三百八十五話 捕縛
インフルから復活しました。
沢山の温かい励まし、本当にありがとうございます。
取引部門の部門長や精霊術師といった、思いっきり別の思惑が透けて見えるメンバーを連れたギルマスと合流して、ガッリ親子を潰すための作戦が始まった。強力すぎる布陣だから失敗はないが、ギルマス達に余計な情報を与えないように注意しないといけないのが面倒だ。
「裕太、そこの路地から外を見張っている2人が敵よ。さっさと倒しちゃうから詠唱しちゃいなさい。約束通り頑張るのよ」
シルフィが楽しそうな雰囲気を漂わせながら、俺に羞恥プレイを強要する。証人を呼ぶなら詠唱が必要になるねって話になった時、シルフィに面白半分で出された条件だ。
詠唱するふりだけでもなんとかなりそうなのに、ちゃんと詠唱しないと駄目なんて鬼の所業だと思う。
「見張りが居るみたいなので、排除するのでちょっと待ってください」
曲がり角で、コッソリと路地を覗くふりをしてギルマス達に伝える。いちいち手間がかかるが、必要なことだし頑張ろう。
「偉大なる風の精霊よ。なんじの契約者たる裕太が命ずる。その強大なる力を使い、我の敵を打ち滅ぼせ!」
簡単に言うと、シルフィ、あの敵倒してって意味だ。
「ぷふっ……かしこまりました、裕太様」
なにかに耐えるように……いや、明らかに笑いを耐える表情のシルフィが右手を振ると、路地の方からドサッ、ドサッと人が倒れる音がした。
クスクスと耐え切れずに笑うドリーはしょうがない。転げまわるように大爆笑するイフも許そう。俺だって、他人がこんなことを言っていたら痛い奴だと思うか、大爆笑するはずだ。
ただ、俺が耐えられないのは、そのほかのメンバーの反応だ。
「さすが裕太殿ですな。難しい精霊術をこれほど見事に操るとは……」
ギルマス、そんなんじゃないです。
「やはり、王都のギルドでも精霊術師の育成を……」
ロブソンさんの評価は嬉しい。精霊術師の立場の向上をお願いします。
「この調子で、冒険者ギルドにも素材を卸してくれたらいいな」
部門長、まったく関係ないよね。
「なんであんなに短い詠唱で、間違えずに術を発動できるんだ? 実力が違いすぎる」
リチニオさん、睡眠時間を削って考えた詠唱なんです。短いとか言わないでください。
恥ずかしいけど、ここまでは黒歴史として封印できる。最大の問題はベルとフレアだ。
「かっこいいー。べるも! べるもえいしょーー」
「なかなかだぜ。ゆうた、あたいにもかっこいいえいしょうをかんがえるんだぜ!」
大人しくしていてねって約束を忘れるほどテンションを急上昇させてはしゃぐベルとフレア。それに比例してテンションが急降下する俺。俺は嫌だぞ、普段から厨二満載の詠唱で魔物と戦うのは……。
不幸中の幸いは、マルコとキッカが大人しくしてくれているのと、こう言うのが大好きなディーネが、サラの護衛でトルクさんの宿屋に居ることだ。ディーネがここに居たら、確実にディーネ用の詠唱も考えさせられただろう。
恨めしい顔をしてシルフィを見るが、目も合わせてくれない。
「いいじゃねえか。カッコいい詠唱を考えてやれよ」
爆笑しながら詠唱を肯定するイフ。
「イフ、あんまり笑っては駄目ですよ。裕太さん、今は先に進むべきです。ジーナさんが襲われるんですからね」
大精霊の中で、俺の癒しはドリーだけだな。他のみんなもドリーを見習ってほしい。
ギルマス達も居るので、この場でベルとフレアを落ち着かせることもできない。幸い、精霊の動きが分かるリチニオさんは、詠唱が短いことに衝撃を受けたのかブツブツと考え込んでいるので、ベルとフレアの動きには気づいていない。今のうちに強引に先に進もう。
「では、先に進みます」
ようやくこっちを向いた、微妙に口角が引きつっているシルフィに目線で案内を頼み、ギルマス達を促して見張りが倒れている路地裏に入る。
襲撃地点に選ばれるだけあって、午前中でも薄暗くて人の気配もない。ここなら少しくらい騒いでもバレないだろう。
「裕太殿、この倒れている見張り達は生きているようですが、どうされるおつもりで?」
そういえば、こいつらをどうしよう。精霊術師の2人とリーダー格の2人を捕まえればいいと考えていて、他の連中のことは頭になかったな。
「……この人達は冒険者の格好をしていますが軍人です。でも、冒険者の格好で罪を犯すんですから、冒険者ギルドの方で利用されますか?」
軍人の不祥事だ。軍部や国に多少なりとも貸しが作れるだろう。そうなれば、ことの切っ掛けのガッリ侯爵家の立場も更に悪くなる。……なんかあっさり軍人を切り捨てて終わりな気もするが、そこら辺は冒険者ギルドの頑張りしだいだな。
「この人物は、客観的には何もしていませんから、冒険者ギルドでも必要ありません。実際に罪を犯した軍人を何名かこちらに回してください」
人が好さそうでも冒険者ギルドのギルマス。なにかしらの利用方法は思いついているらしい。
「分かりました。ジーナを襲おうとしているメンバーの中で、精霊術師2人と、リーダー格の1人以外はそちらにお任せします」
