三百六十二話 ラッキースケベ
ライトドラゴンの解体でルビーの包丁の技術が、剣術の達人並みにすごいことが分かり、ドラゴンの内臓を直視して微妙に精神にダメージを負ったりしたが、解体と鑑定が終わった。
楽しそうにはしゃぎながらお肉を押してくるベル達の癒しで復活できたし、内臓のことは忘れて美味しい夕食に思いをはせよう。ライトドラゴンのお肉と属性竜の味の違いを比較するために、ファイアードラゴンのお肉も渡したから、今夜は豪勢な夕食になる。楽しみだ。
「じゃあルビー。ジーナ、サラ、メルをお願いね」
「任せるんだぞ。夕食の時間になったら店にくるんだぞ!」
「じゃあ、ちょっと送ってくるわね」
「うん、頼むよシルフィ」
手を振りながらシルフィが3人を連れてルビー達と一緒に浮島から飛び去って行った。あっ、フクちゃん、プルちゃん、シバ……メラルついて行っちゃったか……契約精霊なんだから構わないんだけど、向こうに行ってもやることないよ? いや、メラルなら手伝うくらいできるか。
「ゆーた、きょうおみせでごはんたべる?」
ベルがワクワクした表情で聞いてくる。ルビーの言葉を聞いていたらしい。
「うん、今日はルビーのお店でライトドラゴンのお肉をたらふく食べるよ」
「ふぉぉぉ、みんなにおしえてくるー」
テンションが上がったベルが、今晩は外食だとレイン達に伝えにかっとんでいく。オニキスに聞いたところ、ベル達は個人でも楽園食堂を利用することがあるらしいんだけど、みんなで外食ってのが嬉しかったのかな? ライトドラゴンのお肉ってところもポイントは高そうだな。
ふよふよと浮島を飛び回っているレイン達にベルが報告すると、大きな歓声が起こりアクロバティックな飛行に変わった。ベル達の感情表現は分かりやすくて好きだ。
「みんなー、先に戻ってるよー。夕食の時間までには帰ってこいよー」
しばらく見守ってみたがベル達はまだまだ落ち着きそうにない。シルフィも戻ってきたので、ベル達に声だけかけて先に戻ることにする。俺の声に手を振ってたし、夕食が楽しみではしゃいでいるんだから、遅れずに戻ってくるだろう。
「マルコ、キッカ、俺達は家に戻ろうか。ついでに滑り台でもすべっていく?」
「すべる!」
「キッカも!」
「よし、じゃあ行こうか。シルフィ、お願い」
一瞬魔法の絨毯で帰ろうかとも思ったが、いきなり子供達を乗せるのは止めておこう。暴走しないってノモスが言ってたから多分大丈夫なはずだが、それでも練習しないで子供を乗せるのは怖い。
「精霊樹の滑り台でいいのよね?」
「うん、お茶会場におろしてくれるとありがたい」
「了解、じゃあ行くわよ」
シルフィの風に包まれてマルコとキッカと供に滑り台に到着する。
「シルフィも一緒に滑る?」
「私は遠慮しておくわ。下で待ってるから安心して滑ってきなさい。落ちたら拾ってあげるわ」
「いや、落ちないからね。俺も何回か滑ったけど、安全そのものだったよ」
「ふふ、万が一って言葉があるのを知ってる?」
知ってるっていうか、この世界にも同じ言葉があるんだな。
「知ってるけど、今このタイミングでは聞きたくなかった言葉だね。もしもの時はよろしくお願いします」
安全マージンを広めに取ったとはいえ素人が作ったものだ。万が一も否定できない。
「任せておきなさい」
これで万が一が起こっても安心だな。しかし、シルフィが滑り台を滑っている姿って見たことないな。照れてるのか?
