三百八十二話 お手伝い
トルクさんのところにジーナとサラを送っていき、戻ってくるとメッソン男爵からの刺客、精霊術師を含めた4人組が宿で受付をしていた。精霊術師が契約している子狸は可愛らしかったが、それ以外はむさくて少し悲しい。
「それでシルフィ、あの4人組の様子はどう?」
部屋に戻り、朝食を取りながらシルフィに聞いてみる。この状況だと確実に監視はしてくれているはずだ。
「ふふ、なんだかちょっと騒いでいるみたいよ。朝食が終わるころには向こうも落ち着くでしょうから、その時にまとめて教えるわ」
「了解」
刺客のくせに騒いでいいのかという疑問はあるが、情報を得られるなら問題ないか。それなら今はせっかくの朝食を堪能しよう。
***
「ってことを話しているわ。ふふ、裕太が化け物だって」
朝食が終わり、刺客の様子をシルフィに聞いたら思ってもみない言葉が飛び出してきた。どれだけ恐れられてるんだよ。あまり特徴がなかった俺が化け物とか、異世界ってすごいな。
「ゆーた、ばけもの?」「キュ?」「こわいの?」「クゥ」「まけないぜ!」「……」
ベル達が俺を見て不思議そうな顔をしている。なんか妙な誤解が生まれそうな気配が……。
「違うよ。俺は化け物じゃないよ。それともベル達は俺が化け物みたいに怖い?」
「んー……ゆーた、やさしいー。ばけものちがうー」「キュキュー」「うん、ゆーたはいいこ」「ククーー」「あたいのほうがつよいぜ!」「…………」
ふいー、なんとか変な印象が付くのは避けられたようだ。フレアの言葉は……あれだ、怖くないから大丈夫だよってちゃんと変換できているから大丈夫だ。まあ、ないとは思うけど、ベル達に恐れられて距離を置かれたら、俺は泣く自信がある。
でも、ベル達の優しい言葉に、すでに感動で泣きそうなんだよな。どうして幼い子達の優しさは、こんなに心に響くんだろうか?
「ん? でも、相手が恐れているのは俺じゃなくてシルフィだよね? 洒落にならんって言われてたし、化け物はシルフィだよね」
俺は精霊の気配の大きさとかよく分からないし、ジーナ達もすごい気配ってしか言わないから怖がるのが微妙に理解できない。敵側からしたら、シルフィは覇王のような気配を発しているように感じるんだろうか?
「あら、こんなに可憐な風の大精霊を化け物だなんて失礼ね」
「シルフィが可憐であることは認めるけど、相手は見えてないししょうがないんじゃない?」
「ふふ、可憐であるのは認めるのね。裕太はいい目をしているわ」
まあ、可憐であることは事実だな。無表情だけど。あと、可憐って認めただけで、シルフィの機嫌が少し上昇した。結構チョロイ。
「とりあえず、化け物とかそういうことは置いておいて、すぐに襲ってくるってことはないんだよね?」
「ええ、裕太との接触には細心の注意を払い、監視をしながら最高のチャンスが訪れるまで粘る方針のようよ」
マッチョな冒険者の姿をした軍人に接触なんかされたくないし、監視されるのも迷惑でしかないな。接触を持たれる前に対処したいところだな。
「そうなると、昨晩考えた作戦だと無理が出るね。ちょっと作戦を修正するよ」
見ただけで怯えられるのは完全に予想外だ。ジーナにディーネとドリーの護衛をつけて襲われてもらうつもりだったのに、2人が居たら確実に襲われないよな。
ふぅ、王都で派手にガッリ親子を潰すのが本番で、ここでは簡単に済ませるはずだったのに余計な手間がかかる。
「師匠、ばけものってなんだ?」
話が一段落付いたところでマルコが質問してくる。ああ、マルコとキッカは精霊の声が聞こえないんだよな。何度も体験して分かっていることなのに、普通にシルフィ達が見えるからついつい忘れてしまう。
「俺達を見た敵がね、シルフィが化け物みたいに強いって怯えているんだ」
「そうなのか。シルフィ姉ちゃんはすごいな!」
「すごい!」
俺と違って素直にシルフィを尊敬するマルコとキッカ。こういうところが薄汚れてしまった俺と違うところなんだろう。
「うん、すごいシルフィが守ってくれるから安心だけど、敵も同じ宿に泊まっているんだからマルコとキッカも注意してね」
「わかってる。あさ、うけつけにいた4にんだよな?」
「キッカもおぼえてる」
「そうだよ。あとから更に4人増えるみたいだから、来たら教えるね」
「わかった」
「うん」
「よし。じゃあ、ちょっと作戦を考えるから、マルコとキッカは部屋の中でウリやマメちゃん、ベル達と遊んでてくれ。今日はジーナとサラを迎えに行くまで宿から出ないつもりだから我慢してね」
昨日で大体の用事を済ませたから、今日はゆっくりできる。無意味に尾行を引き連れて遊びまわるのも考えたけど、無駄に情報を与える必要はないよな。
「うん、わかった」
「ひろいおへやだからだいじょうぶ!」
なるほど、たしかに部屋が広いから外に出れない息苦しさは緩和されるか。そう考えると、トルクさんの宿に迷惑をかけることもないし、こっちに泊まることになってよかったな。あとは作戦を修正して、さっさとメッソン男爵を捕まえてしまおう。
***
(尾行はついてきてる?)