「ありがとうございます。でしたら人を呼んで、少し離れた場所で待機させておきます。ウバルト部門長、悪いが人手がほしい。離れた場所で待機させている護衛に、捕縛用の準備を整えておくように伝えてくれ」
「この場合ですと私が適任でしょうな。分かりました、すぐに行ってきます」
適任? ああ、王都の渉外担当職員は目撃者として外せないし、精霊術師が居ないと精霊の動きが確認できないか。だから、この場から移動するのは部門長が適任ってことっぽいな。結構偉い人なのに使いっ走りをさせて申し訳ない気もする。でも、ちゃんと別に護衛は連れてきていたんだな。
部門長が走り去ったあと、倒れている敵の見張りを放置して路地を進むと、路地の十字路で、四方からジーナを取り囲む場面に遭遇した。すでに男達は剣を抜き、ジーナに向けている。
心配になりジーナの様子を確認するが、なんかのんびりした表情をしている。シルフィの風壁を信頼しているのは分かるけど、その余裕な態度って挑発になっていると思うな。
精霊術師の2人は、両手をシバに向けて詠唱をしているようだ。小声なのでよく聞こえないのが少し残念だが、必死の表情をしているので、全神経をシバに集中しているんだろう。
これだけ近づいたら、大精霊の気配を察知すると思っていたけど、集中しすぎて気づかれないとは予想外だ。
その精霊術師の2人が集中している対象のシバは……子狸と小雀にじゃれつかれて「わふわふ」言っている。相手の精霊も可愛いな。
あれが精霊術師が相手の精霊を抑える方法なのか。単に遊んでいるだけにしか見えないが、一応シバの身動きは封じられているようにも見える。まあ、必死に詠唱する必要がないのは確かだな。
「もうお前の精霊は封じられた。大人しく我々についてこい。なに、貴重な人質だ。酷い扱いをしないことを約束しよう」
リーダー格の1人がジーナに投降を呼びかけるが、まるで説得力がない。
「集団で女を取り囲み、剣で脅す恥知らずに約束されても信じられる訳ないだろ。よく考えろよ」
ジーナ、こういう場合に素で正論を話すのは挑発でしかないからね。
「やれやれ、この状況が理解できないとは困ったお嬢さんだ。まあ時間もないことだし、投降しないのなら気絶させて連れて行くだけだ。大人しくついてこなかった自分の判断ミスを恨め」
そう言ったリーダー格の男が、素早い身のこなしでジーナに突っ込み、風壁で弾き飛ばされた。
「ぶふっ」
いかん、まるでコントのようなできごとに、思わず笑いが漏れてしまった。でも、やれやれとか言いながらカッコつけて向かっていったのに、風壁にぶつかった時の間の抜けた表情とか、笑うのもしょうがないと思う。
実際、笑い声を抑える必要がない精霊、特にイフは大爆笑だ。マルコとキッカだって、口を手で押さえているけど、笑い声が抑えられないくらいの見事なリアクションだった。だから俺の笑い声が漏れたのは悪くないはずだ。
俺の声に反応した敵が、こっちを見て「なぜここに!」的な表情をしている。
「ギルドマスター。なんか締まらない感じになっちゃいましたけど、こいつらの犯罪行為は確定でいいですよね?」
「えっ? あぁ、はい、そうですね。か弱い女性を取り囲み、襲い掛かった時点で言い逃れはできませんね」
少しふわっとしてしまったが、とりあえず現行犯で逮捕だ。あっ、詠唱しないと駄目だった。
「偉大なる風の精霊よ。なんじの契約者たる裕太が命ずる。その強大なる力を使い、我の敵を拘束せよ!」
少し不満げな表情のシルフィが、風で敵全員を拘束する。
「おい、裕太。詠唱の使い回しは駄目だろ。ちゃんと考えろよ」
……イフも詠唱の使い回しが不満のようだ。そんなこと言われても、この歳で本気で詠唱を考えるとか、すごく心を削る作業なんだぞ。あと、ベルとフレアは、不安になるからそんなに喜ばないで。
不満げに俺を見るシルフィとイフを無視して、襲われていたジーナの心配をしよう。
「えーっと、ジーナ、大丈夫だった?」
「あっ、師匠、あいつ、すごく飛んだけど、大丈夫なのか?」
まあ、見事に宙を舞ったから心配するのも分からないでもないけど、俺が心配しているのはジーナなんだよ。……自分を襲った相手を心配する優しい子ってことでいいのか?
「えーっと、軍人なんだし、たぶん大丈夫じゃないかな? 具合が悪そうになったら、ポーションを渡すよ」
「そっか、それなら安心だな」
「あのね、俺が心配しているのはジーナなんだけど?」
「あたし? 安全だって分かっているのに、なんで心配するんだ?」
「ほら、分かっていても、男が剣を持って襲ってきたんだ。少しは怖かったりするよね?」
俺がやらせておいてなんだが、こうも平気そうだと逆に納得がいかない的な気持ちが湧いてくる。
「あはは、あたしも何回も魔物と戦っているんだ。大丈夫だって分かっているのに怖い訳ないだろ。師匠も心配性だな」
「そ、そうだね。まあ、大丈夫ならよかったよ」
怖がってないのはいいことだし、ジーナなら大丈夫だって思ってお願いしたんだ。女の子っぽい反応がなかったからって、納得がいかない気持ちを押し付けるのも理不尽だよな。うん、あれだ、捕虜を尋問って言うか答え合わせをしよう。
読んでくださってありがとうございます。