夜中にこっそり1人で滑り台を滑っているシルフィを想像してみる。……うん、似合わないな。あと、シルフィがいぶかしげに俺を見ているから、これ以上考えるのは止めておこう。下手したら万が一が10分の1くらいになってしまいそうだ。
「師匠、おれ、おもしろいすべりかたみつけたんだ! みてて!」
「えっ? あっ、ちょっと……行っちゃったな」
マルコがうつ伏せで頭から滑り台を滑っていく。しれっとマルコの背中にウリが四本足で凛々しく立っていたのが印象的だ。
しかし、地球でも異世界でも子供の考えることは似通っているらしいな。俺も子供のころは色んな滑り方を試した。主にウォータースライダーでだけど……。いくらアダマンタイトがスベスベだからって、顔をくっつけて、マルコは大丈夫なのか?
……いや、すでに何回かその方式で滑っているんだから大丈夫なのは確定しているか。ただ、その滑り方だとせっかくの景色が見えないと思う。精霊樹を視界に入れつつの楽園って結構綺麗なんだよ?
「お師匠様、キッカのすべりかたもみてて!」
マルコに続いてキッカも変わった滑り方をするつもりらしい。アクティブになったことは素晴らしいことなんだけど、楽園の女性陣はどんどん活発になるな。
「見ているけど、ケガしないようにね」
「うん!」
元気にお返事をしたキッカは、マメちゃんを抱っこして正座をしながら滑っていった。こうするとお外がよく見えるのって言ってたが、地味に怖そうな滑り方だ。でも、景色に注目しているのはポイントが高い。
残るは俺1人なんだが、特殊な滑り方をするべきなんだろうか? 他に幾つか変わった滑り方はあるが、問題は師匠として一緒にはしゃいでいいものなのかってことだ。
……子供ってすごい遊びを発明する人を尊敬するところがあるよね。落ちてもシルフィが助けてくれるんだし、いっちょ弟子達にすごいところを見せるか。いつかは使おうと思っていた秘密兵器を……。
「裕太ちゃんも滑るのねー。お姉ちゃんも滑っちゃうわー」
いつの間にかディーネが現れ、すでに滑り台にスタンバイしている。ディーネの神出鬼没っぷりに、ますます磨きがかかっている気がする。それに、ディーネって地味に滑り台を気に入ってるよな。
「ふふー、お姉ちゃんの滑り方はこれよー」
ディーネはあおむけに寝て足を下にしたスタイルで滑っていった。自慢げに言ってたけど、それって普通に滑るスタイルから、寝っ転がっただけだからね。普通に滑るのに飽きた子供が、一番に試すタイプの滑り方だと言いたい。
……ディーネには言うだけ無駄か。ディーネがすべったばかりだし、少し時間を空けたほうがいいな。俺の秘密兵器は激速だぜ!
カッコつけてみたけど、単なる大き目の板をすべすべに磨いて、持ち手のヒモを付けた簡易な木製のソリなんだよね。それでも、普通に滑るよりもかなり早くなるはずだ。
そろそろ滑ってもいいだろう。板を滑り台ギリギリにセットし、いきなり滑り出さないように慎重に座る。いよいよ行くぜ。ゆっくり重心を前方に移動させる。
「おおうっ! 予想外にスピードがあがるんですけど! 木とアダマンタイトの相性を見誤ったっぽいーーー」
氷の上どころか、なんの摩擦も感じない勢いで進むソリ。かろうじてスピードをコントロールできるのは、体が接触している外側の壁だけだ。足の裏が滑り台に接触できればなんとかなるのに、ソリを大きめに作ったから、足が地面に設置する隙間が……これ、欠陥ソリだった。
いつもは巨大な精霊樹や楽園を眺めたり、死の大地にはなんにもないなーって景色を見る余裕があるんだけど、今回は予想外のことでテンパリ景色を見る余裕がない。
あっ、足を開いて両サイドで踏ん張れば……股が裂けないかな? レベルアップした高レベルの俺なら大丈夫だと信じ、あっ!
