三百六十九話 下僕って……
昨日は精霊王様達が楽園に遊びにきて、アース様の怒涛の食べっぷりにちょっとだけ引いた。夜の宴会では……まあ、いつもどおりにすごい量のお酒がガンガン消費された。
それと精霊王様達の滑り台。あれはあれで面白かった。ライト様がちびっ子達に埋没するのを嫌い、滑るタイミングを見計らっていた姿が可愛らしかったし、ウインド様は積極的にちびっ子達にまざって楽しんでいた。
ウォータ様、ファイア様、アース様は普通に滑っていたが、意外と気に入ったのか何往復かしていた。
でも、一番の本命のダーク様はすごかった。大がかりとは言え、子供の遊具なのであの色気がどうなるのか未知数だったが……滑り台なのに、なんとなく優雅に滑ってくるダーク様。
風でほつれた髪が一筋口元に……艶やかに微笑むその表情はもう危険としか言えない。たぶん街中であの顔を見せたら、えげつない数の信者が生まれるだろう。ただ滑り台を滑ってきただけなのに、結婚してくださいって叫びそうになったもんな。
「裕太、ボーっとしてどうしたの?」
「ん? ああ、シルフィ。ちょっと昨日のことを思い出してたんだ。そういえば朝食の後から精霊王様達を見ないけど、なにしてるか知ってる?」
「精霊王様達なら、今日はのんびり自由に過ごすそうよ。裕太も気を使わないで放っておいていいわ」
「そうなの?」
「ええ、なにかあったら言ってくるだろうから、その時に対応すればいいわ」
息抜きに来たんだから干渉されるのもわずらわしいだろうけど、完全放置ってのも気まずい。もてなす側ともてなされる側の意識の違いって結構厄介なんだよな。でも、こういう場合は放置するのが正解だから、気になるけどできるだけ干渉しないようにしよう。
「了解。えーっと、ベル達とジーナ達は遊びにきた精霊達の案内に行ってるし、俺はまた見回りでもしようかな。シルフィも自由にしてて」
明日にはメルを送りがてら迷宮都市に向かう予定だし、昨日確認できなかった細かい部分をしっかり確認しておこう。氷室に食材を補充するのも忘れないようにしないとな。
「そうね……決めておくべきことは決めたし、特にやることはないから裕太に付き合うわ」
「了解。それで、精霊王様達との酒島の話し合いってどうなったの?」
「とりあえず店を4店舗作るのは決まったわ。それと、酔ったまま実体化して眠りたいってリクエストがあったから、眠るだけの宿も作る予定ね。まずはその5店舗を開店させるために行動するわ」
「宿か、ほろ酔いで眠るのって気持ちいいもんね」
大抵はちょうどいいところで切り上げられずに、倒れこむように寝てしまうけどな。まあ、お酒が弱い精霊を見たことがないから、ほとんどの精霊はほろ酔いのいい気持で眠れるんだろう。羨ましい。
「最初に何回か寝たら、満足して利用しなくなる気もするけどね」
……ああ、寝るよりもお酒を飲むって流れになるんだな。俺もかなりの高確率でそうなる気がする。
「なにか手伝うことはある?」
「人員は募集しているから、ルビーが面接して納得ができる人材が居れば開店って流れね。たぶん迷宮都市に行ってる間にある程度の形にはなると思うから、ベッドとお酒の手配はお願いね」
宿屋以外はおおむね昨日聞いた話とあんまり変わってないな。ただ、想像以上に酒島の開発が早い。地上と違って限定された場所だからこそ、自然の復活よりも欲望を優先しやすいのかもしれない。
「お酒の方はマリーさんに、ベッドはいつもの家具屋さんにお願いするから問題ないよ」
魔法の鞄の秘密を話したんだ。大抵のことはマリーさんにお願いできるから気が楽だな。ベッドは……普通のベッドは時間がかかるし、最初はワラのベッドでいいか。だいたいのことは分かったから、そろそろ楽園の見回りに出るか。
***
楽園食堂、雑貨屋、宿屋、両替所。どこも繁盛……両替所以外は繁盛していた。みんなの両替を終えたシトリンは食堂のサポートにまわってたし、どこも問題はなさそうだったな。まあ、宿屋は様々な雑貨で溢れてたけど……サフィの紙芝居が完成すればもう少し興味が分散されて、落ち着いた宿屋になるか?
