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三百七十話 醸造所

 楽園の見回りついでに精霊王様達の様子を確認していると、衝撃の事実が判明した。俺は玉兎達のなかでは、下僕のような存在だったらしい。まあいいさ……美女に貢ぐのは男の本懐とか、どっかのちょっと変わった人が言ってた気がするもん。相手、玉兎だけど……。


「ライト様のおかげで玉兎達と仲良くなることができました。ありがとうございます」


 玉兎達に果物を貢ぎながらライト様にお礼を言う。これで次から玉兎が脱兎のごとく逃げることはなくなったんだし、いくらお礼を言っても足りないくらいだ。今晩のデザートは全種類食べ放題だな。


「うむ。妾にかかればなんてことないのじゃ。契約をしておらぬゆえ直接的に助けることはできぬが、聖域内であればある程度の相談にのってやる。妾に頼るとよいぞ」


 そういえば精霊って契約してないと直接手を貸せないんだよな。ルビー達に結構手伝ってもらってたからすっかり忘れてた。


 楽園だと聖域ということもあるし、拠点の外側は精霊達に任せた土地でもあるから、結構融通が利く。それと同じように外で行動したら精霊を困らせることになるかもしれないな。あとでジーナ達にも聖域と聖域外の違いをもう一度しっかりと説明しておこう。


 しかし……ふんぞり返っているライト様は相変わらず可愛いな。めちゃくちゃモフモフしたい。相談したらモフモフさせてくれるんだろうか?


「裕太、それ以上は駄目よ」


 突然シルフィが俺の手首を握り制止してきた。


「な、なにが?」


「しらを切らないの。あれだけ手をワキワキしてたら分かるわよ。裕太、さすがにそれは駄目。落ち込ませてしまうわ」


 無意識に手をワキワキさせてたらしい。さすが精霊王様、モフモフの魅力も半端ない。あと、やっぱりモフモフを頼むと落ち込ませちゃうんだな。我慢しよう。


 幸いライト様は玉兎達にドヤってるから気づいてないし、気持ちを落ち着かせてこの場を離脱しよう。


「ライト様。俺はそろそろ見回りに行くよ。改めてありがとうございました」


「うむ、よきにはからえ」


 ライト様に挨拶をして、ついに触れ合えるようになった玉兎達との別れに、後ろ髪を引かれながらモフモフキングダムを出る。さて、次はどこに行こう?


 ***


 ウォータ様とは水路を散歩しているところで会った。のんびりと常識的な会話をして別れたので、なんだか大人な会話ができたようで少し気分がよかった。


 アース様は田んぼのあぜにポツンと体育座りしていた。なんか黄昏てるのかと思ったが、言葉少なに田んぼが好きだから見ていると教えてくれた。あまり話せなかったが、醤油蔵と味噌蔵を見学したことも教えてくれたし、田んぼも楽しいらしいから問題ないようだ。


 あと会ってないのはファイア様とダーク様。ファイア様はともかくダーク様とは是非とも会っておきたい。でも、浮島を含めてほぼ全ての場所を見回って出会えなかった。


「そうなると、ここってことになるよな……はぁ」


 またここに入ることになろうとは。定期的に見回りに来た方がいいのは分かってるんだけど、なんとなく苦手意識が芽生えてしまって、できれば入りたくなかった。


「ため息をついてどうしたの?」


「いや、中の面々が濃いから、醸造所に入るのは苦手なんだよね」


「苦手なら別に無理して見回らないくてもいいんじゃない?」


 シルフィが不思議そうに聞いてくる。


「それもそうなんだけど、ここまで来たからには最後まで見回るよ」


 ダーク様と話したいし……。


「そう? まあ頑張んなさい」


 なんか俺の内心を読まれている気がするけど、気にしないことにしよう。醸造所の前に立ち、少し気合を入れて中に入る。


 ん? なんだかいつもよりも静かな気がする。誰も俺に注目しないし、どうしたんだ? 普段も静かだけど、今日は機材を動かす音くらいしかしない。もしかしてファイア様とダーク様が来てるからか?