「あぁ! ディーネ避けて! 危ない! うぷあ!」
「きゃ! ゆ、裕太ちゃん?」
カーブの陰からディーネが現れ、避ける間もなく激突した。あっ、柔らかい。
「裕太ちゃん、こんな場所で襲い掛かってくるのって、お姉ちゃんどうかと思うわー」
「……ごめん、でも襲い掛かった訳じゃないよ」
ディーネと合体した影響でスピードが落ちて少し余裕が出たので、俺のお腹の部分に頭を乗っけているディーネにむかって謝る。っていうかダメージを食らったのは俺なんだよね。
俺の声が聞こえたのか、ディーネの頭を浮かせてなかったらディーネにケガさせてたかもしれない。でも頭を上げた結果、ソリがディーネの頭の下に滑り込み、両足を開いていた俺のお腹に突き刺さってしまった。
もう少しぶつかる位置が下だったら、俺の急所に大ダメージで悶絶してただろう。ディーネにとっても俺にとっても不幸中の幸いってことになるか?
「裕太ちゃん。お姉ちゃんに甘えたいのは分かるけど、少し苦しいわー」
「あっ、悪い」
自分の息子が助かったことに安心してたが、何気にディーネを抱きしめていた。いや……これって抱きしめたって言うのか? 仰向けのディーネを胸の下から抱えるように……柔らかかった訳だ。
これが存在は知ってたのに、自分には一向に降りかかってこなかったラッキースケベってやつか。都市伝説だと思ってたけど、実在したんだな。
「ふー、それで、裕太ちゃんはどうしてお姉ちゃんを追いかけてきたのー? さみしかった?」
腕をほどいたが、俺のお腹を枕にしたまま話しかけてくるディーネ。近くで改めて見ると、すごい美人だと思う。素晴らしく柔らかかったし、これで突発的で理解に苦しむ思考回路さえなかったら、べた惚れしてただろうな。現に柔らかさと間近に迫った顔でドキドキしてるもん。
「いや、追いかけた訳じゃなくて、このソリを使ったら思いのほかスピードが出て、追いついちゃったんだよ」
「へー、面白そうねー。お姉ちゃんにも貸してー」
「貸すのは構わないけど、普通に乗るとブレーキがし辛いし、本当にスピードが出るから危ないぞ」
「平気よー。危なくなったら飛ぶか実体化を解除すればいいんだものー」
それもそうか。飛べばスピードは関係ないし、実体化の解除に至っては物理無効だもんな。
「貸すのは構わないけど、とりあえずもうすぐ到着するから体を起こしてくれ」
「えー、お姉ちゃん、この滑り方も楽しいと思うわー」
そういう問題じゃないと言いたいんだが、説得している間に下に到着してしまった。シルフィは状況を把握しているだろうけど、マルコとキッカの視線が怖い。
終点は緩やかな角度になり、その後、数メートルの軽い登りでスピードが落ち、滑り台の横でこっちを見ているマルコとキッカとバッチリ目が合う。
「お師匠さま。ディーネおねえちゃんといっしょにすべったの?」
「おれもディーネ姉ちゃんといっしょにすべったことある。みんなですべるとたのしいよな!」
マルコもキッカも思っていた以上に純真で助かった。俺の自意識過剰な面もあるけど、不潔っとか言われたら立ち直るのに時間がかかっただろうな。
「一緒に滑った訳じゃないんだ。このソリを使ったらスピードが出すぎて追いついちゃっただけだな」
マルコとキッカが興味津々でソリを見ているので、先手を取ってこのソリが欠陥品であることを伝え、欲しければ後で安全なのを作ると約束すると納得してくれた。
「お姉ちゃんは精霊だからこのソリで大丈夫なのー。じゃあ行ってくるわねー」
ディーネがソリを抱えて、ウキウキと飛んでいった。精霊だから大丈夫なのは確かなんだけど、子供達の前なんだから体裁は整えてほしい。
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