三百八十一話 4人組
昨晩、高級宿の豪華ディナーを苦しくなるほど堪能して部屋に戻り、シルフィからメッソン男爵の動きを教えてもらった。どうやら精霊術師が2人と実戦経験が豊富な軍人が6人、この宿に送り込まれてくるらしい。もっと穏やかに生活したいな。
シルフィに起こしてもらい身支度を整えて、ベル達を装備しながらジーナ達の部屋に向かう。部屋に到着してノックをすると、すでに準備万端なジーナ達が……こっちの世界の人は朝に強いな。
トルクさんの宿に向かうと、シルフィが尾行の存在を教えてくれる。まあ、居場所が分かったなら尾行くらいつけるよな。
シルフィに頼んで尾行を排除してもいいが、早めに決着をつけるためにも放置だな。昨晩でだいたいの方針は決まったし、せいぜい無意味な尾行を頑張ってもらおう。
尾行を連れたまま、ジーナ達にも宿にガッリ親子の刺客が送り込まれてくることを伝え、状況が動くまで単独行動をしないようにしっかりと注意する。
「トルクさん、おはようございます」
宿の裏口から、すでに朝の仕込みを始めていたトルクさんに声をかける。
「おお、裕太か。悪いな、部屋が無かったのにジーナとサラを借りちまって」
「あはは、ジーナとサラもトルクさんのお手伝いを楽しみにしているので、気にしないでください。夜の落ち着いた時間になったら迎えにきますので、それまでよろしくお願いしますね」
「おう」
「じゃあ、これで失礼しますね」
「あっ、ちょっと待ってくれ。いつも料理をたくさん作って持って帰ってるだろ? 今回はどうするんだ?」
なんか期待した目で、ゴツイおじさんが俺を見ている。なんでだ? マーサさんもカルク君も疲れが抜けないくらいにお客さんがきてるんだよな? 思いっきり料理をしまくってるはずなのに、まだ料理がしたいのか?
「忙しいでしょうし、今回は止めておこうかと思ってます」
「いやいや、裕太には世話になってるんだ。そんな遠慮は必要ないぞ。料理が必要なら、ぜひ俺に任せてくれ」
トルクさんが慌てている。おかしいな、いままでこんなこと言われなかったぞ?
「どうしたんですか? 忙しいんですから、料理も沢山してますよね?」
「ああ、ありがたいことに毎日繁盛して、好きなだけ料理を作らせてもらっている。でもな、宿に食事に来る客は牛乳を使った料理ばかりを頼むし、忙しいから料理の研究もマーサが止めちまうんだ」
悲痛な表情で俺に訴えかけてくるトルクさん。要するに、いろんな料理を思いっきり作りたい。徹夜でもいいから料理の研究がしたいってことか。繁盛してても悩みは出てくるものなんだな。
「えーっと、マーサさんの許可が下りたら注文しますね」
「おいおい、店主は俺だぞ。マーサの許可なんか必要ないさ。料理の注文なら俺に言えよ」
怖い顔でさわやかに笑おうとするトルクさん。これはあれだな、俺から注文を受けて、世話になっている裕太からの注文だし、しょうがないよなって感じでマーサさんを説得するつもりだな。そんなことをしたら、俺がマーサさんに嫌われてしまうじゃないか。
「いえ、マーサさんに話を聞いてからにしますね」
俺は異世界にきてから、NOと言える日本人に生まれ変わったんだ。
「ど、どうしてだ?」
俺の頑なな態度に、弱々しく聞いてくるトルクさん。そんなに自由に料理がしたいんだろうか?
「トルクさん、俺は強い者には逆らわないんですよ。マーサさんとトルクさんの力関係は、すでに見切っています」
「いや、おまえ、冒険者ギルドには逆らったよな?」
「冒険者ギルドなら、俺の方が強いので問題ありません」
「冒険者ギルドの方がマーサよりも強いに決まってるだろ!」
いいんだよ。冒険者ギルドは最初から敵対的だったし、肉体的、暴力的な強さが問題じゃなくて、精神的な強さが問題なんだ。マーサさんって、なんとなく逆らい辛い雰囲気を持ってるんだよね。
「料理をお願いしてもいいかマーサさんに確認を取りますし、俺からもお願いしておきますので、今は我慢してください」
「……分かった。頼んだぞ」
俺の決意が伝わったのか、力なく頷くトルクさん。トルクさんにもお世話になってるし、マーサさんの説得は俺も頑張ろう。どうしても駄目って言われたら素直にあきらめるけど。
話し合いも終わったので、ジーナとサラ、護衛のディーネを置いて、泊まっている宿に戻る。
「師匠、なんでトルクさんはあんなにひっしだったんだ?」
宿に向かう途中、マルコが難しい質問をしてくる。朝の迷宮都市を飛び回っていたベル達も、声が聞こえたのか戻ってきてしまった。
「……マルコ、大人には色々あるんだよ」
「そうなのか? おれにはよくわかんない」
「キッカも」
「マルコとキッカも大人になれば分かるさ」
ちょっと渋めにマルコとキッカに伝える。実際は、マーサさんに力関係が負けているトルクさんの必死なあがきだから、分からない方がいいんだけどね。
この話が続くと俺の精神的にもよくないので話を変えよう。今日の朝ごはんの話くらいが、穏やかでよさそうだな。
朝食はどんなメニューなのかを話しながら宿に戻ると、受付に4人組の冒険者が居た。あれ? こっちを見て頬を引きつらせてるのって精霊術師じゃないか? 頭上に可愛らしい子狸が浮かんでいるし、間違いないよな?
