三百八十四話 作戦開始
冒険者ギルドのギルマスに証人を頼み、敵に情報を与えるためにジーナと簡単な演技をした。これが上手くいけば下準備は完了。あとはガッリ親子の破滅まで突っ走るだけだな。上手くいけばの話だけど……。
「シルフィ、どうなってる?」
芝居が終わったあと、部屋に戻り速攻でシルフィに尋ねる。ジーナ達も結果が気になるのか、俺の部屋まで付いてきてじっとこちらを見ている。のんびりした雰囲気なのはシルフィを除いた精霊達だけだな。
「裕太、焦らないの。あの2人はまだ部屋にすら戻ってないわ。向こうの話し合いが終わったら教えるから、ジーナにちゃんと明日の作戦を説明しておきなさい。簡単にしか説明してないでしょ」
まだ帰ってきたばかりだったな。芝居はなんとかなったと思ってたけど、結構テンパっていたらしい。ジーナに作戦を説明しつつ、なんとか落ち着こう。
「裕太、向こうの話が終わったわよ」
改めて全員に作戦の説明をしていると、シルフィから待望の声が聞こえた。
「了解。シルフィ、どうなったか聞かせてくれ」
「ええ、なぜいきなり宿の受付の前で予定を話したのか、少し疑問に思ってたわ。でも、まだ裕太といっさい接触を持ってないから、バレているはずがないって意見が優勢ね」
なるほど。今日、ほとんど部屋から出なかったことが結果的にいい方向に働いたのか。たしかに普通なら、すれ違っただけで話したこともないのに、相手に目的を把握されているとは思わないよな。
「それで、どうなったの?」
シルフィの話をジーナ達にも伝えながら、続きを聞く。
「それで、裕太を化け物呼ばわりしていた精霊術師が、少しでも怪しいと思うのなら引くべきだって言いだしたわ。でも、軍人のリーダー格が、怪しくとも単独行動をするのなら、遠距離からでも監視だけはするべきだって言ってね、リーダーと精霊術師が激しく言い合ったわね」
俺を化け物呼ばわりしたんじゃなくて、シルフィのことを化け物呼ばわりしたんだけどね。そしてリーダー頑張ってくれ。慎重な精霊術師の意見が採用されると、俺の仕込みが無駄になる。すでに前払いで回復の杖をあげちゃったんだぞ。
「……どっちが勝ったの?」
「軍人が勝ったわ。明日は裕太に2人尾行をつけて、のこり6人でジーナの監視をすることに落ち着いたわ。精霊術師の2人はジーナの方ね。それと、襲うチャンスがあった時のために、10人ほど援軍を要請するそうよ」
10人くらい大精霊の前では誤差の範囲内だな。
「援軍は予定外だけど、これで明日はジーナの出番だな。大精霊が一緒じゃなくて、シバだけだったら、たぶん襲ってくるからよろしくね」
「襲われるのによろしくねって気軽に言われてもな……まあ、シルフィさんが風壁をかけてくれるなら安心だけど、微妙な気分だよ。また演技しないと駄目なのか?」
ついつい作戦が上手くいきそうで、ジーナの気持ちを考えずに喜んでしまった。でも、シルフィの風壁を突破できないから、安全なのは確実なんだよな。まあ、ジーナが気にしているのは演技の方みたいだけど。
「演技はしなくていいよ。普段通りのんびり実家に帰れば勝手に襲い掛かってくると思う。でも、襲われやすいように、路地裏をできるだけ多く通ってくれ。ああ、もし行きで襲われなかったら、ご両親に挨拶して、すぐに宿に戻ってくれ」
帰り道を狙う可能性もあるから、あんまり時間を掛けさせないほうがいいだろう。
「路地裏を通るだけなら問題ないけど、親父が離してくれないと思う……」
ちょっと嫌そうにジーナが言う。たしかにあの親父さんだもんな。顔だけ出して、すぐに帰るとか言ったら盛大にゴネそうだ。
「そこは……うん、なんとか頑張ってくれ」
俺にはどうしようもない。俺が顔を出したら更に荒れるからな。
「まあ、いざとなったらぶん殴ってでもなんとかするよ」
素敵な笑顔で、物騒なことを言わないでほしい。
「えーっと、ジーナはレベルが上がって強くなってるんだから、殺さないようにね?」
「大丈夫だ。弱そうにとか女っぽくとかの演技をするよりかは、手加減する方が簡単だからな」
ホッとした表情で笑うジーナ。ジーナは話さなければすごい美人なのに、いまだに自分のことを理解できてないようだ。もっと服とかアクセサリーとか、買ってあげた方がいいかもしれない。
うーん、いきなり男に言い寄られたりしたらテンパリそうだから、ちゃんと自分のことを認識させておきたいよな。
「ジーナ。師匠の俺が言うのも変な話だけど、ジーナはすごく美人で女っぽいよ。今までは意識してなかったんだろうけど、これからは注意するようにね。知らない男に声を掛けられても、ついて行ったら駄目だよ」
お兄さんのお下がりを着ていた時に比べると、服装はちゃんとしているし、髪型やらなんやらもサラが手を入れているから、かなり洗練されている。話さなければ超絶美女だ。本人は自分の魅力が分からないポンコツだけどな。
「あはは、師匠、いきなり恥ずかしいこと言うなよ。だれもあたしになんかに声を掛けないさ」
やっぱりポンコツだな。鈍感系主人公って、ジーナみたいなタイプなんだろうな。まあ、モテまくってるのに全然気がついてない男の主人公よりも、ジーナの方が断然好感度が高い。
「……サラ。ジーナのこと、よろしく頼むね」
「ふふ、分かりました」
優しく微笑むサラ。少女なのにサラって頼りになる。ジーナ、不満そうな顔でこっちを見ても謝らないよ。今回は間違いなく俺が正しい。