滑り台を滑っているちびっ子達の様子を見ながら歩いていると、地面に落ちている物体を発見した。
「ねえシルフィ、目が合っちゃったんだけど、この場合も放置しておくべきなのか?」
「うーん、挨拶くらいしておけば?」
「了解」
精霊樹の木陰の芝生、だらっとうつ伏せで、溶けるように寝そべっているウインド様に近づく。ちっちゃいドラゴンの姿で、昔流行ったタレた感じの白黒の熊のように寝そべる姿はかなり可愛い。でも、王様の威厳は全くないな。
「ウインド様、こんにちは。なにしてるの?」
「やあ裕太。だらけてるんだよ。精霊樹の木陰で芝生に身を任せ、風に乗って届く子供達の声を聴く。なかなか素晴らしい時間だろ。裕太も一緒にまったりする?」
まさかのお誘いが返ってきた。でも……言われてみれば悪くないシチュエーションだな。ちょっと隣にお邪魔して、一緒にまったりしたい気もする。でもそれは今じゃないな。今度暇な時にでもここでまったりすることにしよう。
「お誘いは嬉しいけど、明日には楽園を出発するから見回りを続けるよ。またあとでね」
「あーい」
手を振るのが億劫なのか、尻尾をピコピコ揺らしながら、だらけた返事をするウインド様。本来は洒落にならない大きさのドラゴンのはずなんだけど、今の姿からは想像できないな。まあ、そのくらいリラックスして息抜きができてるってことなんだろう。そういえば結構楽園を見て回ったけど、ウインド様以外の精霊王様に出会ってないな。
……放置しておいた方がいいのは理解しているが、なにをしているのかくらいは知っておきたい気がする。仕事とかでも、取引先の人間の好みは把握しておいた方がいいもんな。見回りついでに、様子を観察しておこう。
***
「よいか、お主らは種族が違うとはいえ、妾の元になった存在じゃ。誇り高くあらねばならん!」
……様子を観察したいって言ったけど、一発目にこんな場面に出くわすとは思わなかったな。
木の枝に立って、威厳を見せようと精一杯ふんぞり返って話すライト様の下には、モフモフキングダムに居る玉兎が集まっている。なかなか見られない光景だ。あのモフモフの集団に埋もれたい。
少し……いや、かなり羨ましいな。ある程度慣れて、俺の姿を見ていきなり逃げだすことはなくなったが、果物なんかを貢いでも、俺が居ると近寄ってこないもん。ライト様の声が聞こえるくらい近づけたのも、普段では考えられないことだ。
「シルフィ、光の精霊って動物の心が分ったりする?」
「そんな話は聞いたことがないわね」
だよね。光と動物はジャンルが違いすぎる。動物の言葉が理解できそうなのは命の精霊のヴィータだな。でも、ヴィータも動物の気持ちは理解しているっぽいけど、話をできるかまでは分からない。
まあ、ヴィータはともかく、光の精霊は動物と話せない。そうなると、ライト様が玉兎の姿の精霊だから、玉兎の言葉が分かるって感じかな? なら、レインはイルカの、タマモはキツネの、ムーンはスライムの言葉が分かると言うことになる。レイン、タマモ、ムーンの言葉を俺が分からないけどね。
でも、ベル達に通訳してもらえば意思相通が取れるし問題ないか。イルカ、キツネ、スライムと話す機会があればだけど……。
「なに? いきなり変なところに連れてこられて戸惑っておるじゃと? そういえばここは死の大地じゃったな。うむ、お主らは裕太に連れ去られてここにきたと言うことになる。誘拐されたことになるのかの?」
違うよ! いや、違わないけど……違うと言いたい。でも、玉兎達からすれば誘拐になるんだろうな。
「シルフィ。俺、誘拐犯だったみたい」
「ふふ、なら私は誘拐犯の契約精霊で誘拐の共犯者ね」
眠らせて楽園まで運んでくれたのはシルフィだから、かなり関係が深い共犯者だな。
「ライト様、怒るかな?」
