霊術師と見下される。なんか理不尽な物を感じながらギルマスに質問してみる。こっちの世界の法なんて知らないもん。
「まあ、一般的にはそうなのですが、裕太殿に関しては、陛下も冒険者ギルドのグランドマスターも手出し無用との通達を出しております。罪に問われるのはメッソン男爵側ですね」
絶対的な法はなくて、王侯貴族の気分次第で罪が変わるように聞こえるからちょっと怖いな。
「そう言うことらしいですよ。まあ、目的はガッリ侯爵家を潰すことなので、あまりあなたに構っている暇はないんです。大人しくしていてください」
「貴様! 坊ちゃまに手を出すつもりか。そのようなこと、絶対に許さぬぞ!」
植物の蔓でぐるぐる巻きにされたメッソン男爵が、ビチビチと床の上で跳ね回り始めた。お爺さんがそれほど興奮して暴れると、脳の血管が切れそうで怖い。……ん? 坊ちゃま?
「……ああ、たしかメッソン男爵は、現ガッリ侯爵の教育係をされていたはずです」
俺が首をひねっていると、ギルマスが情報を補足してくれた。
「なるほど、あのバカ侯爵の教育係ですか」
もう少しちゃんと教育してくれないから、こんな面倒に発展するんだ。教育係なら、誘拐に手を貸すんじゃなくて叱れよ。
「バカとはなんだバカとは。坊ちゃまはご立派なお方だ!」
あの侯爵がご立派とか言っている時点で、もう分かり合えない気がする。それと坊ちゃまってなんだ? ガッリ侯爵はいい歳だぞ。
「まあ、あれです。バカとかバカでないとかどうでもよくて、あなたを捕まえたのも、ガッリ侯爵をぶちのめす時の、世間体のために段階を踏んだだけなんです。なにを言おうが無駄ですので、大人しくしていてくださいね」
大人しくしろと言いつつ、逆に煽ってみる。お爺さんだし、あんまり手荒なことはって思っていたけど、ガッリ侯爵の教育係だったのなら話は別だ。迷惑を掛けられた分、この人にも辛い思いをしてもらわないと割に合わないよな。
おおう、さすが元軍人。お爺さんになっても体を動かしていたのか、植物で縛られているにも関わらず、罵詈雑言を吐き出しながら、先ほど以上にビチビチと大暴れする。大型の魚が陸に打ち上げられたみたいだ。
脳の血管が心配ではあるが、ムーンが居るから最悪の時でもなんとかなるだろうし、もう少し跳ね回らせておこう。
「しかし、まだ昼前ですよ。意外と簡単に片が付きましたね。正面から貴族を捕らえるんですから、もう少し面倒なのかと思っていました」
「裕太殿がどの程度を考えていたか分かりませんが、普通貴族を捕らえるのに正面から乗り込むようなことはしません。町の外で警戒している時ならともかく、迷宮都市の中で襲われるとは考えていなかったはずです。準備ができてないのも当然でしょう」
続いてギルマスが貴族に対抗する方法を説明してくれた。一般庶民は泣き寝入りが基本で、ある程度の社会的地位がある人は、できるだけ高位の貴族の庇護下に入るか、冒険者ギルドなどの各種ギルドに助けてもらうんだそうだ。
狙われたからって、貴族の屋敷に突入する無謀な奴は、そういないってことだな。日本人としては、空気が読めてない感じが少しだけ恥ずかしい。
「なるほど、勉強になりました」
「ええ、立場があれば色々と方法はありますから、今後に生かすといいかもしれませんね」
今後は無茶なことをするなよって言われた気がする。その意見には賛成だけど、今から王都に向かって無茶をすることになるんだよね。
「ええ、次に機会があったら、もう少し考えて行動するようにします。ああ、それで、メッソン男爵を捕まえることができましたので、先ほど確保した人達は必要なくなりました。冒険者ギルドで引き取ってもらえますか?」
念のためにこっちで確保しておいたけど、もう連れていく必要はないだろう。
「実行犯を連れて行かなくても大丈夫ですか?」
「はい、あとで問題になった時にお願いするかもしれませんが、メッソン男爵だけで充分です」
ガッリ親子に見せて、メッソン男爵がすべてを話したってことにするから、問題ないはずだ。チラッと男爵を見ると、暴れ過ぎたのかぐったりしているが、どうせガッリ親子のところでは余計なことを話せないように気絶させるし、大丈夫だろう。
「分かりました。お預かりしておきます」
「お願いします」
さて、このあとは子供には不向きな見世物になる可能性が高いから、マルコとキッカ、ベル達にはメルのところでお留守番をしてもらおう。その間に俺とシルフィ達は王都だな。ジーナとサラのお仕事が終わるまでには戻ってきたい。
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