とは言え明日頑張ってもらうのはジーナだ。機嫌を直してもらって、明日の作戦をしっかり煮詰めておこう。
***
「おはようございます、ギルドマスター」
待ち合わせ場所の路地裏に、ギルマスが3人の男を連れて入ってきた。あの3人が一緒に目撃者になってくれる部下なんだろう。
「裕太殿、おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、全然待ってません。ご足労ありがとうございます。ご一緒のお3人も、朝からすみません」
本当に待ってないからあれだよな。うっとうしい尾行を排除するタイミングがなかなかなくて、危うく待ち合わせに遅れるところだった。
一度尾行が倒されているから慎重なのは分かるけど、2人の尾行は俺が見えてるのか不安なほどに距離をとっていた。
そのうえ2人も排除されるのを恐れているのか、人目がある場所しか移動しない。結局、シルフィに頼んで、人目が切れた瞬間に強引に排除してもらったけど、今までで一番厄介な敵だったかもしれないな。
「いえいえ、頂いた回復の杖ですが、試してみたところ素晴らしい性能でした。それに比べれば、このようなことはなんてことありませんな」
かなり上機嫌なギルマス。昨晩訪ねた時間が結構遅かったのに、もう性能の確認が終わったらしい。まあ、杖の性能に満足してくれたなら、仕事はきっちり果たしてくれるだろう。
「気に入ってもらえたならよかったです。それで、こちらのお3人は?」
なんか1人、ガクガクと震えてるよ? ん? 震えている人の背後からピョコって、可愛らしい鹿の精霊が……なるほど、この人は精霊術師なのか。しかも浮遊精霊じゃなくて下級精霊っぽいから、優秀な精霊術師なのかもしれない。
震えている理由が分かった。今回は敵の精霊術師を脅すために、シルフィだけじゃなくてドリーとイフも召喚しているからな。大精霊が3人居れば、それはビビるだろう。
ベル達が遊びたそうにしているが、今回はあんまり動かないようにお願いしているから、しっかり覚えて我慢してくれているようだ。あとでしっかり褒めまくらないとな。
「ああ、そうでしたな。3人を紹介しておきます。こちらはロブソン、王都の渉外担当の職員です。王都の人間が居た方が信憑性が増すと思い、ちょうどこっちに来ていたので参加してもらいました。それで、こちらはウバルト、ギルドの買取部門の部門長をしております。最後は精霊術師のリチニオです。護衛兼勉強のために連れてきました」
「ロブソンです。お噂はかねがね、よろしくお願いします」
「ウバルトです。買取でしたら融通を利かせますので、いつでも声を掛けてください」
「…………リチニオです。よろしくお願いします」
噂か……いい噂でないのは間違いないな。でも、同じ冒険者ギルドとは言え、本部の人が居れば信頼度は上がりそうではある。
部門長の方は……ギルマスが顔合わせをさせたかったんだろうな。でも、おじさんとマリーさんを比べたら、断然マリーさんに軍配が上がるのであきらめてほしい。
そしてリチニオさんは、シルフィ達の存在を感じているのか、青い顔をして今にも気絶しそうだ。仲の良い精霊術師以外は、大抵こんな反応なんだよな。勉強のためって言ってたけどこんな状況で勉強になるのか?
「よろしくお願いします」
3人にもお礼を言って、このあとの予定を軽く説明する。もうすぐジーナが動き出す時間だし、急ごう。
***
「裕太。ジーナが宿を出たわ。敵も動いているけど、精霊術師の2人がジーナの周囲にシバしかいないことに気がついて、慌てて話し合ってるわ」
よしよし、ちゃんと気づいてくれた。あとは速攻で襲ってくれよ。帰り道を狙うとか言い出したら、ジーナの親父さんが殴られるかもしれないからな。
あっ、マルコとキッカが眠そうにしている。路地裏で静かにしてるのって退屈だもんな。ベル達もちょっと退屈そうだし、ちびっ子達が眠る前に動いてくれ。
「裕太。あの連中、ジーナを襲うことに決めたわ。いま先回りしてジーナを囲み始めたから、出発するわよ。見張りが1人付くみたいだから、詠唱の準備をしておきなさい」
やっぱり見張りが居るか。ギルマス達の前で詠唱とか恥ずかしいな。
「ギルドマスター、そろそろ時間ですので出発しますね」
「なんだか裕太殿は相手の動きが見えているみたいですね」
微妙に鋭いことを言ってくる。
「あはは、しっかり打ち合わせをして、襲われそうな場所と、そこに到着する時間を調整しているだけですよ」
まるっきり嘘だけど。
「裕太殿は強いだけではなく、慎重なんですな」
ギルマスが感心したように頷く。そろそろ嘘をつくのが恥ずかしくなってきた。おっ、シルフィが進みだした。出発の時間だな。
「臆病なだけですよ。じゃあ出発しますので、付いてきてください」
ギルマスに注意を促し、俺もマルコとキッカを連れて歩き出す。あとはシルフィに任せればナイスなタイミングで現場に到着できるはずだ。順調だな。
comicブースト様にて、精霊達の楽園と理想の異世界生活の第10話が更新されております。
2/12日まで無料公開されていますので、お楽しみいただけましたら幸いです。
comicブースト様URL
http://www.gentosha-comics.net
インフルを貰ってしまいました。
もしかしたら次の更新は間に合わないかもしれません。その時は申し訳ありません。
読んでくださってありがとうございます。