「裕太、あの冒険者っぽい4人組、メッソン男爵が派遣した敵よ」
ああ、なるほど。精霊術師とか珍しいって思ってたら、メッソン男爵が雇ったっていう精霊術師だったのか。全部で8人って聞いてたけど、4人ってことは半分に分けたんだな。こんなに朝早くからやってくるとか、どんだけ気合が入ってるんだよ。
しかも精霊術師はガリガリの男で、残りの3人はムキムキのマッチョマンだ。この調子だと、他の4人も期待できそうにない。ファンタジーで王道的な、敵側の女性とのラブロマンスは、俺には起こらないんだろうか?
しかし、考えてみれば俺の周囲にはとてつもない美女が沢山いるのに、ラブロマンスって面だと難しい相手ばかりなんだよな。ジーナは弟子だし、マリーさんは守銭奴、シルフィ、ディーネ、ドリー、イフに至っては大精霊だ。存在が果てしなさ過ぎて、恋愛対象として見ていいのかすら不明だ。神様、いらっしゃるのであればなんとかしてください。
「裕太、行かないの?」
なぜ俺にラブロマンスが起こらないのか考えている間に、あの4人は部屋に行ってしまったらしい。俺と仲良くなるように言われてたんじゃなかったっけ?
まあ、受付途中に俺に話しかけてくるのも無理があるか。宿の従業員に朝食を届けてもらうように頼んで、俺も部屋に戻ろう。
***
「おいおいおい、なんだよ。聞いてねえぞあんなの! どうするんだよ!」
部屋に入った瞬間、俺はのんきな顔をしている3人に詰め寄った。
「ブラスコ、いきなりどうしたんだ?」
「どうするもなにも受付で会っただろ。あの化け物のことだよ!」
「化け物? あのターゲットのことか? たしかに装備は立派だったが、着慣れているようには感じなかったな。それに、元々がファイアードラゴンを倒した相手だって分かっていた仕事だろ。なんで今更慌ててるんだよ」
なんにも分かってねえ。こいつら優秀な軍人じゃなかったのか?
「……あぁ、そうだったな。精霊術師じゃないと精霊の気配が読めないんだったな。いいかコージモ、よく聞け。今まで得た情報から複数の精霊の存在は予想できていた。だが、あの男の周りには、9つの気配があった。しかも7つの気配は格上で、その中の1つは洒落にならん気配だった。あんなのに手を出すなんて自殺行為だぞ!」
ファイアードラゴンを倒した。ああそうだろうな、あれだけの数の精霊を従えていたなら簡単だろうよ。俺だって精霊の扱いには自信がある。もう1人の精霊術師と力を合わせれば、2体や3体の精霊なら抑えられる自信があった。でも、あれは無理だろ。
「落ち着け。お前がなにを見たのか分からんが、俺達が狙うのは女子供だ。直接あのターゲットを狙う訳じゃない。それに、今更予想よりも相手が強かったからって逃げるのか? 誰に依頼をされたのか分かってるのか?」
……そうだった。直接狙うのは女子供だったな。いきなりあんなものを見せられて焦ってしまったようだ。今回の依頼は貴族の依頼だ。しかも、これが上手くいけば軍部の大物に紹介してもらえる約束もしてある。
うだつが上がらない精霊術師から脱出するには、絶対に成功させないといけない仕事だった。恐怖でビビっている場合じゃないぞ。
それに、あれだけの精霊を従える精霊術師だ。人質をとれば、あいつが持っている精霊術師としての秘術も聞き出せるかもしれない。それがあれば俺はもっと上に行ける。属性竜を倒し、地位も名誉も金も、全部手に入れてやる。
「……悪かった。少し冷静ではなかったようだ。ただ、精霊術師として言わせてもらう。お前達は分かってないようだが、相手は本気で化け物だ。細心の注意を払い、少しでも危ないと思ったら引くんだ。分かったな」
「ふむ……俺達は精霊については世間一般的なことしか分からない。相手と同じ精霊術師であるお前に従おう。だが、恐ろしいからといって、なにもしない訳にはいかないぞ」
「ああ、それは俺も分かっている。相手に接触することは止めないが、細心の注意を払ってほしいと言うことだ。ほんの僅かにでも敵意を向けるようなことはするな。情報を得て、千載一遇のチャンスをつかみ取るんだ。人質を取る前に敵対すれば、終わりだぞ」
「それほどか……分かった。もともとターゲットが実力者だという情報は得ている。油断はしていなかったつもりだが、これまで以上の注意を払うことを誓おう」
「ああ、頼んだぞ。それと、あとからくるチームとも先に打ち合わせがしたい。俺でもパニックになりかけたんだ。キーンがあの精霊術師をみたら、間違いなくパニックを起こすぞ」
あいつはビビりだからな。怯えて相手に目をつけられたらたまったもんじゃない。
「分かった。だが、この宿での接触は不味い。エットレは拠点に戻り、隊長とBチームに報告してくれ。特にあちらの精霊術師のキーンには、ブラスコが言っていたことを確実に伝えるように」
「了解です」
こうしてみると、きびきびした動きに加え、見下される対象である精霊術師の意見も取り入れる度量、状況の判断も早い。優秀な軍人と言うのはあながち間違いじゃないようだな。こいつらとBチームの力を合わせれば、あのターゲットを出し抜けるだろう。ようやく俺にも運が向いてきたようだ。
読んでくださってありがとうございます。