 でも、それはそれでおかしいよな。醸造所の面々はお酒と酒造りのことくらいしか興味がない印象だ。


 醸造所に居る精霊達はお酒が好きすぎるのか、酒造りに真剣過ぎて会話が少ない。でも、なにか自分が納得できない問題が起きると、猛烈に抗議して自分の理想のお酒を造ろうとする。


 そうなると他の精霊達も黙ってないから、静かで緊張感があった醸造所が一転して戦争のような喧しさになる。物理や魔法が飛び交わないだけ安全だけど、本気の怒声は聞いてるだけでビビる。それだけ狂ってる精霊達が精霊王様達とはいえ遠慮するのか疑問だ。


 ……とりあえず異様な雰囲気だし、慎重に行動しよう。醸造所の精霊達の地雷を踏むことだけは何とか避けたい。


 初めて醸造所に来た時は、色々と質問しまくってしまった。醸造所の精霊も機嫌よく説明してくれたんだけど、その説明に他の精霊が異議を唱え、大戦争に発展。収拾がつかなくなった。あの悪夢は二度と体験したくない。


 だいたいエールの作り方にそこまで違いがあるのかって言いたい。言ったら説教が始まりそうだから言わないけどな。


 慎重に醸造所内を進むと、奥に予想通りファイア様とダーク様が居た。相手をしているのはディーネ、ノモス、イフか……楽しそうな雰囲気だから、あそこに行けば安心だな。


「こんにちは。なんの話をしてるの?」


「あら裕太ちゃん、お姉ちゃんに会いにきたのねー」


 声をかけると、ディーネが自信満々におかしなことを言ってくる。かなり的外れなんだが、それでも偶にあの自信が羨ましくなる。あれだけポジティブだと人生が楽しそうだ。 


「いや、楽園の見回りだよ。それで、なんの話をしてたの?」


「ぶー、裕太ちゃんが素直じゃないから教えてあげないわー」


 素直ってどういうこと? 俺がダーク様に会いに来たってことじゃないよな。そうなると、俺がディーネに会いに来たって言えってことか?


 別にディーネはポンコツだけど好きだし、会いにきたって言うのは構わないんだけど、ほら、素直になっていいのよ、お姉ちゃんが受け止めてあげる的な表情はカチンとくる。よし決めた。


「ノモス、なんの話をしてたの?」


 ノモスがなぜ儂に話を振るんじゃって顔をしている。ファイア様とダーク様には当然話を振れないし、ドリーとイフも巻き込むのが申し訳ないからだよ。ディーネがぶーぶー言ってるが、とりあえず聞こえないふりをしよう。


「……裕太が言っておった新しい酒の話をしておったんじゃ」


「ノモスちゃんがお姉ちゃんを裏切ったわー」


 なるほど。だから醸造所内が異様に静かだったんだな。醸造所の精霊達が新しい酒の話を聞き逃すなんてありえない。普通ならノモスに群がって話を聞き出そうとしていたはずだ。


 それが大人しくしているってことは、もうすでに騒ぎが起こって、それを撃退されたあとの可能性が高い。なんかイフの機嫌がよさげだし、たぶん何発かぶん殴ってるな。ここにくると、俺の精霊に対するイメージが砕けそうになるから悲しい。


「ウイスキー以外の酒の話か。あれ、本気で作るつもりなのか? 俺の知識なんて原料くらいしか分からないだろ? 一つは原料すらわからなかったし」


「酷いわー」


 お米、サトウキビ、ジャガイモ、トウモロコシとかメジャーなお酒の原料は言ったんだけど、テキーラの原料が思い出せなかった。何回かテレビで見たことがあるんだけどな。いつか思い出せるんだろうか? あの剣みたいにトゲトゲしているやつ。