動物達を捕獲したことが不味いことなら誰かが止めるだろうし、シルフィも平気そうにしているから大丈夫だよね? いや、なんか誇り高くとか言ってるし、玉兎に強い愛着があるのなら怒られるかも。
……ライト様に怒られたらどう反応すればいいか分からないな。相手は精霊王様なんだし、失礼な態度は駄目だ。でも、ライト様に怒られたら微笑ましくてなごんでしまいそうな自分が居る。
「虐殺でもすれば別でしょうけど、このくらいのことで怒ったりしないわよ」
そうだよな。これくらいで怒ってたら、玉兎を食べる肉食獣や、狩りをする人間が酷い目に遭うことになるよね。
「情けないことを申すな。自然界は弱肉強食なのじゃ。お主達が捕まったのは注意と運が足りなかったからなんじゃぞ。相手が裕太でなければ死んでおったのはお主達じゃ」
よかった、シルフィの言う通り怒ってないみたいだ。
「プー」
「でも怖いとな? それならば安心いたせ。この土地の主はむやみに動物を傷つけるような者ではない」
「ププー」
「近くに肉食獣の気配がするのに、逃げる場所がなくて不安とな? うむ、壁に隔たっておるが、楽園には肉食の動物もおるな。じゃがそれはどの森でも同じことであろう。この土地は隔離されておるし、めったなことがなければ安全じゃ」
「プギュ」
「うむ。大丈夫じゃ。妾からもこの土地の主に話を通してやろう。裕太、そこにおるのは分かっておる。こっちに来るのじゃ」
特に隠れていたわけじゃないけど、気づかれていたらしい。ただ、俺が近づくと玉兎達が逃げちゃうよ?
とは言え、呼ばれたからには出ていかないわけにもいかない。できるだけ玉兎達を怖がらせないようにゆっくりとライト様に近づくが、俺の姿を見てざわつく玉兎達。ここでワッ!とか言ったら大パニックだろうな。すごい緊張感だ。
「怯えるでない。こやつが裕太、この土地の主じゃ。お主達に危害を与えるものではなく、お主達を守る存在なんじゃぞ」
「プッ!」
「ん? 偶にお主達に食事をはこんでくる下僕? それは違うぞ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。俺って玉兎にとって下僕扱いだったの? それならせめて逃げないでほしかった。下僕のご褒美にモフらせるくらいしてよかったんじゃないかな?
いや、それ以前に俺のこと怖いって言ってたよね。怖くて逃げることと、下僕ってことは両立するのか? ……野生の動物の考えは分からん。
あとライト様、自信なさげに否定しないで、明確に否定してほしい。それと、玉兎はプッとしか言ってないけど、本当に下僕とかなんとか言ってるの?
「プー」
「うむ、そうじゃ。裕太はお主達が敬うべき存在じゃ。いわゆる森の主というやつじゃな。じゃが、優しい主じゃ。怖がる必要はないぞ」
「プゥ?」
「うむ。裕太はかなり強いのじゃ」
ライト様の言葉に、玉兎の集団の視線が一斉に俺に向いた。ここは、俺が声をかける場面らしい。怖がらせないようにゆっくりと片膝をつき、目線をできるだけ低くする。野生動物って上から見下ろされるのが苦手だったはずだ……たぶん。
「俺が君達に危害を加えることはないよ。できれば仲良くしてくれると嬉しいな」
できるだけ優しく声をかけると、その言葉をライト様が通訳してくれた。玉兎の1羽が緊張感を漂わせながらゆっくりと近づいてきたので、これまた怖がられないようにゆっくりと手を出す。
うん、ちょっとピクッとしたけど逃げない。ゆっくりゆっくり手を出して、近づいてきた玉兎を撫でる。
「うぅ、最高なんですけど……」
「のうシルフィ、裕太はなんで泣いておるんじゃ?」
「えーっと、玉兎に逃げられずに触れたからかしら?」
「そんなことで大の大人が泣くのか?」
泣くんです。これまで何度も貢物をして、関係を深めようとしていた玉兎をモフれたんだから、涙が出るくらい当然だと思います。いま、とっても幸せです。
読んでくださってありがとうございます。