三百七十一話 メルとメラル
醸造所に踏み込み、ダーク様の色香にやられてうっかりカクテルのことを話してしまった。根掘り葉掘り聞かれた結果、シェイカーの作成やカクテルに使う果物なんかの栽培の計画が立てられることになった。一応果樹園があるよねって思ったけど、たぶん森の精霊の力で連続採取しても間に合わないだろうな。
とりあえず、事細かに聞いてくる精霊達から夕食の時間になったと逃げだし、軽い宴会で昨晩を乗り切った。ちびっ子軍団のハンドベル演奏会も好評だったし、精霊王様達にとっても息抜きくらいにはなったはずだ。
「じゃあ裕太、またアルバードの許可が下りたら遊びにくるよ!」
「分かった。その時は美味しいお酒と料理くらいは準備しておくよ」
「ああ、楽しみにしている!」
そういったウインド様が上空に移動し巨大化する。ちびっ子軍団と別れを惜しんでいたちびっ子精霊達が、アルバードさんに促されてウインド様の背中に飛んでいく。
「では裕太、世話になったな。次に裕太が戻ってくる頃には酒島で働く精霊も決まっているだろう。その時はよろしく頼む」
「分かった。酒島で使えるお酒も仕入れておくよ」
手を振ってアルバードさんがウインド様のところに飛んでいくと、巨大化したウインド様がすごいスピードで去っていった。とりあえず一段落ついたか?
出発前にライト様にまた甘味の味をみてやるって言われたし、ファイア様にお酒の詳細をできるだけ思い出しておくようにも言われたのが、なんか宿題を出された気分で落ち着かないが、まあ一段落でいいか。
「メル、メラル、俺達も準備が終わったら出発するから、今のうちに話せるだけ話しておけばいいよ」
いつでも楽園にきていいんだけど、メルには鍛冶屋があるから頻繁に遊びに来るのは難しいよね。
「でも、準備を手伝わなくて大丈夫ですか?」
「うん、準備って言っても精霊達の話を聞いて必要なものを置いていくだけだから、手伝うようなことはないから大丈夫なんだ」
基本的に魔法の鞄に全部突っ込んでるから忘れものとかはない。ある意味家ごと移動してるようなものだもんな。
「ありがとうございます。では、少しだけメラル様とお話しさせてもらいます」
「裕太、ありがとう」
「まあ、そんなに話す時間はないと思うけどね」
飲み物くらい必要だろうと紅茶を渡して俺は出発準備にとりかかる。とりあえず、ディーネ達とルビー達に必要なものがないか聞くか。あっ、ベル達もエメの雑貨屋から小物をレンタルしているものもあるし、返すように言っておかないとな。
あとはシルフィにお願いして、スイっと迷宮都市まで飛んでいくだけだから、楽なものだな。サクッと準備を済ませるか。
「裕太、シェイカーとやらはこのような形でいいのか?」
「うん?」
振り返ると昨日簡単に説明したシェイカーを持ったノモスが待っていた。昨日の今日でもう作ってきたのか。それで精霊王様達が出発するまで待ってたんだな。
「えーっと……形はそれっぽいけど、大きすぎるね。たしかその3分の1くらいの大きさだったと思う」
シェイカーの正式な大きさとかは知らないけど、間違っても2リットルのペットボトルと見間違えそうな大きさでないことは分かる。っていうか、昨日、だいたいの大きさは伝えたはずだけど?
「む? やはりそうじゃったか。聞き間違いではなかったんじゃな。ではこれがシェイカーか?」
「あっ、うん、たしかそんな感じだね」
ちゃんとした大きさの物も作ってたのか。ならなんで巨大なシェイカーを作ったんだ?
「えー、でもそれだとお酒がほとんど入らないわー」
「私もそう思います。裕太さんの話ではお酒と一緒に、ジュースや氷なんかも入れるんですよね? ちゃんとしたお酒になるんでしょうか?」
おおう、驚いたことにディーネとドリーが同じ反応をしている。仲がいいことは知ってたけど、考え方は水と油のように混ざらないと思ってたよ。
でも、巨大なシェイカーを作った理由が判明した。お酒が入る量が少ないから大きくしたんだな。
「裕太、私もそう思うわ」
シルフィまで同意見……いや、大精霊全員が同意見みたいだな。あっ、なるほど、俺のような人間と違って、大精霊達は酒樽でお酒を消費するから、普通のシェイカーだと間に合わないって感覚的に分かるのかもしれない。
もしかしたら、最初に見たお化けシェイカーが、精霊達の間ではスタンダードになるのかもしれない。
それはできれば阻止したい。薄暗いバーの中で美男美女の精霊バーテンダー。豪快に振るのは2リットルサイズのシェイカー。全部が台無しになる気がする。
「えーっと……小さいサイズの方が正解で間違いないよ。ほとんどのカクテルは、一口二口で飲めそうな量からコップ一杯分くらいの量が普通なんだ。なんていうか繊細にお酒を料理するって感じだから、大きいシェイカーはカクテルに向かないと思う」
「繊細に料理する? お酒なのに?」
「うん、たぶん。俺はプロじゃないから分からないけど、プロはシェイカーの中の氷や液体の混ざり具合を調整したりするらしいよ」
漫画知識だけどね。バーには何度も行ったことあるけど、そんな質問したことないから本当のところは謎だ。
「そう、バーテンダーってそれほどの技術が必要なのね」
「うん。もう一つのステア、棒でかき回して作るカクテルもかなりの技術が必要って聞いたな。氷と氷をぶつけないように回すとか書いてあった気がする」
漫画に。
「とりあえず、シェイカーに氷を入れて、振った時の中の動きの研究をしたり、氷水を棒で綺麗に回転させる練習をするのがいいんじゃないか?」