「なに、そのためにドリーにも話に加わってもらっておるんじゃ。原料さえ分かれば、裕太に聞いた大まかな話でも、試行錯誤のとっかかりにはなる」


「裕太ちゃん、ノモスちゃん、お姉ちゃんの声を聞こえないふりしても駄目よー」


 ディーネの声を聞こえないふりして話しているが、ノモスのコメカミの浮き上がり具合を見るとそろそろ限界が近いな。ファイア様、ダーク様もディーネを止める気配はないし、シルフィ、ドリーは苦笑いだ。イフに至ってはニコニコしてるし、もう一波乱を期待しているのかもしれない。


 最終的に折れるのは俺なんだよな。意地を張らずに最初っからディーネに会いに来たって言っておけばよかったんだが、何回に1回かは無駄な意地を張ってしまう。もっと大人になろう。


「ふぅ、ちょっと素直に言うのが恥ずかしかったけど、ディーネに会いに来たんだ」


「うふふー、裕太ちゃんは恥ずかしがり屋さんねー」 


 こうもあっさりと機嫌が直ると、意地を張った自分が悲しくなるな。


「おい裕太。それで、その新しい酒ってのはどんな味なんだ? 飲んだことあるんだろ?」


 ファイア様が興味津々で聞いてくる。たしかにメジャーなお酒は大体飲んだことはあるが、だからと言ってそれを言葉で表現できると思っては困る。そういうのはプロの仕事だ。


「あー、なんといえばいいのか、味の違いは分かるんだけど、その表現が難しいんだ。ただ、どのお酒も人気があるから、みんなも好きだと思うよ?」


「なんだよ頼りねえな。まあ、飲んだら分かるなら、酒を造って味をみれば問題ねえか。ノモス、酒造りは頼んだぞ」


「うむ。儂も飲みたいんじゃ。全力を尽くすことを約束しよう」


 ノモスもやる気満々だな。テキーラ、バーボン、ラム、ウオッカあたりなら何とかなりそうだけど、中国の白酒と老酒は全く想像がつかない。好きな人はたまらなく好きなお酒らしいんだけど、俺は独特の風味が少し苦手で詳しく知らないんだよな。


 それとジンも問題だな。あの薬草っぽい風味の元が分からない。たしか薬っぽい植物でなんかしてたはずだ。こんな知識とも言えない知識で、お酒を造ろうと思える精霊達がすごい。


「裕太君。裕太君はノモスに教えたお酒の中で、どのお酒が一番好きなのかしら?」


「一番? ほとんどがものすごく強いお酒だから、俺が飲むのはカクテルにしたのが多かったから、一番って言われると難しいな」


「カクテル?」


 あっ、なんか醸造所に居るすべての精霊の視線が、突き刺さるように俺に集まってる。そうだった、カクテルまで説明しだすと時間がかかるし、黙っておこうって思ってたんだった。だからリキュールとか除外したのに……ダーク様の妖艶さに、ついつい口が滑ってしまった。ここから逃げ出すことは可能なんだろうか?


「裕太、カクテルってお酒はなんなの? 私は聞いてないわよ?」


 俺の腕を掴むシルフィの力が強い。そして、シルフィの目が、なんで黙ってたのって言ってる。


「カ、カクテルはお酒自体の名前じゃなくて、飲み方って言えばいいのかな? そんな感じのことなんだよ。別に隠してたわけじゃないよ?」


 シドロモドロでなんとか説明すると、シルフィの手が緩んだ。


「そうなの。でも、面白そうだから詳しく説明してほしいわね」


 ……シルフィの言葉に賛同するように、精霊達が頷く。はは、夕食の時間までに話が終わるかな? 醸造所にくるのを最後にしてよかった。いや、来なければよかったな。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ワインを作り始めたなら、グラッパ(ワインに使う葡萄の絞りカスを蒸留して作る食後酒)も作ると無駄がなさそう。
ハハハ、哀れな裕太くんは自分で墓穴を掘ってしまったな
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