「ええ、しっかりついてきてるわね。精霊術師も一緒だから、プロの斥候も苦労しているわ」
少し面白そうにシルフィが言う。たしかに、精霊術師が一緒じゃないと精霊に関する情報は得られないから必要なことだろう。
でも、シルフィの声色から察するに、俺達の後方では素人を連れた尾行ゆえのコメディみたいな現象が起こってそうだ。プロからしたら、神経を使う尾行で素人と一緒だと気が気じゃないだろうな。
しかも、トルクさんの宿にはディーネが待機している。精霊術師は軽く絶望するんじゃないか?
(シルフィ、背後の尾行がディーネの存在を感知した時の表情、俺にも教えてね)
趣味が悪い行いだが、尾行の心情をおもんばかってやる必要もない。迷惑をかけられている分、俺達に娯楽を提供してもらおう。
「ふふ、分かったわ」
どうやらシルフィも楽しみにしているようだ。ある意味ドッキリ番組を見るような心境だろうから、その気持ちはよく分かる。こっちの方が事実な分、質が悪いよね。趣味の悪いことを考えながらトルクさんの宿屋に到着し、今回は表から中に入る。
「マーサさんこんばんは。ジーナとサラはどうですか?」
結構夜も遅いのに、まだちらほら客がいる。食事の時間帯だとすごいことになってそうだな。
「ああ、かなり助かったよ。さすがに冒険者をやってるだけあって、体力も申し分ない。正式に雇いたいくらいだよ」
体力……そういえば休憩はあっただろうけど、朝から晩まで働かせてたんだよな。日本だと労働基準法に引っ掛かりそうだ。ジーナとサラの様子しだいでは、働く時間帯をしっかり決めた方がいいな。
でも、たった1日のことなのに、マーサさんの表情が明るくなっている気がする。2人が手伝った効果が表れているのかもしれない。
「弟子を取られるのは困りますから、勘弁してください。それで、2人は?」
「あはは、残念だね。あの2人は明日の仕込みを兼ねて、旦那が料理を教えているよ。呼んでくるかい?」
「いえ、その前に少しお話が」
「なんだい?」
「ええ、いつもお持ち帰りの料理を頼んでるじゃないですか。それなんですが、今の状況だと難しいですか?」
「ああ、そうだったね。んー、旦那も思いっきり料理をしたがってるから、悪いことじゃないんだけど、どうしたもんかねえ?」
さすがマーサさん。トルクさんの気持ちをしっかり理解しているようだ。でも、それが分っていても躊躇う忙しさなんだな。
「うん、まあ大丈夫さ。その代わり、できるだけジーナとサラを手伝いに寄越しておくれよ? あの2人がきてくれると、ずいぶん余裕ができるからね」
「2人に確認してからでお願いします。忙しすぎて目を回しているかもしれませんから」
「あはは、そんなに柔な2人じゃないさ。まあ、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
なんとかトルクさんとの約束を守れそうだ。ジーナとサラを生贄に差し出したような気もしないではないが、2人は料理の勉強を喜んでるから、たぶん問題ないだろう。
「あっ、明日の朝の忙しい時間が終わった頃、ジーナをちょっと抜けさせて構いませんか?」
「ん? 朝の忙しい時間が終わったあとなら構わないけど、なにかあるのかい?」
「ええ、ジーナにちょっと用事を手伝ってほしいんです」
さすがにおとりにするとは言い辛いから、言葉を濁す。バレたら女の子になにさせるんだいって怒られそうだ。
「よく分からないけど、分かった。旦那にも言っておくよ」
深くツッコまれなくてよかった。話も決まったところでジーナとサラを呼んできてもらい、宿屋から出る。
宿から出た瞬間、シルフィがクスッと笑った。このタイミングで笑うってことは、尾行の精霊術師がディーネの存在を感知して、なにかしらのリアクションがあったんだろうな。
どんなリアクションだったか気になるところではあるが、用事もあるし、帰ってからのお楽しみにしておこう。
「お疲れ様。2人とも今日のお手伝いはどうだった?」
「ああ、すごいお客さんの数だったぜ。実家の食堂の10倍くらいお客がきてた気がする」
「トルクさんの料理もすごかったです。段取りがすごくよくて、料理のスピードもとっても速いんです。すごく勉強になりました」
「勉強になったのならよかったよ」
「お姉ちゃんも頑張って見守ったわー」
ニコニコと笑顔でディーネも報告してくる。確実に褒めろってことなんだろうな。たまに、大精霊を相手にしているんじゃなくて、ベル達を相手にしているような気分になるから不思議だ。
(ディーネもありがとう、今は外だから話は宿に戻って聞かせてね)
「分かったわー」
「えーっと、それで、マーサさんが、できるだけ手伝いに来てほしいって言ってたんだけど、2人はどう? 忙しすぎて辛かったら俺からマーサさんに色々お願いするよ?」
「あたしは問題ないよ。忙しさは段違いだけど、レベルも上がったし、慣れてる作業だからね」
「私も問題ありません。面白いですし、体力的にも余裕があります」
2人とも満面の笑みだ。疲労を感じてない訳じゃないだろうけど、体力的には問題ないようだな。何日間も命をかけて迷宮に潜っているんだから、それに比べたら楽なのかもしれない。まあ、職種が違うし、精神面での疲労もあるだろうから、こまめに気を配って働いてもらおう。それと、弟子をマーサさんに奪われないように注意しないとな。
「うん、じゃあよろしくね。あと、まっすぐ宿に戻らないで冒険者ギルドに寄って帰るけど、大丈夫?」
2人とも大丈夫だそうなので、2人が居ない間に決まったことを説明しながら冒険者ギルドに向かう。冒険者ギルドが協力をしてくれたら、あとは準備完了だな。いつまでもガッリ親子に関わってられない。明日中にはケリをつけてやる。
読んでくださってありがとうございます。