「えー、お姉ちゃんはお酒で練習した方がいいと、水の大精霊としてと思うわー」
それはディーネが蒸留酒を飲みたいだけだよね。ふー、サクッと出発できるはずだったのに、こんなところで躓いてしまった。でも、ちゃんと納得させておかないと、蒸留酒が飲み干されそうな気がする。頑張ろう。早く納得させて出発準備しなきゃ。
***
お師匠様に時間をいただいたので、ローズガーデンのお茶会用の浮島でメラル様とお茶をすることにしました。まだテーブルや椅子がないので雰囲気は出ていませんが、満開のバラに囲まれた浮島でお茶をするなんてお嬢様になった気分です。
お師匠様が迷宮都市でお茶会用の家具も揃えると言ってましたから、次に来る機会があれば、もっと素敵な雰囲気を味わえるんでしょう。
「メラル様、ここを出たら姿が見えなくなるんですよね?」
お師匠様から聞いて分かっていても、メラル様が見えなくなると思うと少し寂しいです。この場所は精霊達の楽園って名前なんだそうですが、私にとってもまさしく楽園のような場所でした。
死の大地に入った時は不安でしたが、こんな場所を一から開拓したお師匠様は本当にすごい人だと思います。
精霊樹のこととか、重力石の島のこととか、精霊王様達のこととか、知りたくなかったような気もしますが、それでもメラル様の姿を見て、直接声を聴くことができて幸せであることは間違いありません。
「そうだな。聖域を出ると見えなくなるな。でも、俺はいつでもメルのそばにいるから安心しろ」
私の寂しさを感じ取ったのか、メラル様が私を元気づけてくれます。お師匠様からメラル様の絵をもらった時は、少し想像と違っていて驚きました。でも、実際にお会いすると、いつも身近に感じていた気配の通り、優しく頼りになる方でした。
「ふふ、そうですね。契約していない時でも、私が泣いているといつも一緒に居てくれたのも覚えています。でも、今思えば契約していなかったのに、結構一緒に居てくれましたよね? 問題はなかったんですか?」
「ああ、まああれだ。あいつは不器用だったからな。俺が代わりに様子を見てたんだ。契約者の代わりだから問題はなかったぞ。でも、あいつはいつもメルのこと気にしてたんだぞ」
たしかに父は鍛冶以外は不器用でした。鍛冶をしている時の豪快でいながら繊細な動きからは考えられないほど、家事は壊滅的でしたし……。
でも、母を早く亡くした私を精一杯愛してくれたのは間違いありません。それに、メラル様とユニスちゃんが居てくれたおかげで寂しくありませんでした。そう考えると、なんとなく母には申し訳ありませんが、メラル様をお母さんのように感じていたのかもしれません。
「大丈夫です。父が不器用ながらも私を常に気にかけてくれていたのは分かっています」
「分かっているならいいんだ。あいつは誤解されやすかったからな。娘にまで誤解されたら可哀そうだ」
ホッとしたように力を抜くメラル様。父がメラル様と意思疎通をしているところを見たことがありません。お師匠様と出会う前の私のように、呪文でしか気持ちが伝えられないと思っていたはずです。
それでもメラル様の表情を見ると、父とメラル様の間にはたしかな絆があったことが分かり、とても嬉しく感じます。姿が見えると意思疎通だけでは分からなかった、メラル様の気持ちまで分かりますね。普段から精霊の姿が見えるお師匠様が、羨ましいですね。
「ええ、私は父もメラル様も大好きです」
「そ、そうか。俺もメルが大好きだぞ」
なんだか照れ臭いですね。でも、ちゃんとメラル様の姿を見て、直接話すと本当に楽しいです。これからも年に1回くらいはこちらに連れてきていただけたら嬉しいんですが、お師匠様にお願いしたらなんとかなるでしょうか?
とても貴重な場所でもありますし、図々しいと思われそうで怖いですが、なんとかお願いすることにしましょう。
よし、なんだかやる気が出てきました。お客さんがあまり来てくれなくて、鍛冶師としてやっていけるのか不安でしたが、目標があればまだまだ頑張れます。
鍛冶師としてしっかり一人前になって、立派に父から受け継いだ工房を繁盛させてみせます。いえ、鍛冶師としてだけでは駄目でしたね。お師匠様とメラル様に認めていただけるような、一人前の精霊術師になることも大切です。
「メル、いきなり両手を握りしめてどうしたんだ?」
「少し気合を入れてました。迷宮都市でしっかり頑張って、また楽園に連れてきてもらえるように、お師匠様にお願いしましょうね」
「それはいいな。裕太が楽園に戻る2回に1回くらい行くか?」
「いえ……メラル様に沢山お会いできるのは嬉しいのですが、工房のこともありますし、そんなに頻繁には無理だと思います」
お師匠様って結構な頻度で迷宮都市に来られてますし、その2回に1回連れて行ってもらっていたら、工房が潰れてしまいます。
「そうか。いや、たしかにそうだよな。あいつから受け継いだ工房だ。メルがしっかり守らないとな」
「はい」
とは言え、あれだけ嬉しそうにされてしまうと、年に1回というのは少なすぎる気もします。お師匠様しだいですが、年に2回くらい来られるようにお願いしたいと思います。帰る時に頼んでみましょう。
今後の更新速度について、活動報告に上げておりますのでご確認頂けましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。